第二話 堕ちる天使
気を失っていたルシフェルは、背中の激しい痛みで目が覚めた。
「気が付いたか」
地面に倒れ伏しているルシフェルを、ミカエル、ラファエル、そしてガブリエルの三羽の天使が囲むように立っていた。
ルシフェルは手を握り、武具を探す。
「まだ諍おうとするのか」
「何故そこまで。先程は私利私欲の為と申しておったが、誠にそれだけなのか?」
武具はなく、空を摑み、上を見上げると、三羽の天使が見下げている。
「何が悪い。これだけの力、知識、色々なものを兼ね備えておるのだ。いつまでも神々の声を聴き、それに従う道理はなかろう。同じほどの力を持つお前達なら分かって貰えると思ったのだがな」
「何を申す。神々の声を訊き、それに従うのが我らの務めではないか」
「その奢りの結果が━━」
ガブリエルの言葉を、突然ルシフェルが上げた悲痛な叫びが止めた。
「我等は討論をしにここに来たのではないぞ。話は無用だ」
ミカエルの剣が、ルシフェルの残る三枚の翼を斬り落としていた。
「ミカエルよ。何もそこまでせずとも」
「神々に対するこれまでの執着心。ルシフェルならば翼一枚でも残っておればまた舞い戻るやもしれぬ」
「ま、舞い戻る……だと?」
「あれが何か、お前なら分かるであろう」
ミカエルが剣で指示した先の地面には、巨大な穴が口を開けていた。
底は見えず、果てしない闇が何処までも広がっている。
「地の底へと続く穴……か」
「そうだ。二度と上がって来た者が居ない穴だ。既にお前に加担した者達はそこから落とされた。残るはお前だけだ。さあ、ラファエル、ガブリエル」
ラファエルとガブリエルはルシフェルの両脇に立ち、その身を起こそうと身を屈ませようとする。が、
「触るでない!」
ルシフェルは痛みを堪え、自ら身を起こして立ち上がる。
「このルシフェル、罪人の如く誰かの手によって落とされるならば、自ら落ちてくれるわ」
ゆっくりと穴へと歩み出す。そして、巨大な穴の淵の前で後ろを振り返る。
「忘れるな。これが終わりではない。いつになろうが我は必ずここに戻って来る。その時こそ、必ずや神々を我の前に平伏させてみせる。神々にそう伝えておけ」
その言葉を最後に、ルシフェルは後ろに倒れ、背中から穴へと落ちて行った。
はばたこうにも背中にあった六枚の翼はなく、ただ落ちて行く。
上方に見える光が急速に小さくなり、闇に包まれて行く。
やがて完全に光を失い、その姿が闇に包まれると共に、意識も深い闇にのみ込まれて行った。
一片の光の侵入も許さぬ灰色の分厚い雲が空を覆い尽くす薄暗い闇の世界。
時折、雲から飛び出した雷が竜の如く荒れ狂い、大地に向かって走ると共に雷鳴を轟かせる。
大地には黒い川が流れる深い森が広がる所もあれば、荒れ果てた土地に聳える火山があり、火口から煙が上がり、絶え間なく流れ出る溶岩が幾つもの川を成している。
雷が鳴り止まぬ中、雲の至る所から分厚い雲を突き抜けて天使達が次々と落ちて来る。ルシフェルに与し、神々に楯突こうとした天使達であった。
天使達は皆、気を失っており、背にある翼を羽ばたかせる事無く落ち、川や池に落ちた者達はまだしも、大地にその身を激しく叩き付けられた者達の殆んどが死滅した。
やがて天使達は落ちて来なくなったが、少し間を置いて今まで落ちて来た天使達とは違う一際大きな天使が落ちて来た。ルシフェルだ。
ルシフェルもまた他の天使たち同様に気を失っていた。
落ちて行く先には薄汚れた水が溜まった少し大きな黒い池があった。
物凄い勢いで池に落ち、轟音を響かせて巨大な水柱が上がった。
水柱が消えた後、ルシフェルの姿はなかったが、少しして池の中から仰向けになってゆっくりと浮かび上がって来た。
落ちた衝撃で水面に出来た波に揺られて岸辺までゆっくりと寄せられ、岸辺に頭をぶつけて目を覚ました。
「ここは……そうか、地の底か…………」
暫しの間ルシフェルはそのままの状態で池に浮かび、空を覆っている分厚い雲を見詰めていた。
「必ずや戻って見せる。その時は━━」
池からようやく出ようとした時、体に変調を来した。
「かっ、体が……あ、熱い……」




