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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The last Landing
53/81

st.Ⅲ        His Caution

 湖から吹き付ける冷涼な風が、とてもすがすがしい。

 シートの上に座って、そよ風に揺られて鳴る、魔界の蛍光スズランをキャンバスに描いていた。

 

「最後にサインを書いて……よし、できた」

 

 スズランの花畑の中を、ミセスグリーンとお孫さんたちが遊んでいる絵。

 ここへ来た頃はスケッチブックに鉛筆書きばかりだったけれど、最近は陛下が色々と画材をプレゼントしてくれるおかげで、綺麗に色をつけられるようになった。

 

 彼女への感謝の意味を込めて描いたものだけど、喜んでくれるかな。

 

「へぇー、そんな才能があったのか」

 

 背中から投げかけられた声に、驚いて振り返る。

 カーキ色の軍服を来た男性が、私の絵をのぞき込むように佇んでいた。

 

「ダンさん……!」

 

 ヨッと片手を上げる。

 

 彼は制帽を脱ぐと、私の隣にどかりと腰掛ける。

 軍服姿の彼は、警官姿と同じくとても逞しく頼りになりそうに映った。

 

「ここは静かだな。何も起こらなさすぎて見廻りもつまんねぇ」

 

 逆に肩凝った、とダンさんは自分の肩を強く揉み始める。

 

「でもお城の護衛へ抜擢されるなんて、すごいですね。警官からの抜擢はとても少なくて、ほんの一握りの精鋭だけだと聞きました」

 

「まあオレはやればできる子だから」

 

 満更でもなさげにいたずらっぽく笑う。

 

「ルッツ君は元気ですか」

 

「元気も元気、毎日ぎゃーぎゃー煩くて仕方ねぇよ。ソフィアにも“お菓子のオジサン”にも会いたがってるし」

 

 まだ小さな子に「オジサン」と言われてムッとする陛下の顔が頭をよぎった。

 

「……に、してもヒドイなここは。女どもが目の色変えて襲いかかってきやがる」

 

 どうなってるんだ、とウンザリしたように眉をしかめる。

 

 後宮も随分人数が減った。貴族さんたちに、あっという間に奥さんや侍女として引き取られて行ったから。

 

 まだ残ってる皆も、何とか安定した生活の場を見つけようと奮闘してる。中にはよりお金持ちだとか、より素敵な男性を探してあえて残ってる子もいるらしいけれど。

 

 ダンさんは顔立ちがすごく凜々しくて格好いいから、貴族じゃ無くてもたくさん声をかけられるんだろう。

 

「さっきなんか危うくオレの……あ、いや、まあいっか」

 

 私と目が合うと、ダンさんは少し頬を赤らめて、気まずそうに話題を変えた。

 何を言いかけたのか気になったけど、多分聞かないほうが良いことなんだろう。

 

「ダンさんは、お城の護衛を目指されていたんですね」

 

 本当は、街を守るお巡りさんが板に付いていたように思ったけれど、こっちの方が希望だったんだろうか。

 

 ダンさんは脱いだ制帽の縁を親指で掻く。

 

「……いや、違う」

 

 違う?

 

「オレがここに来たのは、ある女を連れ去るためだ。……ソフィア、お前をな」

 

 オレンジ掛かったシルバーアイズに捉えられ、言葉が出てこなくなった。

 

「あ、の……」

「なんてな」

 

 ダンさんは冗談めかしたように笑って、内ポケットからタバコの箱を取り出すと、何かを思い出したようにすぐにそれをしまい込んだ。

 

「タバコなら、構いませんよ」

 

「いや、止めたんだ。ルッツがいるからな。ガキの前で吸えねぇだろ。もちろん女の前でも」

 

 それでも口寂しいのか、そばの草をちぎると、それをタバコのように銜えた。妙にそれが様になっていて似合う。

 

 正義感が強く、優しい人というオーラも手伝って。

 

「結婚するのか? 王と」

 

 ダンさんがふいにそう尋ねた。というより、そちらがメインで話しかけてきたような気がする。

 

「た、多分」

 

 少し返事に困った。

 一応プロポーズはまだ受けてないから。

 

 ダンさんが鼻から大きく息を吐く。

 

「一度はソフィアがそこまで王を信じてるならって思ったけど、やっぱりヴァンパイアは危険だ。あのブラッド法の一件で分かっただろう? なのに、そんな奴と一緒にいるお前の気持ちが全く分からない。あいつらがどんな目でお前を見ているのか分かっているのか? おまけに傲慢で欲深くて、自己愛が強い上に嫌みったらしいしな」

 

 最後は、ダンさんのヴァンパイアに対する恨みのようなものに思えた。

 

「そうかもしれません。でも、人間の中にだって、ひとの物を盗んだり、傷つけたり。とても悪いことをする人がいます。だからって皆が皆そうじゃありません。優しい人、素直な人、思いやりのある人がたくさんいます」

 

「でも……飢えた腹の唸りに、耐えられる奴なんていないだろ」

 

「ダンさん……」

 

 彼は銜えていた茎を取ると、両膝を軽く抱えるようにして俯いた。

 

「会って間もないくせにって思うかもしれないけど……俺はお前が好きだ。傷つくところなんか見たくないんだよ」

 

「え……あの、ダンさん!」

 

 よく考えろと行ってダンさんは帽子を被って去って行った。

 

 

 

 

「よく考えろって言われても」

 

 キャンバスを抱えて庭を歩く。

 言うだけ行って去って行った唐突な告白に、未だ胸がドキドキしてる。

 

 でも、私には心に決めた人がいる。

 フルフルと頭を振った。

 

「何をしている」

「うわあああっ!」

 

 驚いて変な声を出してしまった。

 

「ぐ、グレイさん」

 

 金色の瞳でギロリと見下ろされる。その威圧的な空気を何とかして欲しい。

 もっと笑顔になるとか。

 

「護衛官と浮気していたのか」

「ち、違いますッ! あの方はちょっとした知り合いで。グレイさんこそ何を?」

 

 後宮に奥さんを探しに来たのかと思ったけれど、そうじゃないらしい。


 彼の手には小さなバスケット。しかもその中には、色とりどりの花がたくさん摘まれていた。

 そんなに怖そうな顔で、一生懸命こんな可愛い花を摘んでいたんだろうか。

 

「これを作っている」

 

 ごそごそとズボンのポケットを漁り、花ビラの舞い散る、繊細で色鮮やかなブーケを描いたカードを取り出した。

 

「これって押し花……。グレイさんが?」

 

 無表情でこっくりと頷く。

 も、ものすごく意外! 

 

「きれーい」

 

 けれど、思わず笑みがこぼれるほどの出来映えだった。商品として売りに出されていても、決しておかしくない質の高さ。

 

「これは試作品だ。新しいのができたらお前にもやる」

 

 褒められたのが嬉しかったのか、ちょっと照れたようにカードをしまい込む。

 やっぱりこの人、見た目と違ってすっごく可愛い。

 

 彼はまた屈み込むと、せっせと花を摘み始めた。後宮には綺麗な花が多い。

 私も摘んで帰ろうかな。

 

「さっきのヴァラヴォルフに何を言われた」

「え?」

 

「ヴァンパイアの悪口か?」

「いえ、そんなんじゃ……」

 

 グレイさんは花を摘んでいた手を止めた。

 

「だが、ヴァンパイアが人間にとって危ない存在なのは確かだ。陛下とて、いつかお前に牙をむいて襲いかかる日がくるかもしれない」

 

 私を見上げる金色の瞳が、警告するように鋭く突き刺さる。

 

「オレたちと共に生き続けるつもりなら、覚悟はしておけ。愛する者に、愛されすぎるがゆえに殺される覚悟を」

 

 

 

 

 

 いつかレオ様に聞いた話を思い出した。

 

 ヴァンパイアは愛する者の血を強く欲するということ。

 十年血を飲まないと、血への欲求を抑えられなくなるということ。自分の意思ではコントロールできないほどに。

 

「愛する者に、愛されすぎるがゆえに殺される覚悟……か」

 

 でも、まだ先のことだし、そのリミットが来る前に血を飲んで回避できるように管理しているんでしょう?

 

 それに私は陛下を心から信じてる。

 だから……きっと大丈夫。

 

 部屋に戻ってキャンバスを壁に立てかけながら考え込んでいると、扉がノックされた。

 

 その叩き方で誰か分かるなんて、重症かもしれない。

 

「遅くなってすまない」

 

 扉を開けると、案の定陛下がいた。走ってきてくれたのか、少し息が切れていた。

 

「いえ、陛下。平気です」

 

 いつも大体決まった時間に来てくれるけれど、今日は三十分以上遅かった。

 詫びの印だと言って、どこか庭で摘んだんだろうお手製の小さなブーケをプレゼントしてくれる。

 心遣いが意外と細やかで、すごく嬉しい。

 

「どうされたんです? なんだか疲れた顔を」

 

 唇に軽くキスをしてから部屋に足を踏み入れるなり、陛下は盛大にため息をついた。

 

「いや、ここに来るまでに色々と」

 

 陛下はワシワシと自分の髪を掻く。

 色々って仕事のことかと思ったけれど、ほんのり服から女性物の香水の香りがして、一瞬胸がズキリとした。

 

 でも違う。彼が私以外の女性の元へ通っていた訳じゃ無い。

 せめて妾にして欲しいと懇願する子も、まだたくさんいるって聞いた。

 

 王なんて妾が大勢いて当然だろうに、私のために断ってくれているということも。

 

 ここに来るまでに、随分引き留められたんだろう。

 

「ソフィア、どうした?」

 

 黙りこくる私を心配そうにのぞき込む。

 その涼しげで真っ直ぐな黒い瞳に見つめられると、どうしようもなく胸がざわめいた。

 

 そっと彼の広い胸に頬を寄せる。温かい。

 

「ソ、ソフィア……?」

 

「すみません。ちょっと甘えたくなって」

 

 胸にしがみついて見上げると、照れたように笑ってそっと優しく抱きしめてくれる。ものすごくドキドキするのに、とてもホッとした。

 

 何度も降り注ぐ甘い口づけにも、髪の間を縫う指先の感覚にも、体の芯がしびれるように酔いそうになる。

 

 

「ソフィア、今日こそプロポーズを受けてもらう」

 

 私の肩を掴んで体をゆっくり離し、陛下は緊張気味に咳払いした。

 プ、プロポーズ……。

 

 また嫌な予感がするのは気のせいであって!

 

「ソフィア、君がドラゴンの右の翼なら、私は左の翼だ。共に羽ばたくように山を越え谷を越え、星の運河を越えて――」

 

「…………」

 

 どこか気持ちよさそうに言葉を紡ぎ始める。

 

 一生懸命なのは、とってもよく分かるんだけど……。

 

 

 リザと同じじゃ嫌だなんて言わず、あのとき受け入れていた方が良かったかもしれないとちょっぴり思った。

 

 

 

 *****おまけ*****

 

 ザルクは執務室で、ウンウン唸りながら頭を抱え、紙に言葉を書きつづっていた。

 ゴミ箱は丸めた紙で溢れ返り、仕事をする様子も無い。秘書のシュレイザーは黒い革の手帳を閉じ、盛大にため息をついた。

 

「またダメだったんですか、陛下。ですから申し上げているでしょう、薄ら寒いラブポエムはおよしくださいと。まさか、ドラゴンの下りのやつを使ったんじゃないでしょうね」

「う、煩いッ! お前に理解するセンスがないだけだ」

 

「よろしければ、私が考えて差し上げましょうか。いくつか例を考えてみたのですが」

「貴様の力など必要ないが、参考までに見せてみろ」

 

 シュレイザーから一枚の紙を受け取る。

 

「なになに? 『ああ、月も星もない夜なのに、どうしてこんなに目がくらむほど眩しいんだろう。そうか、ハート泥棒の君が輝いているからだね』なんだこれは? 幼稚くさいにもほどがある。こんな薄ら寒いものを聞かされるソフィアの身になってみろ、バカめ。ハハハハハ!」

「実はそれは、陛下がお考えになったプロポーズ文言一〇二個の内の一つです。引き出しにしまってあった物を抜き取りました」

 

 ザルクは引き出しごとゴミ箱に放り投げて燃やした。


あとがき

 次回、陛下に異変が……?

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