第八話 強者
今まで静観していたヒュポクトニアが動き出し、ルシフェルを囲む輪を徐々に小さくして行く。
ルシフェルは直ぐに羽を広げて飛び上がり、ヒュポクトニアの群れを飛び越える。
立った少しとびあがっただけだというのにまた羽の動きが止まり、直ぐに地面に降り立ってしまった。
「ほう、もう少しは飛べるのか」
アスタロトは再び槍の穂先をルシフェルに向ける。
ヒュポクトニア達は両側に広がりながらルシフェルを取り囲んで行く。
統率された動きで輪を作り、徐々にその輪を小さくして行く。
ルシフェルに近付いたヒュポクトニアから鋭い爪を閃かせて襲い掛かる。しかし、ルシフェルの動きについて行けず、逆にルシフェルの爪によって体を引き裂かれ、また体を貫き、一匹、二匹と数を減らして行く。
ほんの僅かの間に、かなりの数のヒュポクトニア達が屍となっていた。ただ、先に魔獣とガーゴイル達の相手をしていた事もあり、ルシフェルの息も少し上がっていた。
ルシフェルの足が止まった刹那、周りの地中から数本の手が飛び出し、ルシフェルの足首を摑んだ。
更に背後の地中から五匹のヒュポクトニアが飛び出し、ルシフェルの体に、腕に次々と取り付いた。
魔獣が噛み付いていた時とは違い、ヒュポクトニアの四肢がルシフェルの体に絡みつき、その動きを封じる。
「さあ、終わりにしようか」
アスタロトが三度槍の穂先をルシフェルに振り向ける。
周りを囲むヒュポクトニア達が一斉にルシフェルに向かって動き出す。
「これで動きを封じたつもりか?」
ルシフェルの両腕が振られ、取り付いていたヒュポクトニア達が前に後ろに飛ばされ、向かって来たヒュポクトニアぶつかった。
間を置かずに背中に、体に取り付いているヒュポクトニア達を引き剝がし、向かって来るヒュポクトニアにぶつけて行く。
それでも尚、ヒュポクトニア達は前に出ようとするが、アスタロトが槍の尾で今までになく激しく地面を叩く音が動きを止めた。
ヒュポクトニア達が後退して行く。
ルシフェルの足を摑んでいた手も離れ、地中に消えて行く。
「もう終わりか?」
「近々隣国に攻め入る予定があるのでな。例えヒュポクトニアとは云え、余りに数を減らされては困る。このまま続けても無駄であろうからな」
「だから云ったであろう。貴様が戦う事になるとな」
「まさかここまでとは。いい意味で予想を裏切ってくれた。それでこそ城に連れて行き甲斐があると云うもの」
「まだ云うか。貴様が戦ったとて、結果は同じだ」
「大口を叩いている割には少し息が弾んでいるぞ。ヒュポクトニア達も無駄ではなかったようだな」
「高々息が弾んだほどで何も変わるまい」
「それはどうかな」
アスタロトは空を見上げた。
「まだ少し時間があるか」
手にしている槍を背に戻す。
「どうした? 戦うと云っておきながら、やはり臆したか?」
「まあ、そう慌てるな。今は使わなくとも十分と云う事だ」
「単なる愚弄という訳か。図に乗りたければそうするが良い。死して後悔させてくれるわ!」
今度はルシフェルから猛然とアスタロトに向かって駆ける。
アスタロトはそれを気にも留めず、背後に並ぶヒュポクトニア達の方を向く。
「お前達は休んでいていいぞ」
「貴様、何処までも愚弄するか!」
背を向けたアスタロトに一瞬にして迫ったルシフェルが、アスタロトに振り向く間も与えず五指の爪を振るうが、アスタロトの背中を捉える寸前にその姿が忽然と消え、ルシフェルの爪は空を裂いた。
「どうした? 当たったのは俺の方だぞ」
後方からの声にルシフェルが振り返った時、その肩から黒い血が霧状に吹き出す。
「だから云ったであろう。今のお前では相手にならぬと」
「こんな傷、大したものではないわ」
再びアスタロトに向かって駆け出したルシフェルだが、今度は近付く間もなくアスタロトの姿が視界から消える。
背後に気配を感じ、羽を広げて飛び上がろうとするも、突然襲った脇腹の痛みがそれを止める。
痛がる間もなく足に、更には腕に、痛みを感じると共に悪魔の血が噴き出す。
ルシフェルは片膝を地に落としてしまった。
大きくしかめた顔を上空に向けると、羽を羽ばたかせて宙に静止するアスタロトの姿があった。




