第32話 唐傘お化けの石マニア
「……暇やなあ」
巡礼宿の前に、奇妙な少女が立っていた。
頭には傘のような大きな菅笠。その笠には、ぎょろりとした一つ目が付いている。唐傘お化けの悪魔だ。
笠の影で目元は暗く、表情は読めない。小さく欠伸をしながら、赤茶けた着物の袖で口元を隠す。
「幽鬼先生、おっそいのお。人呼んでおいて待たせやがってよお~~~」
苛立っていたが、すぐに気を取り直して言う。
「まあええか……」
それから宿の入口付近ではためく、のぼり旗に目を向ける。赤地に白で「巡礼宿」と染め抜かれている。
「せや。隠れて驚かせたろ」
にやりと笑って、唐傘の少女はのぼり旗の後ろに隠れる。
★★★
「鉱石の専門家やけど、実はもう呼んでんねん」
そう言いながら、幽鬼先生が巡礼宿の暖簾をくぐる。
「ただいまー。傘月おるー?」
すると出迎えた女将さんが小首をかしげて言う。
「傘月さまなら先ほど入口に立っておりましたが……」
その時、背後から「ばあっ」と声が聞こえる。
我々が振り向くと、頭から傘を被ったような少女がベロを出しながら立っていた。おそらく唐傘お化けがモチーフなのだろう。日本の悪魔は妖怪ベースらしい。
「のぼり旗の後ろに隠れててん。気付かんかったやろ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら言う。
しかし幽鬼先生は落ち着いて煙管をふかし、淡々と答えた。
「……気付いてないと思ったか?」
「な、なにぃ?」
「お前が隠れるところから見えとったわ」
そう言うと、傘月は「カカカッ」と独特な笑い声を上げた。
「なんや。バレてたんか」
そこで私が一歩前に出て、傘月にお辞儀する。
「はじめまして、傘月さん。ルシエルと申します。こちらはケルビー」
「あ、どうも。天使なのに礼儀正しいなあ」
思ったよりも地球における天使の評判は悪いようだ。
「幽鬼先生とずいぶん仲がよろしいのですね」
「いや、全然仲良くないっす。こいつ嫌いやし」
「おまっ……俺、王やぞ? 敬え?」
おそらく軽口を叩けるほど仲が良いということだろう。関西弁が、がっつりうつるほど長く過ごしてきたに違いない。
「ま、石のことはこいつに聞いたってくれ。俺は部屋戻るわ」
そう言って、幽鬼先生は自室に戻った。
「せっかくやし、足湯でも浸かりながら話そや」
傘月の提案で、私たちは宿の庭にある足湯へ向かった。
湯気が夜空に立ち上る中、3人で並んで腰掛ける。見上げれば満天の星だ。
浴衣の裾をたくし上げ、そっと足を浸す。じんわりと温かさが広がり、今日一日の疲れが溶けていくようだ。
「はわぁ……」
隣でケルビーが恍惚とした声を漏らす。よほど気持ちいいのだろう、両手を後ろについて、ふにゃりと脱力している。
「ふう、気持ちいいですねえ」
と、私が言うと、ケルビーも「ねー」と顔を見合わせて微笑み合う。
その様子を見て、傘月が「カカカッ」と笑う。
「そういやあんたら、翠鏡ゴーレム倒したんやって?」
「ええ。なかなか強かったですね」
「どうやったか聞かせてや」
私はその時の話をかいつまんで話した。
「そのレーザーってやつ、いいなあ。ロマンあるわあ」
「ええ、明日、お見せしましょう」
「確かに翠鏡って、鏡みたいに光を反射するのに、内部が見えるって不思議な石やんな。光の反射って考えたら腑に落ちたわ」
そこをわかってくれるとは。光の挙動は直感に反することが多い。それを自然に受け入れられる相手なら、話が早そうだ。
さっそく私は聞いてみた。
「エアロポニックのタンクに必要なのは、『遮光性、酸耐性、加工性』です。翠鏡は外から内の光を通さないため、遮光については問題ありません。酸耐性についてはいかがでしょうか。酢や温泉水につけても溶けたり、変色したりしませんか?」
「そうやなあ……酢は大丈夫やったで。温泉水は変色する」
「雨ざらしにした場合は確かめましたか?」
「どうやったかな。十年くらい庭に飾ってたけど、あんまり傷んでなかったかも」
ということは、酸性雨には長く耐えてくれる。
しかしエアロポニック用の培養液に長時間、浸して問題ないかは確かめる必要がある。
「強度や加工のしやすさについてはどう思います?」
「炎で炙っても溶けなかったな」
「どのくらいの温度で試しましたか?」
「普通の炎魔法や。鉄も溶かせるやつ」
「なるほど。それでは足りなかったんでしょうね」
ひと息ついてから、傘月が言った。
「強度は戦ったんやからわかるやろ」
「それならケルビーさんが詳しいかと」
「ゴーレムをぶん殴ったんやって? 拳痛めそう」
それは同感だ。しかしケルビーはこともなげに言ってのける。
「まあまあ硬かったですよ」
「ガラスよりは硬い?」
「ええ、それは間違いないです」
よし、大体わかってきた。
「他の幻想鉱石についても知りたいのですが、図鑑とかありません?」
「うち来たらコレクションあるで。見たい?」
「おおっ、それはぜひ」
「カカカッ! 石に興味あるやつ、あんまおらへんから。あんたと話すのおもろいわ」
心底嬉しそうだ。マイナー趣味を持っていると、同志に出会えた時の喜びはひとしおだ。
「今の時点で、エアロポニックに使えそうな石に心当たりはあります?」
「んー……白っぽくてキラキラしとる硬い石ならあるで」
おそらく花崗岩だ。
「ああ、それは花崗岩か石英閃緑岩のどちらかですね。この前、見つけたのは石英閃緑岩でした。あれは温度変化に弱いので候補から外れますがね」
「そうなんか。じゃあ、うちが見つけたのも石英閃緑岩かもな」
「他の幻想鉱石についてはいかがです?」
すると笠についている1つ目がぎょろりと目を見開く。
「闇石……って呼んでるやつがある」
「格好いい名前ですね」
「50階層ほど潜るとな、突然、暗い空間に出るねん。松明の炎すら呑み込むほどの闇。そこは『光を呑み込む石』に囲まれてた」
「つまり遮光性はバッチリ?」
「そんなレベルやない。完全な闇や。なのに何かが星のようにキラキラ瞬いてる」
「完全な闇なのに……光源がある?」
「いや、あれは光やない。別の何かや」
傘月は夜空を見上げながら言った。
「不気味な空間やで、ほんま。こうして見る星空とは、全然違う」
ふむ、完全な闇なのにキラキラが見える、なんて物理的に矛盾している。さながらコズミック・ホラーの世界だ。
「しかもそこには『闇石蜘蛛』ってボスがいる。完全な闇の中から攻撃してくるで」
それを聞いて、ケルビーが心配そうな顔になる。
「『ルクス』も闇に呑まれてしまうのでしょうか……」
「ああ、『ルクス』の魔晶石で試したけど無理やったな」
少し考えてから、私はこう言った。
「松明の炎も呑み込んだと言うのは、炎が消えたということですか? 熱も呑み込んだ?」
「いや……見えなくなっただけで熱はあった」
「ちなみに酸耐性はどうでしたか?」
「硫酸ぶっかけてみたけど、全く効かなかったな」
「なるほど」
そう言って、私は不敵な笑みを浮かべて見せた。
「であれば、明日は50階へ行き、闇石を採掘しましょう。それでエアロポニックのタンクを製作します」




