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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The last Landing
64/81

st.ⅩⅣ       WHY

同時up①

「あそこにソフィアが……」


 真っ暗な魔界の一角に作られた聖域は、闇の住人が酷く嫌う明かりに包まれていた。

 周囲は当然魔界生物や植物の姿はなく、まるで荒野のようになって広がり、妙に生暖かい風が辺りを吹き抜けていた。


 王さえも、その聖域に一歩近づくたびに、とんでもない胸の苦しみに襲われる。

 大勢連れてきていた兵士らは、早々に使い物にならないほど衰弱していた。


「大王様……もう、だめ……」


 ロキが両膝をついて座り込む。


「陛下……っ」


 シュレイザーも限界が近いのか、見たことも無いほどに額から汗を流し、苦悶の表情を浮かべていた。

 王とて平静を装ってはいるが、気分が悪いで済ませられるほどの心地では無い。


「お前たちはここでいい。心配するな。すぐに戻る」


 この光の向こうにソフィアがいるというのなら――。

 王に迷いなど無かった。


*************


 以前美しいギリシャ風の殿堂が建てられていたそこは、長い半円形の階段の上に、数本の太い柱が並んでいるだけの廃墟になっていた。

 いつもは月明かりに照らされるだけの穏やかな風景が、煌々とした、まるで太陽のような光に照らされ、その様を一変させていた。

 

 長い階段の最上段で、まるで玉座のような美しい椅子にソフィアが腰掛けていた。

 眠っているのかのように、俯いたままうつろな表情を浮かべている。


「ソフィア……っ!」


 王はソフィアに駆け寄ろうと、息苦しさを押し殺して階段を駆け上がる。


「お顔色が悪いですね」


 どこからともなく翼を背中に生やした青年が現れ、にこやかにソフィアの腰掛ける椅子の背もたれに手を置いた。

 その神々しさは、紛れもなく天界の者である証。


「ま、私の作ったこの聖域内では、いくらあなたといえどそうなりますか。むしろその程度で済んでいるとは驚きです」


 王はなぜかその言い方に違和感を覚えた。

 まるで、魔界や自分のことをよく知っているかのような口ぶり。


「お前は一体……」


 王が拳を握りしめると、青年は息も絶え絶えで無様な彼を、あざけるように高らかに笑った。


「いえ、失礼……。お久しぶりです、陛下」


 胸に手を当て、恭しく頭を下げる。

 魔界の王宮の挨拶の作法だった。


「どういうことだ」

「おやおや、覚えておられませんか。それともこの包帯のせいかな?」


 青年が自分の顔の包帯に触れる。


「陛下を前に顔を隠すとは、とんだご無礼を。それではしかとご覧下さい。あなたのせいでこんな顔になってしまった私を」


 青年がハラリと包帯を外すと、目も当てられぬほどただれた半顔が姿を見せた。


 目の玉のない眼孔は落ちくぼみ、削がれた頬は未だに赤く、唇も抉られたように欠けている。

 美青年を窺わせる右半分の美しさとはまさに対極の、醜く生々しい傷跡が左顔面に広がっていた。


「なぜ半分は無事なのか分かりますか、陛下? 見せるためですよ、家族が拷問を受けているサマをね」

「まさか……」


 その言葉に王の脳裏によぎったのは、百年前のあの事件だった。

 敵対している王国の密偵をあぶり出すために、三人の容疑者およびその家族すらも拷問にかけた事件。


「あの時の……」


 たった一人、精神が崩壊し、廃人となって生き残った男がいた。確かオールビー家のアーサーという名の男。

 精神病棟送りになった後、行方をくらましたと聞いていた彼が、今目の前に――


「どうやら生き残ったのは私だけだったようですね、陛下。みんな苦しみの内に死んだ。心も体もボロボロ。私も、一時精神に異常をきたしてしまった。いや、周りがそう勝手に判断した。神を崇める話ばかりしていましたからね」


 アーサーはソフィアの座る椅子の周りを、ゆっくりと闊歩する。


「しかし、初めから私は精神なんて患ってなどいませんでした。ずっと復讐の機会をうかがっていたんですよ。だが闇の世界ではあなたに勝つどころか、気軽に近寄ることすらできない。だからこそ、神に魂を売った。反吐の出るような善行を重ね、私は神の信を得た。“改心”したのだとね」


 アーサーはにこやかに歩みを止めると、ソフィアの足下に座り込んで彼女を見上げた。


「気楽なものですよねぇ、陛下。他人の家族を殺しておいて、自分はのうのうと幸せを手にしようとは」

「やめろ!」


 ソフィアの頬に手を伸ばすアーサーに声を荒げる。

 彼女の傍に駆け寄ろうと動かした王の手足に縄が絡みつき、膝から崩れ落ちた。


「あなたが私にしたように、彼女を目の前でぐちゃぐちゃにしてやろうと思いまして」

「お前の目的は私なんだろう! ソフィアを巻き込むな!」


 ギリギリと身体に食い込んでくる縄にも臆せず、王は叫んだ。

 縄には聖水でも染みこませてあるのか、焼けるような鋭い痛みが走る。


「それをあなたが言うとはお笑いだ! 私の家族は何か罪を犯したのか? それとも……国を護っているあなただけは別なのか……?」


 階段の上から自分を見下ろすアーサーの口元は、狂気じみたように歪む。


「ですがご心配なく陛下。彼女に手を出すのはやめました。だって彼女は私と同じ苦しみを持っている。大切な人を悲惨な形であなたに奪われた。そう、私たちだけが分かち合うことのできる苦しみです」


 愛おしそうにソフィアの髪を撫でる。

 縄に手足を絡み取られ、立ち上がることすらできない王はギリッと歯ぎしりした。


「これが終わったら、彼女と結婚して新しい人生を歩もうと思いましてね。同じあなたを怨むもの同士、きっと手を取り合って幸せになれる。そうこれは我々の絆を強める儀式。二人で共に誓った。あなたに復讐しようと。おいで、ソフィア」


 今まで黙りこくっていたソフィアが、ゆっくりと立ち上がる。


「ソフィア……っ」


 生気が抜けたように力なく視線を足下へ落とすソフィアに、王はここへ来て初めて

表情を苦痛に歪めた。


 縄の焼けるような痛みよりも、身体を刺すような光の眩さよりも、彼女の心の痛みが何より辛い。


 アーサーはソフィアの細肩に腕を回し、そのこめかみに口づけた。


「あの悪魔に聞きたいことがあるのでしょう、ソフィア。正直にお言いなさい」


 ソフィアの泣きはらした痛々しい目が、王に向けられる。


「兄を……、兄を殺したのは……あなたなんですか、陛下」


 長い沈黙の末、王がゆっくりと口を開く。


「以前、人間界で一人の若い男を死なせたことがある。それが君のお兄さんだというなら……君の兄を殺したのは私だ、ソフィア」


 うつろなソフィアの双眼から、露のような涙が零れた。


「嗚呼、哀れなソフィア。さあ陛下、命をもって罪を償ってください。それでやっと我々に安寧の時が訪れるのです。ソフィア、さあこの聖なる短剣でヤツの心臓を突き刺しなさい。これは神から直々に授かった聖剣。どんな巨悪をも滅ぼすでしょう」


 金色に光る美しい短剣を握りしめ、ソフィアはゆっくりと王の方へと下りていった。


 見下ろすソフィアと、見上げる王の、二人の視線が哀しくぶつかり合う。


「……ソフィア」


「陛下……どうして……。どうしてですか……っ」


 ソフィアの震える悲痛な声に、王は目を伏せた。


「どうして……」


 カシャンと短剣がソフィアの手からこぼれ落ちたかと思うと、温かなものが王を包んだ。

 ソフィアが縋り付くように抱きつき、止めどなく涙を流している。


「どうしてこんなところまで来たんですかっ。あの置き手紙を読めば、私があなたをどうしようとしているか、分かったでしょうっ!? なのにどうして……っ、どうして来たりしたんですかっ」


「なら君もどうして、兄を殺した男のために泣いているんだ」


 ソフィアはびくりとして、身体を離す。

 涙を浮かべるソフィアの美しい瞳に、曇りの無い王の姿が映る。


「ソフィア、早くしなさい」


 急かすアーサーの声に、ソフィアは落とした短剣を拾い上げた。


「さあ、早く」


「……できません……。私には、この人の命を奪うなんてこと……できませんっ」


 ソフィアは王に絡みつく幾本もの縄を切り裂いていく。


「何をしているんですソフィア、その悪魔は君のお兄さんを」

「分かっています!」


 半ば叫ぶようなソフィアの声が、静かな周囲に響き渡る。

 ただソフィアが必死に縄を切る音だけが止まること無く続いていた。


「嗚呼……そうだね。君にやらせるには酷な仕事でした。いいでしょう、私がこの手で始末します」


「やめてくださいっ!」


 ソフィアは近づいてくるアーサーから、王を庇うように背に隠すと、アーサーを怯えた目で見据えた。


「ソフィア、なぜ庇うのです。それは君の敵。味方は私だけですよ。さあお兄さんのことを思い出すのです。優しかったでしょう? 家族を支え、君に絵の才能を授けてくれた。何よりも大事だったはずだ。そいつが奪ったんだぞォオッ!」


「たとえそうであっても、お兄ちゃんは復讐して喜んだりしません……!」


「――何だと?」


 憤りに顔を醜く歪めるアーサーから護るように、今度は王がソフィアをその背に隠す。


「言っておくがアーサー・オールビー。私は貴様に償うべき罪があるなどとは思っていない」


 王の言葉に、アーサーの頬がピクリと動く。


「間諜の容疑をかけるには、それなりの理由があってのことだ。貴様は優秀だったが、妾の子であるがゆえにオールビー家の中でも忌み嫌われ、ずっと見下され虐げられていた。だがかといって自分より力のある当主らには逆らう勇気も無く、不満を自分より弱いものたちばかりにぶつけ、裏取引やあくどい商売にばかり手を染めていた姑息な男。他の容疑者は家族だけは助けてくれと請う中、お前だけは言ったそうだな。『こいつらはどうでもいいから、自分だけは助けてくれ』と」


「……っるさい! ウルサイッ」


 アーサーが怒り狂ったように叫び散らすと、大蛇のような縄が王の首に巻きつく。


「――っ」


 きつく巻き付いたそれは、王に焼けるような痛みを与えた。


「陛下っ!」

「王とは名ばかりで、力でしか語れぬ臆病者のくせに! 陰で自分だけ血をすすっていたくせに! お前をいつか蹂躙することをどれだけ夢見ていたか! ずっとお前を見張っていた。お前の大切にしているものを、お前と共にめちゃくちゃにしてやるために!」


「お願いです! もうやめてください……っ」


 王の背から飛び出したソフィアが、必死でアーサーを止めようと彼の腰にしがみつく。


「放せ!」


 ソフィアを突き飛ばすように引きはがし、


「そんなにこいつの方がいいなら、お前も共に逝け!」


 振り上げられたアーサーの手には、大剣が握られていた。


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