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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Landing
36/81

st.Ⅴ       For Her

            

「いや、やめてっ……!」


 男の一人に後ろ手に拘束され、身動きが取れなくなった。

 目の前には人間っぽい人から爬虫類の顔をした者まで、十数人がニタニタと笑いながらこちらを見ている。


「“いや、やめてっ……”だってよ、きゃわい~」


 顔中にピアスをあけた男が、ヌラヌラと光る長い舌を近づいてくる。必死に顔を背けて抵抗するしかなかった。今にも舌が肌に当たりそうで、荒い鼻息と共に、吐きそうなほどにひどい臭いが漂ってくる。


「ソフィア、助けて欲しい?」


 リザは満面の笑みでそう言い放った。

 久しぶりに見る彼女。この町にいたんだ。


「助けて欲しければ、あの方へあの件についての告白書を書きなさい。本当は、私は悪くなかったんだって。全部あんたのせいだったんだって。そして今すぐここから消えるのよ」


 ビッと腕を伸ばしてどこか指さす。

 またあの人絡みのこと。諦めてなかったんだ。


「ねぇ、リザ……。あなたはあの人のどこが好きなの」

「はあ?」


 リザは左頬を上げて、顔を不愉快そうに歪めた。


「地位? それとも外見? そんな表面だけであの人は――」

「知ったような口を利くんじゃないわよ!」


 リザに強く胸倉を掴みあげられる。その表情は、私をひどく憎んでいるというより、とても深い悲しみに包まれているように見えた。


「全てよ。あの方の全てが好きなの! なのにあんたのせいで! あんたのせいで、あの方と私は引き裂かれたんだわ!」

「リザ……」


 うっすらと涙を浮かべるその瞳は、今まで聞いてきた彼女のどんな言葉よりもその内面を強く伝えていた。

 まるで純粋な乙女のような。真っ暗な空に輝きだした一番星のような。

 陰りのない、はかなくもまっすぐな光が垣間見える気がした。

 

 それほどまでに深くあの人を想っているんだ。彼女のやっていることは正しくなくとも。


「おいおい、もういいだろ? そろそろ始めさせろよ」


 男の一人がクルクルとナイフを回しながらそう言った。それにリザは顔色を変える。


「始め……ち、ちょっと待ちなさいよ! 約束が違うじゃない! 言ったでしょう? 私はただこの女を脅――」

「うるせぇ!」


 パシン! と男に頬を叩かれた彼女の体は、地面にあっけなく倒れた。


「リザ!」


 水溜りに転んだ彼女は顔までドロがまみれた。リザはキッと頬を叩いた男を睨みつけた。男はリザの元へ屈みこみ、ナイフをちらつかせながら顔を覗き込んだ。


「何言ってんだ? お前みたいな小娘に命令される覚えなんてねぇんだよ」

「そうそう。お前も道連れ。売り飛ばして儲けも二倍だ!」

「まずはオレたちと心行くまで遊んでもらうがな。ひひひひ」


 好き勝手にそう述べる彼らに、リザは怒りに打ち震えていた。


「あんたたち!」

「じゃあソフィアちゃあん、お服を脱ぎまちょうねぇ」


 男はそれを無視して立ち上がると、ギラリと光るナイフをねっとりと舐めあげた。ガッと乱暴に私の服をつかみ、ナイフを押し当てる。男たちのイヤらしい笑みに、ゾッと悪寒が駆け巡った。


「いや、やめて……ッ!」

「へへ、楽しませろよ」


「全員手を頭の後ろで組んで伏せろ!」


 凛とした声に周囲は凍りついた。

 ダンさんが銃を構えて佇んでいる。拳銃の先が鈍い光を放って、男達に向けられていた。


「ちッ……サツだ」


「何をしている、早くしろ!」

「こうなったら……日ごろの怨みを晴らしてやる!」


 隻眼の男が古びた巻き紙を取り出し、クルクルと紐を解いて広げた。

 ルルーたちが狂言でリザを襲ったとき、魔法陣を描いていた紙と同じもの。魔力の染み込んだあの紙があれば、人間でも魔力の弱いモンスターでも、強力な魔術を使えると聞いた。

 魔法陣が緑色に光りだし、何か黒いものが矢のように次々と飛び出してくる。


“ガウガウガウガウガウッ!”

「――!」


 姿を現したのは、数十頭もの犬だった。

 シェパードのようにも見えたけれど、もちろん普通じゃない。皮膚はところどころが赤く焼けただれて骨が見え、口の中は黄ばんだ鋭いサメのような歯がびっしりと並んでいた。

 ネタネタとしたヨダレが糸を引いて流れ落ちる。血のように真っ赤な両目がランランと輝いてた。

ひどい油の匂いが立ち込める。


地獄犬ヘルハウンド……」


 ダンさんがそうつぶやく。この数を目の当たりにしてか、チッと舌打ちした。

“ウウウゥ”と低い唸り声を上げ、ヘルハウンドたちは足をまげて低く頭を下げた。筋肉粒々の肩が強調され、恐ろしさに拍車がかかる。ボタボタと鋭い牙の間から生臭いヨダレを滴らせて彼を威嚇していた。


「くそ……っ!」


 ダンさんは構えていた銃を一旦上げると、脱出経路を探るかのように周りを瞬時に見渡した。この辺りは横道こそあれど、どれも細くて横向きにしか進むことができない。走って逃げられそうな道は彼らが塞いでいる。

 三人が逃げ切るのはかなり難しいようなのは、私から見ても明らかだった。

 どうすればいいの?

 数頭が私の方を調べるかのように、スンスンと鼻を引くつかせる。必死で体を引いた。


「おい、下手なことはよせ。すぐに他の警官が応援に来る」とダンさんが言う。

「その頃にはお前さんの息はないだろうがな、へっへへ」

「警察に怨みがあるなら、オレを好きなだけいたぶればいい。そのかわり二人は解放してやれ。何をしようにも、寿命の短い人間なんか役に立たないだろう」

「その人間だから価値があるのさ」


 それにダンさんは目の奥を、わずかにギラリと光らせた。


「何だと? どういうことだ」

「そりゃあ……」

「おい!」と別の男が腕を叩く。

「あ? 別にいいだろ。あいつもどうせ死ぬんだからよ」

「誰か近くのヤツに聞かれたらどうすんだよ!」

「あ、そっか」


 ダンさんの方を見ながらニタニタと笑う。


「というわけだ。悪いなぁ」


 ヘルハウンドたちに一斉に襲い掛かられれば、いくら彼だって――

 考えるよりも早く、体が動いていた。


「止めてください!」


 ぼんやりとしていた男の手を払い、ダンさんの元へ走って両手を広げて立ちふさがる。


「あの女、売り物の自分なら傷つけられないと思って!」と男の一人がくやしそうに歯噛みした。


「アンタ、何やってんだ!」


 ダンさんに腕を引っ張られ、隠すように彼の後ろへと押し込まれた。

 前歯のない男が、まるで幼子を諭すかのように膝に手を当てて私を見る。


「いいか、譲ちゃんよく聞きな。ヘルハウンドに噛まれるとどうなるか……知ってるか?」


 ダンさんの背中から男とにらみ合う。


「かまれたところから熱ぅ~い油を注がれるみてぇに、ぐぅるぐぅる血管を通って全身内側から肉を溶かすんだ。そりゃあもうブクブクに焼けただれる。最後に残るのは骨だけだが、それまで三日三晩苦しみ続けるのさ。もちろん譲ちゃんのその可愛いお顔も溶けてなくなってゴーストみてぇに真っ白い骨になっちまうぜ。たとえ……かすり傷でもな」


 ヘルハウンドが鼻息を荒くして、そろそろと足元へ近寄ってきていた。


「や……っ!」

「しっ、静かに」と口を塞がれる。


「奴らは、目があまりよくない分、音や匂いにはかなり敏感だ。刺激するな」


 それに頷く。

 けれど分からなかった。どうすればいいのか。それはきっとダンさんも同じ。このままここで終わってしまうの? それを知ったあの人はどう思うだろう。勝手なことをするからだと、やっぱり怒るかな。


「悪かったわね」


 不意に誰かのそんな呟きが耳に入ってきた。

 リザ。

 彼女は座り込んだままの姿勢でじっと俯いていた。きれいだった髪もあのときのような艶はなく、化粧だってまともになされていない。あの人と結婚するのだと言っていたときのキラキラ輝いていた彼女は、もうどこにもいなかった。

 ゆっくりと顔を上げる。まっすぐに私を見つめた。


「悪かったわねって言ったのよ、ソフィー……っ」


 “ソフィー”

 彼女にそう呼ばれたのは、いつが最後だっただろう。まだ私たちが“友達”だった頃。彼女は確かそう呼んでくれていた気がする。あのときは彼女らに何か思惑があるなんて思わなくて、ここへ来てできた初めての友達だと信じていた。


 彼女のそのぶっきらぼうな謝罪は、今回のことだけではなく、今までのこと全てを指しているような気がした。

 出会って、お茶をして。

 絵を交換されているのに気づいて、笑われて、そして――


 それら全てをひっくるめて、謝ってくれているような気がした。

 以前聞いた偽りの謝罪なんかじゃない。本当に、彼女の心からの。


「……ダンさん」

「何だ」


 私の中で、ある決意が芽生えていた。このまま終わりになんてしてはダメだと。理由なんて単純。


 もう一度、リザとお茶をしたいから……。


「この犬たちさえいなければ、どうにかなりますか?」


 それにダンさんは一瞬思考を停止させたようだった。


「何だって?」

「どうだ? 怖いだろう。こっちへおいで、譲ちゃん。悪いようにはしねぇさ、へへ」


 男たちがヘラヘラと笑って、まるで子犬を呼ぶかのように手招きをする。“おいで、おいで”と。

 そんな悪魔の誘いになんて乗らない。

 ダンさんの腰に挟んであった警笛を奪い取って、それをくわえながら走った。


「おい!」

“ピイイィィィィ――!”


 鋭い警笛の音がレンガで覆われた周囲に響き渡る。そばの細い路地に体を滑り込ませ、妙な匂いにも構わず奥へと進んだ。ヘルハウンドたちはほとんど反射的に私を追いかけてくる。

 狭い通路を横向きに進みながら、何とか振り切る道を探す。なかなか思うように体が行かず、焦りに足が絡みつきそうになった。ヘルハウンドたちもその大きな体が邪魔らしく、進みづらそうにしていた。それでもどこまでも追いかけてくる。

 回りこんでいたヘルハウンドの姿を見つけて急いで方向を変えた。

 少し広いところに出て、後ろを振り返る。ヘルハウンドたちの不気味な赤い目がこちらを見据えた。


「……っ」


 急いで駆け出そうとして、足を止める。別のヘルハウンドが地を蹴ってこちらへ駆けてきた。

 目に留まったそばのパイプを上る。

 普段なら絶対に触らないであろう、コケだらけの真っ黒に変色したパイプが命綱。彼らは上には来られないはず。その間にダンさんの呼んだ応援が来てくれれば。少しの間、耐えることができれば。

 

「あっ!」


 ツルツルと上った分以上に下がってしまった。途中の金具に掴まって懸命に持ちこたえる。

 パイプは思いのほかヌメリがひどく、しがみつこうにもぬるぬると滑って下へ下へと吸い込まれるように落ちていった。


“ウウウウウゥゥ”

 足元に集まってきたヘルハウンドは、風の唸りのような声があげながら私を見上げ、必死に二本足で立ち上がって足かいていた。ガリガリと壁を引っかく音が聞こえる。

 悪い油のようなムッとする匂いが辺りにたちこめ、それだけで胸焼けを起こしそうになった。そのうちの一匹はパイプに噛みついている。それに余計恐ろしさが湧き上がってきた。


「んっ……くっ……」


 足かき手を伸ばし、何とか上へと懸命に体を動かした。腕を力一杯に活用して歯を食いしばった瞬間、ゴッと足元のパイプが嫌な音を立てて折れた。


「きゃああああ!」


 背中から落下する感覚に、パイプにしがみつきながら目を閉じた。空気抵抗に髪がなびく。

 それはゴッという衝撃とともに終わりを告げた。

 恐る恐る眼を開けると、折れた先が反対側の壁にぶつかって止まっていた。

 けれど、宙吊りなった背中にヘルハウンドたち伸ばした足の爪や牙がひっかかってローブがビリビリと裂けていく。

 もう、ダメ……。

 腕は限界まで来ていた。もうパイプにひっかかっているのは指と膝先だけ。爪は白くなり、それ以上は耐えられないと言っていた。


「……っ」


 ギュッと目をつむった。

 あの時の記憶が駆け巡る。伯爵さんに初めてお城の外へ連れ出され、どこか別の世界へ飛ばされたときのこと。ペリュトンに追いつめられ、角で突き刺されそうになったこと。


「助……て」


 もう指に力が入らない。感覚が無い。爪が剥がれてしまいそう。

 あの時と同じ。とてつもなく大きな恐怖心。


――『ヘルハウンドに噛まれるとどうなるか……知ってるか? 三日三晩苦しみ続けるのさ。……かすり傷でもな』


「誰か……っ」

 

 男の言葉が脳裏を巡る。

 喉が震え、その震えすら下へ落ちてしまう原因を作ってしまいそうで恐ろしかった。

 怖い。泣いている場合ではないのに、意思に反して涙があふれ出てきた。心臓が異常なほどに早く脈を打っている。耳がいつもより数倍鋭くなって、ヘルハウンドの垂らすよだれが滴る音まで聞こえた。その熱い息遣いも感じられる気がする。


「助けて……お願……あっ」


 最後の力がつきた。

 ヘルハウンドが後ろ足で立ち上がるような、爪の引っかかる音が聞こえる。

 ごめんなさい。勝手に抜け出して、こんなことに。

 でも、許してくれるというのなら。

 どうか、また助けてくれませんか。


 あの時のように――


「陛下ぁあああああっ!」


“ガウガウガウッ”というヘルハウンドの声の中心へ落ちていきながら、私はその人を必死に呼んだ。


「助けるさ。何度でも」



 そんな声が耳を掠める。 

 ポスンと落ちた先は硬い石の上ではなく、柔らかなところだった。柔らかくて、温かな――


「護ると誓ったからな」

「陛……下っ」


 柔らかな笑みを浮かべる、あの人の腕の中。

 切れ長の眼に美しい黒の瞳を湛えたその人。来てくれた。やっぱり助けに来てくれた。


「大丈夫か?」

「はい」


 安心して、ギュッと首に腕を回した。けれどすぐに状況を思いだして、弾かれたように周りを見渡す。犬たちは?

 ヘルハウンドたちは確かにそこにいた。

 けれども細い足をガクガクと震わせ、尾を後ろ足に挟んで後ずさっている。


「どうした、ソフィア。遠慮せずもっと強く抱きついてくれて構わないんだぞ?」


 軽い調子でそう言ってのけたけれど、一体何をしたんだろう? どうして彼らはあんなに怯えているの?


「おい! やったか! 早く……って何だ?」

「誰だ、てめぇ!」


 王は私を下ろすと、肩にかけていた黒布で顔を隠した。すでに三人になった男が、この光景に息を呑む。


「何してやがる! 早く行け!」


 男にけしかけられても、ヘルハウンドはまったく動こうとしなかった。それどころか、男たちの一人が持っていた紙の魔法陣へ次々に逃げ込んでいく


「おい、待て! この……グアアアアアア!」


 ヘルハウンドを私たちの方へ押しやろうとした男が腕をかまれ、叫び声を上げながら一緒に引きずり込まれていった。


「ちっ! 奴らに何をしやがった!」


 王は何も答えなかった。それに隻眼の男は余計にいら立つ。


「おい、もう逃げようぜ!」

「うるせぇ! サツもてめぇらも皆殺しだ!」


 男は別の紙を取り出すと、紐を解いてそれを広げた。


「召喚魔術! 出でよ、我が地獄の猛牛!」


 魔法陣が緑色に光り始め、どす黒い煙が湧き出してくる。空気がビリビリと震え、


“アアアアアアアアアアアアアアア”


 お腹の底から響き渡るような、空気を押しのけて引きずるかのような咆哮(ほうこう)が響き渡った。

 尋常じゃない。そう直感した。

 元々暗かった空に分厚い雲がかかり始め、月の光さえ覆い隠す。

 魔法陣からドッドッと波動が起こるかのように、黒い煙が輪になって広がっては壁にぶつかって消えた。

 バサバサバサと紙が震えると同時に、人の背丈ぐらいあろうかという巨大な角がヌッと姿を見せ始めた。


「――!」


 その角はマグマのような地獄の炎に包まれ、見ただけで体が溶けそうなほどの感覚を覚えた。その禍々しさに体は震えることすら忘れる。

 家を丸呑みできそうなほどに巨大で、醜悪な悪鬼の顔が現れた。鼻は無く、目玉もない。眼窩(がんか)は強い風の渦が竜巻のように吹き荒れている。それが目玉のようにギロリとこちらを見据えた。


“ギアアアアアアアアアアアアアアアァ!”


 この世のものとは思えない、実際そうではない光景に体は芯から冷えていった。強い風が吹き荒れて動けない。それを呼びだした男たちですら、恐れおののいて震えていた。

 そんな中、王は黒いローブをなびかせて静かに佇んでいた。表情は見えないけれど、とても落ち着いているように感じられた。こんな状況なのに。


「く、くそ……ここまでか」


 化け物は肩の辺りまで出ると、何かにつっかえたようにそれ以上は出てこられないようだった。多分、紙の力がそこまでないんだわ。

 それでも十分。十分すぎるほどに恐ろしい力を湛えていた。

 人間の私ですら、その怖さをヒシヒシと感じた。かろうじて立っている状態で、いつまで立っていられるかも分からないほどに。


“ギアアアアアアアアアアアアアア!”


 怪物は雄たけびを上げると、巨大な頭をぐわんと振ってそばにいた男の一人に噛みついた。


「おい、やめろ、やめ……ああああああ!」


 抵抗むなしく、口の中へと押し込まれ飲み込まれる。ボリボリと嫌な音に目を伏せた。


「は、ははははは! やっぱすげぇな!」


 仲間が襲われたというのに、隻眼の男は感激したように笑う。


「陛下っ……」


 彼の腕にギュッと掴まる。それに答えるように、彼は肩を抱き寄せてくれた。


「へっへへ、行けぇええッ!」


“ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!”

 洞窟のように大きな口が私たちに向かって迫ってくる。


 もうだめ……。

 王はゆっくりと手をあげると、空中に素早く陣を描いてまっすぐに腕を伸ばした。


「召喚魔術Ⅲ-70、フレイムアクス」

「――!」


 男が怪訝そうに顔を歪める。

 緑色に光り始めた魔法陣からどす黒い煙が噴き出し、襲いかかろうとしていた怪物がピタリと動きを止めた。

“ギアアアアアアアアアアアアア!”という鳴き声と共にどす黒い炎に包まれた巨大な怪物が姿を見せる。彼が呼び出そうとしたあの怪物と全く同じもの。

 彼らのように顔だけなんてことはない。全身。池のように大きな足も小山のような尻尾の先も全部。そのおぞましい姿を見せつけた。下から見上げるそれは、大迫力なんてものじゃなかった。


 すごい。

 

 怪物も、陛下も。ヘルハウンドたちはきっと、こんな彼自身を恐れたんだろう。

  彼らが呼び出した怪物はその姿に闘志をなくし、一瞬で魔法陣の中へ引っ込んで行った。それに隻眼の男も焦る。


「冗談だろ。何だ……なんだよこいつ……うわあああああ!」


 よろめきながらガクガクと震える足を奮い立たせ、何とも無様な姿で逃げ去っていった。

 王の出した怪物も霧のように姿を消す。


「ハッ、私に挑もうとするなど百万年早いわ!」


 私の方を振り返りってスルリと顔の布を取り払った。


「ソフィア、怪我はないか?」

「陛下」


 自分から抱きついてしまった。普段ならそんなことできないけれど、今回ばっかりはしっかり抱きついて体を寄せる。


「ソ、ソフィア……こ、怖かったな、もう大丈夫だ」


 大きな掌が、ぎこちないながらも慰めるように私の頭をゆっくりと上下する。それだけでそれに冷え切っていた体が温められ、震えていた手足が感覚を取り戻していった。不思議な人だと思う。とても。


「ごめんなさい。あなたの信用を裏切って、勝手にこんなところへ……」

「逃げようとしたのではないんだろう」


 それに慌てて首を振った。逃げようだなんて、そんなことは。


「ならば私はそれを裏切りとは言わん」

「陛下……」


 甘すぎです、私に……。


「さ、もう帰ろう」


 王は私を抱きしめ、頭をポンポンと軽く叩いてくれた。それに妙に安心する。


「大丈夫か!」

「ダンさん!」


 彼が息をきらして滑り込んできた。かなり急いで駆けつけてくれたんだろう。苦しげに肩で息をしていた。周囲からは警官たちの警笛の音が聞こえ始めていた。

 終わったんだ。

 ダンさんは黒衣をまとった王を一瞥し(王はいつの間にかまた顔を覆っていた)、怪訝そうに眉をひそめた。


「あの、この方は怪しい方ではありません。私の――」


 私の……?


「えっと……」

「だから僕は怪しいものじゃないんだって! 放して! 放してぇ~!」


 聞き覚えのある声。


「な……ナイト様っ!」


 その先にはライオンの仮面を被ったまま連行される伯爵さんの姿があった。どうやら伯爵さんもこちらに気づいたらしい。


「あ、大王様とマイプリンセスだ! おおおおい! 助けて! 助けてぇえええ!」

「うるさいわね! 黙りなさいよ、このチカン!」


 ふ、不審者扱いされてる。


「誤解だって! 大王さまぁ~っ!」

「はあ……」


 王は頭痛がしたのか、額に手をやってため息をついた。


あとがき

 王の身長等をお知りになりたいというご意見があったので、小話風で以下に記しておきます(サイドストーリーがいつできるか不明なので 笑)。王オンリーですが、見たくない方は今すぐバック!

 

 ↓


 首からメジャーを下げ、ベスト姿の灰色の猫が前で手を揃えて佇んでいた。


「はじめましてニャ。このお城にて仕立て屋をさせていただき、早790年。城内テーラーのチーフを務めております、猫人のワダフと申すものですニャ。えーっと、陛下のお体のサイズを書いた紙……は、どこへやったかニャ」


 とワダフはポケットをゴソゴソと漁る。


「あったあった。えー陛下のご身長185センチ、体重68キロ、胸囲94センチ、ウエスト72センチ、ヒップ90センチのスレンダー系マッチョでありますニャ。それはもうモデルのようなお体で思わず見とれて……え、ご覧になりたい? それは直接ご本人へ。ではニャ」


【プロフィールまとめ】

<ザルク・ヴィン・モルターゼフ>

 身長:185センチメートル 体重:68キログラム

 胸囲:94センチメートル ウエスト:72センチメートル ヒップ:90センチメートル


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