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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Landing
35/81

st.Ⅳ       Der Werwolf

「うーわぁ! すっごい」


 町はたくさんの人たちで溢れていた。

 頭が獣だったり、目玉がたくさんあったり。一見してモンスターだと分かる人もいれば、人間と何ら変わりない人たちもいて、何だかハロウィンの日のような不思議な光景が広がっていた。私も小さい頃、よく魔女や妖精の格好をしてお菓子を貰って回ったなぁ。後でみんなで交換したりして。

 高く積み上げられた白い骨、あちらこちらにぶら下がるコウモリ、道なんて関係なしに壁を通って出てくるゴースト、お化けかぼちゃたちの行進。


 色んなものに眼を惹かれてる私たちに、鉤鼻の女性が妙な形のリンゴを売りつけてくる。何でも理想の人に出会える効果があるんだとか。やんわりそれを断ると、次はマーメイドさんに”嘘をつくと口から泡の出るキャンディー”の試食を勧められた。

 ソーダ味のそれを機嫌よくそれを舐めながら、小人族さんらの七人目のメンバーの募集の熱い演説を聞く。もう一三二年も募集しているらしいと聞いて、アリスが「きっともうすぐ見つかるわ。私分かるの」と励ますと、口からシャボン玉のような泡が出て皆でびっくりして笑った。「嘘じゃないわよ?」と言った彼女のその口からまた泡が出て、笑いが止まらなくなる。


「ああ、まるで童話の中みたいね」


 アリスも「本当!」と頷きながら、目は曲芸をして火を噴くミニドラゴンに釘付けになっていた。その火がミイラ男さんの乾いた包帯の端にボッと燃え移って、皆が慌てて踏みつける。

 鎮火にホッとして町を見渡すと、あちらこちらで舞台の宣伝ポスターが貼られているのに気づいた。気取ったように手に銃を持ち、口にバラの花をくわえた(まるで誰かさんみたいな)男優さんが、星の瞬くような研ぎ澄まされた瞳でこちらを見つめる。

 最近メイドさんたちの間で俳優のジャック・ライ・ベトロという人が流行ってるって聞いたけれど、どうやら彼がその人らしい。立ち止まって見とれていた女の人にぶつかった巨人さんが、吹き飛んで果実の山に吹き飛んだ彼女に平謝りしていた。


「あの、ナイト様」

「ん? なんだい」と彼は見知らぬ下半身がヤギの人の方を向いて答える。


「こっちです」と袖を軽く引くと、

「ああ、すまない。よく見えなくて」


 このままでは目立つからと、私もアリスも伯爵さんの用意してくれた茶色いローブを羽織っていた。 確かにお城で着ているようなドレスでは違和感がありすぎるわ。まるでレモンの中のイチゴのように。


「被っておられる、そのマスクは何ですか?」


 気遣いに感謝しながらも、当の伯爵さんはまるで仮装大会にでもでるのかしらと思うような謎のマスクを被っていた。あえて言うなら派手なライオン?


「ヴァンパイアはおおむね上流階級に属しているからね。こう町をぶらぶらなんてしてると、人目を引いてしまうのさ。気軽に散策できる市民が羨ましいよ、そうだろうマイプリンセス」


 と口をポカンと開けて佇む見知らぬ半魚人さんに話しかけていた。

 今の方が人目を引いている気がするんだけど、伯爵さんからすれば立派に身を隠せているんだろうか。


「う~ん。それよりソフィーが見たって言う男の子はどこにいるのかしらね?」とミセスグリーンは私の肩の上で唸る。

「ホンホ、あまいに手がかりが少らいわ」


 いつの間にか手にしていた洋ナシにかじりつくアリスは、まるでリスのように頬を膨らませながら答える。

 “アーチタウンへようこそ”という古びた看板を見つめ、


「そう、ちょうどこのあたりで見かけたの」


 可愛らしい花屋さんを通り過ぎた、このお店の角のそば。

 キョロキョロを見渡して見たけれど、その子の姿はどこにもない。住んでいるなら、きっとこのあたりだと思うんだけど。

 とりあえず誰かに聞いてみようということで話は決まった。


「え? 最近この辺で小さな男の子を見なかったか?」


 刑事さんのごとく、露店で聞き込みをしてみる。いつも外にいる人なら、見かけたこともあるかもしれないとミセスグリーンの提案で。

 耳が尖っていて額からツノの生えたおばさんが、赤いエプロンを締めて店の前で呼び込みをしていた。彼女でちょうど十人目。何か知っていればいいけれど。

 彼女はエプロンで手を拭きながら少し思い出すようなそぶりを見せたあと、


「ああ、あの子ね。知ってるよ。このあたりをチョロチョロしているのを見かけたけど、知り合いかい」

「あ、まあ」

「だったら警察に行ったほうがいいかもしれないねぇ。何日か前に連れられてるのを見たから」

「けーさつ……」


 それにアリスは嫌そうに眉をひそめた。人間界でもやんちゃだったようだし、きっとよく怒られていたんだろう。


「だったら保護されたのかもしれないわね、ソフィー。その子の特徴も一致するし」

「そうみたい」


 よかった。それならそれでいい。いくら魔界の警官といえど、保護するくらいだから酷いことにはなっていないだろう。


「それより、これどぉ~だぁい?」


 彼女はザブンと水の張った樽に手を突っ込むと、水を弾きながら暴れる紫色のカエルを鼻先に突きつけてくる。不気味で毒々しい色と見た目に、思わず顔が引きつった。


「スープにすると、いい塩梅で味が染み出るんだよ」


 私が人間と知ってあえて言っているんだろう。オバサンはからかうように、ゆっくりと左の眉を上げた。


「あ……いえ、結構です」


 でももしかしてこれって、この辺りでは普通の食材なのかしらと不安になった。だって、それならお城で食べているのも――

 グツグツと大なべで煮立てられる、見たこともない生き物を想像してゲンナリした。

 帰ったらミントさんにでも聞いて……やっぱりやめておこう。


***


「二人ともごめんね。余計な心配だったみたいで」


 露店のおばさんに教えられた道の通りに、私たちは警察署へ向かっていた。杞憂に終わるようで、よかったような彼女らに申し訳ないような。

 アリスはいつもの明るい笑顔で、


「いいのよ、そのおかげでこうして外に出られたんだもの。あぁー、やっぱり町は楽しいわ」


 アリスは両手を広げ、生き生きとした表情でクルリと一回転した。


「よぉし」とミセスグリーンが口火を切る。


「それじゃあせっかくだし……終わったら観光を兼ねたショッピングといきましょうか!」

「ええ、それはいいわ!」


 ああ、こんな感じ、いつぶりだろう。すごく楽しい!


「あれ、そういえばナイト様は?」


 ふと後ろを振り返ると、彼の姿がすっかり消えてしまっている。


「本当だわ。いない」


 アリスも今気づいたようだけれど大して気には留めていない風で、まるで捨てようと思っていたアクセサリーを失くしたかのようなトーンだった。


「はあ、糸も切れてるわ」


 ミセスグリーンは、長い腕にペロンと元気なく垂れ下がる透明の糸を見つめる。


「ミセスグリーン、伯爵さんに糸をつけていたの? どうして?」

「ソフィー、あの方はアンタをお城から連れ出して結婚式を挙げようとするお馬鹿なんだよ? どうせ迷子になって誰かに迷惑をかけると思ってね」


 さすが。何百もの子供を育ててきただけあるわと感心する。それでもそれを切ってどこかへさまよい行ってしまう伯爵さんも、なかなかの猛者でしょうけれど。


「ま、あれだけ目立つ格好をしていたらそのうち見つかるでしょう。先に行きましょう」


 そうよね。私よりやアリスよりずっとずっと年上だろうし、何より生まれながらの魔界の人なんだから。大丈夫……よね?


「あ、でも待って。その前にちょっと孫たちにお土産でも買ってもいいかしら」


 ミセスグリーンはお店の一角を食い入るようにじっと見て、少し申し訳無さそうにそう申し出た。


「ええ、もちろん。警察署はもうそこでしょうし、きっとお孫さんたちも――」


 うっ……。

 ミセスグリーンが見つめていたお店を一目見て絶句した。

 店内には見たこともない虫たちが樽の中で蠢いていた。ときどき出て行こうとするそれを店員さんが面倒くさそうに戻す。ゆっくりと血の気が引いていった。


「二人はせっかくだから待っている間別のところへ行ってらっしゃい。後でこのお店の前で集合すること。さ、一旦解散!」


 どうやら彼女には全てお見通しだったらしい。


「うん。じゃああとで」


 ミセスグリーンをお店のスタンド看板に下ろすと、私たちはアリスと二人で近くをぶらつくことにした。


「あ。ねえ、アリス」と呼び止める。

「ん?」


「ここ見てみよう」


 そこは可愛らしい雑貨屋さんだった。木でできた看板には、見たこともない文字が躍っていたけれど、ショーウインドウには可愛らしい小物がたくさん並んでいた。


「人間界にいたときに、こことよく似たお店があったの」と懐かしい心地を胸に抱きながら中を見つめる。

 キラキラと光るスノードームを見つめながら、そういえばこれが欲しいって泣いて、お兄ちゃんを随分と困らせたことを思い出した。その時はダメだと言われたけれど、あとでクリスマスプレゼントとしてくれたときどれだけ嬉しかったか。お兄ちゃんはサンタさんが置いていくのを見たなんて言ってたけれど、あれはきっと……。


「ソフィー、行こ行こ!」

「うん」


 OPENのプレートのかかった扉を押して中へ入ると、カランカランと真鍮製のドアベルが涼しげな音を立てた。


「ウエルカーム、ダナ」


 一つ目の店主さんが、読んでいた本から顔を上げてカウンターごしにそう声をかける。私たちを見るためにずらした鼻眼鏡を再び押し上げ、ゆっくりと本に視線を戻した。売りつけられることもなく、ゆっくり商品が見られるのはありがたい。ゆったりとした時間を過ごしたいから。


 店内には木製のキャビネットや棚が並んでいて、その上に色々な商品が所狭しと置かれていた。自分の意思とは関係なく勝手に愛の言葉をつづりだす羽ペンや、投入金額が少ないと噛みつかれる魔犬の貯金箱、姿を映すと全然別人に映っている鏡や、スープからデザートまで豪華なフルコースの“香り”が楽しめる擬似ディナーキャンドル、注ぐと全ての液体がイチゴ味になるティーカップもあった。


「ふふ、面白いわね、このお店!」


 アリスは動くサボテンをツンツンとつついて笑う。そのうち怒ったサボテンがトゲを伸ばして威嚇したけれど、アリスはそれもクスクスと笑ってかわしていた。


「これ買って帰ろうっと」と嫌がるように必死で暴れるサボテンの鉢を手に取った。

「でも、お金は?」

「お金……あ、そうだったわ」

「これ使えるのかしら」


 私はポケットをあさって一枚のカードを取り出す。ファーストクラスに来たときに、これで宮内のものはこれで買うのだと渡されたそれ。確か王の口座から引き落とされるとか言ってたような。一度も使ったことがないけれど。


「どうなんだろう?」


 アリスも支援貴族から渡されていたカードをじっと見つめた。


「まあいいや、やってみよっと! これでお願いしまーす」


 深く考えるのは性に合わないらしい。彼女はきびきびとそれをカウンターへ置いた。店主さんは「はーい、ダナ」とメガネと本を横へ置き、一瞬ギョッとしたように口を真一文字につぐんだ。


「何か?」

「い、い、いえ。しょ、しょしょうお待ちくださーれダナ」


 何をそんなに焦っているんだろう。

 けれど、使えるのなら私も何か買おうかしら。うーん、でも王の口座から引き落とされるっていうのは、あんまりいい気がしないわ。あとで何か見返りを要求されるかもしれないし。ケチというのではなく、何かにつけてキスだの何だのを迫ってくるから。まあ何もなくても押さえつけてくるけれど。


 軽快なベルの音に玄関口を見ると、制服姿の警官二人が立っていた。

 見廻りかしら。


「Entschuldigung(エントシュルディグング)、お嬢さん方」


 二人の内の一人が、ドイツ語交じりに話しかけてきた。

 ドキッとするほど顔が整っていて、さらにとても精悍な印象を受ける格好いいお巡りさんだった。


「ちょっと伺いたいことがあるんですが、ここではなんですのでそこの署までご同行願えますか」

「え?」


 何で? いきなり。

 人間界にいるときだって、こんな風に話しかけられたことなんてない。

 アリスと顔を見合わせ、首をかしげた。確かに今から行こうとしていたから、ちょうどいいといえばいいけれど、これじゃあ何だか悪いことをしたみたい。

 ふとお店の奥を見ると、もう一人の警官とお店の人が何やらヒソヒソと話をしている。一瞬目があった店主さんは、ビクリと肩をすくめた。

 眉をひそめながら店内を何気なく見ると、“カード犯罪にご用心!”のポスターが貼られてある。

 まさかこれって……通報された? やっぱり後宮内の物とここで使えるものは何かが違うんだわ!


「私たち別に怪しいものじゃありません。それとも何か根拠でもあるんですかぁ?」とアリスが強気に出る。嫌悪感たっぷりなのは、やっぱり彼女がこういった職業の人が苦手だからだろう。


 お巡りさんは少し腰をかがめて私たちの顔の高さに合わせ、胡散臭いほどの笑顔で、


「オレたち鼻が利くんスよー。ヴァラヴォルフなもので」と手前にいた私の耳元へ顔を寄せて鼻をひくつかせる。


「あぁ、イイ香りだ。きっと一般庶民では買えないような、いい石鹸使ってるんでしょうねぇ。オレの月給分ぐらいだったりして、ははははは」


 冗談めかしてそう言いながらも、彼の目の奥がギラリと光った気がした。

 鋭すぎる、この人。

 

――『ヴァラヴォルフなもので』

 ということは、狼男……? 

 

 見かけは人間となんら変わりは無かった。歯の尖っているヴァンパイアよりもっと。

 コルク色の髪に、少しオレンジがかった銀色の瞳。どちらかといえば線の細いヴァンパイアに比べて、随分とがっちりした逞しい体つきをしていた。

 どこか探られているような鋭い眼をしているけれど、これはヴァラヴォルフだからというより彼の職業病の一種なのかもしれない。


「ダン」


 アリスが店主さんに渡したあのカードを手に、相棒らしきもう一人の警官があごをクイッとあげる。彼もヴァラヴォルフなんだろうか。髪の色は少々違えど、目はやっぱりオレンジがかったきれいな銀色だった。

 “早く連れて行くぞ”そう言っているように見えた。

 

「というわけで、すぐ終わりますから」


 王宮の紳士たちのような滑らかな動作で、ドアの方を手で指す。


――「きゃああああああ!」


 どうしようとまごついていると、突然外から女性の鋭い悲鳴が上がった。

 それにお巡りさんたちが弾かれたように顔を見合わせる。


「アンタたちはここに。窓のそばにも寄るな!」


 ホルスターから素早く拳銃を引き抜き、それを手に急いでお店を飛び出す。

 寄るなといわれつつ、つい気になって私たちも窓から外をのぞいた。もちろんなるべく体は隠して、目だけで。


 外を見ると、道路の真ん中に二人いた。一人は熊のような顔と体をしていて、怒り狂ったかのように女性の頭に拳銃をつきつけていた。犯人の腕にはお札のはみ出たバッグが下がっていて、アリスが「強盗ね」と興味深そうに見やる。


「どけぇ! どけっつってんだろがぁあ!」


 かなり興奮しているのか、強盗は拳銃を振りかざして威嚇した。


「余計な真似はよせ。ここを突破したってすぐに捕まる」


 拳銃を突きつけながら、“ダン”と呼ばれていたさっきのお巡りさんが鋭い眼で相手を見据えていた。さっきの冗談半分の尋問とは何だか人が違う。


「うるせぇ! ここには純粋なシルバーブレットが入ってる! これで撃たれたらお前も終わりだ!」


 それに彼の表情が一瞬変わってすぐに元に戻った。


「シルバーブレット? そんなものどこで手に入れた。メッキ製ならともかく、純銀製なんかそう簡単に買えるもんじゃないだろう?」

「黙れ! 早く道をあけろ! 撃つぞッ!」


 それでも彼は銃を下ろさなかった。まっすぐに構え、微動だにしない。彼の相棒も隙を窺うかのように拳銃を握りなおしていた。


「おい! 聞いてるのか!」

「助けてぇっ!」


 人質が泣き出す。

 どうする? どうするの?

 緊迫した空気にじっとりと掌が汗ばんだ。


「早くしやがれぇッ!」


 ダンさんは小さく肩を落とし、「分かった」

 両手を挙げ、犯人に逆らわないという意思を示した。相棒さんも先に銃を地面に置く。


「お前も銃を地面に捨ててこっちに渡せ! 早くしろ!」


 彼もそれに従い、ゆっくりと右手の銃を地面に下ろした。

 その時――

 彼の左手からハヤブサのように飛び出した何かが、犯人の銃に突き刺さった。


「――!」


 犯人はパニックを起こして引き金を引いたけど、投げられたナイフが引っかかっているのか銃弾が出ない。刺さったそれを引きぬこうとした瞬間――

 

「Es ist das Ende.(そこまでだ)」


 いつの間にか拾っていた銃の先を、犯人のその眉間に突きつける。

 強盗は汗まみれになって何もできないままに硬直し、応援に駆けつけた警官たちに取り押さえられた。


「わあ……あのお巡りさんすごいね、アリス」


 アリスは半ば睨みつけるかのように、じいっと食い入るようにその場面を見ていた。

 人質も、犯人すらも傷つけずに事態を収束させる。

 その鮮やかな逮捕劇に、まるで活劇のワンシーンを見ているかのようだった。さっきの舞台もこんな感じなのかしら。


「よぉし、今だわ! 逃げるが勝ち! 行こう!」

「え?」


 アリスは私の腕を引っ張って外へ飛び出し、ゾロゾロと集まり始めた野次馬たちの間を掻き分けていく。さっき食い入るように現場を見てたのって、もしかして逃げるタイミングを見計らってたの?

 後ろを振り向くと、さっきのあのお巡りさんんと視線がかち合った。彼の表情は見る見るうちに焦りを見せ始める。


Scheisseくそっ! 待て!」


 後ろからけたたましい警笛の音が聞こえてくる。怖い怖い怖い!


「どいて! どいてください!」


 人ごみを無理矢理くぐり抜け、ぐんぐん奥に入り込んでいく。


「アリス、これからどうし――」

「ぐふふふ! この感じ、懐かしいわ! 簡単に捕ってたまりますかい! あーははははは!」


 高笑いする彼女に言おうとしていた言葉が全て飛んだ。


「ん? どうしたのソフィー?」

「え、うぅん、何でも」


 あ、相変わらず逞しい!

 モンスターさんたちの間を潜り抜けながら、次第に小さくなっていく警笛の音に心が落ち着きを取り戻し始めた。その気の緩みが出たのか、ワッと一斉に周りが動いた拍子にアリスと手が離れてしまった。


「アリス! アリス!」

「ソフィー……」という彼女の声が人に紛れて聞こえなくなっていく。

 

 人波にうずもれながら、大きな不安に包み込まれた。



****


 アリス、どこ行っちゃったんだろう。

 ここはどこ?


 じっとりと湿っぽい香りのする、どう見ても裏通りだろう場所に迷い込んで来てしまった。月明かりだけが頼りの暗がりの中、どこからか絶え間なくピチャピチャと雫が垂れて足元に浅い水溜りができていた。壁には見たこともない虫が壁を這っていて、時おり誰かの怒鳴りあう声が反響しながら聞こえてくる。

 怖い。

 何が出てくるのか分からない。助けを求めようにも、こんな所にいるモンスターたちを信じていいのかも分からない。

 レンガでできた建物の間に挟まれながら、不安に胸元の服をギュッと握りしめた。

 どうしよう。


「お久しぶりね、ソフィア」


 それに肩が大きくビクつく。

 私のことを知ってる? こんな所で?

 それにこの声――

 振り返って“まさか”という思いが確信に変わった。


「リ……ザ」


 腕を組んでにっこりと微笑む彼女の後ろには、下卑た笑いを浮かべる男たちの姿があった。


あとがき

 犬のお巡りさんならぬ、ヴァラヴォルフのイケメンお巡りさん。ヴァンパイアと違って庶民なので、仕事終わりはきっと豪快にビールとソーセージ(笑)

 不敵な笑みを浮かべるリザと再会。


【本文中の独語】

・Entschuldigung[エントシュルディグング]:すみません

・Scheisse[シャイセ]:くそ

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