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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The last Landing
69/81

――《番外編》ソフィアの幼なじみ①

 オレには昔、好きな女がいた。

 ソフィア・クローズ。

 純粋で、まっすぐで、なにより天使みたいに可愛くて優しい。

 

 小さいときから近所に住んでいたよしみで、かなり仲良がいいという自覚があった。

 なのに……ある日突然家から姿を消したかと思うと、妙な男を連れて帰ってきた。

 

 

 薬指に指輪を光らせて。

 

 

 

 

「あらぁ、背が高くて凜々しくて、素敵な旦那様だこと! まるで舞台俳優さんだわ、いいえそれ以上かも」

 

 年甲斐も無く、顔を真っ赤にしてソフィアの隣に立つ男に鼻息を荒げる母さん。

 

 大都市の外れにあるこの街は、とても閑静ながら、都会へ発展途上ということもあってそこそこ人口もいるし、飲食街や商店も充実する住みやすい場所。

 とはいえ今日は特に目立ったバーゲンセールもやっていなければ、劇場も定休日だからか、暇な奴ら(主に女)が噂を聞きつけてぞろぞろウチにやってくる。

 

 さっきから近所中の女どもが、顔を真っ赤にしてチラチラチラチラ家をのぞき込んではソフィアの隣の男を見て立ち去っていく。しかも何往復もしてるの知ってるんだからな! つうか、人ん家に集まるな!

 

「いえ、それほどでもありません。ミセスワイマーク」

 

 スカしたようなツラで、ソフィアの肩を抱く黒髪の男は、腹の立つような顔でそう答えた。

 高そうなスーツに見合う長い足と、石膏像みたいに整ったツラ。

 それと何か分からんが、ものすごい威厳みたいなもんを感じる。

 

 でも、なぜか本気でぶっ飛ばしてやりてぇほどにムカつく野郎だ。男のくせに、病人みたいに色白で弱々しそうな野郎じゃないか。

 確かに、ツラは悪くねぇけど……。

 

 とにかく、名前は知らん。さっき聞いたが覚える気は無い。

 何でも異国の地方貴族らしく、ソフィアが玉の輿だって近所中大騒ぎ。

 

 けっ。たかだが地方貴族だろ? 大したことない。

 オレだって頑張ればソフィアのためなら綺麗なドレスや宝石ぐらい買ってやれる自信があるし、少なくとも食うに困らせることなんてねぇんだ。

 

 チラッと目の端にソフィアの首から下がる、めちゃくちゃ高そうなネックレスが目に入った。

 

 だ……だからって、地方貴族がなんだ。

 どうせ小さい村を仕切って、その気になって調子に乗ってるだけだろ?

 王様だってんなら認めてやってもいいけどな。アホくせ。

 

「親戚の都合で突然いなくなってごめんなさい、おばさん。本当に緊急で」

 

 ソフィアが急に姿を消した時は、正直パニックになった。

 皆が止める中、オレは夜中でも雨の中でもずっと一人で探しまくった。

 

 犯罪に巻き込まれたんじゃないか。

 どこかで倒れてるんじゃないか。

 

 そう思って、飯どころか寝る暇さえ惜しく感じていた。

 

 あれから一年――

 心のどこかで諦めかけていたのに。

 

 生きていてくれたのか、ソフィア。

 

「いいんだよ、ソフィー。無事戻ってきてくれたんなら、それで十分だよ」

 

 お袋もオレと同じ気持ちなんだろう。普段はパンツで家を歩き回ってるガサツ人間なのに、今は目に涙なんか浮かべてやがる。

 

「アーヴィン、久しぶり」

 

 お袋とひとしきり話していたソフィアが、ふいにオレに話しかけた。

 

「へ……ああっ」

 

 ああ、その懐かしい笑顔。

 今でもソフィアは可愛すぎる。いや、ちょっと大人になって色気が滲み出てる感じが、たまらないというか……。こんな女を嫁にできるなら、家事も仕事も何だってやっていいって気になる。

 ドキドキして思わず声が裏返った。

 ニヤニヤする母親くそばばあにムッとした。

 

「ソフィー、私にも紹介してくれ」

 

 あの男が割り込んでくる。

 いつまで肩を抱いてるんだこいつ!

 

「幼なじみのアーヴィンです。生まれた時からご近所で、小さい頃からいつも一緒に遊んでいました」

「ほう」

 

 顎に手を当てて、品定めするかのようにジロジロ見て来やがる。

 しかもまるで自分の相手にならないとでも言いたげに、口元には余裕ぶった笑みまで浮かべて。

 

 そりゃ確かに、オレは平凡面だし、身長だって平均……よりはちょっと低いくらいだ。こいつみたいな一瞬で女を惚けさせるような面も、何を着ても映える体型も華も無い。

 けど……ソフィアとの仲に関しては、絶対に負けない自信がある! 

 一緒に風呂に入ったこともあるんだからな! ……記憶にないぐらいガキの頃だけど。

 

「ソフィア!」

 

 ソフィアの手を引っぱって奴から引きはがす。

 

「アーヴィン、どこに行くの?」

 

 突然家を飛び出していくオレに驚くソフィアに構わず、オレは一目散にある場所へ向かった。

 

 

 

 

「懐かしいだろ? ここ」

 

 来たのは家からさほど離れていない所にある雑木林の中。

 発展しつつある家の近所とは違って、ここはまだ、虫の声があちこちから聞こえるような静かな所。

 

 ガキの頃、池の傍にある大木の枝の上にショボイ秘密基地なんか作って遊んだもんだった。

 

「うん……懐かしい」

 

 目を細めて、秘密基地のあった場所を見上げるソフィアに見とれそうになった。いや、実際見とれた。

 透き通るような綺麗な肌を、柔らかそうな髪が撫でてる。

 天使……まさに天使だ!

 

 ドキドキがあり得ないほど強さを増してきて、あのときの気持ちがよみがえってきた。

 伝えられなかった、気持ちが。

 

「ソフィア……あのさ……」

「なかなか良いところだ。虫が多いのが難点だが」

「――ッ!」

 

 びっくりして飛び上がりそうになった。

 

 いつの間にいたんだよこいつ!

 しかも今度はソフィアの腰に手なんか回しやがって……っ。ソフィア! 本当は嫌だろ? 拒否してもいいんだからな!

 

 奴の手から、ソフィアを引き離すように引っ張った。

 

「ソ、ソフィア、あれ覚えてるか? ほら、トミーと一緒に釣りをやってさ」

「うん、覚えてるよ」

「ほんと、あのときは焦ったよなぁ。まさかあんなことになるなんてさ!」

「私もびっくりした」

「だよな! だってさぁ――」

 

 奴がついて来られねぇ話をかまして盛り上がる。よし、良い感じだ。

 

 でも野郎はそれが何だとばかりに余裕ぶった面で、楽しそうに話すソフィアに目を細めながら髪を撫でていた。

 かと思うと、ソフィアの耳に口を押し当てるように近づいて何かモゴモゴ喋りやがる。

 気持ち悪いことすんな!

 

 でも、途端にソフィアは顔を真っ赤にして、

 

「あ……あなた」

 

 と、はにかんだように微笑んだかと思うと、オレを忘れたかのように二人きりの世界に突入する。

 オレが入り込む隙が一分も無いほどに。

 

 “あなた”だと?

 名前で呼ばれてるオレの方が、距離感が近いもんね!

 それにソフィアは敬語なんか使ってるし。地方貴族のくせに随分と偉ぶってるもんだ。

 どうせ王様の前では米つきバッタみたいにへつらってるくせによ。

 

 

 ◇◇

 

 

「やれやれ、やはり人間界は少し空気が違うな」

 

 池から私の家に戻ると、陛下は疲れたようにカウチに腰掛けた。

 

「大丈夫ですか、陛下。人間化の魔法は解けていませんか?」

 

 外見だけ人間のようになった陛下は、牙もないし、長時間でなければ直射日光の下でも平気。明るいところで見る陛下は、本当に肌が白くて綺麗だった。

 

「ああ、問題ない」という微笑にもドキリとする。

 

 ドタバタしていたので結婚式から少し日を置いたけれど、こうして新婚旅行をすることができた。

 場所は人間界に、と陛下の提案に乗って、本当に久し振りに家族で住んでいた家に戻ることができて嬉しい。

 

 生身の人間は魔界から人間界へ行くのが困難だと聞いていたけれど、ヴァンパイアの妻になった私は、もう普通の人間じゃなくなっているらしく、すんなりこちらに戻ってこられた。

 一年前ではとても考えられないこと。

 

 とはいえ頻繁には来られないだろうから、ここにある物を色々持ち帰ろう。写真とか、小さい頃から大切にしていた宝石箱の中のものを。

 

 懐かしさに、家の中を見渡す。

 

 一年も空けていたから、きっと家はヒドイ状態になっているだろうと思っていたけれど、アーヴィンのおばさんが、私は必ず帰ってくるからと、こまめに掃除してくれていたらしい。

 

 おかげでこの旅行の間、家族で過ごしたこの場所に寝泊まりできる。

 本当に、頭が上がらない。

 

 ふと陛下を見ると、なぜか窓の外をじっと見つめていた。

 

「どうかされたんですか」

「あれが太陽か」

 

 常夜の魔界ではお目にかかれない光り輝く存在。

 人間界に来たことのある陛下も、太陽の昇る時間に来るのは初めてらしい。

 少し眩しそうに、けれどとても物珍しそうに見つめている。

 

「ええ。陛下の絵と全然違うでしょう? 顔もついてませんし」

「……わ、私はそう違わん気がするが」

 

 恥ずかしくなったのか、咳払いをして立ち上がると、今度は家の中を、まるで美術館にでも来たかのように丁寧に観察し始めた。

 

 陛下の使っているバスルームより小さな空間。そこに陛下がいると、この庶民的な家がより一層狭く感じられた。

 あれほど大きなお城でもものすごく存在感のある人だから、それも当然だけれど、この家にすんなりなじんでしまう私とは、やっぱり育ってきた環境がかなり違うんだなと実感する。

 

 お互いを好きな気持ちは変わらないけれど。

 

「それよりソフィア、彼とはどういう仲だったんだ?」

「彼……とは?」

「アーヴィン君だ」

 

 陛下は何ともなしに聞いているつもりなんだろうけれど、置物の人形の頭をやたらめったになで回している所からみて、明らかに落ち着かない様子なのが分かる。

 

「ですから、幼なじみです。小さい頃からよく一緒に遊んでいた」

「それだけ……か?」

 

「それだけ、とは?」

「いや、別に……。先ほどもかなり楽しそうだったから」

 

 もごもごと言いづらそうに、言葉が尻すぼみになっていく。

 さっきまで、彼の前ではあんなに余裕綽々な態度だったのに。

 

 本当は嫉妬していたんだろうか。

 

「ソフィア、こっちも見ていいか?」

「ええ、どうぞ」

 

 私の部屋に足を踏み入れた陛下を追うと、彼はベッドに足を組んで腰掛けていた。

 

「ここへ」と自分の隣を軽く叩く陛下の横へ、何の疑いも抱かず腰掛ける。

 

「君は素直だな」

 

 突然押し倒され、お城のふかふかなベッドとは違う、古い木のベッドがギシ、と軋んだ。

 真摯な瞳で見下ろしてくる陛下が、今から何をしようとしていることは分かった。

 まさかそのために、この部屋へ? さっきまでそんなそぶり、全然無かったのに。

 

「あ、あの……、じきに日も暮れますし、も、もう少し……」

「我慢できない」

 

 綺麗な眉宇をひそめて切実に訴えかけられ、どう返していいのか分からない。

 ただ恥ずかしさに目をギュッと瞑って横を向いた。

 

「そういう顔をされると、ますますそそられる」

 

 嗜虐的な顔をしながらも、私の髪をかき上げる手つきは驚くほど優しい。

 柔らかく唇を重ねるうち、激しさを増してくる。

 

「ん……ん、ふっ」

 

 キスで漏れる自分の声もすぐに気にならなくなるほど熱に浮かされ始め、陛下の手で脱がされていくドレスの衣擦れの音も遠くに聞こえてくる。

 

「……ソフィアっ」

 

 徐々に余裕がなくなっていく陛下に何度も翻弄されながら、熱くて眠れない夜が過ぎていった。


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