st.Ⅵ The King’s room
コンコン、とリザは大きなこげ茶色の扉をノックした。いつもならいるはずの衛兵がいない。特別待遇であることが見て取れた。
しばらくすると、ゆっくり扉が開く。
「リザ、よく来たね」
ザルクの柔らかな笑みは、見るものを一瞬で魅了する。非の打ち所がないほどに均衡の整った顔の、更なる付加価値は、彼が本来冷徹で非道な王であることを忘れさせた。
緩やかな手つきで彼女を迎え入れる。
***
「驚いたよ。君があのときの女性だったなんて……」
悪魔の牙が奏でるオーケストラの音色に合わせ、ザルクとリザは静かに踊っていた。
彼の部屋は、巨大な力を持つ一国の王らしく、豪華な装飾が施されている。ムスターという怪虫の糸でできた柔らかな絨毯は、思わずそこで寝入ってしまいそうになるほどに手触りが良く、上から釣り下がる人魚の涙でできた透明のシャンデリアは淡い淡い光を放つ。
金のつるで飾られたキャビネットには、ドラゴンの骨格標本が今にも動き出しそうに大きな口を開けて置かれ、その隣には腕の骨のついた真っ黒な天秤や、カラスのように真っ黒な羽のついたぶ厚い禁断の書物が数冊並んでいた。
万華鏡模様の壁紙は闇に薄く星のように浮かび、金色の額の巨大な鏡が掲げられている。その中を青緑色の光が時々抜けてゆくが、その正体を知るものはない。
ザルクは愛おしそうにリザの唇に自分のそれを何度も柔らかく合わせ、そっと顔を離した。
「あの時、なぜシーツで顔を?」
リザは長いまつ毛を伏せる。
「絵を描いているところを、誰にも見られたくありませんでしたの」
「私のことを知らないフリをしてまでか」
「申し訳ございません、陛下」
「詫びなら態度で示せ」
「仰せのままに」
今度はリザの方から唇を合わせた。軽いキスの音がレコードの音の合間を何度も縫い伝わるにつれ、徐々に深みを増していった。
「リザ……っ」
そろそろ、とザルクはリザの細い手を引いて、大きなカーテンつきベッドへゆっくりと押し倒した。体を全て包み込もうとするほどに、マットレスが柔らかい。ザルクがパチンと指をはじくと、音楽は止まり、照明も薄暗くなった。
「魔法が使えるんですの? 陛下」
「初歩的な魔術だ。並のヴァンパイアならこれぐらい扱える」
「まあ、ご謙遜を」
「事実だ」
大人しく横になっているリザの上にまたがると、キスを落としながらドレスを脱がせていった。服のすれる音と彼女の息遣いが部屋に充満する。
「リザ、頼みがある」
「っ……はい」
上半身を露にされても、別段恥じらいはない。ザルクとはすでに何度も交わってきた。服を脱ぎながら首筋に埋まってゆくザルクに手を回し、リザは夢心地で聞いていた。
「私の絵を書いて欲しい」
「……陛下、の?」
「ダメか?」
ザルクは手を休めることなく顔を上げ、彼女のサファイアのような双眸を見つめる。リザは少し困ったように眉をひそめると、
「私は、風景画専門ですの」
「なら風景の一部としてでも良い。あの絵を描く君の目から、私がどのように見えているのか知りたい」
リザは二度、ゆっくりと瞬きをした。
「Yes, your Majesty. 喜んで……」
リザは美しい笑みを浮かべると、ザルクの手によって作られる快楽の波におぼれて行った。
***
情事が終わると、ザルクは疲れて眠るリザの傍を離れてテラスに出た。欲した女を抱いたはずなのに、“愛し合った”というよりは、どこか肉欲をぶつけただけのような気がしてむなしくなっていた。
彼の見つめるその方向にあるのは、サードクラスの女たちが眠っているであろう建物。遠すぎて屋根の先しか見えないが、ザルクは左手に氷の入ったウイスキー、右手にあの時のエンピツを回してじっとそちらを見ていた。
「私に先に名乗らせた、無礼者の君。私に名も告げずに歯向かった、非礼の君。同じだと思っていたが」
王は大きくため息をついて「あー」っとエンピツで額をかくと、
「後宮の女などに惑わされてどうする」
一気に酒を飲み干した。
そんなザルクの背中を、リザは髪の間からじっと見つめていた。
あとがき
そうは思いつつ、ヤることはヤる王であった。