第三話 メタモルフォーゼ(転身)
体の中から何かが燃えているような熱さが湧き上がって来る。それが徐々に増し、焼けるような熱さが体中を巡る。
そこに忽然と大粒の雨が降り落ちて来た。
これで少しは体を冷やしてくれると思いきや、それは地上に降り注ぐ雨とは決して同じ物ではなかった。
その雨は闇の如く黒色で、今までルシフェルが入っていた湖と同じ色をしている。
ルシフェルの透き通るような白い肌に黒き川の如く幾筋も走ると共に、体が冷えるどころか今にも増して急速に熱くなって行く。
「この熱さは水が原因か……」
熱さは次第に激しい痛みに変わって行く。
余りの激痛に、今まで耐えていたルシフェルも絶叫しながら前のめりに倒れ、自分の体をきつく抱き締めて雨で濡れた地面の上をのたうち廻る。
雨が降り止む様子はなく、痛みは更に増し、苦悶し続け、いつしか気を失ってしまった。
どれだけ気を失っていたのか、ルシフェルが目を覚ました時、雨は止んでいた。
「いっ、一体何が……」
痛みは嘘のように治まっていた。
熱さもまるで感じない。
だが、異変はまだ終わってはいなかった。
ルシフェルは自分の手を見て驚く。
「何だ、これは……?」
黒い━━雪のように白かった肌の色が夜の闇に溶け込みそうなほどに黒い。
手だけではなく腕も、体も、足も、見える肌と言う肌が全て黒いのだ。
それだけではない。十指から生える爪の先は全て、猛獣か猛禽のそれと同じように鋭く尖っている。
その上、不思議な事に背中に何かが生えている感覚がある。
自慢の六枚の翼はミカエルによって斬り落とされてしまったはずだ。
ルシフェルは自分が落ちた池の岸辺に這って行った。そして、恐る恐る水面を覗き込む。
「これは……⁉」
水は薄黒く、色は分かり難かったが、水面にルシフェルの姿が映っていた。
ただそれは、天界の神殿の大理石の壁に映し出された美しき姿が見る影もなかった。
少し開いた口から、上下に二本ずつ乱杭歯が覗いている。
更に水面に顔を近付け、覗き込むと、色は分からないが、髪の色も変わっている。
黄金色に輝く髪が、深く暗い色に変わっているのが分かる。
変色してしまった髪の中からは、今までになかった山羊のような角が二本生え出している。
違和感があった背中には、翼ではなく蝙蝠のような漆黒の醜い羽があるのが見て取れた。
水面には映っていないが、ルシフェルの尻の上部には、先の尖った尻尾も生えている。
その姿は正に━━。
「これではまるで悪魔ではないか……天界で天使の中でもそれなりの地位にあったこの我が悪魔にだと……この醜い姿が我だと云うのか?」
思わず頭を抱えるが、その手が今までなかった頭の角に触れ、池の水面に映る姿が今の自分の姿だと認識せざるを得なかった。
天を仰ぎ、獣が咆哮するが如く叫び声を上げるルシフェルの目から涙が溢れ出す。しかしそれは透明ではなく、紅い涙━━血の涙であった。
絶え間なく流れる血の涙は、徐々に赤から黒みを帯びた色に変わって行く。やがてその色は肌の色と完全に同化し、ルシフェルが叫ぶのを止めると共に止まった。
「例えこの身が悪魔になろうと、必ずや天界に帰ってやる! どれほど時間が掛かろうとな!!」
周りに広がる森に、そして上空に響き渡るルシフェルの大音声に対する神々の答える声はない。
ただ、直後に分厚い雲から大地に駆け抜けた巨大な雷の雷鳴が、神々の答える声だったのかもしれない……。




