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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The last Landing
66/81

st.ⅩⅦ       The Chaos

 私はお城の長い廊下を歩いていた。

 

 暗くて、少し肌寒い。

 ここがどこなのかは、よく分からない。お城であることは確かだけれど、後宮なのか、そうでないのか、それとももっともっと別の空間にいるのか分からない。

 

 ただ一つ言えるのは、私は逃げていた。

 

 彼といた場所、彼の着ていたもの、彼と一緒に食べていたものを見るたびに、あの人との思い出が湧き上がってくるから。

 

 

 ――『ソフィア……誰より君を愛している』

 

 

 そう言ってくれた、優しかった彼はもういない。

 

 甘美なはずの思い出が、何よりも鋭いナイフとなって私の心を切り裂く。心からたくさん血を流して、とても痛くて辛いのに……私はまるでそれを求めるかのように彼の痕跡を探してる。

 そんな苦しみから逃げているつもりが、彼と思い出の深い場所ばかりに向かってしまう。

 

 葬儀はとても盛大で、たくさんの人々が喪服に身を包み、沈痛な面持ちを浮かべていた。空に吸い込まれていく、哀しげなトランペットの音色が耳にこびりついて離れない。

 

 こんなことなら、あの日……、自分があのまま大人しく、リザと陛下の前で処刑されていれば、あの人は死なずにすんだんじゃないか。

 そう思えてならない。

 

 それを言ったらあの人は、きっととても怒るんだろうけれど。

 そしてきっと、私を慰めるように強く抱きしめてくれるだろう。

 

「――っ、へいか」

 

 冷たい壁に寄りかかって、廊下に崩れ落ちる。いくら泣いても枯れない涙を零す。

 

「会いたい……、会いたい、です……今すぐ。どこにいるんですか……どこ、に」

 

 まだあの人の部屋には彼の匂いが残っているのに。温もりだって、優しさだって、声だって鮮明に思い出せるのに。

 どうして、彼の姿だけは見つからないの?

 

「女、いつまでそうしている」

 

 ここへいつ戻ってきたのか、いつからこうしているのかも分からなくなった。

 今がいつで、自分が何をしようとしてるのかも分からない。

 

「聞いているのか? 消えたものは生き返らない」

 

 何も聞こえず、何も見えない。

 ただあの人の幻想だけを追って探し続けている。

 どこ? どこにいるの?

 

「……どこに行けば……あなたに会えるのですか」

「おい、いい加減にしろ!」

「グレイさんはご存知ですか?」

 

 突然私の視界に飛び込んできたグレイさんに尋ねる。私の両肩を強く掴む彼の双眸は、どうしようもない哀れみに満ちて見えた。

 

「マイプリンセス……」

「ソフィー」

 

 ツツツと伯爵さんの肩から下りたミセスグリーンが、廊下に座り込む私の膝によじ乗る。

 

「ソフィー、色々あって疲れたね……。さ、少し休もうねぇ」

 

 優しい彼女の気遣い。

 けれど、それが余計に胸を締め付ける。


「いいの、ミセスグリーン。このままで……。むしろ、このまま……いっそ――」

 

 言いかけた言葉に、ミセスグリーンが体を震わせ、全身の毛を逆立てた。

 

「ソフィー……今すぐ前を見ろなんて言わない、今すぐ立ち直れなんて言わない。でも……そんな、何もかもを諦めたような目をするのだけはやめておくれ……っ」

「そうだよ、マイプリンセス。温かいスープがあるから一緒に飲もう! ね?」

 

「一人にしてください……お願いですから!」

「ソフィー……っ」

 

 皆を振り切って、薄暗い廊下を走る。絡まりそうになる足を必死に動かしながら。

 

 分かってる。

 みんな、どれだけ私を心配しているか。

 

 食事もとらない、夜も寝ない。

 ずっとお城の中をさまよい続ける、亡霊のような私をどれほど案じてくれているか。

 

 頭では分かっているのに、心配かけちゃだめだって思っているのに。

 愛しい人を失った喪失感が計り知れないほど大きすぎて、もう……自分ではどうしようもなかった。

 

 もう一度だけでいいのに、どうして言葉を交わすことすら叶わないの?

 

 

 

 飾り物の甲冑の持っていた短剣が、ふと目にとまった。

 

 *************

 

 

 屋外に出ると、風がざあっと髪と草を撫でる。

 私はあの湖の畔に来ていた。

 空気が澄んでいて、満天の星空が美しい。

 

「あなたと最初に出会った日も、こんな綺麗な月明かりの下でしたね、陛下」

 

 湖は驚くほど静かで、こずえのざわめきと小さな水の音がちゃぷちゃぷと聞こえるだけ。

 ここで絵を描いていると、突然彼に背中から声をかけられたんだっけ。

 

 ――『ほう、上手いものだな』

 

 あなたは、あの時から私に心を奪われていたなんて言っていたけれど、きっと私だってそう。

 あの日、あの美しい漆黒の瞳がどれほど私の胸を高ぶらせたか。あなたは知らない。

 

「人間界にいたころ、私は教会でこう教わりました。自ら命を絶つことは、人を一人殺すということ。とても罪深いことなのだと」

 

 神父様の厳しくも優しい教えは、とても心に響いた。でも――

 

 短剣の鞘を足下へ落とし、銀色の鈍い光を放つ先を自分の首に当てる。

 

「それほど重い罪だというのなら……私も、あなたのいる地獄へ行くことができるのでしょうか……」

 

 あなたのいないこの世は、地獄以上に苦しい。

 何度あなたの白昼夢を見たか。それが現実のあなたじゃないと、何度深い絶望を味わったか。

 

 もう、耐えられない。

 

 陛下……、あなたが一緒にいられないというのなら、私がそちらへ参ります。

 

「もうすぐ会える……」

 

 美しい月を最後に、目を閉じてひと思いにナイフを突き立てた。

 

「――!」

 

 けれど、寸前でナイフの先が止まる。

 ハッとして顔を上げた。

 

「おやめください……! ソフィア様」

 

 シュレイザーさんが私の手首を握りしめ、白い眉間に皺を寄せて、怒ったような哀しげな表情で私を見つめていた。

 

「やめてください! 放してッ!」

 

 力の限り彼の手を振り払おうと暴れても、彼の力は想像以上に強くてびくともしない。

 

「お願いですシュレイザーさん! 放して! 会いたいんです……あの人に……っ!」

「こんなことをしても、会えるはずがないでしょう!」

 

「分かっています! でも……でももう私のことは、放っておいてくださいっ!」

「落ち着いてください、ソフィア様! いえ……、陛下っ」

 

 シュレイザーさんの放った言葉に、世界が止まった気がした。

 

「……陛、下……?」

 

 木々のざわめきが、心なしか一瞬強くなった。

 シュレイザーさんは力の抜けた私から素早くナイフを奪うと、深呼吸して私を見つめた。

 彼のはりのある紫色の髪が揺れる。

 

 彼の力強い双眼から、目が離せなかった。

 

「はい。レオナルド坊ちゃんもおらず、あの方も亡くなられた今、王位は妻であるあなたに継承されました。女王陛下」

 

 胸がざわめく。

 

 女王……陛下。

 私が……?

 

 

 

 それじゃあ……。

 

 それじゃあ……ッ!

 

 

 考えるより先に、足が動いていた。


あとがき

 明日、完結!

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