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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Ground
22/81

st.ⅩⅩⅠ    The First Class

 今日部屋に戻ると、私の荷物がすっかりなくなっていた。引き出しの中に入っていたレポートも、ベッドの下にあるはずの着替えや本も。


「何で? どうして?」


 混乱してゴミ箱の後ろやシーツをめくってみたけど、何も無い。まさかまた泥棒に?


「ソフィア・クローズ」


 冷ややかな声にびくりとして振り返った。管理人のルモーラスさんが、柳のようにそこに佇んでいた。目玉が零れ落ちそうに見開かれ、その眼力ったらない。「……はい」と返事しながら恐る恐る近づいた。


「あなたはファーストクラスに移ることになりました。ついてきなさい」


 そう言ってドレスの裾を翻してスタスタと歩いていく。

 ちょ……ちょっと待って? ファーストクラスに移ることになりました? 何それ、どういうこと?! だってここのシステム上、クラスを移るには支援してくれる貴族が必要なのに、そんな話一切――


「早くなさい」

「は、はい」


 でも疑問を彼女にぶつけることができず、大人しくその後につき従った。


***


「ここがあなたのお部屋です」


 キイと分厚く立派な扉が開かれる。私がさっきまでいた部屋とは桁違いの豪華さだった。柔らかな絨毯、クイーンサイズの天蓋付ベッド、大きなソファーにクッション、素晴らしい化粧台。壁際の精巧な装飾のされたキャビネットには、高そうな陶器の人形やクリスタルクレーンの置物が並んでいる。窓の傍には四人用の白いテーブルと椅子があり、風景画の美しい食器の並ぶ棚が配置されていた。


「左手奥の扉にはバスルーム、右手奥はウォークインクローゼットになっています。中のドレスは自由にお使いなさい。お食事はすべてこの部屋へ運ばれます。時間指定が可能ですから、あとでそこのテーブルの上のベルを鳴らしてこの部屋専属のメイドを呼ぶこと。何か用事があるときも同じように」


そう言ってガラスの羽のついた美しい鍵と封筒を渡された。封筒には“Dear My Princess【Dearマイプリンセス】”とあり、裏には“Your Knight, Joe Public【匿名の騎士より】”なんてキザな言葉。中にはラメの入った黒いカードが入っていた。


「鍵はこの部屋のもの。カードは後宮内のカフェやレストランなどで支払いの際使うものです。無くさないように」

「でも私はお金なんて」

「代金は支援貴族様のアカウントから引き落とされます」

「あ、あの一体どなたが支援を?」


 私にはそんなことを申し出てくれた貴族もいないし、いたとしても断ってる。


「さあ、私は陛下に申し付けられた通りにしているだけですから。あのお方が来られる前に、しっかりこれを読んでおくように」


 ルモーラスさんは私に一冊の本を手渡すと、そのまま扉を閉めて出て行った。今まで狭い空間にいたのに、いきなり大きなところへ連れてこられて戸惑う。でもとりあえず荷物は全部こちらへ持ってきてもらっていたようで安心した。

 部屋をぐるっと見渡す。レコードらしきものはあるけど使い方が分からないし、キャビネットの上に布でカバーされた巨大な絵がかかっているけど、高い位置にあって手が届かない。他にすることも無くてベッドに腰掛けた。ものすごくふかふかで気持ちいい。


「何の本かしら」


 少々厚みのある本。表紙には“知っておくべきこと”とのタイトル。何だろうと開いてみると、このファーストクラスでの生活指南書のようだった。


「えっと、なになに? “はじめに。ファーストクラスへ移られたみなさんへ覚えておいて欲しい基本事項。一つ、あなたがたは正室に選ばれるべくここへ移されました。いつ妃となってもよいように、日ごろから礼儀作法や教養を身につける努力を怠らないようにしましょう”」


 まあそれはそうよね。私は興味ないけれど。


「“一つ、いかなるときも王を敬い、常に心から王を愛すること”」


 無理。


「“一つ、王に愛されるべく身のまわりや体のケアを怠らないこと。特に甘いものの過剰摂取や臭いには気をつけること”」


 余計なお世話……。


「“一つ……”」


 そこで言葉が詰まった。何度もそこを読み返すうちに、顔が熱くなった。


「“一つ、王の夜の誘いを絶対に断らないこと。やむを得ない事情がある場合はメイドに事前に報告しておくこと。また、ベッドの上では最大限に王を喜ばせるよう努めること(p.38以降参照のこと)”」


 何これと思いつつ、好奇心もあいまって恐る恐る38ページをめくった。


「――!」


 そこには、“王の喜ばせ方”なるものが卑猥な絵と詳しい解説つきで、何ページにもわたって紹介されていた。心臓が早鐘のように鳴り、血液が顔へ集中する。これをやれと? 私が王に? 絶対いやぁ!

 その時、コンコンと扉がノックされた。それにドキッとする。まさか――


「ソフィア、入るぞ」


 やっぱり王だわ! タイミング最悪! 私は本を放り投げ、急いでベッドの下に身を潜めた。

 カチャッとノブを捻って入ってくる。ああ、鍵をかけておけばよかった! 魔術で開けられちゃうだろうけど。


「ソフィア、いるんだろう?」


 王の足元を凝視しながら、どうか早く帰ってくれるようにと願う。何か包装紙のすれる音が聞こえる。どうやら花束か何か持ってきたらしい。


「ソフィア?」


 王は私の姿を探して歩き回り始めた。まるで命がけのかくれんぼをしているような心地がする。心臓の音すら聞こえてはいないかとヒヤヒヤした。

 その心配に追い討ちをかけるように、王は突然ベッドへ方向を転換して向かってきた。いやぁ! やめて、来ないで!


「まだ温かいな」


 どうやら私がさっきまで腰掛けていたシーツに触ったらしい。少々笑いを含んだようにそう言った。変態くささ満載じゃない!


「どうしたソフィア、私を焦らしているのか?」


 花束をベッドへ乗せる音がしたかと思うと、なにやら紙をめくる音が聞こえた。何して……そっか、あの本を開いたままベッドの上に置いてきちゃったんだ。それを見てるんだわ! もう最悪! 私のバカバカバカ!


「可愛いな。私のためにこんな研究をしてくれているのか」


 そんなわけないじゃない!


「私に言えば全て直に教えてやるのに。ソフィア? ソフィー? シャワーでも浴びてるのか? 噛みついたりせんから出てこい」


 王はそう言うと、奥の扉を開けて入っていった。何だか今日は少しテンションが高い気がするけど、思い過ごしかしら?

 それよりシャワーを浴びていたらとんでもないことになっていたけど、今はチャンス! 急いでベッドを抜け出すと、扉へまっすぐ向かってドアを引く。


「あれ、開かない」


 鍵を回してもう一度引いた。やっぱりだめ。何で? 何度も鍵を回しては扉と押し問答を繰り広げた。お願い、開いて!


「何をしているんだ?」


 真上から低い声が降ってきて、ピシッと体が固まった。恐る恐る見上げる。


「へ、陛下……」


 王がドアを手で押さえ、不気味な笑みを浮かべて背後に立っていた。これで開かなかったんだ。でもどうして。バスルームに入ったんじゃないの?

 彼はふと笑みを零すと、両手首を掴んで体で私をドアに押し付けた。扉と陛下に挟まれて息苦しい。動けない私をあざ笑うかのように、頬にそっと口づけた。


「や、やめてください!」

「君が私を焦らすからだろう?」

「焦らしてません、逃げようと隠れてたんです!」


 王の手が緩んだ瞬間に、傍を離れて距離をとる。


「これは一体どういうことなんですか。どうしていきなり私をここへ」

「忘れたのか」


 王は目を薄め、少々機嫌悪そうに言った。忘れたって、何を?


「結婚の約束をしただろう。そのための前段階だ」


――『君は私の妻になるんだぞ!』


 指先から氷が這うように、ゆっくりと私を浸食していった。アレは本当に……本気だったというの? リップサービスでもなんでもなく?


「罪滅ぼしのための結婚なんて、必要ないと言ったではありませんか」

「もちろん、そんな理由じゃない。愛のない結婚などしない」


 ”愛のない結婚なんてしない”?

 王はポケットから小さな箱を取り出すと、ゆっくりとそれを開けた。そこにはこの世のものとは思えないほどに美しい指輪。リザがしていたものよりもっと。でもそれを見た瞬間、どす黒い感情が沸きあがってきた。


 “なにそれ”……って。


「本気、なんですか」

 

 氷が肺に張り付いていくよう。この人、自分の言っていることが分かってるの? ついこの間リザとの婚約を破棄したと思ったら、次は私?


 そっか。きっとこの人にとって、人間の女性なんて玩具と同じなんだ。身も心も好きなように扱って、飽きれば簡単に捨てる。そしてこう思ってるんだわ。いくら傷つけたって、いくらひどい目に遭わせたって、“キスでもしてやれば悦ぶ”。

 許したつもりになっていた。彼が変わろうとしているならって。あのことを忘れないでいてくれるならって。彼もそのつもりだって思ってたのに。根は悪い人じゃないって。

 許せると思った。けど――今は吐き気でどうにかなりそう。


 王は急にそわそわと歩き始め、胸に手を当て、何度か呼吸を整えるようなそぶりを見せた。


「ソ、ソフィア、あの時は勢いで言ってしまったが、やはりきちんと言う。じ、実は、その、は、初めて会ったあのときから私は、ずっと君を――」

「帰ってください」

「――!」


 聞きたくない。この人の薄っぺらい愛の告白なんて。どうせダメならダメで、またいそいそと別の女性の元へ行くのでしょう? だったら私になんて構わないで早く次へ行けばいい。ここにはそのために集められた人たちがたくさんいるんだから。


「あなたに相応しい女性はきっといるでしょう。そしてそれは私じゃない」

「……ソフィア」


 なに傷ついたような顔をしているの? 私がそんな軽薄なプロポーズを受けると? ここまで他人の心が分からない人だとは思わなかった。


「帰ってください。今すぐ」


 ベッドの上に乗っていた花束を押し付け、扉の方へ押しやった。


「ま……待ってくれ。急にどうした? そんなにこの部屋が嫌か? だったら早急に別の――」


 違う!

 王の手にあった指輪を床へ払い落とした。リングはコロコロと転がり、そのままどこかへ姿を消す。


「陛下は本当に申し訳ないと思っているんですか?」


 彼の漆黒の瞳を見上げた。ひそめられていた眉がゆっくりと元に戻り、眼に力が宿る。


「当然だ。あのことは忘れないし、もう二度と繰り返さない。一度した約束も必ず守る」

「嘘です」

「嘘ではない」

「いいえ! 本気で申し訳ないと思っているのなら、なぜこんな風に平然と私の前に現れられるのです。愛しているから結婚しようなどと言えるのです!」


 王は言葉を失い、何か言いかけた口をそっと閉じた。


「あの件のことは忘れてくださって結構です。約束も償いも必要ない。あなたの心を二度と縛りつけはしません。その代わり――」


 溢れそうになる涙を、震える喉の奥へ押しやる。この人の前でなんて泣きたくなかった。


「それでもう、全てを終わりにしてください」


 王は目を見開き、私の顔を見つめたまま硬直していた。唇が少し震えていたように見えたけれど、それはショックからなのか怒っているからなのかは分からなかった。

 あの暴れ馬の時のように、彼の手から指が滑って離れていくような感覚が走る。

 ゆっくりノブを引き、扉を開けた。ちょうつがいが悲しげに鳴く。


「どうぞ、出て行ってください。私も元の部屋へ戻ります」


 これ以上苦しまないですむのなら、一生何もない狭い部屋で十分だわ。

 王は床に転がっていた空の指輪ケースを、ひどく緩慢な動作で拾い上げた。


「いや、君はここにいてくれ。もう手続きも済ませてしまった。だが安心しろ、私は……もう決して君の前には現れない」


 王はそう言いながら小さく笑ったようだったけど、俯いていた私にはどんな笑顔を浮かべていたのかは分からなかった。ただ、その声の震えだけはなぜか鮮明に感じられた。

 そんな演技に、騙されたりしない。


****


「どこへ行ったのかと思っていたら、こんなことに連れてこられてたのかい?」


 ミセスグリーンは信じられないと頭を振った。


「ごめんなさい。あまりに急な話だったものだから」


 もぬけの殻になっていた私の元部屋は、彼女をそうとう驚かせてしまったらしい。当然よね。ああ、置手紙でもしておけばよかった。


「全くあのお方は一体何を考えているのやら……」

「そうだね、せめていい暮らしをさせてやろうっていう償いの気持ち。もしくは彼女にプロポーズでもしようってハラかな」


 レオ様が紅茶を口にしながら、呆れたようにそう言った。さすがに鋭い。ミセスグリーンに私の居場所を教えてくれたのは、どうやら彼らしい。


「や~、そ~れにしてもお二方に、またお会いできるとは」


 そう言って、以前レオ様の部屋でお世話をしてくれたゴーストメイドのミントさんがお茶を注いでくれた。彼女がこの部屋の専属メイドになってくれたことはとっても嬉しい。


「か~んげきです、はい~」


 彼女の入れてくれる紅茶はとても美味しかった。なんでも彼女自身も紅茶が好きらしく、歴史から最近のトレンドや茶葉の旬まで知っている。ミセスグリーンも専用の小さなカップにお茶を注いでもらって、とても優雅にそれを味わっていた。人間で表現するなら、きっと小指は立ててるわ。

 彼女はカップをソーサーに置くと、少し心配げに私を振り仰いだ。


「でもソフィー、ここへ移されたってことは、陛下に変なこと要求されたりしてるんじゃないだろうね?」


 その瞬間、あの人の張り裂けそうな顔を思い出した。

 どうして? あんな目にあわせた張本人に、もう会わなくていいのよ、喜ぶべきじゃない。

 それなのに、笑うのにひどく頬に力が必要だった。


「だ、大丈夫! 心配しないで。そ、それよりあの、支援してくださっている貴族と言うのはレオ様なんですか?」


 堪えきれずわざと話題をそらし、隣に座るレオ様に話をふった。不自然だと思われていないといいけど。


「そう、オレ……と言いたいとこだけど残念ながら違う。明文化されている決まりじゃないけど、王や王族は後宮の支援ができないんだ。貴族どもが不公平だってうるさいからね」

「ああ、やっぱり」


 その言葉に引っかかりを覚えたのか、レオ様は「どうして?」と小首を傾げた。私は支払い用のカードが入っていた封筒を差し出した。“Dearマイプリンセス”、“匿名の騎士より”と書かれたそれ。少なくともレオ様はこんなこと書く人じゃないから。王だって――いえ、あの人はもう関係ない。


「……」


 レオ様もその封筒に、表情を固まらせる。息を小さく吐いていたけれど、ため息と言うよりは肺から空気が漏れ出たといったほうが正しいと思う。


「それで、これはどなたが?」

「うん、オレも君の支援者が気になって調べたんだ。兄上が古くからの知り合いに頼んだみたい。まあ名目上はそいつが支援者だけど、お金は全部兄上持ちらしいから遠慮なくじゃんじゃん使ってやれ」


 それに苦笑する。

 王が……。もう会わないとは言え、生活を彼に支えてもらわなきゃならないなんて。やっぱり何とか人間界へ帰る方法はないのかしら。もちろん、レオ様たちとはすごく離れがたい。でもここにいる以上は誰かに頼らざるを得ないというのに、よりによってそれがあの人だなんて。自立する方法があるなら別だけど、人間がこの世界で働けるものなのかし――


「ん……っ!」


 突然唇へ舞い降りた柔らかな感触に、思考が一時停止した。いつもの香水が鼻腔をくすぐる。レオ様にキスされたと分かって、血圧が一気に上昇した。


「ごめん、ぼうっとしてたみだいだから、つい」


 至近距離でキレイな笑みを見せられ、顔から湯気がでそうなほどの熱さを感じた。そうよ、呆けてる場合じゃなかった。しっかりしなきゃ!

 一人決意を固めていると、再び優しく口づけられた。止まらなくなったように何度も唇を重ねるレオ様に、さすがに私も少し焦って軽く胸を押す。


「嫌?」


 悲しげな光を瞳に宿し、悩ましげに眉をひそめた。あまりの色気に心臓が激しく脈打つ。い、嫌、というか……。その間にまたゆっくりと唇を近づけてくる。ダメ、い、息ができない!


「おぉっほん!」


 ミセスグリーンの咳払いに思わず肩がビクついた。


「そういったことは、お二人のときにどうぞ」と笑いを含んで紅茶を口にする。レオ様はいたずらっぽい笑みを浮かべて離れ、それに胸をなで下ろした。


「それは失礼。にしても兄上もよくやるよ。王自ら支援を内々に頼むなんて、バレたらどうするつもりなんだか」


 レオ様は背もたれを使って伸びをすると、やれやれと天井を仰いだ。


「それで公爵様、ソフィアを支援していることになっている方というのは、一体どんな方なんです?」


 ミセスグリーンの問いに、レオ様は唇を軽く噛みながら「うーん」と唸る。


「名前は、ロキ・グット・スティラー。伯爵で一族自体もおおむね評判がいい。父親はその道では知らぬものはいないっていうほどの優れた学者だし、叔父さんは法曹界の重鎮。オレたちの父親同士が仲よかったから、その縁で兄上もオレも小さい頃から知ってるよ。いわゆる幼馴染ってやつ。けどアイツは――」


 レオ様は何か思い出したのか、苦虫でも潰したような顔をする。どうしたんだろう。


「何ていうか、一言でいえばバカ……っていうか。ソフィーも関わらないほうがいいよ、女性にだらしないしね。まあ会うことはないと思うから、気にしないで」


 そう肩をすくめるレオ様に、どんな人なんだろうと気になりつつ、大人しくうなずいておくことにした。


***


「そうですか~それはようございました」


 イヤイヤ連れてこられたものの、スクールファーストでの授業はかなり面白かった。以前リザに連れられて行ったときも思ったけれど、実験器具や楽器、もちろん魔獣の種類や質もかなりいい。今日は特別な顕微鏡で小さな小さな生き物の観察をした。イチゴほどの大きさの箱に山があって川があって、街があってびっくり。もちろん牛や羊まで飼って生活しているんだから世界って広いわ。

 学校へ行きたての小さな子みたいだけど、宿題をしながらミントさんに授業のことを色々報告していた。


「で? 陛下はよく来られるのですか~」


 それに、ノートに書き込みをする手が一瞬とまった。

 ありがたいことに彼女はそれに気づかず、プレートを口元へ持っていって「クククク」と肩を震わせる。こういう話題好きなんだ。


「あ、いえ――」

「私もここへ来て五十年ほどになりますけどね~、あの方があれほど一人の女性に執着しているのを見るのは初めてです」

「“執着”?」


 付きまとわれていたのは事実だけど、それは愛や恋によるものじゃない。どうせ暇つぶしに遊んでただけ。処刑しかけた女を落とせば、さぞかし楽しいでしょうね。


「そうですよ~。あれだってものすごく苦手なのに、一生懸命――」


 “あれ”?

 そこでコンコンとノック音がした。


「あ、陛下ですかね?」


 違うと思う。と言う前に彼女はフフフと楽しそうに笑うと「ごゆっくり」と壁の向こうへ通り抜けていった。違うんだけどな。

 急かすようにもう一度コンコンと鳴る。


「は、はい……」


 恐る恐る扉を開けた先には、男性が立っていた。もちろん王でもなければ、レオ様でもない。

後ろで縛った長いアップルグリーン色の髪に、少々タレ目ぎみのヴァンパイアだった。その後ろには衛兵らしき者たちが複数立っているとはいえ、後宮に男性のヴァンパイアが入ってくるなんて。

 相当な権力の持ち主なのかもしれない。


「君が僕のプリンセスかい?」


 ぷ……プリンセス?

 彼はスッと胸のポケットから紫色のバラを取って香りをかぐと、得意げな笑みを浮かべた。


「君の支援をしている“匿名の騎士”とは僕のことさ、ハニー」


 まるで“バーン”とでも言いたげに、ピストルの形にした手を私の胸へ向けて放つ。


――『何ていうか、一言でいえばバカ』


 そんなレオ様の言葉が頭をよぎった。


あとがき

 変人登場。




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