The Final stair For You
広間の巨大な扉を体で押し開ける。
正面に掲げられた大きなアラゾークの魔鏡の元へ駆け寄った。
私の姿をとらえると、鏡から上体を出したドラゴンが、嬉しそうな顔をする。
『どうした、小娘! さあ今日は何をして遊――』
「私は小娘ではありません! ヴァンパイア王国第十三代国王です」
ドラゴンはキョトンとして、すぐに深刻な顔で押し黙った。
「だから……っ」
力を込めて握りしめた手の甲に、ぽたりと涙が落ちる。
「だから、王たる私の願いを叶えてください。陛下を……あの方を生き返らせてくださ……っ」
床へ座り込み、最後はもう言葉にならなかった。
涙がヒタヒタと床へ零れ、魔鏡の中のドラゴンが大きなため息をつく。
『無理だ』
その一言に、大きな絶望を覚えた。
「なぜ……なぜです! 国王の願いは何でも叶えてくれるのでしょう?」
『ああ』
「だったら……!」
ドラゴンはウロコに囲まれた瞳で、鋭く私を見据える。ゾッとするほど冷たいものだった。
『蘇りの魔術には他者の命が必要だからだ。お前にそれが用意できるか?』
「できます……。私がこの命を」
『だからお前は小娘だというのだ、小娘!! お前はなぜ生きている! ここで泣くことができている? 王が命がけで護ったからだ、違うか!? それを捧げるなど、王を殺すよりタチが悪い! 誰がなんと言おうとその願いは叶えられん、帰れ帰れ!』
ドラゴンの声が広間中をぐわんぐわんとこだまする。
そう、彼の言っていることは、尤も。
でも……。
でもね――
「何も、私のためだけに言っているのではありません……」
ドレスを固く握りしめる私の顔に、自然と笑みが広がっていた。
それがなぜなのか、自分でも分からない。
『どういうことだ……』
「私にはこの大国を治める手腕などありません。いくらシュレイザーさんの補佐があろうと、私にはとても無理なことです。あの方のような知恵も知識も、先頭をきる勇気も度胸も、自分の心を殺す強さもない。この国の多くの民があの人を必要としています。この国の平和と秩序のために、どちらが生きるべきかは、明白なはずです」
そう、あの人なしじゃいられないのは、私もこの王国も同じ。
国を取り仕切るなんて、突然人間界から連れてこられただけの私にはできっこない。
国の頂点に立つなんて。ワガママな貴族たちをまとめるなんて。そんなこと、とても……。
でもあの人はずっと、それを黙って成し遂げ続けてきた。そうでしょう?
ドラゴンはたじろいだように、ボールのような目を泳がせた。
『しかし……王はお前の仇ではないのか? お前の兄を殺した』
首のネックレスを握る。
「兄は……とても穏やかな顔をして亡くなっていました。まるで眠っているかのように。陛下はとてもストイックなまでに、お父様の作られたブラッド法を遵守していました。それを破ってまで兄の血を吸ったのは、きっと……何か事情があった。私はそう……信じています」
ダンさんが別れ際に、自分の信じるものだけを信じろと言ってたのは、こういう事態を予見していたからなんだろうか。
深く、重い沈黙がホールを包んだ。
ドラゴンの、肺の奥から吐き出すようなため息に髪が揺れる。
『……いいだろう。お前の命と引き換えに、王を甦らせてやる。小むす……いや、ソフィア。この国はお前のことを心から誇りに思うだろう。国王として、王妃として、お前の決断は……とても立派だ』
「いいえ、私はあの人を愛してしまった。とても、とても深く……。どれだけ言いつくろったって、本当はただ……それだけのことなんです」
私は強くもない。立派な人間でも。
だから、こんな願いをしている。
情けないくらい、あの人を求めている。
「そうだ、少しだけ待ってもらえますか? 絵を描きたいのです」
ドラゴンは使いなさいと、大きなキャンバスやら絵の具やらを用意してくれたけれど、私はスケッチブックと鉛筆だけをもらった。
サラサラと、鉛筆を紙に走らせる。それだけでなんだか幸せな気分になれた。
こんな感覚、いつぶりだろう。
『それは……月の絵、か?』
そう……あの時、最初に出会った日に描いていたものと同じ絵。
私と陛下を引き合わせてくれた絵。
少し違うのは、小さく小さく、一見しただけでは気づかない大きさの私と陛下を描き入れたこと。
これを、置いていきます。
すれ違うことの多かった私たちが、せめてこの絵の中では、ずっと一緒にいられるように。
「アラゾークさん、あの方が甦ったら伝えてください……私はあなたを心から愛していたと」
『その必要はないだろう。その絵にお前の全てが刻まれているのだから』
「それなら……良かった」
自分の描いた絵を見つめる。
私たちはこの絵で始まり、この絵で終わる。
『ソフィア……最後に教えてやろう。あの日の出来事を全て。王から真実は聞けんだろうからな』
あの日の出来事を全て?
『あの日、王は人間界にいた。王妃候補を探すために、たまにこちらとあちらを行き来していた。そこで偶然見つけたのだ。今にも悪魔になろうというお前の兄を』
「――! お兄ちゃんが……どうして」
どうして……悪魔なんかに……っ。
『アーサー・オールビーだ。本来天界の者は容易に魔界へ入ることはできない。その頃すでに天使になっていた奴も、王と接触しようにも魔界の入り口を見つけることができなくなっていた。だが、以前はこの国の貴族だった奴は、王が人間界で女たちを連れ去り、妾としていることは知っていた。そこで奴は思いついた。一人の人間の男を悪魔をとし、人間の女たちの体に悪魔の種を植え付けさせ、自らの奴隷とすればいい。その女を王に連れ帰らせ、内側から自分を魔界や城へ招き入れる手引きをさせればいいと』
「その“人間の男”に選ばれたのが……お兄ちゃん……だったのですか」
ドラゴンが大きな顎を重々しく下げる。
『強力な毒を飲まされたお前の兄に残されていたのは、女たちに悪魔の種を植え付けるしか能の無い低級悪魔として生きるか、人間として死ぬか。そのどちらかだった』
「そんな……」
あの優しいお兄ちゃんに、そんな惨いことをしたなんて……。
『王はお前の兄の中に流れる猛毒を、血ごと全て吸い出した。もちろん危険を覚悟でのことだ。お前の兄を、人間として死なせるために』
「なぜ、陛下はそんなことを? 知らない人間が悪魔になろうと、彼には関係なかったでしょう?」
『そこまでは知らん。自分の妻となるかもしれぬ人間の女を護るためだったのかも知れんし、必死に悪魔になるまいともがくお前の兄の姿に、何か感ずるものがあったのかも知れん』
――『脆いな、人間は』
あの時の陛下の顔は、どこか兄に対する哀愁に満ちていた。
お兄ちゃん……。
陛下……っ。
『あの時の毒が原因で王は医術系の魔術が使えなくなり、挙げ句吸血サイクルまで狂って、お前を襲った。そう、これが真実だ。王がお前の兄を殺した事実は何も覆らんが――』
そんなことはない。
「いいえ、陛下は救ってくれました。兄の心を」
ドラゴンの澄んだ瞳に映った自分の姿は、ボロボロなのに、自分でも分かるほどに安堵していた。
『ソフィア……そろそろ準備はいいな』
「はい」
さようなら。
この世とも、陛下とも、皆とも……。
目を閉じ、描いた絵を床へ置いた。
『ソフィア、お前の勇気を称えよう』
辺りを、真っ白な光が包んだ。
温かくて、心地良い。
ここは、あの世とこの世の境目なんだろうか。
「ソフィア……?」
体に電気が走ったかのように痺れた。この声――
この声はっ……
はやる気持ちを抑えつけ、ゆっくりと振り返る。
漆黒の瞳に漆黒の髪。
彫刻のように端正な顔立ちには、私だけに向けられる優しい微笑が広がっていく。
「…………陛、下」
愛しくて。恋しくて。焦がれてやまないその人の姿があった。
陛下は自分の状況に驚いたように周囲を見渡し、戸惑いがちに再び私を見つめる。
私の頬を伝う熱い涙が、止めどなく溢れ出た。
「陛下……陛下ぁ!」
「ソフィア!」
互いに駆け寄って、彼の胸に顔を埋める。大きな手が私の後頭部に添えられた。
「ソフィア……」
温かい手が、いつもの彼の香りが、この人の全てが私を震わせる。
「どういうことだ、ソフィア。私は……あの時、確かに」
私の顔をのぞき込もうとする陛下から逃げるように、私は彼の胸に顔を埋めた。
「あなたはもう大丈夫です、陛下。ですからどうか……お幸せに」
ごめんなさい。
私は……、行かなきゃ。
「何を言っているんだ、ソフィア」
陛下が怪訝な顔をする。
陛下。どうか……どうかお幸せに。
これが最後だと、彼の襟を引っ張って唇を寄せる。
「ソフィア……?」
もう一度さようならを口にしようとした瞬間、巨大な鐘が転がり落ちたかのような、大きな音が背後で響いた。
かと思うと、真っ白な光は一瞬のうちに消え去り、私は――
さっきまでいた鏡の間に佇んでいた。陛下に抱きしめられたまま。
「どうして……? 生きてる……」
ハッとして振り返ると、壁から落ちた魔鏡が粉々になって床に散らばっていた。
「……鏡がっ、どうして」
「アラゾークの魔鏡が、その命を差し出してくれたんだろう。君を護るために」
そう言った陛下を見上げる。
全てを悟ったらしい陛下の漆黒の瞳は、涙に揺れているように見えた。
「ソフィア……まさか私の蘇りを鏡に頼んだのか? 自分の命を代償にして」
陛下の眉根がひそめられ、罪悪感に無言でうつむいた。
「何てバカな真似をしたんだ! 私のために命を差し出すなど、あってはならない。君を護るのは私の役目だ、違うか?」
陛下は私の肩を持って、身体を揺さぶる。
けれど、彼は本気で怒っているというより、絶望に打ち震えているように見えた。
私が、彼のために命を捧げようとしたから。
「ごめんなさい……でも、私も愛する人のためにこの身を差し出そうと思ったのです。陛下……あなたがいつも私にそうしてくれていたように」
「ソフィア」
強く、息もできないくらい強く強く抱きしめられた。
けれど、今の私にはそのくらいが心地良い。
「夢じゃ……ないんですよね。本当に……っ」
陛下の服を爪の先が白くなるほど固く掴むと、陛下はキスを落としてくれた。
「夢だろうと構わん。目覚めようと、そこに君がいるんだから」
「……っ」
私はそこから、子供のように大声でむせび泣いてしまった。
今までの苦しみを全て吐き出すかのように。
そんな私を慰めるように、陛下はずっと抱きしめ続けてくれていた。
ずっと。
これからも、そうして私を包んでいてくれると約束しながら。
*********
「お、おい聞いたか……? い、生き返られたらしいぞ、陛下……」
「ら……らしいな」
その後、城内は大混乱に陥っていた。
それはそうだろう、葬儀まで行ったというのに、その本人がひょっこり戻ってきたのだから。
「ふ、不死身なのか、あの方は」
「知るか。だが心臓をクイで打ち抜いても殺せる気がせん」
「私が生きていてそんなに残念か?」
「ッ――!」
陛下が、井戸端会議に興じていた貴族らの間に顔を出す。
突然現れた噂の張本人に、貴族たちは飛び退いた。
「い、いえいえそんな!」
「そうですとも! し、しかし陛下には一本取られました。あそこまで本格的な演技をなさるとは……。その、てっきり本当にお亡くなりになったかと……はははは!」
青い顔でそう言ったかと思うと、蜂の子を散らしたように逃げていった。
「全く。もっと喜んでくれてもいいだろう。それとも私はそれほど嫌われていたのか?」
陛下は不服だと言いたげに顔をしかめる。
陛下の死は、『陛下暗殺を企てた残党をあぶりだすための偽装』。
皆にはそんな風に伝えられることとなった。
「無理矢理ではありませんか?」
廊下を堂々と闊歩する陛下に尋ねてみる。
貴族や貴婦人たちの好奇の目が突き刺さってとても居心地が悪いけれど、繋がれた手の温もりには癒やされる。
この手はもう、絶対に離さない。
「他に思いつかなかった。苦肉の策というやつだ」
「というより、苦しい言い訳です」
「それもそうだ」と陛下は笑う。
鏡の間の前につくと、陛下が片手で扉を押し開けた。
『いででででで! もっと丁寧に扱わんか!』
ホールに入った途端、そんな悲鳴のような叫び声が耳に入ってきた。
「あの……大丈夫ですか、アラゾークさん」
バラバラになった鏡の破片を職人たちに接着剤でくっつけられながら、包帯だらけのドラゴンは涙目で私をにらみ付けた。
『フン、小娘! おかげで魔力は空っぽ! ゼロだ!』
そう、鏡のドラゴンは死ななかった。
というより、彼はそもそも“生きている”わけではなく、鏡の中に魔力をため込んでいた状態だったのだと聞いた。
蘇りの魔術に命が必要だというのは、生きている者が死んでしまうくらい、ものすごい大量のエネルギーを要するからだということらしい。
それだけの量の魔力を失ってゼロになっても、そもそも“生きている”状態ではない鏡のドラゴンだから、力を失うだけで済んだんだとか。
ほんの少し陛下が魔力を分け与えると、こうしてドラゴンの姿も戻った。
痛々しい包帯姿だけれど。
でもアラゾークさんは、きっとそれを知った上で自分の身を捧げようとしたんじゃない気がするのは、私だけなんだろうか。
『また元の魔力量に戻るまで五百年はかかる……それまで生きておれ、二人とも』
ヒドイひびだらけの鏡の中で、ドラゴンが言い放つ。
「私の身も、案じてくれているのですか」
『つ、次の王妃が可哀想だろう、余に魔力がなければ、願いが叶えられないのだからな』
モゴモゴと口ごもる彼の言葉は、本心じゃないんだろう。
ふいに私の描いた、二枚目の月の絵が目に入った。
綺麗な額に入れられ、この部屋に飾られることになった。
ここへほとんど訪れることのなかった陛下が、この絵を眺めるために頻繁に足を運ぶようになったらしく、陛下がめったに会いに来てくれないと寂しがっていたアラゾークさんも、密かに喜んでいるらしいと噂で聞いた。
「ありがとうございます、アラゾークさん。……本当に」
『な、何だ改まって気色の悪い小娘め』
「私からも礼を言う」
敬意を示すように頭を下げる陛下と私に、鏡のドラゴンは照れたようにそっぽをむいた。
「お二人とも、そろそろお時間です。ご準備を」
扉口に佇むシュレイザーさんの呼びかけに、私たちは顔を見合わせて頷いた。
*************
「それでは、正式にお二人を夫婦と認めます」
額から角を生やした司祭さまが、聖書ならぬ魔書をパタンと閉じる。
ウエディングドレスに身を包んだ私は、タキシード姿の陛下を見つめた。
どんな服でも似合うけれど、いつもと違って髪をビシッと固めている彼は、いつも以上に輝いて見えた。
思わず見とれるほどに格好良い陛下からの熱い視線に、私は自分の顔が真っ赤になっていないかとても心配になる。
胸のドキドキが、もう全然おさまらない。
「ソフィア、綺麗だ」
「へ、陛下も、素敵ですよ」
はにかんだように微笑み合っていると、
「ううううう、おーいおいおいおい……っ!」
というすすり泣きが響く。
めいっぱいのおしゃれをしてきてくれたミセスグリーンが、約束通り最前列の席で、勢いよく鼻をかんでいた。
「ありがとう、ミセスグリーン。それと……心配かけてごめんなさい」
ミセスグリーンは八つの目を丁寧に拭うと、私を強く見据えた。
「ソフィー、これから何があろうと、二度と……。いいね? 約束できるね?」
“二度とばかなことは考えないで”。
そう言いたいんだろうと察した。
確かに愚かだったかもしれない。陛下のいない日々から、ただ逃げようとしていた私は。
彼女の目をしっかりと見て、ゆっくりと頷く。
「はい、約束します」
「分かってくれたら、それでいいんだよ、ソフィー」
彼女が人間なら、今、とても優しい優しい笑顔を見せてくれているんだろう。
また盛大に泣き始めてしまったけれど。
私たちの結婚祝賀パーティーも、華やかに催された。
たくさんの知らない人たちにも祝いの言葉を投げかけられる。
「色々王妃として覚えてもらうことがあるから忙しくなるぞ」
さすが陛下はこういう場にもマナーにもこなれている。
おぼつかない私を、上手くエスコートしてくれていた。
「覚悟しておきます」
「君なら大丈夫だ、ソフィア。それと……世継ぎ作りにも励まんとな」
「……っ!」
耳元で囁かれた言葉に、顔から火が出るかと思った。
夫婦なんだから、それも当然だとは分かっているんだけれど……。
「オッホン、妻とは言えこのようなところで女性をベッドへ誘うのはおやめ下さい」
傍についてきてくれていたシュレイザーさんが、白い目で陛下を見ていた。
「ご安心を、ソフィア様。王妃としての作法は私がきっちりご教授いたします」
「シュレイザーさんが先生なら、本当にできそうな気がします」
「オホン!」と次に咳払いをしたのは陛下。
「何なんだ、お前たちのその信頼関係は」と面白くなさそうにつむじを曲げていた。
「シュレイザー」
「はい、陛下」
「……心配をかけて、すまなかった」
陛下の言葉に、シュレイザーさんは一瞬目を見開いた。
「全くです」
すぐに淡々と返しながら、黒革の手帳を開く。
「そういえば、陛下のお部屋を整理しているときに隠し部屋を見つけたのですが、そこから色々と怪しげな――」
「ちょ、ちょちょっと待てッ! それは!」
激しく慌てた陛下が、シュレイザーさんとゴニョゴニョ話し始める。
なんだかよく分からないけれど、二人はお互いに本当に良き理解者で、本当に仲がいいのね。
二人が話している姿は、とても微笑ましく映る。
「このたびはおめでとうございます、王妃様」
陛下がまだシュレイザーさんと何やら話している最中、後ろから声をかけられ振り返った。
見たこともないシルクハットのお爺さんが、帽子を軽くとってお辞儀をする。
やっぱり王妃になった以上、陛下がそばにいなくても頑張らないと。
「あ、ありがとうございます。こ、このたびはわたくしたちのためにわざわざ……」
「よく似合ってる。本当にキレイだよ、ソフィア」
「……え?」
聞き覚えのある声……。
お辞儀をしていたお爺さんが、ゆっくりと顔を上げる。
「れ、れ、れ……!」
「シー」
そう言って、いたずらっぽくウインクする青い瞳の麗人は――
「レオ様……っ」
だって、彼は、旅に出たはずなのに。
そもそもさっきまで知らないお爺さんだったのに……。
まさか、お父様のように変身の魔術を覚えて戻って来たの……?
「おいで」
レオ様が私の手を握って、まだ何かシュレイザーさんと話している陛下の方をチラチラ気にしながらソロソロと外へ向かう。
「ソフィア? ――! おい、ちょ……待て!」
「マズイ見つかった!」
「っ――!」
レオ様に軽々と横抱きされ、会場を飛び出し、外の長い長い階段を風のように駆け下りていく。
「れ、レオ……! 私のソフィアに何をしてるんだ!」
陛下が必死の形相で追いかけてくる。
せっかく綺麗に整えてあった髪がぼさぼさになるくらい。
「結婚式っていえば、やっぱり花嫁強奪でしょ、あ・に・う・え」
「どこの蛮族の風習だ! ソフィアはもう私のものだァ!」
「そしてこれからはオレのものに」
「渡すかぁあ!」
お父さん、お母さん、お兄ちゃん……。
「子供は何人にする、ソフィー? オレはたくさん欲しいんだけど」
「勝手に話を進めるな!」
私はある日突然、ヴァンパイアのお城へ連れてこられました。
「オレはソフィーに聞いてるんだけど」
「私はお前に言っている!」
最初はこの真っ暗な世界がとても怖かったですが、太陽の昇らないこの空は、月がとてもきれいに輝いていることに気づきました。
「ソフィー、君に会えない間ほんと寂しくてさぁ。もうダメだと思って帰ってきたんだ。可哀想なオレを慰めてくれる?」とサファイアブルーの瞳で、至近距離からじっと見つめられる。
「顔を近づけるな! まずは止まれ、レオー!」
まだまだ色々お話したいことはあるけれど、一つだけ――
「ソフィー、愛してるよ」
陛下がレオ様の腕から、私を奪い取って思い切り抱きしめる。
「私の方が愛している!」
「アタシだって!」陛下の髪の間からミセスグリーンが顔を出す。
「ソフィー!」と階段の下から手を振ってくれるアリスと隣に佇むダンさん。
そんな月明かりの下で生きる彼らは誰もが強くて優しくて、そんな彼らと出会えた私はとても幸せ者だということです。
ありがとう。
私を愛し支えてくれた全ての人たちへ。
ソフィア・A・モルターゼフ