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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Ground
2/81

st.Ⅱ     The King

「陛下……、ああ何とお美しい」


 回廊は人でぎっしり詰まっていた。王が数人の衛兵と共に、美しい庭を鑑賞しているらしい。そんな王をさらに鑑賞する(失礼かしら)女性たちの脇をすり抜けて、私は庭に出た。

 王がどんな姿形をしているのか確かに少し気になったけど、この群がる女性たちを掻き分けてまで見る気もなかった。

 だけどシーツを頭から被って顔を隠す、怪しい私を気にする人もいなくて良かったわ。なるべく誰とも関わり合いになりたくないから。こんな暗闇の世界なんかで。



「キレイ……」


 思わずそうつぶやいた。目の前に広がるのは、広い庭の敷地内にある大きな湖だった。まるで二つの空の狭間にいるように、雄大な景色が広がっている。私たちは指定された区域なら昼夜を問わず(もっとも、お昼なんてない)自由に歩くことを許されていたけれど、私は部屋に引きこもっていることが多かったから。

 湖の傍にちょうどよさそうな岩を発見すると、少し触って濡れていないことを確認し、ゆっくりと腰掛けた。足元の光る愛らしいスズランに笑みを零す。

 月と、水と、風と。


 こんなに血なまぐさいところにいるのに、それらは変わらず私の心をくすぐる。人間界とも変わらない。紙の上をすべるエンピツが、この状況をより鮮明に写し取ろうと動いていた。


「ほう、上手いものだな」


 集中していたところに、急に低い声をかけられて心臓が飛び跳ねた。その拍子に、思わずエンピツを落とす。それをその人物が、草の間に驚くほどに白い指を下ろして摘み上げた。


「どうぞ?」

「あ、ありがとうございます」

 

 シーツの隙間からふと見上げて、息が止まるかと思った――。

 切れ長の黒真珠のような目に、闇のように黒く美しい髪。彫刻のように均整の取れた面立ちに、少し意地の悪そうな笑み。月明かりに照らされたその半顔は、夢と現の区別を忘れるほどに美しかった。

 そう。本当に今まで見たたことも無いほど、美麗な男性がそこにいた。


「……あっ」


 受け取ろうとしたエンピツをまた落としてしまったというのに、私はそこから少しも動くことができなかった。彼は少々呆れたように息を吐くと、また屈んで拾ってくれた。


「君は私をバカにしてるのか?」

 

 そこで初めて気がついた。彼の白い歯が僅かに尖っている。ヴァンパイアだ!

 そう思うと今度は怖さで体が縮み上がった。足がすくんで震える。

 話に聞いていたヴァンパイアは、恐ろしいものだった。人間の血をむさぼり飲み、人を醜悪な怪物へと変える。銃で撃っても死ぬことはない。ただ心臓に杭を打ち込み、大量の血を吐かせてのみ生を終えると。

 これが、あの……。


「ああ、もしかして新人か?」

 

 男性は手のエンピツをクルクルと回すと、物珍しそうに私を眺めていた。牛を品定めするブッチャー(肉屋)のような卑しい眼。


「私のことも知らないんだろう?」


 全て見透かしたような漆黒の瞳とひしひしと感じる威圧感に、居心地の悪さが沸きあがってくる。胸に手を当て、一歩下がった。


「怖がるな。私の名はザルク・ヴィン・モルターゼフ(Zaarc Vin Morterzefz)。この城の主だ」

「え?」


 だって王は――。


「庭にいるのは私の影武者だ」


 ど、どうして分かるの……。

 王はそれすら読み取ったように、クスクスと笑っていた。


「で? 王である私に先に名乗らせた、無礼者の君の名は?」


 王の細い指が私の被っていたシーツに伸びる。

 ダメ、そんな血に穢れた手で触らないで。


 私は胸に抱いた絵を握りしめ、わき目も振らずに部屋へと戻った。


あとがき

 王様、女の子に逃げられる。

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