第七話 アスタロト
再び動き出した大きな点は、少し上昇し、旋廻しながら徐々にルシフェルが居る方に近付いて来る。やがてルシフェルの上空まで来ると旋廻を止め、獲物を認めた猛禽類のようにルシフェルに向かって一直線に降下を始めた。
何が降下して来たのか確認できない程の速さで降下して来たそれは、森に入った直後に急激に速さを緩め、湖面に舞い降りる白鳥、いや、黒鳥が如くルシフェルの前方に静かに舞い降りて来た。
ガーゴイルとは明らかに違う悪魔がそこに居た。
ルシフェルに劣らぬ体躯、背にガーゴイルと同じような羽を持つが、頭に角はなく、ソバージュの髪が肩まで伸びている。折り畳まれた羽の背後には中世ヨーロッパの時代に騎士が使っていた槍のような物が覗いている。
現れた悪魔は、ルシフェルの後ろに横たわるガーゴイルの屍と少し離れた木々の間に覗くガーゴイルと魔獣達の屍を一瞥する。
「帰りが遅いと思えば……」
悪魔の目が初めてルシフェルに向いた。
「ほぉう、俺より少し大きいな」
「貴様はガーゴイルとは違うようだが、貴様もサタナエルとか云う奴の手の者か?」
「そうだ。重臣のアスタロトと云う。憶えておけ」
「ぬう、ガーゴイル達と云い、生意気な口を利く連中ばかりだ。我は誰の命令も受けぬ」
アスタロトは失笑する。
「何が可笑しい?」
「生意気な口を利いているのは同じだと思うのだが。まあ、天界ではそれなりの地位に居たのであろう。ガーゴイル達の姿を見れば、かなり力もありそうだ。さぞやサタナエル様もお喜びになられるだろう」
「サタナエルが喜ぶ? 私は付いて行く気はないぞ。大体貴様、サタナエルの重臣と云うが、先程逃げたガーゴイルを貴様が殺したように見えたが、あれは見間違いか?」
「ほう、あの距離で見えるか。そうだ。確かに殺した。使えぬ者は殺せ。それがサタナエル様のお考えでな」
「力なき者は死を━━か。それには共感する。我には天界より似合いの世界かもしれぬ」
「変わった奴だ。ここに堕ちて来た者は直ぐにはここの環境や考え方に馴染めず、天界に帰りたがるものだがな」
「天界には何れ戻る。魔王となり、仲間を連れて神々を平伏せさせる為にな」
「これはまた大きく出たな。魔王となる? それだけではなく天界に戻って神々を平伏せさせるとは」
「貴様もまた笑うか?」
「いや、面白い。絶対に城に連れて行きたくなったぞ」
「行く気はないと云ったはずだが」
「なら、無理にでも連れて行くまでだ」
「止めておけ。ガーゴイルとは違うようだが、一匹ではどうにもならぬぞ」
「この先はどうか分からぬが、堕ちたばかりのお前なら、俺の相手にもならぬぞ」
「強がりを」
「強がりなどではない。それを教えてやりたい所だが、お前の相手は俺ではない」
「では誰だと云うのだ?」
「大口を叩いた割には気付かなかったのか? こうして話をしている間にお前は囲まれていたのだぞ」
アスタロトは背にある槍を手にし、穂先を上にして柄の尾で地面を叩いた。
それを合図に、地面の中から黒い手が出て来た。
ルシフェルの周りの地面から次々と、手だけではなく頭、体と出て来る。
姿を現したのは羽のないガーゴイルに似た悪魔達であった。
更に木々の間からも同じ悪魔達が姿を見せる。
「ガーゴイルの次はデーモン族のヒュポクトニアか」
ルシフェルを取り囲むその数は、ざっと五〇を超えている。
「なるほど、今度は数か。だが、幾ら揃えても雑魚は雑魚。無駄な事だ。それより、貴様こそ大口を叩いた割には自分では戦わぬのか?」
「そのほうが早く片が付くのだが、こちらにも色々と事情があるのでな」
「事情? まあ良いわ。どの道貴様が相手をする事になるだろうからな」
「甘く見るなよ。指示さえ与えてやればこいつらもそれなりの働きをしてくれる」
アスタロトは槍の穂先をルシフェルに振り向けた。




