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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Landing
49/81

st.ⅩⅧ      His Belief

同時更新①


 伯爵さんに無理矢理、鉄格子の外へ連れ出されると、力が抜けて床に座り込んだ。ろくに掃除もされていないところだったけれど、そんなことに構う気力なんてない。


「兄上も、いつまでそこに隠れてるつもり?」


 陛下……?

 ハッとして肩越しに振り返った。

 キイとゆっくり扉が開いて、陛下が姿を見せた。

 鉄格子の向こうのレオ様を見つめる目には、何の感情も宿っていないように見える。でもそれは、この状況に無関心なわけではなく、必死に感情を押し殺しているんだろう。


「私に弟を殺させるとは。かなり国民の好感度が下がるだろう、どうしてくれる」


 レオ様が自嘲気味に笑った。


「今更下がったって、もうすでにあってないようなものだっただろ。……いつからバレてたの?」

「お前がやるにしては証拠が多すぎる。お前ならもっと上手くやるはずだ。シュレイザーもそう言っていた」

「ブラッド法のためにやったんだって思わせないと意味ないだろ。ソフィアの血があれば兄上も取り乱すかと思ったけど、そうはいかなかったか」


 陛下は腕を組んだまま押し黙った。普段は頼りなく見える横顔が、今は研ぎ澄まされた刃のように凜としている。

 声をかけることすら躊躇するくらいに。


「……陛下」


 勇気を出して呼びかけると、彼はつられるように私の方を見た。けれど、すぐに目をそらす。


 拒絶されてる。

 そう感じた。


「もう……どうにもならないのですか」


 私は鉄格子に額をつけた。錆びた鉄の香りが、まるで血のにおいのように感じられる。

 たくさん流したはずなのに、涙が止まらない……。

 私が泣いたって意味が無いのに。まだどうにかできるんじゃないかって無様に足かいてる。

 私が思いつきそうなことなんてきっと、彼らは考えつくしているだろうに。

 それなのに、どうしても諦めきれない。あれだけ私を支えてくれた人を、あれだけ優しい人を。こんな形で失うなんて。

 “恩を返す”だなんて軽々しく言っておきながら、結局何もできないなんて――



「若いなぁ、お前たち。ああ、若い」


 しゃがれた老人の声が、静寂を破った。

 これだけ重い空気の中だというのに、その声はどこか明るい。

 

 それに聞き覚えがあった。


「この声……エディーさん?」


 どうしてここに、と勢いよく振り返る。


「やっぽー」


 影から現れたのは、妖精のエディーさん……じゃなかった。

 それにさっきのしゃがれ声じゃなくて、とても若くて溌剌とした声に変わってる。


「誰……?」


 軽く手を挙げ軽快な口調で現れたのは、背の高い、どこかで見たような顔の男性だった。

 身なりはとても良く、一流貴族、いえ、陛下ともひけをとらない。

 顔は陛下の髪の色を茶色くしたような。いえ、レオ様にひげを生やしてワイルドにしたような感じに似ているかも。すごく端整なことに変わりはない。


 この人……絶対に見たことがある。

 どこで?


 ぐるぐると思考を巡らし、思い至った。

 アラゾークの鏡の中――!

 確か、陛下たちのお母様と一緒に映っていた。


 あれ、それじゃあつまり、この方は……。


「父……上?」


 陛下は目をまん丸に見開き、レオ様は頬を引きつらせていた。

 伯爵さんは大口を開けたまま固まっている。


 間違いないこの人、第十一代王のエドワードさんだ……。


「う、嘘だろ。生きてたのか?」


 こんなに驚いたレオ様を初めて見た。


「ふふん……。いよっしゃぁ! 二百七十二年ごしのどっきりが成功だぁ!」


 みんなの反応に満足したのか、男性は大きな声を出してガッツポーズする。

 先ほどまでの沈鬱な空気は一気に消し飛び、むしろ別の意味で凍り付いていくのを感じた。

 陛下とレオ様のお父様は、恥ずかしそうにオホンと咳払いすると、陛下によく似た瞳をまっすぐ私に向ける。

 あまりに強い力と深い慈愛に満ちた双眸に、思わずドキリとした。


「全く……。お前たちは愛する女性を泣かせることはできても、その涙を止めてやることはできんのか?」


 彼は私に近づくと、親指でそっと私の涙を拭った。大きくて、温かな手。


「すまんな、ソフィアたん。不甲斐ない息子たちで」


 彼は困ったように微笑みながら、頭をかいた。


「いいえ。そんな」

「いや、あっちの息子は今も気概に溢れまくっているがな」

「あっちの……?」


 三人兄弟だったということ?

 ぽかんとする私に、お父様は自分のおへそのあたりを指さし、


「そう、つまり私の――」

「父上!」


 突然陛下が、私の腕を掴んで抱き寄せた。まるで子供を守ろうとする母猫のように、警戒心をむき出しにしてお父様をにらみつける。

 陛下は深く考えていなかったのだろうけれど、久しぶりに彼の腕の中に閉じ込められ、布越しに温もりが伝わって体がこわばった。

 陛下もそれに気づいたのか、申し訳なさそうな顔で、わずかに腕の力を緩める。それでも離そうとしなかったことに、少しホッとした。

 完全に私を拒否していたわけじゃないんだと思って。


 お父様はつまらなさそうに口をとがらせると、


「こういう純な子を見ると知識から穢したくなるのが男だろう」

「放っておいてください!」


 そのやりとりで“あっちの息子”さんが何なのか分かった気がする。

 ……言えないけれど。


「あの……エディーさん、ではないのですか」


 今は容姿も声も違うけれど、瞳の奥の光がなぜかそう思わせた。それに私を”ソフィアたん”と。


「知り合い……なのか、ソフィア」


 陛下が怖ず怖ずと腕の中に収まっている私に尋ねた。


「知り合い……といいますか」

「もう『ソフィアたん』、『エディーさん』と呼ぶ仲だもんねぇ」


 レオ様の「キモい」という言葉にも、エディーさんはケラケラ笑っていた。

 けれど、突如真剣な光をその両目に宿す。


「ソフィアたん、そんなこんなで可哀想なこいつらに、もう一人二人弟を――」


 ぽんと私の肩に置こうとした手を、鬼の形相をした陛下が握る。


「父上……っ!」


 手首からミシミシと何かが軋む音がしているにも関わらず、エディーさんはそんなことを意に介する風でもなく、つまらなさそうに唇をとがらせた。

 

「いいじゃん別に~。案ずるな、お前に似た子になるよ」

「そういう問題ですか!」


「そのバカさ加減、紛う事なきオレたちの父上みたいだ。ったく……噂には聞いてたけど、そんなんでよく大国の王なんてやってたね」


 レオ様は白い目でエディーさんを見つめていた。

 それにエディーさんは、なぜか自慢げに胸を張って答える。


「はっはっは! おかげで補佐が次々にノイローゼになって在任中通算二千回変わった。その点シュレイザー君はよくやってくれているよ。一途だよね」

「私はそこまで問題を起こしません!」陛下が噛みつく。

「嘘つけぇ。昔飼ってたペットが突然死んだって、棟を一つ破壊してただろうが」

「……なぜそれを」


 お父さんが“亡くなった”後に起こったはずのことを言われ、陛下は言葉に詰まった。


「あれ、ちょっと待って」レオ様が口を開く。

「父上が生きてたってことは、成年になるまで毎年送られてきてた誕生日プレゼントは、やっぱり生前に用意してたものじゃなかったってわけ? オレは余命を知った父上が準備してたって聞いて若干感動しつつ、発売日が新しい玩具とかおかしいなぁって子供ながらに思ってたんだけど」

「もらえるものはニンニクでも十字架でももらっておきなさい。王家に代々伝わる家訓だ」

「嘘つけ!」


 ものすごく……メチャクチャな人。

 でもなんだろう。すごくパワーがある。周りを引き付けてやまないような。どんな暗い状況さえも、その存在感だけで一変させてしまうような。


「ああ……体に響く」


 そう言いながらも、レオ様は本気で嫌がっているわけではないんじゃないかと思った。どこかいつもの隙のない彼とは違う。

 レオ様の物心がつく前に、すでにエディーさんはいなかった。少し子供っぽく感じられるのは、初めて触れる父という存在を前にしているからなんだろうか。


 エディーさんが手をふると、レオ様の手かせが消えた。


「――!」

「代われ。ダディーが見本をみせてやろう。信念を貫くとはどういうことか」


 いつの間にかエディーさんは、すでに檻の中にいた。レオ様の前にポケットに手を入れて佇み、王であった頃の風格を依然その身に強く漂わせる。


「ブラッド法は私が作り、私が完成させる。この道を往くに誰にも邪魔はさせん」

「何言ってるんだよ、父上……ッ。オレじゃなきゃ」


 瞬きをした一瞬で、目の前にレオ様が二人になっていた。


「ははは。オレだってこの三百年近くただお前らの成長を双眼鏡で見守っていただけではないさ」

「変装魔術など、いったいどこで」

「こんなこともできるぞ」


 エディーさんは再び姿を変える。


「わ、私……?」


 エディーさんは私に変装すると、得意げに笑いながら、両手を胸の方へ近づけた。


「触っちゃおうかなぁ」

「父上ッ!」


 陛下とレオ様の声が同時に混ざり合う。


 ああ、見てられない……。

 補佐の人がノイローゼになるのも分かる気がした。


「全く。堅物兄弟め」


 エディーさんは、元の姿に戻ると、わざとらしくため息をついた。あのみすぼらしい妖精の姿も、変装魔術によるものだったらしい。


 手かせのなくなったレオ様は、項垂れるように視線を床へ落とした。


「ねぇ父上、だったら……オレは」

「……ああ。お前の役目はここまでだ。今まで辛かったな、よくやった」


 レオ様は助かる。

 でも、誰かの命が失われることに変わりはない。

 エディーさんがその代わりになっただけ。エディーさんの命は助からない。それが自分の意思だろうと悲しみは何一つ変わらない。

 あの日、私が泣き止むまでずっと頭を撫でてくれていた、沈んでいたここの空気をがらりと変えてくれた、とても温かな人なのに。


 エディーさんが私を振り返る。


「ときどき遠くから様子をうかがっていたが、最近こいつらの目が変わった。君のおかげだろう、ソフィアたん」

「いいえ。私は……何も」


 溢れる涙をぬぐいながら首を振った。


「謙遜することはない。君は浮浪者に変装していた私にも、変わらず優しい手を差し伸べてくれた。会って間もない私のために、こうして涙を流してくれている。私はそれがとても尊いことだと思うよ。こんなクセのある愚息どもが揃って惚れるわけだ」


 陛下もレオ様も、気まずそうに目をそらした。


「これからもこいつらを頼む。ただ君が寄り添っているだけで、勝手に頑張るはずだ。まあ他の男が好きならそっちへ行ってくれて一向に構わないがな。ってかむしろそっちの方が面白くね? ガハハハハハ!」


「エディーさん……」


 彼は天井を見上げた。表情は見えなかったけれど、死を恐れているようでも、から元気でいるようでもない。これから命を差し出そうというのに、悲壮感なんていうものは微塵も感じられなかった。


「私にはルイーゼしかおらん。あぁ早く会いたいよ~」

「父上……」


 陛下の声に振り返ったエディーさんは、ハッとするほど綺麗で誇り高く、何より毅然としていた。


「言っておくが若造。私はお前に処刑されるんじゃない。信念に生きるのさ……なんちって」


「エディーさん……」


 私なんかには、計り知ることのできないくらいに偉大な人だと思った。

 男性として、父として、ヴァンパイアとして、王として。


 それほどまでに強く、深く愛したんだ。人間を。人間である奥さん、ルイーゼさんを。






 その日、エディーさんは数人の貴族たちと共に処刑された。

 ブラッド法反対派の首謀者、レオナルド・ヴィン・モルターゼフとして――


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