st.Ⅳ The True Feelings
二話同時up①
「まあ、こんな美人に描いてもらって嬉しいよ」
ミセスグリーンは庭のログテーブルの上で、私の描いた絵を高々と掲げる。その様子が、とてもキラキラと輝いて見えるのは、彼女が心からそれを喜んでくれているからなんだろうか。
そうだとしたら、私もこれ以上嬉しいことは無い。
「いつもありがとう、ミセスグリーン。これはほんのお礼」
「まあ“ほんの”だなんて、謙遜しなくていいんだよ。ああ、孫たちまで描いてくれたなんて。本当に……一生の宝にするよ、ソフィー」
そう言ってくれたミセスグリーンは、目にうっすらと涙を浮かべていた。
彼女はこの暗い世界で、最初に私のことを心から理解し、愛してくれた存在。
私も熱いものがこみ上げそうになって、思わず空を見上げた。滲んだ星空が、いつもより綺麗に見える。
「それにしても、ソフィーがここへ来た頃に比べて、すっかり静かになったねぇ」
彼女はしみじみと、ログテーブルの周囲を見渡す。
広い庭が見えるばかりで、あんなにたくさんいた、後宮の女の子たちの姿がほとんど無い。
賑やかだったカフェも学校も、ゴーストタウンのようにひっそりしている。
遠くに流れる噴水のサラサラとした音さえ聞こえるくらいに。
みんな、それぞれ生きる道を探してここを去って行く。
もし、陛下が私じゃない別の人を選んでいたとしたら、私は一体どうしていたんだろう。
アリスのように、お城の外へ出て行ったんだろうか。それとも……。
「ソフィア様」
物腰の柔らかそうな声の方を振り返る。
「シュレイザーさん……」
軽く会釈する彼は、黒革の手帳を手に、どこか神妙な面持ちで佇んでいた。
まるで『こっちへ来てくれ』とでも言いたげに踵を返す彼に、私はログチェアを立ってその後を追った。
「どうかなさったんですか。陛下ならおいでになってませんが」
建物の裏手で足を止めたシュレイザーさんの背中に、そう声をかける。
彼はゆっくりと振り返り、
「いえ、今日はソフィア様に用が」
私に?
彼は一度長い睫を物憂げに伏せ、しっかりと私を捉えた。
「本音でお答えいただきのです。陛下のプロポーズをお受けなさるつもりなのか。本気であの方とご結婚なさるおつもりなのか」
シュレイザーさんは、真剣な面持ちで宝石のような瞳をすぼめた。
ああ、やっぱりこの方も気さくさを脱げば、この国を支配する側のひとなんだと思った。高貴で誇り高くて、有無を言わせない空気を作るのがすごく巧い。
陛下もまた同じであるように。
シュレイザーさんは続ける。
「陛下は一度、あなたを疑い、身も心も深く傷つけるという大きな過ちを犯しました。あなた様に一生許してもらなくともおかしくは無かった。いえ、許されたことすら奇跡だと思っております。……あの方は外面的には冷酷で頭が切れると思われていますが、本来は疑り深く、嫉妬深く、未だに幼稚くさいことを平気で行う上に、絵が致命的に下手くそ――」
すごい言われように思わず苦笑いする。
「そして……、人間の血を吸わなければ生きてはいけないヴァンパイア」
「……」
両手に力が入る。
頬を撫でる風がとても冷たい。
「それでも、共に生きてくださるとおっしゃってくださいますか。陛下を愛しておられると、おっしゃってくださいますか……」
ピンと張り詰めた空気が緩み、シュレイザーさんは声を震わせた。
疑われた時は辛かった。手首を食いちぎろうとする腕輪の痛みも忘れてはいない。処刑を言い渡すあの人の冷酷な目も言葉も何度も夢に見た。
でも、陛下が本当は優しいことも、繊細なことも、涙もろいことも、心から頼りになることも、命がけで私を守ってくれようとすることも知っている。
もちろん、私のことを海より深く愛してくれていることも。
ヴァンパイアだろうと、何だろうと。私は彼を――
「はい、愛しています」
とても――
まっすぐ見つめた先のシュレイザーさんは、ホッと安堵したように微笑んだ。
めったに笑わない彼の笑顔はとても貴重。こんな風に常に微笑んでいたら、どんな女性でも彼の虜になるだろうと思うくらい魅力的だから。
「陛下は幸せものです。あなたにこれほどまでに慕われて」
「い、いえ。それどころか、私なんかが、王妃の座に納まるなんて身分不相応なのではと案じています」
「何をおっしゃいます。陛下は幼少期より身体や心に鞭を打ってでも、この国を守り続けようと努力し、実際にここまで繁栄させてきた。この国を支えるためだけに生き続けてきたあの方にとって、あなたという存在がどれほど貴重か」
そんなことを言われると、とても恥ずかしいし、何より畏れ多い。
けれど、陛下にとって特別な存在であるのが嬉しいのも事実。
シュレイザーさんは小さく笑うと、「用件はそれだけです。では」と歩み出そうとして足を止めた。
「ああ、それともう一つ。ヴァンパイアは確かに最低十年に一度、血を飲まなければ理性を保つことはできません。ですがその管理は徹底的に行われております。間違っても本能が暴走することなどないように。ご安心を」
そう言い残して、彼はこの場を去って行った。
なんて気遣いの細やかで、有能で優しい人なんだろうと、彼の真っ直ぐな後ろ姿を見て思う。ニュンペー国のエヴェリーナ王女が、会えなくとも彼を一途に思い続けた気持ちが分かるような気がした。