表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Landing
34/81

st.Ⅲ       The Door

「はっ……ん」


 首筋に牙をつきたてられた女は、一糸まとまぬ姿で裸の男の背に手を回していた。

 ベッドの上で座り込むように抱き合いながら、女は恍惚とした表情で空気を求めるように呼吸を荒げる。男の腰や背には別の二人の女たちが、同じくうっとりとした顔でからみついていた。

 鉄と女の匂いで満たされた部屋は、ますます熱を帯びて高まっていく。


「グレイドー、様……っ」


 グレイドーが一層強く赤い髪を揺らすと、女はさらに高い声を上げて気を失った。続けざまに隣の女の首筋目がけて牙をつきたてると、女は一瞬で我を失ったかのように艶やかな声を上げ始めた。

 気を失った女を邪魔だとばかりに横へ転がし、牙を突きたてた女に覆いかぶさるように押し倒す。

 温かな血を喉へ流し込む音が、やけに鮮明に聞こえた。


「三人相手とは、お盛んだねグレイ。ブラッド法も真っ青だ」


 笑いを含んだこの場にそぐわぬ明るい声に、グレイドーは動きを止めてゆっくりと顔を上げた。


「一応ノックはしたよ」


 封筒を持ったレオナルドは悪びれた様子もなく両手を広げ、肩をすくめてそう言った。妙な場に居合わせた、という自覚はないようだった。

 体を起こそうとするグレイドーを手で制止し、


「いいよ、オレには構わず続きをどうぞ。ついでにこれ持ってきただけだから」

 

 窓の脇にあったガラスのローテーブルへ封筒を放り投げ、ソファーの背もたれに腕を組んで腰を下ろした。再び聞こえ始めた女の甲高い声も気にならないかのように、じっとそばにある窓の外を見つめる。


「レオナルド様」


 女の一人がうっとりとした表情で近づき、まとっていたシーツを床へ落とした。彼の膝の上にゆっくりと跨って首に手を回す。ふわりと少々きつめの香水の香りがあたりを漂った。


「ん……ふ、んっ」


 深い口づけをしながら彼の下腹部へ手を下ろした。すでに男に酔っていた彼女は、自ら積極的に舌をからませ、怪しげに手を動かす。


「レオナルド様っ、ん……」


 鼻息を荒くし、体を自ら押しつけて顔を赤く上気させる。

 何ら反応を示さない彼のそこにも、もう待ちきれないかのようにジッパーに手をかけた。一息に引き下ろそうとした瞬間――

 とても重い荷物が倒れるような大きな音がした。

 女は突然のことに何が起こったのか分からず、ただ口を開けて自分を突き落とした彼を見上げる。


「オレに触らないでくれない? 気持ち悪い」


 レオナルドは濡れた唇を拭いながら、まるで下水を走る鼠を見るかのような目で女を見下ろしていた。女は体を隠すことも忘れ、その恐ろしい瞳にただ身をガタガタと震わせる。何か言おうにも言えず、涙を流そうにも流れない。ただ恐怖だけが女にまとわりついて揺らしていた。

 レオナルドはそんな女を引き起こすどころか目もくれず、窓の前までいくと小さく息を吐いて景色を見つめた。


「次からはもっと上等なのを用意しておきます」


 グレイドーは意識を失った女から顔を上げ、唇についた血をなめ取りながらベッドの下に落ちていたズボンを拾い上げる。


「頼むよ、グレイ……とびきり上等な女を。兄上に先を越される前にさ」


 グレイドーはシャツを羽織り、ソファーのそばで震えながら座り込む女の後ろにかがみこんだ。体に腕を回し、間髪いれずに首筋に牙をたてる。


「あ……ぁっ」

 

 恐怖に囚われていた女は、一瞬で怯えを忘れた。うっとりとした表情で熱い吐息を出し始め、白い首をのけぞらせる。グレイドーの髪に指をからませ、喜びに浸るように声を上げた。

 やがて絶頂に達したかのように気を失い、牙が引き抜かれると同時に冷たい床へ倒れこんだ。

 グレイドーは口元を拭って立ち上がり、女を放ってレオナルドの横へ佇む。


「ならなぜ兄上と彼女を引き離さないのかって顔してるね。いくらでもそうできるのにって。気になる?」


 試すような口調にも、グレイドーはじっと押し黙っていた。


「目くらまし……ではないよ。生憎兄上はそんなバカじゃない」


 そう言って可笑しそうに笑う。


「あえて言うならそうだなぁ。“兄弟愛”ってやつかな」


 窓ガラスに映った二人の歪んだ瞳は、血塗れたように赤かった。



***********


「こっち、こっち」


 後宮への出入りにはルートが二つあるらしい。

 一つは一般用通路。王からの許可書を見せて通してもらうルートで、レオ様もここから出入りしている。以前私もここを使って抜け出した。


 もう一つはファーストクラスの棟の奥にあるという、秘密の特別通路を使うルート。王の部屋と直結しるらしく、普通は王以外の通行は絶対に禁止。

 けれどその通路を通れる唯一の例外があった。

 それは王がその通路の”鍵”を渡して通行を許したとき。王妃やそうなることの決まった信頼できる女性に対して、後宮内外への自由な行き来を許可するということらしい。


 それの鍵が今、私の手元にある。


 パーティーの後部屋に戻ると、壁には王の描いたあの太陽の絵が飾られていて、テーブルにはこの鍵と封筒と花束が置いてあった。

 封筒の中を確認すると、“君に持っていて欲しい”という言葉と共に、通路への道筋が書かれてある手紙が入っていた。読み終わるとすぐに、青く冷たい炎に包まれて消えてしまったけれど。

 好き好んで王の部屋になんて行く気はないし、返そうかなとも思った。

 でもこれは“使える”。

 町で見かけたあの子を探さなきゃ。


 前にどこかで聞いたところによると、この一見何の変哲もない古びた鍵には特別な術式が組み込まれているとか。

 許可を受けた女性以外がこの鍵を使っても扉は開かないし、それ以前にもっと別な仕掛けがあるということらしい。その仕掛けが何なのかは知らないけれど、まさか不純な動機で扉を開けた者は悪魔に魂を食べられたり……とかじゃないよね。


 陛下の部屋にはあの伯爵さんが待機している(おそらく部屋の前の衛兵さんを幻術で惑わせて)。ミセスグリーンがそうことづてしてくれた。

 なんでも最近一般用通路には幻術防止の魔術が張られ、衛兵たちを惑わせて出入りすることができなくなってしまったのだと聞いた。

 許可書を貰うにも、王は私を連れ出したことのある彼に頑として許可を下ろさないんだとか。


 とはいえ後宮を抜けられたところで、お城から町へ行くには誰かの手助けが必要になる。王に言ったってダメだろうし、レオ様にもきっと止められる。誰かを町へやって探してくれるかもしれないけど、こんな不確かなことに人員をさいてもらうのも申し訳ない。

 どうしようかと困っていたところへ、伯爵さんとの橋渡しをミセスグリーンが自ら買って出てくれた。これで町へ行ける。

 

 鍵をぎゅっと握りしめた。

 本当はこんな使い方、あの人の信頼を裏切るようですごく申し訳ない。

 でも、王を何とかしようと言うわけでもないし、逃げるつもりもない。すぐに戻ってくる。


 だからお願いします。今回だけは許してください!


「うぅぅ~! すっごくワクワクするね!」

「本当、あたしまでドキドキしてきたよっ」


 一緒についてきてもらうアリスと、彼女の肩の上に乗ったミセスグリーンも興奮を隠し切れない様子でそう言った。

 伯爵さんを信じていないわけじゃないけれど、二人たってのお願いでもあったし、私も心細かったから正直すごく嬉しい。

 アリスもミセスグリーンも町に出るのは初めてだと言っていた。アリスはともかく、ミセスグリーンも? と思ったけれど、人が多いところは踏み潰される危険があるから、お買い物は小人や小さな生き物たちが営む専用の市場でしていると聞いて納得した。


 だから二人ともすごくワクワクしている。もちろん私だってすごく。

 それに彼女らが会ってすぐに意気投合してくれて良かった。ミセスグリーンもアリスがお転婆な七十八番目の娘にあまりにそっくりだと言って随分笑っていた。


「あれ? ねぇ二人とも、特別通路はこっちよ」


 浮かれすぎたのか、アリスもその肩の上に乗るミセスグリーンも曲がるべき角をぐんぐんと通り過ぎていく。そんな彼女らを慌てて呼び止めた。

 でも足を止めて振り返った二人は、訝しげな顔をして私の指差すほうを眺めるだけ。


「どうしたの、二人とも?」

「ソフィー……こっちっていうのは、一体どっちのことだい?」


 ミセスグリーンが”はて?”と小さな頭をかしげて尋ねる。


「だからこの廊下を」

「だってそっちは壁じゃない」


 え?

 アリスの言葉に目を丸くした。

 何を言っているの? ちゃんと立派な廊下が続いているわ。

 からかってる……わけでもなさそう。


「見て、ほらここ」


 廊下に一歩足を踏み入れて振り返ると、二人は腰を抜かすんじゃないかというくらい面食らっていた。


「ソ、ソフィー!」

「ちょっと、嘘でしょう?」


 目の前にいる私を探すかのように、キョロキョロとあたりを見回し始めた。何だろう? 一体どうしたの?


「ねえ、二人とも」

「ひやああっ!」


 元の場所へ戻ると、心の底から驚いたかのように二人は大きな声を上げた。ミセスグリーンもアリスの肩の上でピョンとかなり高く飛び上がる。


「ね、ねえ、今までどこにいたの?」


 私が実はゴーストじゃないかと疑うかのように、アリスは私の両腕をおずおずと叩いた。


「どこってずっと目の前にいたわ」


 そんなはずはないと言いたげに立ち尽くす二人に、“もしかして”と思った。

 掌の中の鍵を見る。

 まさかもう一つの仕掛けって――


「これに触れていないと、通路が見えないのかもしれない」


 それにミセスグリーンは急かすように「二人とも、ちょっと手をつないでみて」


 彼女の言葉にアリスと手を繋いでみた。その途端、彼女たちはまるでこのあたり一体の空気を全て吸い込もうとしているかのように、大きく息を呑んだ。


「本当だ! 廊下がある」


 アリスは目を真ん丸くしてその廊下を見回し、ミセスグリーンも“さっすがだねぇ”としきりに感心していた。

 バロック建築のお城らしく、廊下はコリント式の円柱が等間隔で並び、壁はまるでロングギャラリーのようにたくさんの絵や像がずらりと並んでいた。

 それらはどれも“愛”をテーマにしたもののようで、美しい男女がさまざまな場所で手を取り合って微笑み合っていた。一部直視しづらいものもあったけど。

 アーチ状になった天井を見上げると、満天の星空の下を歩いているかのような絶景が描かれていた。数千マイルの彼方からだろうと、この場所に来るためだけに訪れる価値がある回廊だわ。


 誰も。

 私もアリスもミセスグリーンも、誰も口をきかなかった。ただそれぞれに絵や美術品を眺め、おのおのその世界の中へと引き込まれていた。まるで魔法にかけられたかのように。


「あ、あれね」


 いち早く現実世界に戻ったアリスが、目の前の扉を見つめてそう言った。私は夜空の中の男女の絵から目を離し、扉へ視線を移す。

 この城内の扉はどれもそうだけど、とても背が高くて迫力があった。

 光沢のあるダークブラウンの扉は、他の絵や美術品と違って何の装飾もされていないシンプルなものだった。にも関わらずどこか異質でおごそかで、魅惑的な雰囲気をかもし出している。

 それはきっと私が、いえ、陛下やここにいる誰が生まれるよりもずっとずっと昔からここに佇んできたという、歴史の重みがそうさせるんだろうと思った。まるで深い森の中で樹齢の長い大木と対面しているかのような、神秘的な香りがする。


「じゃ、いくよ」

「うん!」と二人は力強く頷く。


 アリスとしっかり手を繋いだまま、鍵を差し込んでゆっくりと回した。まるで時空の扉を開くかのように。何が起こるか分からない緊張感で胸がドキドキした。

 ミセスグリーンも落ち着かないのか、アリスの肩の上から私の方へと移ってくる。


 何重にも魔術が仕掛けられていると聞いていたけれど、カチャリと音を立てて意外にもあっけなく開いたらしい。ドアノブに手をかけ、右にそっと捻った。じっとりと汗ばんだ掌にノブが張り付いてくる。

 王のお母さんも、その前の王妃たちも、皆こんな風にここを通っていたんだろうか。右手にかかる小さな鏡は、きっと最後に髪やお化粧の具合を確かめるためにあるんだろう。そう思うと、とても特別な場所のような気がした。

 キィイと古そうな扉のちょうつがいが鳴き、おずおずと三人で中を覗き込んだ。


「はーい! ハニーたち!」


 いきなり見えたバラの香りをかぐ伯爵さんの姿に、三人とも思わずのけぞってしまった。


「ふふ~ん。まるで愛の逃避行、アバンチュールって感……へ、へ、ヘクションッ!」


 盛大なくしゃみをして鼻をこする伯爵さんに、少々言葉を失った。

 今度は……大丈夫、よね?


**********


「ああぁー、もう嫌!」


 独特な匂いと湿気が立ち込める中、リザは頭巾を取ってイライラと叫んだ。


「うるぜえよ。さっさと働けや、メス豚」


 手に持ったたくさんのお菓子をボリボリと食べながら、魔豚小屋を掃除する彼女らをぼんやりと見つめてそう言い放つ。

 掃除をしたそばから食べこぼして汚すその監視係に、リザは嫌悪感丸出しに歯の開いたブラシの先を向けた。


「豚はアンタでしょうが! セルド(スペイン語で豚)さん?」


 それにイラッとしたのか、彼は食べかけのチョコレートをリザに向け、


「セルドじゃねよ! シルドだ! オレの国の言葉で“勇敢な騎士”なんだよ」

「はあ? あんたにみたいなのが甲冑着たら、中でむれて蒸し豚になるんじゃない?」

「中身が腐ったメス豚よりはマジだ」


 うまく言えたと思ったことをまんまと言い返され、リザはぐっと悔しそうに押し黙った。


「……あの女さえいなければ」


 その言葉に、真面目に掃除をしていたルルーがやれやれと息を吐く。


「もう面倒ごとは起こさないでよね、リザ」

「そうよ! これ以上ヒドイ目に遭いたくないわ」


 現状ですらこの有様だというのに、これ以上というならホームレスにでもなるしかない。こんな世界でそれがどれだけ恐ろしいことかとリザの様子にうんざりしていた。

 後宮にいた頃に比べて随分と質素になったとはいえ、ご飯にも家にも困ってはいないのだから。

 リザは彼女らの様子を小ばかにしたように鼻で笑った。


「だったらあなたたちはずっとここにいるのね。私はいつか……あのお城へ、あの美しいお方の元へ帰ってやるわ。そして私からあの方を奪った、憎たらしいあの女をッ!」


 ブラシの柄を折らんばかりの力で握りしめる。その地獄の帝王のような形相にシルドは、


「お前がそんなだからダメなんじゃねの。オレだってお前みたいな超絶腹黒女じゃなくて純粋で可愛い女選ぶけど」

「うるさいわね! 私があの方の妃になった暁には、あんたを真っ先に焼き豚にしてあげるから覚えているがいいわ! オーホッホッホホホ!」

「はいはい。くだらね妄想してねぇで掃除じろ」


 全く相手にしないシルドを尻目に、リザの目には強い意気込みが渦巻いていた。


あとがき

 リザ再び登場。

・投票でご要望があったので、流そうと思っていました前回の王女様の恋の行方をどこかに入れようと思います。他にも何かあればお気軽にドウゾ。応えられる範囲でお応えします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ