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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Ground
15/81

st.ⅩⅤ    Uncover You

               

――『お兄ちゃん、どうやったらそんなにじょうずに絵が描けるの?』


 幼い頃の私? これは何の香りだろう。風に乗った草……太陽。


――『ソフィアも絵が上手くなりたいの?』


 いつものように、やんわりと眼を細めるお兄ちゃん。


――『うん! お兄ちゃんみたいにじょうずに描きたい』

――『それじゃあ優しい子にならなきゃね』


――『優しい子?』

――『そう。絵は人の心を映す鏡だからね。心のきれいな子になれば、それだけきれいな絵が描けるようになるんだ。分かった?』


――『うん、分かった!』


 そう、そうやって優しく頭を撫でられるのが好きだった。



********



「あ……っ、ん」

「そこまでだ、フリーエス」

 

 ザルクの言葉を受け、ソフィアに覆いかぶさっていたシェイラは退けた。ソフィアは冷たい石の椅子に手足を固定され、真っ青な顔で軽く痙攣を起こしていた。その首筋には、赤い斑点が二つ。

 高座に座ったザルクは、それを虫けらでも見るように見下ろしていた。隣に座るリザの眼はほんのりと笑っている。

 まるで小さなコロセウムのような地下の処刑場は、わずかに血の匂いが漂い、そして肌寒かった。警備関係者や看守、物見見物に来た貴族らがまばらに席を埋め、じっとその様子を見ていた。もし今日が休日なら、席はすべて埋め尽くされていただろう。

 誰も彼女に同情するものなどいない。彼らにとってこれは暇な日常のスパイスでしかなかった。


「まだ意識はあるだろう、ソフィア・クローズ。今からお前に“贖罪(しょくざい)の腕輪”をはめる。これは徐々にお前の手首を喰い、最後には無様に切り落とすだろう。その頃には、傷口からあふれ出た血でお前は死を迎えている。こうしてあらかじめ血の量を少なくし、お前の死を早めてやっているのは、他でもないリザの慈悲。その優しさに感謝しながら、ゆっくりと痛みと恐怖を味わうがいい」


 耳の尖った薄汚い小鬼たちが、シェイラの元へ供物台を届ける。そこには悪魔の顔があしらわれた銀の腕輪が乗っていた。それを手に取るシェイラの目が、わずかに見開かれる。だが即座に何も無かったかのように取り繕った。

 しかしそのささやかな動きに、ザルクは敏感に勘づいた。


「フリーエス、どうした」

「いえ、何も」

「それをこっちへ持って来い」


 手を伸ばすザルクに、シェイラは戸惑っているようだった。


「何でもありま――」

「フリーエス……お前も死にたいのか?」


 ゾワッとするような寒気がシェイラを襲う。王が目を薄くしたその一瞬で、全身に鳥肌が立った。この王が恐ろしいのは、単に冷酷だからではない。真に強大な力を持っているからだ。

 それも権力などと言うあやふやなものではない。数千数万の軍兵を相手に、たった一人で立ち向かえるほどの魔力をその身一つにそなえている。本気になれば小さな国などいとも容易く潰せるだろう。たった一人の女ならもっと簡単に。

 逆らうことなど、できるはずはなかった。


「……は」


 シェイラは高座の前までそれを持っていくと、衛兵が腕輪を受け取ってザルクに手渡した。一目見て、ギッと歯噛みする。


 腕輪の内部には痛みを軽減する魔形字が、ぐるりと取り囲むように刻まれていた。まるでこの腕輪をはめる宿命にある者を、必死に庇護しようとするかのように。こんなことをするのは、こんな高度な医療魔術を扱えるのは――


「レオ……」


 ザルクはそれを親指の爪でガリッと傷つけた。綿のように繊細な印は、それによって容易く崩れて消える。

 シェイラを睨みつけるように見下ろし、腕輪を投げつけた。


「死刑囚に情けなどいらん! 違うか、フリーエス」

「は、仰せの通りにございます」


 ザルクは凍てつくような視線をソフィアへ送った。


「さて、死ぬ前に何か言い残すことはあるか? ソフィア・クローズ。言いたいことがあれば言え、最後の情けだ」


 ソフィアは小刻みに震える唇を開いた。今にも涙を零しそうに怯えている。


――『ソーフィア、何泣いてんだ。辛いときこそ、楽しかったことを思い出して笑え。ブハハハハ! ってな! そしたら兄ちゃん……いつでも一緒に笑ってやるから』


「ありがとう、ございま、した……と」

「……」


 遠くを見つめているようなその顔は、どこか穏やかだった。


「……ミセスグリーン……と、レオナルド公爵様に……」


 今わの際に謝礼だとは。目の前の自分に、恨み言の一つや二つ吐き散らかして死ねば良いものを。そうザルクは思っていた。


――『オレがいなくなっても、絵は残る。そしてこれを見てオレを感じ、オレを想う人がいるんだ。なあ、これってスゴイと思わないか、ソフィア?』


「あの絵で……あの絵で私を思い出してくれれば……嬉しいです、と……あの絵で時々でも、私を、想ってくれれば……」


 震えながらも、ソフィアは焦点の定まらない眼で柔らかに微笑んでいた。


「……やれ」

「は」


 シェイラがソフィアの右手に腕輪をはめた途端、それはソフィアの手首にあわせてギッと縮んだ。そして徐々に赤く色をおび始め、黒い霧をわき立たせる。


「あああああああああ!」


 鎖で繋がられた手足がガチャガチャと苦しげな音をたてた。

 焼けるような痛みが襲い掛かかる。炎で身を焼かれ、肉を溶かされえぐられているような痛み。いや、熱いのか、痛いのかももう定かではない。ただ分かるのは――これで命を落とすだろうということだけ。

 苦しげに眉をひそめ、震えていた体から今度はどっと汗が噴き出していた。身悶えるソフィアに、リザは勝ち誇ったように笑みを浮かべている。

 だがソフィーはそれ以降、グッと歯を食いしばって痛みを堪えた。これは意地だった。彼女の最後の抵抗だった。自分は無実であるのだと、無言で抗議していた。


 それにザルクは怪訝な顔をする。彼には分からなかった。彼女のこの強さの源が一体何であるのか。本来なら、痛みで命を落としてもおかしくはない。それをこんな少女が歯を食いしばって、涙を流しながらも耐えているのだ。


――『牢の壁画を見てやってください! ソフィアの描いた太陽の絵を! 彼女の命の輝きを! お願いします! 陛下、陛下ァア!』


 ミセスグリーンの言葉が頭を過ぎる。ザルクは肘掛をギュッと掴んだ。


「陛下……いかがされたのです?」


 隣のリザが心配そうにそれを見つめる。


「なぜ君はこんな光景を冷静に見ていられる」

「……え?」

「なぜこんな悲惨な光景に眼を背けようともしない」

「あ、あの……っ」


 リザは慌てたように眼を泳がせた。彼女はここへ来てわずかに気の緩みが出てしまったことを悔いた。焦って涙も思うように出てこない。


「あのように儚い月を描いた女に、そのような冷血なことができるのか」

「そ、それは…………陛下? 陛下!」


 ザルクは椅子から立ち上がると、刑場を飛び出した。風のように階段を駆け下り、驚く衛兵を突き飛ばして進む。

 胸のざわめきを感じた。


 もしかして――


 その思いが一歩足を踏み出すごとに、いっそうの強さを持ってザルクに問いかける。そうであって欲しいという思いと、そんなことはありえないという思いがめちゃくちゃに絡み合っていく。


(リザはちゃんと月の絵を持っていたじゃないか! 湖のほとりで出会った話をしたじゃないか! 胸を打つような言葉をくれたじゃないか! なのに……なのになぜこうもざわつく!)


 今まで何百と言う女を抱いてきた。抱いて抱いて、抱くだけ抱いて、名前も顔もロクに覚えずすぐに飽きて記憶から捨て去った。彼女らを支援する貴族がちらつき、女が信用できなくなっていたのかもしれない。優しく誘えばすぐに落ちる女たちに、何だこの程度だと失望していたのかもしれない。

 それが初めて愛しいと思える女に出会った。抱きたい思いより、自分を愛し、自分だけを見て欲しいと思える女を見つけた。

 満足に顔も名前も覚えないくせに、顔も名前も知らない女を想い続けた。自分の傍にいて欲しいと、どうしても手に入れたいと切望した。

 何が自分をこうまで駆り立てるのかは分からない。闇の住人である自分が、彼女の放つ淡い光に恋をしたというのなら、これほど可笑しなことはない。

 その”彼女”はリザであるはずだった。


 だが、親しげにレオと名を呼び合う彼女を見たときの妙な焦燥感。他の男と仲良く腕を組む手を思わず引き離したくなったあの衝動。

 あの時見ることのできなかった、あの白いシーツの向こう側――

 その全ての答えが、今向かう先にあるのかもしれない。


――『で? 王である私に先に名乗らせた、無礼者の君の名は?』


 そう、あの時そうやって手を伸ばした。今も――


 混乱する頭で厚い鉄の扉を抜け、彼女のいたという檻の前に立つ。冷たい鉄柵を掴んだ。


「はあっ……はあっ……っ」


 大した距離ではないというのに、彼は息を切らしていた。胸を圧迫する何かが、彼からいつもの力を奪い去る。ザルクはガタガタと震える手で胸元をグッと握った。それでも震えが収まらない。国の命運すら左右できる男が、その足先までもを打ち震わせていた。


「……っ」

 

 石の壁に描かれていた絵を瞳に映したザルクは、その日差しに足を折られたかのようにどっと膝を崩した。



――『あ……ありがとうございます』

――『……サードクラスの女で結構でございます。キング・ザルク』

――『陛下の背は……特別なんです』



「ソ……フィア……」


 目の前の壁一面に描かれた絵の太陽は、まるで彼女を投影したかのようだった。美しく、純粋で、暖かくて、そして力強かった。花も木も草も人も、その柔らかな光につつまれ、優しい笑みを零しているようだった。

 今まで見たことも無いその輝きと、魂を揺さぶられるような情動。太陽など見たことはない。その光を浴びるなど忌々しい。でも、この光には包まれたいと思った。儚げなこの光をああこの手で守ってやりたいと思った。

 

 彼女だ。


 あの日、驚くほどに美妙で幻想的な月を描いていたのは。

 名前も言わず怯えたように立ち去ったのは。

 あの日からずっとずっと恋焦がれ、捜し求めていたのは。

 伸ばした手をすり抜けた、あのシーツの向こうにいたのは――

 

 ザルクは胸のポケットに入れていたエンピツにそっと触れた。


「やめろ……」


 ソフィア――

 


「やめろ! ヤメロ! ヤメロッ! 今すぐ刑の執行を停止しろォオ!」


 ザルクはよろめきながら立ち上がり、狂ったようにわめき散らしながら元来た道を駆け抜けた。曲がり角で足がすべり、無様に転倒した。心配して手を貸そうとする家来を思い切りはじき飛ばした。



――『ソフィア、いい子だったね……もう、いいよ……』

「おにい、ちゃ……」

 優しい兄の記憶に包まれ、ソフィアは穏やかに目を閉じた。



 ザルクはただ前だけを見据え、唇を震わせていた。こんなときに限って足が動かない、声が上手く出ない。


「早く……腕輪をはずせ! 早……ッ! 早くしろォ!」


 扉を蹴破るように戻ってきたザルクは、半狂乱の状態でそう指示した。


「陛下?」

「早く外せぇえええ!」

「っ……は、はい!」


 シェイラは驚き入りながらも、急いで不気味な音と霧がふき出す腕輪を解除した。手首は切り離されていないものの、彼女はすでに多くの血液を失って、あたりは真っ赤だった。鉄の匂いが充満する中、意識も手放し土気色の顔でぐったりとしている。


「早く彼女を手当てしろ! 絶対に死なせるなあああ! これは国王の命令だッ! 助けろ! 絶対だ! 助けろおおお!」


 周囲は騒然となり、緊急用救護班があわただしく彼女を取り囲んでいった。怒号に似た指示が飛び交う。


「すまない、ソフィア……すまない……! ソフィアぁッ!」


 運ばれてゆくソフィアを追いかけることもなく、ザルクは髪をわしづかみにして床へ崩れ落ちた。

冷徹だと、非道だと謳われる王が涙を流して打ち震えていた。

 そのか弱い、たった一人の女のために。


あとがき

 そしてリザの心境→「ヤ……ヤバイ……」


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