第34話 エアロポニック栽培①
「なあなあ。幽鬼先生!」
ダンジョンへ潜って小一時間しか経ってないのに、ルシエル達はもう50階層から戻ってきた。
『神殿』へ戻るなり、傘月が子供のようにはしゃぎながら報告してくる。
「『闇石蜘蛛』との戦い、めっちゃ楽しかったで!」
「……楽しかった?」
「何ていうかな、先生が前に話してくれた『ゲーム』っていうの? あれがそうなんやな」
普通、戦いというのはそれほど楽しくない。幽鬼先生には痛みを感じる戦いの何が楽しいのか全く理解できない。
「そんなことより、ルシエルの実力はちゃんと見たんか」
「見たけど、何も見えへんかった」
「はあ?」
「手を繋いで戦ったから、なんか……友情を感じたわ」
どんな状況やねん、と幽鬼先生は内心でツッコミを入れる。
「お前……俺と手ぇ繋いで、友情を感じさせてやろうか?」
「やめろ、気色悪い。安心しぃ。任務は忘れてへん」
「で、ホタルは……潰せそうか?」
ホタルとは、ルシエルを現す隠語だ。
長い沈黙の末に、傘月は言った。
「……正面からは無理や。あのホタルは、眩しすぎる」
「せやけど、駆除方法は山ほどあるやろ」
「ああ。このまま仲良くなって、油断させるわ。そんで時機が来たら――」
その時、ルシエル達がこちらにやって来たので口をつぐんだ。
傍らで、ケルビーが自分の3倍はありそうな巨大な黒い石を抱えている。闇石だろう。
「大変お待たせいたしました!」
恭しく一礼すると、ルシエルは少し顔を上げて、ニッと笑みを浮かべる。目隠ししているのに、口元だけで妖艶さを感じさせる。
「――それではこれより、エアロポニック栽培を始めましょう」
ようやくか。ここで説明をちゃんと聞いて、ルシエルの技術を盗むのだ。
気を引き締めつつ、幽鬼先生は言った。
「で、どうやるんや?」
「タンクは大きく3層構造に分かれます。根チャンバー、定植パネル、翠鏡カバー」
「翠鏡はカバーに使うんか?」
「ええ。詳しくは後で説明しますね。それに加えて、魔晶石による噴霧システムと、排液回収の仕組みを作る必要があります」
……ちゃんと理解しきれるだろうか。幽鬼先生は冷や汗をかく。
「まずは根チャンバーから」
するとケルビーが、闇石の箱をゆっくりと『神殿』の床に置く。
高さはざっと100cmほどだ。
「じゃがいもの塊茎は光に当たるとソラニン(毒素)を生成し緑化するため、根チャンバーは完全遮光が絶対条件です」
「ああ、それは知ってる。旧世界じゃ常識やな」
「そして闇石はまさに理想的な鉱石です。まず、光を一切通しません。それにこれほど薄いのに、とても頑丈なんですよ」
「ふうん、花崗岩よりいいんか?」
「はい、花崗岩よりずっと軽量で、しかも性能がいい。内壁もすべすべなので、古い培養液や藻が溜まることもなく、病原菌の温床にもなりません」
「ほう、花崗岩を使わなかったのは幸運やったな」
「まったく仰るとおりですね」
――その瞬間、ルシエルはわずかに含み笑いを浮かべたが、幽鬼先生はそのことに気付かなかった。
「次は定植パネルです。根チャンバーの上蓋で、茎を通す穴が開いています」
箱の上には、種芋を設置できそうな穴が2列に並んでいる。
「実際、種芋を設置する際には布や苔などを詰めて、隙間を塞ぎます」
その後の説明を待ったが、何もないので拍子抜けしてしまう。
「……それだけか?」
「はい、それだけです。ですから詰め物を用意しておいてください」
「そしてこの上に翠鏡カバーを被せます」
翡翠色のカバーは、高さ60cm程度だ。根チャンバーと合わせると160cmになる。
「茎と葉が育つ部分ですので、天井に『パルス・ルクス』の照明を設置しています」
おさらいすると、パルス照射で赤660nm、青450nmの最適波長。光量の比率は7:3だ。これをLEDアレイならぬ、魔晶石アレイで再現する。
「成長速度が上がるんやっけ」
「はい。約20〜30%の成長促進効果と、魔力消費を半分〜1/3に削減します」
改めて聞いても凄い効果だ。
パルス照射すげー、と幽鬼先生は感心する。
「でもなんで翠鏡を使うんや? ガラスの方が入手しやすいけど」
「よくぞ聞いてくれました!」
そう言うと、ルシエルは楽しそうに答える。
「波長制御を正確に行うため、太陽光の混入は避けたいからです。翠鏡なら外光を完全に遮断できます」
「ええと、外から内への光は全反射するから……」
「そうです! しかも内から外への光は透過するため、この通り、内部の生育状況を確認できます。葉っぱに異常があればすぐにわかりますし、景観も良いですよ」
「そんな使い道があったとは……」
その時、傘月が目頭を押さえながら言った。
「翠鏡ゴーレム……お前、役に立って良かったなあ。――もっと狩らなきゃ」
「今頃あいつ、10階でブルってんで」
これでエアロポニック用タンクの3階層の説明は終わりだ。
なんだ簡単じゃないか、と幽鬼先生は余裕の笑みを浮かべる。
この分なら全ての技術を簡単に盗めそうだぜ、と。
「次は噴霧システム――これが最も厄介でしてね」
「……そうなん? 霧を発生させるなら、水魔法でちょちょいのちょいやで」
「培養液を、20~50ミクロンの粒子サイズで霧にできますか?」
「初音ミク?」
「違います。ミクロンは、1ミリの1000分の1の長さです。50ミクロン以上だと水滴になって根に付着し、酸素吸収を阻害する。5ミクロン以下だと空中に漂い根に到達しにくい」
「ふうん。自然の霧はどれくらいなん?」
「中心値は10〜15ミクロンです。それよりは少し大きいと上出来ですね」
実際、試してみることになった。
ルシエルにあらかじめ言われていた通り、国一番の優秀な水魔法使いを連れてきている。
蛟――水中に棲む龍――の悪魔で、頭に魚のヒレのような角が2本生えている女だ。
「培養液の霧化? わたくしにできないと思って?」
そう言って鱗模様の腕を伸ばし、幽鬼先生が開発した培養液に魔法をかける。
「――『水塵繚乱』!」
少年漫画に出てきそうな呪文だが、ただの霧化魔法である。
その瞬間、培養液の容器から、ふわりと白い霧が発生する。
得意げな表情を浮かべながら、蛟の女は見下すようにルシエルを見た。
「いかがかしら?」
「ありがとうございます。とても素晴らしい魔法ですね」
そう言いながら、ルシエルは培養液があった容器の中を覗き込む。
その中に指を入れると、薄汚れた泥のような、ヌメヌメしたものが指についている。
「この泥……栄養素が溶けきっていない証拠です。霧にできたのは水と、溶けた分だけ」
それを聞いて、蛟の女が怪訝な表情をする。
「それではいけないんですの?」
「残念ながら……この残りカスの中に、植物が本当に必要としているものが眠っているんです」
そこで幽鬼先生が口を挟んだ。
「その泥も一緒に霧化できないんか?」
「やって……みては、いますけれど……」
うんうん力んでいるが、蛟の女はがっくりとうなだれる。
「申し訳ありません……できませんわ……」
プライドが高いせいか、彼女は歯噛みしている。相当、悔しそうだ。
するとルシエルが彼女に向かって微笑みかける。
「しかし、溶けた分は霧化されましたよ」
「……だからなんですの?」
「つまり、もっと完全に溶かせばいいわけです」
そう言って、ルシエルはいつものように優雅に一礼する。
「――ご安心を。解決策のご用意がございますので」




