第一話 暴挙
それは遙か昔、人間が生まれる前の話。神々が住まいし天界で大事件が起こった。神々に仕えるはずの天使達が神々に剣を向けたのだ。
熾天使、智天使、座天使、主天使、力天使、能天使、権天使、大天使、天使、九階級全ての天使を含め、かなりの天使達が武装し、天に挑んだ。しかし、天使達が神々に直接相対する事は無かった。
天使に対したのはまた、天使であった。
反乱に加担しなかった天使達が神々の命を受け、反乱を起こした天使達の鎮圧にあたったのだ。
戦いは長きに渡ったが、鎮圧にあたった天使達の圧倒する数の前に反乱を起こした天使達は次々と捕えられ、その数を減らして行った。
そんな中、神々が住まう神殿に近付く一団があった。
「死にたくなければ退け!」
一団の先陣を切り、声を荒げる一羽の天使。
翼を羽ばたかせ、宙で入り乱れて戦う天使達の中でも一際大きな体躯をし、神々しさを放つ天使の名はルシフェル。この反乱を起こした首謀者であった。
激しい戦いの中、ルシフェルもまたかなりの傷を負っていたが、向かって来る圧倒的な数の天使を前にしても怯むことなく、その進撃は止まらない。
「そこまでだ!」
入り乱れて戦っていた天使達の動きが止まった。
「その声は……!」
ルシフェルが振り向けた先に居る天使達が、敵味方問わずに自然と二手に分かれ、一本の道を開けて行く。
その先には、ルシフェルに負けず劣らずの体躯をし、やはり神々しさを漂わせる二羽の天使の姿があった。
「ラファエルにガブリエルか」
「主に背きし天使達よ、良く聞け!」
「ここより他、うぬらと共に主に背いた天使達はもはや数えるほどなるぞ!」
「これ以上の反抗は無意味。直ちに武具を捨てて投降せよ!」
二羽の天使の言葉は毅然と、更には重厚で、反乱を起こした天使達だけではなく、それを鎮圧していた天使達さえもその手から武具を手放す力があった。
但し、武具は手放される寸前で止められた。
「諦めるではない!」
叫ぶと共に飛び出したのはルシフェルだ。
「神々が住まう神殿は目と鼻の先なるぞ。武具を手にした以上、後はないと申したではないか。最後の一羽となろうと諍おうぞ!」
その言葉は、先に放たれたラファエルとガブリエルの言葉と同等、いや、増して武具を握る手に力を与えた。
再び両者が入り乱れての戦いが始まってしまった。
思い至らず表情を曇らせるラファエルとガブリエルの元に、ルシフェルが猛然と迫り来る。
一際大きな体躯の三羽の天使の戦いは、何千、何万の天使達の戦いよりも目を引いた。
「どうしてだ。思慮深いぬしが、どうして神々に戦いを挑もうとする暴挙に出たのだ?」
戦いの最中、ガブリエルが訊ねる。
「知れたこと。力ある限り上を目指すのは当然ではないか」
「何と。私利私欲の為にこれほど多くの天使を巻き込んだと申すのか?」
「巻き込んだだと? 違うな。皆、我に賛同してくれただけだ。この我が上に立つに相応しいと随行してくれた。それが悪いか?」
「その結果がどうだ。全ては無駄であったではないか」
「無駄ではない。ここまで来られれば十分だ。例えこの身一つとなろうと、神々に諍って見せるわ」
「思い上がるな。この先はこのガブリエルとラファエルが絶対に通しはせぬぞ」
二対一、不利な戦いながらもルシフェルは対等に、いや、少しながら押していた。しかし、その背後に急速に迫って来た大きな影が戦況を変えた。
ルシフェルは背後の気配を感じつつも、ラファエルとガブリエルを相手にしている為に直ぐに振り返る事が出来ない。
それでも隙を見て振り返ろうとした刹那、背中に激しい痛みを感じると共に叫び声を上げ、錐揉み状態で下に落ちて行った。
激しく地面に叩き付けられ、轟音と共に砂煙が上がる。
地面に倒れ、顔をしかめるルシフェルの目の前には、血に塗れた三枚の翼が落ちている。同じく血に塗れたルシフェルの背中の右側の三枚の翼が失われていた。
上空から三つの大きな影が下りて来て、ルシフェルを囲むように舞い降りる。
ラファエルとガブリエル、そして、
「ミカエル……」
苦痛と苦渋に塗れた面持ちを上げたルシフェルの眼前には、血が付いた剣を握る一羽の天使が立っている。
「もう終わりだ。諦めよ、ルシフェル」
冷徹なる声、威厳を放つ眼差し、その威光、天使の中でも武を司る天使軍を率いるミカエルであった。
「まだだ……まだ終わってなどおらぬ……まだ!!」
体をもたげるように立ち上がったルシフェルは、ミカエルに向かって駆け出した。
諍うもルシフェルは敗れ去った。
残っていた天使達も抵抗の意思を失った。
全ては終わった。
ルシフェルの野望は夢と消えたのだ。




