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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The last Landing
57/81

st.Ⅶ        The Silver Knife

同時UP②

「陛下、いい加減起きてください。陛下」

 

 次の日の朝、カウチで眠る大きな身体を揺する。

 長いまつげが不快そうに歪むと、ゆっくりと開かれた。

 

「もう朝か。早いものだな」

 

 陛下はため息をついてカウチから身体を起こすと、ひどく緩慢な動作でテーブルの上に畳んであった服を着始めた。

 その様子を見ながら、陛下に熱いコーヒーを差し出す。今朝は朝食を食べている暇が無いらしい。

 

「陛下、こんな狭いカウチではきちんと休めないでしょう。今晩からは私のベッドを使ってください」

 

 陛下は身長もあるし、ダンさんに比べて細身といえど男性には狭苦しいはず。

 彼は何を思ったのか、整った眉を訳ありげに上げた。

 

「それはつまり、君が添い寝を」

「ち、違います! 私がカウチで寝るという意味です」

 

 陛下は分かっていると笑って、コーヒーを飲み干す。

 その笑顔に無性に胸がくすぐられる。完全に心を許している顔だと知っているから。

 

「だがそれはできん。私のわがままで君と一緒の部屋で休みたいと言っているのだから。それより、君こそ眠れているのか、ソフィア。どこか顔色が悪い」

 

 心配そうに私の頬を撫でる。

 正直なことをいえば、例のことが気になってほとんど眠れなかった。

 何度も何度も寝返りを打っては、首の痣のことを考え続けていた。朝方には寝入ってしまってはいたけれど。

 

 いいえ、この人はきっと大丈夫。

 だって私が眠っている隙に、吸血するチャンスはいくらでもあったはずだったのに、そうはしてないんだから。

 

「平気です、陛下。行ってらっしゃい」

 

 手ぐしだけで簡単に髪が整う彼の髪質を羨ましく思いながら、完璧に準備を終えた陛下を見送る。

 

「毎日こんな風に見送ってもらえるよう、早く結婚したい」

 

 陛下はそう言って僅かにコーヒーの味のするキスを落として微笑むと、大きな背を私に向けて扉を開けた。 

 せわしない人。

 

「――妻になれば、君の血もたっぷり味わえるのに」

「!」

 

 ちょうつがいの音と共に聞こえた声が、心臓を凍り付かせた。

 指先が震え、背中を冷たい汗が流れていく。

 

「へ、陛下……今……な、んと?」

 

 わななく声を懸命に隠して顔を上げた。膝も驚くほど小刻みに震えている。

 

「ん? 早く結婚したいと言ったんだ。ああ、いやこれをプロポーズの言葉にしようというわけではなく」

「いいえ……その後です」

「その後……? 特に何も言っていないが」

 

 陛下はキョトンとして、冗談を言っている風でもとぼけている風でもない。

 気のせい……だったんだろうか。

 

「どうしたソフィア、やはり昨日きちんと眠れなかったのか。それとも風邪でも?」

「い、いえ」

 

 そっと自分の額に手を当てる。

 

 私が妙なことばっかり考えてるから、疑心暗鬼になってるのかもしれない。白昼夢かも。

 よりによって、愛する人を疑うなんてどうかしてる。

 

 

 医者を呼ぼうと言って心配してくれた陛下を無理矢理見送ったあと、壁に大きく掲げられている陛下からもらった太陽の絵を見上げた。

 太陽が欲しいなんて無茶を言った私へのプレゼント。

 

 とても“芸術的”だけれど、たくさんの私への思いが詰まった絵。

 常夜のこの世界に連れてこられ、太陽の光が恋しくてたまらない時期もあった。

 けれど、今は必要ない。

 あの人が、私という月を輝かせる太陽だと思えるから。光を嫌うヴァンパイアにそう言っても、嬉しくないのかもしれないけれど。

 

 絵から視線を下ろすと、目の前に鏡がある。香水やら整髪料やら、徐々に増えていく陛下の私物が並んでいた。

 それを嬉しく思うと同時に、キス以上のことには慎重になって我慢してくれていることをありがたく思う。

 

 けれど、正面の鏡に映し出される自分の顔色は、陛下の言うとおり確かに良くない。

 心の不安が表情にしっかり表れているようだった。

 

 ドキドキとする心臓の鼓動を感じながら、そっとドレスの襟元を引っ張って首筋を見る。

 

「……アザが」

 

 昨日見たよりもっと、アザはどす黒く大きくなっていた。

 やっぱり、私が眠っている間に……。

 震える手で口元を押さえた。

 

 やっぱりこれは間違いなく、グレイさんの言っていた兆――

 

 ドンドンドンドン!

 

 強く扉が叩かれて肩が跳ね上がる。

 陛下が忘れ物でもして戻ってきたのかと、急いで扉を開けた。

 

「ダンさん……っ」

「ソフィア」

 

 ダンさんは制帽を取って部屋に押し入ると、クローゼットを開けて衣服や身の回りの物をベッドの上に放り投げ始めた。

 

「あの、ダンさん……?」

「荷物をまとめろ」緊迫した表情でせわしなく動き回りながら、彼は持ってきた大きな麻袋をベッドへ放り投げ、彼は言った。「今すぐここを出る」

 

 ここを出る……?

 

「どうしてそんな突然……。そんな気はありません、ここを離れるなんて」

「早いほうがいい。もはやあの王がお前を見る目は、女を見るというより、獲物を見ている目だ」

「まさか……」

 

 あの人はいつも通り優しかった。

 今日だって……今日、だって――

 

 アザのある箇所を押さえる。

 

 ――『……君の血がたっぷり味わえるのに』

 

 ダンさんに突然腕を引かれ、後ろから首に腕を回されたかと思うと、強引に襟元を引っ張られた。

 鏡がその様を忠実に映し出している。

 

「この首のアザ、王につけられたもんだろ。首に強く吸い付かれて」

「――っ」

 

 彼の太い腕の中で、思わず身体がすくむ。

 

「“キスマーク”なんて、色気のあるもんでもなさそうだよな。それどころか兆候の証にそっくりだ」

「やめてください!」

 

 ダンさんを突き飛ばして距離を取る。

 これ以上、私の心の不安を抉らないで。

 

「お願いです。私のことはもう放っておいてください」

「放っておけないから言ってるんだろうッ! その首の痣はどう説明する。兆候が見えた今、何をしてももう遅いんだ! お前は、愛する者に裏切られた絶望の中で死ぬかもしれないんだぞ」

 

「…………」

 

 何も言い返せなかった。

 彼の言っていることは、私の思っていたこと。

 私の案じてやまないこと。

 

「それに……もしかしたら」

 

 ダンさんは何か言いかけて、途中で独り言のように「いや」と首を振った。

 

「お前にオレはどう見えてる。仲を引き裂こうとしている煩わしい男か? それとも妄想癖の強いバカか。正直に言え、ソフィア。お前も感じてるんだろう、王の異変を!」

 

 両腕を掴んで詰問される。

 黙りこくる私に、ダンさんは苛立ったように舌打ちした。というより、苦しんでいるかのように顔を歪める。

 

「分かっているのに、それでもあいつの傍を離れようとしない理由はなんだ。愛しているなら尚更、お互いが傷つかないようにした方がいいに決まっているだろう!」

 

 理由……。

 

 それを尋ねられて、初めてその“わけ”に気づいた。

 今までの動揺が嘘のように、スッと心が落ち着きを取り戻すのを感じながら、表情を強ばらせるダンさんの目を見つめる。

 

 

「信じているからです。あの人を……あの人の誓いを」

 

 ――『ひどく傷つけてしまった分、今度こそは君を護ると誓う……ソフィア』

 

 あのときの、陛下の表情が忘れられない。

 

「本能は時に理性を粉々に吹き飛ばす」


 ダンさんは脅すというよりは、私の本気さを確かめるかのように厳粛な面持ちで言った。


「はい。でも、思ってしまうんです。あの人なら、きっと……って」

 

 ダンさんは小さくため息をつくと、内ポケットから何か細長い物を取り出した。

 

「これを持ってろ」

 

 差し出されたのは、短剣だった。

 金属製の鞘からそっと刀身を抜いて見せる。とても鋭利で、触れるだけで皮膚を裂き、血を滴らすことができそう。

 

「あのッ」

「銀製の短剣だ。本来違法だが、押収品からくすねた」

「ダンさん!」

「もし」

 

 彼は大きな手で、無理矢理私に短剣を握らせる。

 

「もし何かあったときは、これを使え」

 

 “何か”って……。

 

「お、お返しします! 必要ありませんから」

「一度本能が暴走すれば、奴らはどこまでも追いかけてくる」

「私が陛下に、これを突きつける時が来るかも知れないとおっしゃるんですか! そんな、陛下がブラッド法に反することをするなんてあり得ません」

 

 陛下やレオ様や二人のお父様が、どんな思いであの法を作り上げたか。

 ダンさんは目を閉じてゆっくり首を振る。

 

「ブラッド法においても、本能暴走時の吸血は適用外だ。警察も衛兵も誰も、お前を守ってはくれない。所詮ヴァンパイアの作った法なんだよ!」

「でも」

「他に方法はない。今すぐ遠くへ逃げるか、その前に王を……」

「その前に……陛下を……どうしろと?」

 

 ダンさんは口をつぐんだけれど、言いたいことは分かった。

 

 どうして……? 

 

 どうしてそんな恐ろしいことが言えるんだろう。

 あの人がどれだけ優しいか、私を大事に想ってくれているか。

 ちっとも知らないくせに!

 

 零れそうになる涙をこらえる。

 

「私はどこにも行きませんし、こんなものもいりません! あの方をこの手で殺すくらいなら、私が自らこの命を差し出します! あの人を傷つけるなんて、そんなこと……っ」

 

 ――『ソフィア』

 

 そう言って微笑んでくれる陛下が浮かぶ。 

 私へのプロポーズを一生懸命考えてくれる愛しい人。

 

 ――『新婚旅行は人間界へ行こう。義父上と義母上に挨拶しなければな。無論、義兄上にも』

 

 優しく抱きしめて、私を心から想う言葉をくれる人。

 

 たとえ何があろうと、あの人を手にかけるなんて……できるはずがないッ。

 

「ソフィア」

 

 ダンさんは短剣と私の両手を握ったまま、片膝をついて私を見上げる。そのシルバーの双眸は、まるで何もかも見通しているかのようだった。

 

「オレがもし王の立場なら……お前を傷つけるくらいなら、その前に殺して欲しいと願う」

「――!」

 

 その言葉に、まるで頭を思い切り殴られたかのような衝撃を覚えた。

 あの人も、言い出しかねないと思ったから。 


「悪いことは言わない。ここを出ないって言うなら、十字架代わりに持っていろ。オレも四六時中お前を見守っていてやれない。いいな」

 

 ダンさんは私にしっかりと短剣を握らせると、目を伏せたまま落ちていた制帽を拾い上げ、ゆっくり立ち去っていった。

 

 

 どうしろと言うの……、私に。

 こんなものを預けて。

 

 

 小さな短剣なのに、なぜかそれがとんでもなく重く感じる。

 

 銀の短剣を持つ私の手は、ずっと小刻みに震えていた。


あとがき

 次回、愛ゆえに……?

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