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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The last Landing
59/81

st.Ⅸ        The Bullet

「……っ」


 怯えて座り込むソフィアを、優しく後ろから抱きしめると、ザルクは彼女のうなじに口づけ、熱い舌を這わせる。

 身体をよじろうとするソフィアを容赦なく強い力で押さえ込み、耳たぶを甘噛みしてその初々しい反応に朱色の瞳を細めた。

 

『ソフィア、愛している』


 甘く柔らかな言葉にも、ソフィアは身を固くし、唇を震わせた。


『一つになろう』

「――!?」


 ザルクは突然立ち上がると、ソフィアに立ち上がる間も与えないまま、引きずるように彼女の手首を引っ張ってホールを歩き出した。

 高窓から見える紅色の月が、怪しく広間の様子を見つめる。


「陛、下……っ」


 鼻歌を歌いながら、冷たい大理石の床を引きずるザルクへ、ソフィアはやっとの思いで呼びかけた。

 だが、彼は小気味良い靴音を立て、ただ前を見て闊歩するのみ。


 ロウソクの並ぶ大きな台座から燭台を払い落とし、恐ろしさに身を強ばらせるソフィアを抱き上げ、そっとその上に横たえた。


 これから何が起ころうとしているのか、ソフィアはそれを悟りながらも恐怖で動けなかった。


 ザルクはそんな彼女の頬を愛おしげに撫で、ゆっくりと唇に口づける。

 柔らかな桃色の唇の感触を確かめるかのように、何度も挟み込んだ。


「んんっ……」


 ソフィアのくぐもった艶やかな声に一層刺激され、ザルクは舌を差し入れて奥で小さく縮こまる彼女のそれを丁寧に絡め取った。

 飲みきれなかった唾液が口の端から零れ、それもザルクがきっちりと舐め取る。


 ザルクの手がソフィアの腿に艶めかしく触れた瞬間、ソフィアは最後の勇気を振り絞るかのように、ザルクを押しのけて身体を起こすと、短剣を抜いて彼の方へ向けた。


『ソフィア』

「こ、来ないでください……っ。それ以上近づいたら……」


 だが彼女のその両手は目に見えて震え、明らかな動揺に飲み込まれていた。


『刺すのか? それで。私を』


 ザルクは口の端には優位を感じさせる笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。

 彼女がそんなことをするはずが無いと、分かりきっている。

 そんな表情をしていた。


『どうなんだ、愛しいソフィア』

「…………っ」


 ソフィアは血の出そうなほど強く唇を噛みしめると、力を無くしたように俯いた。

 カシャンと空しい音を立てて、短剣が涙と共に床へこぼれ落ちる。


 ザルクは“やはり”という顔で微笑むと、ソフィアの肩を押して再び横にさせた。


 穢れを知らない身体に覆い被さり、ソフィアの顎を掴んで上を向かせる。

 獲物を仕留めた獅子のような余韻に浸りながら、再び口内に真っ赤な舌を差し込んで、存分に彼女を味わい始めた。


「ふう……んっ」


 抵抗する気力を失ったソフィアは、ただ徐々に激しさを増していくザルクの衣服を掴むしかできない。

 ドレスは肩の下へ強引に押し下げられ、布の裂ける小さな音がする。


 自分の襟元を崩しながらソフィアの胸に顔を埋めながら掌で弄び、その白く柔らかな感触を楽しんだ。


「ん……っ」


 瞳からあふれ出るソフィアの涙を指で掬いながら、ザルクは恍惚とした表情で彼女を見つめると、視線を下ろし、首筋に目をとめた。

 首に掛かっていたソフィアの髪を指先で払うと、彼女の顎を横へ逸らし、露わになったのど元へ顔を寄せる。


 ゆるやかに口を開けると、熱い吐息と共に、一気に牙を突き立てた。


「はっ……ん」


 ソフィアは目を見開き、一瞬大きく背中を仰け反らせた。

 とてつもない快楽がソフィアを襲い、頭の中を真っ白にする。


 コクリコクリと音を立て、ゆっくりザルクの喉が上下するたび、ソフィアは眉をひそめながら必死にザルクの背中に手を回し、徐々に紅潮し始める顔を歪めた。


「っ……ん、ん……ふっ、あ……」


 一口血を吸われるたび、ソフィアは感じたことのない快楽の渦に叩き込まれ、朦朧とした表情で、まるで自ら乞うように、ザルクの頭を首へ押しつけ、一層深く牙を食い込ませた。


 ザルクも玉のような汗の滲む額を押しつけながら、掌をソフィアの胸元から腰へ下ろす。


 その瞬間、ソフィアは我に返ったように、目に生気を取り戻した。


「陛下……や……」


 大粒の涙を流し、ソフィアは声を振り絞るように首を横へ振った。


「陛下っ……」


 だがザルクは慌てる様子も無く、ソフィアの手首を一つに纏めて押さえつけると、スカートの中へ手を入れ下着に手を掛ける。彼女の白い両腿を撫でながら膝を割った。


「や……ッ」


 脚を閉じようとするソフィアの抵抗など歯牙にもかけず、易々と滑らかな脚の間に身体を滑り込ませた。


『ソフィア……、愛している』


 再び血を強く吸い上げると、ソフィアの正常な思考を奪う快楽の波が押し寄せる。その間に、ザルクは熱い欲望を満たすべく、彼女の細腰に己を近づけた。


 一瞬諦めたように目を閉じたソフィアが、押し寄せる強制的な快感に懸命に抗いながら、大粒の涙と共に声を震わせる。


「陛下……、やめてください……」


 自分の声が届かない絶望感に苛まれながらも、ソフィアは諦めなかった。


「陛下、……だめです……。陛下っ……」


 何度も彼を呼び、訴え続けた。


「陛下……っ!」


 ソフィアの心から絞り出されるように紡がれた最後の懇願に、ザルクは弾かれたように顔を上げた。


「ソ、フィア……? 私は……何を」


 ザルクは額を押さえ、酷く困惑した表情ソフィアを見下ろしたかと思うと、台座から崩れ落ちた。


「陛下……っ!」


「逃げ、ろ」


 身体を起こすソフィアに叫ぶザルクの瞳の色は、赤と黒が激しく入れ替わっていた。


「逃げろ! ソフィアッ!」


 状況を察したソフィアは急いで台座から下り、何度も彼を振り返りながらも走り去る。

 ソフィアがホール奥の扉の向こうへ消えた瞬間、正面の入り口が激しい勢いで開いた。


「ソフィア!」


 頭から血を流したダンが、台座にもたれ、床へ座り込むザルクへ銃口を突きつけた。


「ソフィアはどうしたッ!」


 ザルクの様子が先ほどとは少し違うと感じながらも、ダンは油断することなく銃を構えたまま近づく。


「生きていたのか、ヴァラヴォルフ。それより、それが王に対する口の利き方か?」


「どうしたかと聞いてるんだッ!」


 倒れたロウソク、ザルクの乱れた着衣。

 ダンのいらだちに満ちた怒声がホールの高い天井に反響する。


 ザルクは本能に飲み込まれそうになりながら、


「無事だ……今は」


 苦しげに肩で息をするザルクを、ダンは銃を突きつけたまま鋭くにらみ据えた。


「オレはやっぱり、宮廷の衛兵より街の警官の方がむいてるらしい。権力者たる王を守るよりも、か弱くともまっすぐ生きてる市民を守りたいと思ってしまう」


 それをザルクは鼻で笑う。


「それを聞いて安心した、ヴァラヴォルフ。なら……正しく状況を判断し、誰を守るために、何をすべきか……よく分かっているんだろう?」


「当然だ」


 ダンはゆっくり撃鉄を起こし、引き金にかけた指に力を込める。


「だが、こんな弾じゃあんたにかすり傷負わせるので精一杯だろうがな」

「私を見くびるな、ヴァラヴォルフ」


 笑顔を引っ込め、真顔でダンの双眸を見据えた。


「今そこに装填されているのは、シルバーブレットだろう。私を油断させようとしても無駄だ」


 ダンは喫驚して目を丸くした。

 だがそれも一瞬のことで、すぐさま元に戻る。


「ああ。あんたを食い止めるには、これしか方法が無い。だがオレは」


「ほう、低脳なヴァラヴォルフでも正解にたどり着けるのか。その通りだ。私と対峙したいなら、相応のものを持って来てしかるべきだ。脳みそが足りない分余計にな」


「……挑発としては、いまいちだ」


「そうか」とザルクは可笑しそうに笑う。


「だが、ヴァラヴォルフ。お前は今、私の従者だ。いくらヴァンパイアたる私が嫌いだろうが、私の命令に従い、忠義を果たす義務がある」


「何が言いたい」


「私を……撃て」


 ダンの眉が僅かに動く。

 耳を疑うかのように、次の言葉を待った。


「お前なら一インチも外さず、私の心臓を打ち抜ける。違うか?」

「……」


 ダンは何も答えなかった。

 だが、今この場では、その沈黙が何よりの肯定だった。


「撃て」


 ザルクは神妙な面持ちで、淡々とそう言い放つ。


「自分でも、この暴走は止められない。これ以上、……ソフィア」


 彼女の名前を口にした瞬間、ザルクは声を詰まらせ落涙した。

 しかしすぐに涙を拭い、顔を上げる。


「私は以前、彼女を深く傷つけた。彼女の声を聞かず、心を引き裂き、血を流させた。どれだけあがなっても、あがないきれない罪を作った。だが、彼女は……それでもソフィアは許してくれた。私の言葉に耳を傾け、心を包み、私のそばに居続け、微笑んでくれた。そんな彼女をもう二度と傷つけないと、そう誓った。だが私はこれ以上、理性を保っていられないらしい。だから…………撃て」


 ダンは押し黙って目を伏せ、息を吐くと、拳銃を下ろした。

 次に顔を上げたときには、至って冷静な、警官らしい目でザルクを見つめる。



「……御意に」


 緊張でピンと張り詰めた空気の中、狙いを定めたダンの指が引き金を引く。


 

 乾いた哀しげな銃声が闇夜を貫き、冷たい床を、今宵の月のような朱色に染めた。


あとがき

 ただ、愛する人との誓いために――


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