st.ⅩⅥ The Prison
短いので二話同時アップ①
「ねえ、マイプリンス正気なの!? レオ君に会いに行くなんて!」
血相を変えた伯爵さんが私の後を歩く。
私は牢獄へと向かっていた。協力してくれると言ってくれた、ミセスグリーンとアリスと一緒に。
「許可が下りるわけないよ! それにもう時間が……」
「分かってます。でも、このまま見殺しになんてできません」
「気持ちは分かるけど……」
伯爵さんの心配も尤もだった。今回の処罰は、私の時とは違ってれっきとした証拠も証言も揃ってのこと。
その上で処罰されようとしているレオ様を、助けようとしたなんてことが露見すれば、私はきっとただではすまない。
陛下だって……なんて思うか。
それでも前に進もうとする足を止めることなんてできなかった。あと一時間で、何ができるのかなんて分からないけれど。
「男ならウダウダ言わないの」とアリス。
「そう、女は度胸! 時間がないならなおさら急がなきゃね」
それに、頼もしい助っ人もいる。
伯爵さんは私たちの勢いに気圧されるように、渋々ついてきた。
何だかんだと言ってそばにいようとしてくれるのは、きっと彼なりの優しさなんだろう。
**********
「鍵はあそこにあるはず」
少し狭苦しいけど、透明マントに何とか三人と一匹収まって、ぶつからないように警戒しながらここまで来た。
私は看守長さんのいる部屋を指さした。
「どうしてあそこにあるって、分かるの?」とアリス。
「前に牢に入れられた時に聞いた。マスターキーはあの人が持ってる」
「でも、どうやってその鍵を手に入れるのさ」
不安げな伯爵さんに、
「そういえば、あんた幻術が得意じゃなかったのかい?」
確かにそう聞いたことがあるような。
前に後宮へもそうやって忍び込んでた。
でも彼は今にも泣き出しそうな顔で、
「む、無理だよ! この中は魔術が使えないような仕掛けが施されてるんだから」
「け、使えない奴」
アリスの言葉に傷ついたのか、伯爵さんはがっくり項垂れた。
「今は午後の一時半。ちょうどお昼寝の時間だわ」
「お昼寝って……どういう意味だい、ソフィー」
「ここの看守長さんはお昼寝が大好きで、午前十時と午後の一時と五時には必ず仮眠してるんだって」
檻に入れられている時、見回りの看守さんが、ぼやいているのをたまたま聞いたことがあった。まさか役立つ日が来るなんて思わなかったけど。
扉に近づき、そっと耳をつける。
まるで雷のようなイビキが聞こえた。
「本当だ。相当のサボり魔ね」
アリスはあきれたようにため息をつく。
「よぅし、アタシに任せなさい!」
ミセスグリーンがそう言って扉の下の隙間から潜り込むと、しばらくしてヒョッコリ顔を出した。
慎重にソロソロと外へ出てくると、彼女のおしりから出た糸の先には、
「鍵っ!」
「大~成功っ! クモを舐めるんじゃないよ!」
「しーッ!」
ミセスグリーンはハッとして、肩をひそめたようになって、大人しくなった。
**********
「さ、ソフィア早く!」
「うん」
「けど、公爵様は一体どこにおられるんだろうねぇ」
「僕にも分からない。大王様、僕にも教えてくれなかったから」
その時、角から歩いてきた誰かにぶつかった。その反動でマントが落ちる。
しまった……っ。
全員の血の気が引き、自分でも顔が青ざめていくのが分かった。
「お、お前……」
ぶつかったのは、見覚えのある褐色の肌の女性――シェイラさんだった。
一瞬驚いたようにきょとんとしていた彼女は、眉をしかめ、怖い顔で私たちをにらむ。
「ここで何してんだ」
「お、お願いですシェイラさん、どうかこの場を見逃してください」
「なあ、まさか、あの公爵様を助けに来たなんて馬鹿なこと言わないよな? 分かってんのか? 状況を!」
「お願いします!」
シェイラさんに食い下がった。
ここまで来て、すごすごと引き返すわけにはいかない。
「無理だよマイプリンセス。女ヴァンパイアの彼女らはただでさえ虐げられているんだ。この上僕らを見逃したりなんかしたら、最悪――」
伯爵さんが言い終わらないうちに、なぜかシェイラさんは別の方へと向かって歩き始めた。
「あーあたしも仕事のしすぎか。何か幻覚が見えた気がしたけど……酒でも呑んで気合入れるか」
「シェイラ、さん……」
「あ! そういえば公爵様は第七地下牢の一番奥だったっけなぁ。見回りはもうちょっと先でいっか」
「あ、ありがとうございます!」
感謝してもしきれない。
こんな勝手を、助けてくれようとするなんて――
「きっと、あんたの人柄のおかげだよ」
ミセスグリーンにそっと頭を撫でられ、涙が出そうになった。けれど、今は泣いてる場合じゃない。
泣くなら、レオ様を助けた喜びで泣かなきゃ。
**********
「よりによって第七地下牢なんて!」
伯爵さんは憤慨したように声を荒げた。
「それが何?」とアリス。
「普通貴族なんかの身分の高い罪人は専用の牢獄がある。檻があるだけで普通の部屋になってるんだ。大きいベッドがあって、机があって本が読めて音楽が聴けて。なのによりによって他の罪人と同じ牢獄に……大王様は一体何を考えてるんだ!」
「もはや貴族ですらない、ってことなんじゃない」
陛下の気持ちが見えない。どうしてそこまで……。血のつながった兄弟なのに。
「ここだわ」
「うん。でも見張りが……。あれじゃ、いくら姿が見えなくても扉を開けられないわ」
扉のそばには二人の看守。扉が開けば、彼らは確実にいぶかしがる。
どうすれば――
「よし、こうなったらアタシたちが注意を引きつけるから、その間に」
ミセスグリーンがぴょんとアリスの肩に飛び乗る。
「そんな、もし捕まったら……!」
「大丈夫。たとえ捕まったって、看守に賄賂でも渡せばなんとかなるって」
どこで覚えたのか分からない悪知恵を披露し、アリスはにんまり笑った。
止める間もなく素早くマントを飛び出すと、
「あれ? ここはどこかしら? 町から迷ってきてしまったわ~」
「本当だ。おかしいねぇ、どこからどうなってこんなとこに来たのかねぇ」
二人の看守が一斉に彼女らを見る。
「おい、誰だお前ら!」
「待て!」
「ぎゃー何かが追いかけてくる~」
「アリス、早く早く!」
「分かってるったら! こっちよこっち~!」
「待て!」
騒ぎ立てながら遠ざかっていくアリスたちと看守を見送る。
「よし、行こう、マイプリンセス」
「はい!」
第七地下牢の一番奥。
この向こうに――
古びた鉄の扉を開く音は、悲しく鳴く雄牛の声のように聞こえた。