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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Landing
46/81

st.ⅩⅤ       The Decision

 気が付くと、温かなベッドの上だった。

 まだ閉じていたいと思うほど、重い瞼を少し開ける。


 何だかとても長い間、恐ろしい夢を見ていたよう。

 とても暗くて……どろどろとした。


 ぼんやりとした世界に身を委ねていると、誰かの話す声が聞こえてきた。


「まさか、あの方が……ああ、信じられない」


 これはミセスグリーンの声。いつも明るくて陽気な彼女の声が、怯えたように震えてる。


「ソフィーもショックで眠ったままだわ」


 これはアリスの声。ショックで眠ったまま……? 

 私が――?


「もう時間がないよ! ……レオ君」


 レオ……様――


 以前私を城外へ連れ出した伯爵さんの声に、跳ねるように体を起こした。

 三人が一斉にこちらを向く。


「ソフィー、目を覚ましたんだね」


「レオ様……っ、レオ様はッ!」


 傍へ寄ってきてくれた三人に、噛みつくように尋ねた。


 お願い、あれは酷い夢だったんだって言って!


――『レオ。三日後、お前を……死刑に処する』


 あんなことは、起こらなかったんだって……。


 けれど、ミセスグリーンは小さな頭を振る。


「今日……だって」

 

 アリスが私の隣に腰かけ、肩にカーディガンを掛けてくれながらそう言った。

 答えを聞く前からすでに溢れていた涙が、はらはら落ちてベッドのシーツに吸い込まれていく。


「ソフィア……陛下は何にも変わってなかったんだよ、何一つ。あんたを処刑しようとしていたときから何も!」


 ミセスグリーンは八本の足を小刻みに震わせ、ぼたぼたと涙を流した。


――『ソフィー、大丈夫?』


 思えば、私が意識を失って目覚める度、いつも傍に彼の笑顔があった。意識のない、傷ついた私の看護をしてくれていた。

 誰より優しかった、綺麗な碧い瞳の人。

 

 ここにいる皆の気持ちはとてもよく分かる。私だって、レオ様が陛下を暗殺しようとしていた一味だったなんて信じられない。

 永遠に会えなくなるなんて。


「レオ君が……そんな、嘘だぁあ! ぜっだい何かの間違いだよぉッ!」


 伯爵さんが顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、飛沫を飛ばしながら頭を振る。


「間違いではない。すべてはあの方の指導の下で行われた」


 突然の第三者の声。

 ノックもせず入ってきたのは、グレイドーさんだった。金色の目が私を貫いたけれど、以前のような恐怖は感じなくなっていた。

 決して慣れたわけじゃない。彼の中で何かが変わったんだろう。

 伯父さんの与えられるものを、ただ受けてきただけの人生から一歩踏み出したことで。


 グレイドーさんの顔を見た瞬間、伯爵さんが飛びあがるように立ち上がり、ぶるぶる震えながら彼の前に立ちふさがった。


「お、お前、マイプリンセスを監禁してた奴だな! そ、それ以上近づいてみろ! この僕が……」


 伯爵さんはシュ、シュと空中にパンチを繰り出して威嚇する。

 腰がすごく引けているのは、見ていないことにした。


「あの、その方は危ない人じゃ……」

「だ、騙されちゃだめだよマイプリンセス! こいつは……こいつ、は……」


 けれど、無言で見下ろすグレイドーさんの威圧感に押しつぶされるように、伯爵さんは勢いを失っていった。


「頼りない奴」


 アリスの痛烈な一言に、伯爵さんはがっくりと肩を落とした。彼なりに頑張ったんだろうけど……。


 グレイドーさんは私の傍に来ると、ベッドに腰掛けて項垂れる。


「あの……」


 呼びかけると彼は僅かに顔を上げた。


「オレは反逆者の中の裏切り者という扱いらしい。全て正直に話す代わりに罪を免れた。自分の意思でしたことなのに、なぜかむなしい」


 初めて一人で歩み始めて、ひどく戸惑っているように見えた。

 それでも彼はきっと歩みを止めない。

 罪を全て告白したことが、きっとその覚悟の現れなんだろう。


 ミセスグリーンはベッドの上をせわしなく動き回る。


「何がどうしてこうなったんだろうね。長いことクモやってるけど、他の種族のことはやっぱり分からないよっ。王が悪いのか、公爵様が悪いのか。一体何がどうなってこんなことに」


「あの方はお前を求めていた。だが、お前は違う男を見つめていた。お前のせいだ」


 私へ向けたグレイドーさんの言葉に、ミセスグリーンは全身の毛を逆立てた。


「勝手なこと言うんじゃないよ! ソフィアが何をしたって言うんだい! あんたたちがやらかしたことを女に責任転嫁するなんて、あんた本当に”付くもん付いてんの”かい!?」


 自分より何十倍も小さな相手に叱られ、グレイドーさんは驚いた顔のまま固まって無言になった。

 怒られたことが珍しかったのか、もしくは彼女の“庶民的な”言葉に衝撃を受けたのかもしれない。



 ミセスグリーンの言葉はすごくありがたい。庇ってくれる彼女の優しさは嬉しい。

 けれど、やっぱり心がすごく重かった――


「ありがとう。でも、本当にそうだとしたら……。今回のことは」


 シーツを握りしめた。

 強い力で握ってるのに、それでも手の震えが止まらない。

 大切な人が、優しさをくれた人が、自分のせいで命を落とす。


 今すぐ消えてなくなりたいくらい、とても恐ろしかった。


「ソフィー。誰が何と言おうと、決してあなたのせいではないわ。絶対に」


 アリスの温かくれ柔らかな手が、しなびたように細った私の手を包んでくれた。


 ありがとう、元気をもらった。

 そう、落ち込んでいる場合じゃない。時間がない。

 

「ごめんね、皆。私ちょっと、行ってくる!」

「ソフィー、アンタそんな恰好で……ッ」


 ほとんど寝間着のような状態のまま、私は部屋を飛び出した。


 着替える僅かな時間すら惜しくて――



*******


「申し訳ありませんが、陛下はここには……」


 開けてくださいと叩いた陛下の部屋から出てきたのは、シュレイザーさんだった。

 申し訳なさそうな顔つきで、扉を遮るように佇む。


 シュレイザーさんはいないと言ったけど、絶対あの人はこの向こうにいる。

 私の顔を見たくないんだろう。


「陛下! いるんですよね! 陛下!」


 扉を叩く私を、シュレイザーさんが手首を掴んで制した。


「ソフィア様……」


 それでもあきらめきれず、沈黙を貫く茶色い扉へ向かって叫ぶ。


「お願いです、少しでいいから話をさせてください! 陛下ッ! こんなこと……あるはずない。シュレイザーさん! もっとしっかり調べてください!」


「レオナルド坊ちゃんのお部屋から、あなたの血液が見つかりました」


 シュレイザーさんの髪がサラリと揺れる。


「それは、レオ様が検査の為にって」

「それを飲んだ跡も」


 驚きに体が硬直した。

 飲んだ?

 彼が私の血を……。


「それだけではありません。あの方は血液検査術に小さな欠陥を作って検査を通り抜けられる細工をし、ブラッド法違反者の手助けをしていたことが判明しました。ここまでくれば、もう到底許されることではありません。誰であろうと」


 膝が震えて崩れるかと思った。

 それでも立っていられるのは、何とかしないといけないという気持ちがあるからというだけ。


 しっかりしなきゃ! しっかり!


「ソフィア様。これは我々のけじめ。このまま何もせず、静観していていただきたい」


 “人間の私には、関係のない話だ”

 暗にそう言われている気がした。そしてそれは、正しいのかもしれない。


「……そうですか」


 ここがダメなら、別の方法を探す。

 私が処刑されようとしていた時、きっとレオ様もそんな風に動いていてくれただろうから。


 絶対あきらめない。


 

「どうか……」


 弾かれるように走り出してすぐ、背後から聞こえた、シュレイザーさんの沈痛な声に足を止めて振り返る。


「どうか……見損なわないでください」


 それは、そうまでして血を求めるヴァンパイアという存在全てに対してなのか、それとも、肉親すらも容赦なく切り捨てようとする陛下に対してなのかは分からない。

 


「見損ないません」


 私がそう言い切った後。

 いつも淡々としてスマートな彼の、あれほど泣きそうなほどに安堵した横顔は、きっと誰も見たことはないだろう。



*****


 お城の廊下を走ってある場所へ向かった。

 別の方法を考えるなんて言っておきながら、こんなことしか思い浮かばない自分が腹立たしい。


 アラゾークの魔鏡がある、大きなホールの扉を開いた。


『小娘! 来たか! さあ今日は何をして遊ぶ!』


「お願い……します! 助けてください! あの方を、助けてください!」


 息も絶え絶えに、何の説明もなしに鏡の前で膝をつく。

 たくさんのオモチャを抱え、嬉しそうに微笑んでいたドラゴンの表情が徐々に失われていった。


『レオのことを言っているのだな。……無理だ』


 彼はすでに全てを見抜いていたらしい。

 オモチャを消し去り、ドラゴンは面倒くさそうにその大きな耳を長い爪でほじった。


「なぜです。あなたはとても大きな力を持っているんでしょう? 出し惜しみなんてしないで、どうかお願いします! あの方の命が掛かっているんです! お願いします!」


『黙れ! 言っただろう。王の言葉でないと願いは叶えられんと』


「なぜ……、そんな意地悪なことをするのです」


 情けなくも溢れ出す涙を必死に拭って見上げると、彼は動揺したように体を震わせて目を泳がせた。


『イ、イジワルして言っているわけではない! 契約だ。王との言霊の契約。ヴァンパイアの国王の発した声のみが余の魔力に力を与え、効力を発揮させることができる。つまり余には強い魔力があるが、このほとんどを余の意思では操作できんのだ! 分かれ、小娘!』


 そんな……。


「そういうことだ、ソフィア」


 耳触りの良い低い声。 

 振り返ると、陛下が佇んでいた。


 いつも自信にあふれた表情が、少し疲れたように影が落ち、いつも私を熱っぽく見つめる瞳が今日はとても乾いているように見えた。


「陛下……」


『王よ! ついに余に会いに来てくれたのか! いやあ随分と長い間放置しおって!』


 ドラゴンの嬉しそうな笑い声が反響する。


 久しぶりに会う陛下の姿に、自然と足が早まった。

 陛下も一直線に私の方へ小走りで向かってくると、お互いを強く抱きしめる。


『む……。やはりそうなるのか』


 寂しそうなドラゴンの呟きが耳を掠めた。

 彼の顔に手を伸ばし、その絹のような頬に触れた。私の手に自分の手を添え、漆黒の瞳で穏やかに私を捉える。


「陛下、御無事で何よりです。あなたの命が狙われていると聞いた時、どれだけ心配したか」


 お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、皆いなくなった。

 もう、誰にも置いて行って欲しくない。


 独りにしないで……。


 胸にしがみ付く私の頭を、陛下が大きな手で優しく撫でてくれる。

 心地いい。とても。

 殺伐とした時間の中の、ひと時のオアシスのようだった。


「心配を掛けてすまなかった。傍にもいてやれず」

「それにさっき居留守を」


 陛下は気まずそうに視線を泳がせると、


「すまない」

「いいえ、あなたが無事ならそれで」


 陛下は嬉しそうに微笑むと、いつの間にか私の頬を伝っていた涙を指で拭ってくれた。

 その動作一つ一つが思いやりに溢れていて、またすがりついてしまいそうになる。


「こんなところまで来たのか。レオを助けるために」

「……はい」


 深刻な顔でしばらく沈黙した陛下は、何も言わず自分の上着を掛けてくれた。

 彼の香りと温もりに包まれ、少しだけ落ち着いた気がする。

 

「陛下、レオ様に会えませんか……。勝手なお願いだと分かっています、でも」

「会ってどうする。別れが辛くなるだけだ」


 別れ。

 彼の口からその言葉が出ると、いよいよ避けられないのだと言われている気がして絶望に狂いそうになる。


「それでも確かめたいんです。レオ様は、欲のために貴方を手にかけようとする人じゃありません。陛下もよくご存じでしょう?」


「確かにレオは良い弟であり、公爵だった。だが……ヴァンパイアの血への欲求の強さは、人間の君には恐らく理解できない。愛する女の血なら、なおさら」


「でも……っ。陛下! もしレオ様が今回のことをとても後悔して、反省していたら……」


 見上げた陛下の表情は、思った以上に冷静だった。

 達観しているとさえ思うのは、やっぱり彼は、私の何倍もの長い時を生きてきた人だからなのだろうか。


「ソフィア。罪を犯したものは罰せられなければならない。それが身内だからとゆるしてしまえば、法はその意味と力を無くす。反省していようと、後悔していようと関係ない。犯すに至ったことが問題だ」


 陛下の言葉が重くのしかかった。


「だから、たとえ血の繋がった兄弟でも……」


「理解できないか」


 私を見る陛下の双眸は、僅かに失望の色を滲ませた。


 できるはずなんてない。

 どんな正しい理論を並べ立てられたって、どれだけそれが正しいことなんだって説明されたって、唯一の兄を失った苦しみを知ってる私にはとても……。

 後悔し、反省しているかもしれないのならなおさら。


「なら、無理にしてもらう必要はない」

「陛下……!」


 彼はきびすを返すと、私の呼びかけに反応することもなく背中を向けて遠ざかっていく。


 確かに、理解はできない。


 でも、私は知ってる。あなたが好き好んでこんなことをする人じゃないことくらい。

 分かってる。あなたが一番苦しんでいるということくらい。

 冷酷な王なんかじゃないってことくらい。

 今扉に向かっているあなたの優しい瞳が、誰にも言えない痛みで満たされてることくらい。


 彼の遠ざかっていく背中に触れるように、そっと手を上げる。


 彼の背中は特別だと思っていた。

 大勢の人たちの期待を背負って、国の全てを背負って、それでも負担なんて感じさせずに堂々と先頭を歩いてる。王のそんな背中を見て人々は、“ああこの人になら国を任せられる”“ついて行こう”。


 そう思うだろうからって。 


 でも今は、あの逞しいと思っていた背中が、大衆を率いる真っすぐな背筋が、本当はその向こうにある、彼自身の痛みを隠す為のついたてのように見えた。

 王であることが、どれほどあの人を孤独にしてきたのか。想像するだけで、心が冷えた。


 彼の姿が、重い扉の向こうへ消える。


「どう言えば良かったんでしょうか。理解できなくとも、心から信じているということを、どうすれば伝えられたんでしょうか」


『小娘……』


 そっと手を下ろしてドラゴンを振り返る。


「私は、私にできることをしようと思います。だからどうか、これから私のすることは見て見ぬふりをしていてください。きっと、正しくはないことですから」


 ドラゴンは何かを悟ったように、小さく頷いた。


あとがき

 お久しぶりです。だいぶ間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。

 完結は必ずさせますッ!


次回 牢獄へ


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