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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Ground
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st.Ⅳ     The Picture

「な……なんて豪華なお部屋」


 私は場違いなところへ来てしまったと、出された紅茶に口もつけずに縮こまっていた。


「どうしたのソフィー、もしかしてファーストクラスのお部屋は初めて?」

「え、ええ。実はそうなの」


 後宮には三つの棟があって、それぞれにランクがある。王室から一番近い場所にあるのがファーストクラス。真っ白な外観に、内部は豪華な装飾が施された部屋がたくさんある。高級家具や広い浴室も各部屋に完備されていて、本来後宮は男子禁制だけど厳重な監視と制限付きで貴族とのパーティーが開かれるホールもあるらしい。

 次に少々手狭ではあるけれど、一般的な家具の取り揃えられたセカンドクラス。バス、トイレも小さいながらついていて、普通に生活する分には全く支障はなし。私が人間界にいる時に住んでいたうちにちょっとだけ似てるかな。


 私のサードクラスはランクが一番下で、棟自体も林のそばのちょっとじめっとした場所にある。外壁はひび割れているし、部屋はカーペットも敷かれていなくて石畳がむき出し。バスとトイレは共同だし、家具といえば硬いベッドと机と椅子くらい。あちこち隙間だらけで風が吹き込んできたり、時には雨が入って来たりもする。

 ミセスグリーンに話は聞いていたけど、このファーストクラスというのは相当にすごい。棟全体も広々と明るくて、玄関ホールの巨大シャンデリアとか、廊下に置かれた金の惰天使の像なんかも素晴らしい。プレイルームや観劇場もあるって聞いたけど、ファーストクラスの人以外は出入り禁止なんだって。

 王もファーストクラス以外の女性のところへは通わないらしいけど、私が王でもそうするわ。雨漏りのするような部屋より、いい香りのするお洒落な部屋の方がいいものね。ここじゃ、ヌイグルミだって首輪にエメラルドがついているし。


「紹介するわ」


 都会へ出てきたての田舎娘のように、キョロキョロ辺りを見つめていた私はハッと現実に引き戻された。

 テーブルを囲んでいるのはリザと私だけじゃない。左手からまっすぐな黒髪の少女と、赤いショートヘアの少女、それと茶色い髪を二つに結んだ少女が座っていた。


「ルルーに、ニーナに、ジェニファー。みんな、こっちはソフィアよ」

「よ、よろしく」


 私が軽く微笑むと、みんな上品そうに軽く会釈した。多分三人ともファーストクラスなんだろう。着ているドレスが違うし、ネックレスも豪華だし、どこか顔つきも自信に溢れている。


「ねえソフィア、いえ、ソフィーでいいかしら?」

「え、ええ」


 ニーナがにっこりとキレイに口角を上げて私を見た。きれいなティアラとイヤリングがランプの明かりに輝いている。


「陛下とは何度?」

「え……」


 何度……角度じゃないのよね。


「一度お庭で拝見したことはあるけど……」


 そういうと三人はクスクスと笑った。面白くて笑っているんじゃないってことは、鈍感な私にも分かった。


「お体の関係のことを聞いているのよ? 何度ご経験されたの?」


 い、いきなりそんな話? ここは外にも出られなくて暇なのは分かるけれど、初対面でそんな話をするのが普通なの?


「い、いえ……そういうことは全く」

「あら本当!? あの美しい陛下の腕に抱かれる喜びを知らないなんて」

「は、はあ」


 血塗れたヴァンパイアに抱かれる喜びなんて、知らなくたって全然構わない。確かに王の容姿は並外れているけれど、『男は顔じゃあない』とおじいちゃんに教わった。それに――

 だめ、せっかく楽しくしているのに表情が曇ってしまう。

 とにかくあの王は相当な女好きなんだろうな。王とそういう関係が無いことがそんなに珍しいのなら、ここの棟にいる百人ほどの女性たちとは既に……って私、何を考えてるんだろう。


「ここへ来てどれくらいなの?」

「えっと、一月ぐらいなのかな……」


 カレンダーなんてないから本当のところはよく分からない。ここでは一日だって曖昧だし。


「何だか全然危機感ないのね。私はその頃セカンドにはいたわよ? 支援してくれる貴族にしろ陛下にしろ、アプローチはしてるんでしょう?」

「いえ……」

「あなたまさか、一生乙女でいる気?」


 バカらしいとショートヘアのニーナは笑う。


「可哀想よニーナ、サードクラスに陛下が足を運ばれるわけないじゃない」


 ニーナをなだめるジェニファーも、どこか眼に道化を見ているような光を湛えていた。かなり居心地が悪い。


「どうして支援を受けないの?」


 ルルーが長い黒髪をさらりと払う。その探られるような眼は苦手。


「あら、ルルーもルルーよ。受けたくとも、受けられない方はいらっしゃるんだから、サードクラスには。ねぇ、ソフィーちゃん?」


 ここにミセスグリーンがいなくて良かった。私が一人、心の中に閉まっておけばいいことだから。言い返す? まさか。あんまりゴタゴタを起こして目立ちたくはない。すごく悔しいのは認めるけど。


「皆、やめて。私たちだって最初はサードクラスからのスタートだったじゃない」


 リザ……、庇ってくれるんだ。

 三人はリザの言葉に怒ったような顔をしていた。でもリザは気にしていないみたい。


「ごめんね、ソフィー。ここ流の、ちょっとした手荒い歓迎だから」

「ええ、大丈夫」


 私がそう言って笑うと、彼女の肩の上のコウモリが笑った気がした。


**********


「リザ、どういうつもり? まさかあんな芋虫くさい女と本気でお友達になろうっていうんじゃないんでしょう?」


 ソフィアが帰ったあと、三人はリザに詰め寄った。どうも納得がいかない。クラスが違うもの同士、それも一番上と下が仲良くなどと言う光景はこの後宮のどこにも見られない。昔友達であろうと、暮らしが異なれば自然と消滅していくものであった。それがわざわざこちらから――


「あら、いけない?」


 テラスへ続く大きな窓の外を望みながら、リザは飄々とそう言ってのける。ソーサーに乗せたカップに上品に口をつけた。


「いい? お友達はとっても大切だわ。きっとあなたたちも身にしみて分かるときがくるはず」


 彼女はそう言ってうっとりしたように月を眺めた。


「そう……近いうちに、ね」


 三人はそれぞれに首をかしげていたが、リザは満足そうに赤い唇を緩めていた。


*********


 王のザルクは壁に張られた絵を一枚一枚丁寧に見回っていた。右手にはあの時のエンピツを持ち、上手にクルクルと回して弄んでいた。コツリコツリと足音が、長く薄暗い大理石の廊下に響きわたる。

 やがて一枚の絵の前でピタリと足を揃えて止まった。


「見つけた」


 ザルクの視線の先にあったのは、花と草のちぎって描かれた淡い月の絵。クモの糸とあいまって、高級な絵の具すらも敵わない繊細な輝きを放ち、作者の澄み切った心を投影していた。数百枚あるどの絵も、全て霞んで見える。

 ザルクはその絵をそっと撫でた。


「王である私に先に名乗らせた、無礼な君の名は――」


 絵の下に掲げられた、作者名の入ったプレートに指を滑らせる。


「リザ・インスティテュート……。リザ」


 ザルクはしばらくその絵をじっと見つめ、何度もその名を口にしていた。


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