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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Ground
7/81

st.Ⅶ     The Duke

 授業の終わりを告げるチャイムがなると、私は真っ黒になるまで書き込んだ紙切れを本に挟んだ。エンピツも紙も学校からの支給品。自由にいくらでも使えるわけじゃないから、一応節約しながら使ってる。


 コーヒーをかけられたあの後、眼を真っ赤にして部屋に帰った私をミセスグリーンがすごく心配してくれた。でもこんな惨めなことを言いたくなくて、テラスで転んだんだと嘘をついた。それ以上ミセスグリーンは問いただそうとはしなかった。多分真実じゃないだろうって思ってるだろうけど、私が話すまで待ってくれるつもりなんだろうと思う。


 彼女らとは、あれ以来会ってない。そもそもファーストとサードとの間には、作ろうとしなきゃ接点なんか生まれない。ファーストの棟へは近寄りたくなかったけど、時々顔も知らないファーストの子達がわざわざこっちへ来て、私を指差して笑っていた。


 だから最近私はよくある場所に出かける。学校の内部にある図書館。そりゃファーストほどの規模はないけれど、町の図書館よりは大きいんじゃないかな。テスト前になると人がたくさんあつまるようだけど、普段はガラガラで使いたい放題。静かで指をさされることも無いし、人間界じゃ絶対に読めないような本がたくさんあって(例えば地獄の断面図だとか、透明人間に出会った時の効果的な対処法だとか、象鼻草の生態だとか)、次はどんなことが書いてあるんあろうとわくわくしてページをめくる日々を送っていた。


 金色のノブを回して、静かに足を踏み入れる。おそらく誰もいないだろうけど、ここの蛇男司書さんが怖いから、音を立てないようにしなきゃと少し緊張する。

 天井ほどもある本棚がずらりとひしめき合い、古びた背表紙の本がびっちり隙間なく並んでいる。蛇男さんが几帳面に項目ごとに並べてくれているから、すごく探しやすかった。


「えっと、これ返却します」


 蛇男さんは紫色の舌をチロチロと出すと、私の顔と本を厳しい目で一瞥し、返却期限日を確認する。待っている間に聞こえる小さな時計の針のと音が、まるで回答を迫られるクイズの挑戦者のようにやけに緊張感をあおって聞こえた。  

 期限内であると確認が終わると、何も言わずに頷く。それが別の本を借りるのが許されたというサインらしかった。


 怖い。怖すぎるよ……、蛇男さん。天井近くの本を何も言わず取ってくれる優しい人なんだけどね。


 足音も極力立てないようにしながら、私は最近夢中になっている魔剣士物の続きを借りようと、図書館の両端にある階段の左側のを上って二階へと足を運んだ。ギイギイと板が軋む。

 その物語と言うのは、魔剣士クロードが光の戦士レザーと戦う戦記ものの小説。普通、悪が滅ぼされるように物語が進むんだけど、やっぱりこっちはヴァンパイアの国と言うこともあって立場が逆。悪が正義というスタンスで書かれてあるから、それが目新しくて面白かった。それの主人公の魔剣士がスマートですっごくカッコイイしね。


「あれ……」


 次の七巻を借りようとしたけれど、私の借りていた六巻とそれだけがちょうどぽっかり穴が空いたように存在しない。じゃあ飛ばして八巻というわけにも行かなかったから、折角来たし別の本でも見ようと棚をかえようとした。

 その時、


「んンっ……」


 後ろからガバッと大きな手で口をふさがれ、身動きが取れなくなってしまった。何これ……! 誰なの?

 耳元に相手の唇が近づいてくるのを感じる。


「お探し物はこれですか? カワイイお嬢さん」


 ささやくような男性の声とともに、目の下から『魔剣士の騎道』七巻がぬっと現れる。あ、あったんだ! じゃなくて、ちょっと待って……“男性”の声?

 後宮は王以外原則男子禁制。ただ蛇男さんのように人間の女性との間に子供ができないような場合はOKらしく、人間界のように後宮で働いている人たちが全員女性、というわけではなかった。それでも珍しいんだけど。

 王の声じゃない。だとしたら、司書2号さんかしら。だったらもっと普通に教えてほしい!


 口を塞がれていた手がどけられると、私は急いで振り返った。そして目を見開いて息を呑む。


「ごめんね、オレが先に取っちゃった」


 にっこりと微笑むその男性に、私は二、三度目をしばたかせた。

 想像していた姿とはまるで違う。てっきり蛇男さんのような人だと思っていた――

 彼は金色の髪にエメラルドのような瞳、柔らかそうな白い肌を持ったものすごい美青年だった。まるで天使のようにも見えるけれど、にっこり笑う口元からは尖った犬歯がお目見えする。


(ヴァ、ヴァンパイア……?)


 男のヴァンパイアは恐らく完全にアウトのはず。それがなぜこの青年はサードクラスのこんなところに入り込んでいるの?


「あ……あの、えっと」

「ソフィア・クローズちゃん……かな?」


 どうして私の名前を? 


「あ、やっぱり当たった? オレって天才かも。……って、一巻からの貸し出しカード見ただけだけど」


 そう言って小さく舌を出す。


「あの、あなたは……?」


 そう尋ねつつも、どこかで見たことがあるような気がしていた。顔立ちが誰かに似ているような。


「オレはレオナルド・ヴィン・モルターゼフ(Leonard Vin Morterzefz)。レオって呼んでね」


 “呼んでね”じゃなくって!


「あの、姓とミドルネームが同じということはつまり……」

「うん。王はオレの兄。兄弟いるって知らなかったの?」


 知らなかった。あの人、弟さんがいたんだ。それにしても随分雰囲気が違う。明るくて人懐っこいのは、次男坊さんの特徴なんだろうか。後宮にも入り込んでくるし、何というか、すごくフリーダム。


「あ、あの、ここは陛下以外立ち入り禁止なんじゃないんですか?」


 百も承知で来たんだろうケド、一応の警告はしておかないと。


「いいのいいの。オレは兄上のお許しがあるから」

「お、お許し?」

「そ。ねぇ…ところで君さぁ」


 急に熱を帯びたような表情をする弟さんに、私は思わずあとずさりした。ドンと冷たい壁に背中が当たる。弟さんは壁に両手をつき、私をその間に閉じ込める。彼の影に全身包まれてしまった気分だった。  何、どういうこと?

 光の溶け込んだ瞳でじっと見下ろされる。ヴァンパイアは誰も彼も、表現に困るほど飛びぬけて美しい容姿をしている。そんな人に射るように見つめられて、私も徐々に顔が熱くなって行った。

 艶やかな唇がゆっくりと開かれる。


「兄上とはもうシた?」

「! ……し、しし?!」


 ここはもう少しオブラートに包んで……じゃなくて、初対面でのその質問?! ジェニファーたちとの会話を思い出す。ここは太陽が出ずにずっと夜だから、いつもこういうノリなの?


「ねえ、もう何発かヤられちゃったの? それでなくとも途中までは……とかさぁ」


 顔を近づけられ、慌ててそむけた。だが不意にあごをつかまれ、ぐいっと上を向かされる。


「どうなわけ? ソ・フィ・ア・ちゃん」


 ふうと優しく息を吹きかけられて、思わず目をつむった。男性物の香水のいい香りに翻弄される。だめだめ、しっかりしないと!

 ど、どうといわれても何にもないけど、それをなぜこの人に報告する必要があるの?


「……」

「ふーん、教えてくれないんなら、君の体に直接教えてもらおうっと」


 弟さんはスカートのすそを一気にたくし上げると、下着に手をかけてぐいと下へ引っ張った。


「えぇ!? ヤッ……ちょ!」

 

 何するの、この人! 私は必死でそれを押さえつけ、慌てて、


「へ、陛下は私のことなど気にも留めておられないようですから全くそういったことは気配すらございません!」と真っ赤になりながらも、魔界ラジオDJも驚きの速さで言い切った。

 全く、仮にも王族のくせに一体どういう教育を受けてきたのかしら……っ!

 弟さんはそれに満足したらしく、スカートから手を出してにっこりと子供のように微笑んだ。


「良かった。実はね、兄上が正室を選んだ後、好きな女を一人選んで妻に迎え入れて良いって言われてるんだ。だからオレ、君に決めた」

「は、はい?」

「冗談じゃないよ、本気。なんならレッドドラゴンの血で誓い合おうか?」

「そ、それでしたらファーストクラスの方々からどうぞ。私のような貧乏臭い女なんて」


 それに彼は拗ねたように口を尖らせる。


「やだよ。あいつら全員兄上のお手つきだろ? オレはオレだけの女が欲しいんだ、君みたいな女がね。……愛してるよ、ソフィア」


 ギュッと抱きしめられ、頬にキスを落とされた。嘘でしょ、何これ……。何してるの? ――図書館で。


「あ、あの……そもそも陛下はすでに妃をお決めに?」


 腕の中から弟さんを見上げた。背も高くて本当にきれいな顔立ち。


「知らないの? 昨日なんとかっていう女を王の部屋に呼んだらしいよ」


 なんとかでは分からない。あ、でも、もしかして。


「リザ・インスティテュート……さん?」

「ああー、そんな感じだったかなぁ。普通は後宮に王が足を運ぶものだろ? それが向こうを呼び寄せるんだから、正室はその女で決まりでしょ。ソフィア、オレたちも早く結婚してじゃんっじゃん、子供作ろうねぇ~。え? 子供を作る行為が好きなんだろうって? あははは、図星、図星! でもオレは優しいから結婚まで待ってあげるね!」


 この人は一体、一人で何を言ってるの!? 何この明るいヴァンパイア……!

 でも急に鼻を引くつかせると、腕の力をぬいた。


「コーヒーでもこぼしたの?」


 あっ、と思った。これはあの時ニーナにかけられたもの。替えのドレスが無いから一応洗ったけど、まだ匂いは少し残ってる。


「おでこにもケガしてるし」


 リザに投げられた本が当たった時のだ。すると弟さんはひとさし指と中指で、空中に何かを描き始めた。それを追いかけるようにスーッと金色の線が現れ、小さな魔法陣が出来上がる。

 何? 何かの魔法……? 目をしばたかせていると、彼はその魔法陣を指でそっと押した。魔法陣と共にふんわりと暖かい風が私を吹きぬけ、髪を揺らして優しく包み込んだ。


「よし、これで治ったよ」


 ”治った”? 額に触れてみると、確かに痛くない。治癒系魔法の一種なのかしら、スゴい。


「支援してくれる貴族もいないみたいだし、困ったらオレに何でも相談して! でもその代わりキスを~」

「えぇ!?」


 その時、弟さんの後ろで咳払いが聞こえた。


「公爵殿……」


 司書の蛇男さんだった。若き公爵(デューク)はしまったとばかりに頭をかく。


「ごめんごめん。じゃあね、オレのソフィア。兄上に襲われそうになったら、心臓に杭を打ち込んでやれぇ!」

「な、何を言っておられるんです!」


 仮にも弟なのに……!

 そうやって公爵は、魔剣士の騎道七巻を私の手にねじ込みながら、こめかみに随分と長いキスを落として帰っていった。私は顔を赤くしながら、気まずい空気の中、魔剣士の騎道七巻を手にしばらく蛇男さんと向かい合っていた。



**********


 ザルクの広い執務室で、レオナルドは巨大なソファーに我が物顔で腰を下ろし、ローテーブルに足を掛けていた。書類にサインをするザルクを顔だけで振り返る。


「ねえ、兄上。オレ、好きな女ができた」

「ほう、そうか」


 ザルクは手を休まずにそれを聞く。仕事のときだけかけるメガネの向こうで、漆黒の瞳がせわしなく書類の文字を追いかけていた。


「もらっても良いよね、約束だよね?」

「好きにしろ。よほど惚れこんでいるようだが、どんな女なんだ? ファーストなら分かるかもしれない」

「残念ながら、兄上の手垢がついてない子だよ」

「手垢とは言ってくれる。名は?」


 レオナルドはよっこらせと立ち上がると、立派な悪魔型のドアノブに手をかけながらニコリと笑う。


「サードクラスの女……ってことにしておこうかな」

「サード……レオそ――っ」


 ザルクは僅かに瞳を揺らしてメガネを外すが、レオナルドはすでに出て行った後だった。


あとがき

 レオは自由な男です。

 うちのヴァンパイアは基本的に変態なのであしからず。

 


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