Side Story:登場人物人気投票(Ⅱ)
城内には、まるで隠れ家のようなミニバーがあった。
限られた貴族だけが数人で密談を行う場所。ここで歴史的な条約が結ばれたこともあるほどであった。
今宵ここに、三人の男たちの影があった。
「みなさま、こんばんは。司会進行役を務めさせていただきます、シュレイザーです」
オレンジ色の明かりの中、相変わらず隙の無い着こなしをしたシュレイザーが手帳を開く。
「現在行われている人気投票は第三回。その前に、実は去年の五月に第二回目も実施していたのですが、なかなか発表の機会に恵まれず、このような時期になってしまい、まことに申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げた。
「では、気を取り直して発表に参りたいと思います」
「ちょっと待て。なぜその発表の場にいるのが私たちだけなんだ」
既に飲み始めているザルクは、革張りのソファーにふんぞり返るように座りながら、ウイスキーのグラスを片手に不服そうにシュレイザーを見やる。
「ブラッド法編が始まった辺りの頃の、一年も前の結果を、今更大々的に発表するのもどうかと思いまして」
「せめてソフィアを呼べ、ソフィアを」
「別にいいんじゃない? 野郎三人で、何か裏話的なこともできそうだし。ねぇ、兄上?」
レオナルドが背もたれに肘をつき、どこか悩ましげでもの言いたげな視線を送る。
「な、何だその目は。私は別にやましいことなどない」
「それじゃあ三十年前のあのこと……ふぐっ」
ザルクはレオナルドの口を慌てて手で塞ぐ。
「ほら、早く発表しろシュレイザー!」
シュレイザーはやれやれと嘆息した。
「では結果発表に参りましょう。上位五位を発表いたします。第五位」
ダララララと、どこからともなくドラムロールが聞こえてくる。
見れば、ミイラのバーテンダーが何かのスイッチを押していた。
「8票獲得、ミセスグリーン!」
「……いないではないか、今ここに」
やはり男三人だけでは盛り上がりに欠けたかと、シュレイザーは頭をかく。
バーテンダーの、カクテルシェイカーを振る音が少々空しく響いていた。
「確かに彼女は、ソフィーを母親のように支え続けてたからね。クモだってこと、忘れそうになるくらいパワフルだし」
「レオナルド坊ちゃん、フォローありがとうございます。確かに彼女の母のような優しさと大らかさが、高評だったようです」
「兄上も何か言ったら? 仮にもソフィーの母親役のひとだよ」
レオナルドはバーテンダーが持ってきた、自分と同じ瞳の色をしたカクテルに手を伸ばす。
「ま、まあそうだな……。えっと、彼女は、えー……まあ、何というかその」
「じゃん、第四位」
「なぜ邪魔をする、シュレイザー!」
「時間がかかりそうな上に、碌なコメントではなさそうなので。16票獲得……おや、私ですか」
ザルクは飲み干そうと傾けたグラスを、驚いたように戻した。
「あまり出番のない、お前が?」
「別に意外でもないんじゃない? シュレイザーは有能かつ紳士的だし」
「レオナルド坊ちゃんのおっしゃる通り、ありがたくもそのようなご意見をいくつも頂戴いたしました」
「ハッ、紳士的? ただ無愛想なだけだろう」
ザルクは今度こそ、グラスの中身を一気にあおる。
「兄上さぁ、他人が褒められたら不機嫌になるの、いい加減やめたら? 器が小さいのがバレるよ?」
「グ……ッ、げっほげほ! う、うるさいっ。シュレイザー、次だ次っ!」
「はいはい。第三位、18票獲得、ソフィア様!」
「トップスリーに入るとは、さすが私のソフィアだ」
ザルクは新たに注がれた酒を、まるでソフィアを讃えるように上げる。
「兄上、噂で聞いたんだけどさぁ……」
美しいサファイアブルーの瞳が、少々軽蔑さを含んで剣呑となる。
「何だ」
「エヴェリーナ王女にソフィーの生下着もらったって本当?」
「!!!!!?」
いつもは白いザルクの顔が、みるみる内に赤く熟れていく。
「誰に聞いた! 誰に聞いたぁあッ!」
レオナルドの胸ぐらを掴んで強く揺さぶる。
「痛いって、兄上。……えっと、いつだったかなぁ? ソフィーが王女に下着の着せ替えさせられてる時に、ソフィーが元々つけていたのを譲り受け――」
「事実無根だッ! そんなわけがないだろうッ! 私を陥れようとするデマだデマ!」
レオナルドをこれでもかというくらい前後に振り、ザルクは顔を真っ赤にしながらわめき散らす。
「ああ、それであれ以来エヴェリーナ王女の入国を頻繁に受け入れているんですね、陛下」
「違うと言っているだろうっ! もらえるなら欲しいわ! 嗅ぎまくりたいわっ!」
「……」
「……」
冷たい二人の視線が突き刺さり、ザルクは軽く咳払いして大人しくなった。
まだ赤い頬を冷ますように、ブランデーを一気飲みする。
「えー、一位二位ですが、ここで先に申し上げておきます。上位二位は、陛下とレオナルド坊ちゃん。どちらかが一位でどちらかが二位です。では、一位と二位、同時に発表したいと思います。なんとその差、たった一票でありました」
レオナルドがグラスから口を離すと、ゴクリ、と酒を飲み込む音が狭い部屋に響いた。
「28票獲得を獲得し、堂々の一位に輝いたのは…………」
ダララララと、またミイラ男の押したスイッチによってドラムロールの音が聞こえてくる。
「なんと、陛下です!」
「……!?」
「陛下? 聞いておられますか、陛下?」
シュレイザーは、呆然とするザルクの目の前で手を振ってみせる。
「いや……何というか……ほ、本当か?」
自分でも信じられないのか、目を丸くして尋ねる。
「もちろんです。自信をお持ち下さい、陛下。『お馬鹿で一途な感じ』『ヘタレで応援したくなりました』『うん!!だんだんいい男になってきた!! へたれだけど。すんごいへたれだけど』などなどありがたいご意見が多数届いております」
「私は褒められているのか!? それとも貶されているのか!?」
「その他、今回はかなり陛下へ好印象を持ったという意見が多く寄せられました」
「ならそっちを紹介してくれっ!」
「第二位はレオナルド坊ちゃん。わずかに及ばすでした」
ザルクは彼に勝ったことがよほど嬉しかったのか、ニヤニヤと自らの弟を見やる。
「残念だったな、レオ。やはり私の支持率はお前以上だったようだ」
「いや、兄上に負けたことはともかく、これだけ票を入れてもらえて十分嬉しいよ」
「良い子ぶるとは卑怯だぞ、レオっ!」
「陛下、子供っぽいご発言はおやめ下さい。……どうせ勝てないんですから」
「どういう意味だっ」
「こんなご意見が。『レオ様素敵です!』『想いが空回る陛下よりも、ソフィアのことを想って想って行動する思慮深いレオ様が好きです。是非ソフィアとキャッキャウフフな関係になって欲しいですね。』『あたりまえでしょう!レオ様、好きだ!』『なんか裏がありそうだけどそれがまた良い!!』」
「なぜ私よりいい意見ばかり紹介する!」
興奮するザルクに、シュレイザーは至極冷静に「たまたまですよ」と反論していた。
「そして第二問目の好きなカップリング投票では、一位、陛下×ソフィア様が26票とトップ。次点に、こちらも惜しくも及ばず、レオナルド坊ちゃん×ソフィア様が24票で二位。第三位は13票で私と陛下という結果になりました」
シュレイザーはそう言って、パタンと手帳を閉じた。
「はっはっは! やはりな!」とザルクが仰け反るように背もたれにもたれかかる。「しかし一位は当然として、三位がなぜ私とお前なんだ、気持ちの悪い」
「ご意見曰く、陛下のやられっぷりが最高だと」
「シュレイザーには、子供の頃から頭が上がらないもんね、兄上。色々尻ぬぐいしてくれてるし。公私ともに」
「別に……頭が上がらないわけではない……」
とはいえ、確かにフォローをされてきたことは事実。完全には否定できなかった。
「ちなみに現在行われている、第三回目のアンケートではレオナルド坊ちゃんが単独トップ、二位の陛下と二十票ほどの差をつけて独走状態です。陛下の逆転はまあ無理でしょう」
「……レオが、トップ? な、何かの間違いじゃないのか? なぜ私ではない!」
「第二問目の恋人にしたい~の方では一層差が開いております」
二度目の人気投票で一位になったのだから、その地位は不動のものだと思っていたザルクは、焦ったように爪を噛む。
「こ、こうなったら部下を総動員して私に票を」
「不正な投票は無効と見なします」
「だってさ、兄上」
「なんだその勝ち誇ったような顔はっ! お前も実は、裏で女と散々遊んでいただろうが! なのになぜ一途だなんだのと思われているんだ!」
「遊んでたって、何十年前の話? ソフィアに惚れてからは彼女一筋だから。兄上と違って」
「誤解を招くことを言うなぁ! 私も一筋だっ! というか、お前はいい加減に諦めろっ!」
「い・や・だ」
「レオぉっ!」
バタバタと騒がしい音に、シュレイザーは片耳を塞ぐ。
「そんなこんなで、第三回目の人気投票は続行中です。と、同時に百票突破記念アンケートも実施しておりますので、合わせてどうぞ。では、またお会いできることを期待して」
こうしてヴァンパイアの住まう巨城の夜は、しんしんと更けていった。
こんな番外編が読みたい!というご希望があれば是非^^