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The Vampire Castle  作者: 二上 ヨシ
The Ground
12/81

st.ⅩⅡ    The FLEAESS

「リザ……大丈夫か?」

「はい、陛下」


 ザルクは、事件のあったアトリエの椅子に腰掛けて、辛そうに手を擦るリザの背を撫でてやっていた。

 散乱する菓子や割れたガラス、飛び散る血痕に怒りを押し殺したような表情を見せる。


「へ、陛下……折角いらしたのだから、これをご覧になって」


 リザは健気に笑いながら、引き出しの中から絵を取り出した。庭や建物、クローズアップした花や人の絵。月の絵と同じく、柔らかで優しいタッチだった。触れれば描いた者の心が垣間見えるよう。


「やはり私は君の絵が好きだ。純粋で、繊細で、見るものを笑顔にする絵が……。手は大丈夫か?」

「は、はい。すぐに助けが来てくれましたから大事には」

「まさかサードクラスの女が……」


 王の眉間に縦筋が入る。彼とて信じられなかった。あんなに柔らかな雰囲気を纏う彼女が、と。だがその場にいたリザだけでなく、前回リザを襲っていたルルーもジェニファーもニーナさえも口を揃えて彼女がリザを殺しかけたと言うだ。

 信じざるを得なかった。


「おそらく、彼女も陛下をお慕いしていたのでしょう。それで陛下の寵愛を受ける私が憎かった。哀れな子なのです」

「すまない、助けてやれなくて」


 涙を流すリザをその腕に抱きしめる。


「いいえ、陛下は前回危ないところを助けてくださいましたわ。でなければ、私はあの魔法陣の餌食に」

「たまたまあの辺りに用があってよかった。リザ……よく無事でいてくれた」

「ん……ふっ」

 

 深い口付けを交わしながら、ザルクはリザの体を優しくテーブルの上へ寝かせた。ゆっくりと身に付けている服を脱がせてゆく。


「陛下……?」

「ん?」


 胸に沈む彼の頭を抱き、リザは少し嬉しそうに名を呼んだ。


「来月には陛下の絵ができあがりそうですわ」

「嬉しいな。どんな絵なんだ?」

「んっ……陛下の、背中の絵ですわ」

「背中?」


 ザルクは少し顔を上げる。


「ええ。陛下の背は大衆を率いる背。大勢の人たちの期待を背負い、国の全てを背負う。けれど陛下はそんな負担などまるでないように、堂々と先を歩いておられる。人々は、そんな陛下の背を見て“ああこの方にになら”と思うのですわ……。私はそんな陛下の背がとても好きなのです」

「リザ……っ」


 ザルクは眉を寄せ、頬を僅かに震わせて笑う。内側から湧き上がる熱い感激を、漏れ出さないように押し殺している風であった。

 

「間違いない。君はやはり特別な女性だ」

「陛下……っ」


 しばらく見詰め合った二人は、またたく間に熱い愛の波に呑まれていった。


***************

               

「あの女、どうかしているよ!」


 ミセスグリーンは震えた涙声でそう言った。檻の中はとても寒くて、窓も高いところにあるから外なんて見えない。恐ろしい怪物たちのうめき声がそこら中から聞こえ、時折狂ったようにガチャガチャと鉄柵を揺らしている。


「自分で自分の手を傷つけて、それをソフィアのせいにするなんて……っ。みんなでグルになって他人を陥れるなんて。あぁ! 天使よりも狡猾で恐ろしい!」


 悪いのが悪魔じゃなくて天使なのは、ここの価値観がそうだから。


 私は王の婚約者殺害未遂容疑で、死刑が言い渡された。傷ついた彼女の右手を償うため、私の右手首が斬り落とされる。執行は七日後。それまでは食事も与えられずに、ここへ閉じ込められるそう。

 今が何日目かなんて分からない。ここが城のどの位置にあるのか分からないけど、時間を知らせる鐘の音も聞こえない。空腹もいつかからかなくなった。そして、生きる気力さえも。


 何度私は裏切られるんだろう。あの時、リザについて行かなければ良かったんだろうか。信じなければ。

 そっと右手を見つめた。ゆっくり、開いて閉じる。まだ痺れはしつこくまとわりついていた。それでもあるだけ良い、でももうじき無くなる。天国に行っても、絵が描けなくなっちゃうのかな。それってすごく悲しい。


「私がどうにか頑張るから、お願い、そんな眼をしないで!」


 ミセスグリーンはかすれた声で、心から叫ぶようにそう言ってくれた。彼女は彼女なりにあちこち小さな体で駆けずり回ってくれたのを知ってる。でもこれは王の決断。ひるがえすには王自身が考えを変える必要がある。それ以外は何をしても無駄。


 避けられない死を前に、私は様々なことを思い返していた。亡くなった優しい家族のこと、友人のこと、住み慣れた古い町並のこと。そして――


 私は傍に落ちていた石を拾うと、持たれていた壁に向かってゆっくりと立ち上がった。足に力が入らなくてよろけそうになったけど、何とか持ちこたえさせる。


「ソフィー……?」

「ミセスグリーン、太陽を見たことがある?」


 石を壁にこすり付けると、白い線が生まれる。


「太陽?」

「ええ」


 私は話をしながら壁にたくさんの草花を描いていった。まだ思うように動かない右手に、左手をそっと添える。


「いいえ、ないわ。話に聞いたことはあるけれど、ここはずっと夜だから」

「そう。今までお世話になったから、いいもの見せてあげるね」


 月とは違う太陽の光は、眩しくて暖かくて情熱的で。力強い“生”に満ち満ち溢れている。朝が来れば昇る日を当たり前のように思っていたけど、今になってそれが恋しい。一度も見たことがないというのなら、その輝きを見て欲しい。食べてない分貧相になっちゃったかもしれないけれど、手が震えて上手くかけないかもしれないけれど、私の“生”を注ぎ込むから。




「できた」


 私の太陽の絵。私の最後の絵。

 柔らかな日差しの下で、人も植物も動物も、建物さえも生き生きと息づいている。暗い牢屋の中、そこではみんなが笑顔だった。

 できるなら、もう一度見たかったな。


「キレイだねぇ……長年クモやってるけど、こんなにキレイなもの、見たこと無いよ……」


 ミセスグリーンは思った以上に喜んでくれた。絵を褒められるのは嬉しい。それはきっと、私自身を褒めてくれている気がするんだろうな。

 ありがとう、ミセスグリーン。ここへ来て一人ぼっちだった私をすっと励まし続けてくれた、お母さんのように大事な存在。

 どうか元気で――


「死刑囚がお絵かきとは、随分とのん気なもんだぜ」


 その声に振り返ると、褐色肌の美しい女性が銀色のトレーを持って檻の前に佇んでいた。女の私でもドキドキするようなセクシーな服。そして、二本の牙が見えた。

 ヴァンパイア……?


「ほら、食いな。明日が死刑執行日、その前の最後の食事だ」


 女性は床の上に開いた小窓から、それを中へ押し込んだ。パンやスープ、そして薄い肉とサラダ。


「“食わない”なんて言うなよ? 栄養のねぇマズイ血なんて飲みたくねぇからよ」

「あの……あなたはヴァンパイアなの?」


 ヴァンパイアに女は生まれないと聞いていた。だから人間の女をさらってくるのだと。


「アタシが男ならそうだろうけど、女だからその呼び名は正しくない。蚤女(フリーエス)だ――」


 フリーエス……、ノミ女。その名前を聞いて即座に感じた。ヴァンパイアの女は卑下の対象なのだと。だからこんな地下の仕事を担当しているのだろうか。

 でも彼女からはそういった悲壮を一切感じなかった。何ともあっけらかんとしている。その長く赤い髪は、太陽のような活力に満ちていた。まばゆいくらいに。


「ごく稀に、ヴァンパイアとの間にでも女が生まれることがあるだよ。この間一人死んだから今はアタシだけ。バカみてぇに頑丈なヴァンパイアと比べて、大分か弱ぇもんでな。けど久々の若い人間の血だ、精々味わってアタシの糧にしてやるよ」

「あ、あの、お名前は?」


 遠ざかる彼女の背にそう問いかけた。


「お前、処刑執行人の名前が知りてぇのか? まさか呪う気じゃねぇだろうな!」


 彼女はそう言ってシュッと攻撃の構えを取る。ちょっと面白い人。


「い、いえ、呪術の授業は記号を少し教えてもらっただけで……」

「なんだ。ツマンネ」


 がっかりしたように両手を下ろす。一体何を期待したんだろ……。少し申し訳ない。


「アタシの名前はシェイラ。まあ残り少ない時間の間だけでも覚えててくれ。じゃあな」


 そういい残し、シェイラさんはダンと入り口を閉めて牢獄から出て行った。


「ねえ、ミセスグリーン。私、シェイラさんみたいな女性ってすごく憧れ……あれ、ミセスグリーン?」


 あちこち探したけど、ミセスグリーンの姿はどこにもなかった。


あとがき

 あれ……王とリザってヤッてばk (ry

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