第31話 魔晶石の研究②
「複数の魔法をエンチャントするためには」
と、私は鈴音に対する質問を開始する。
「異なる魔法のパターンが干渉しないように、内部構造を加工する必要がある」
「ん」
「そのためにやるべきことは、単一魔法の内部構造を理解すること。『魔法Aはこういう形で屈折率を変える』と、正確に把握するのが重要。そうですね?」
「ん」
思ったとおりだ。IC基板設計のように、旧世界の技術でも似たような原理がある。
個別パターンを知らずに複数を組み合わせる……それは、楽譜を見ずにオーケストラを編曲するようなものだ。各楽器の音域を把握しなければ、美しいハーモニーは生まれない。
そこで私は赤色の『ルクス』を込めた魔晶石を手に取る。
「さっそくですが、この魔晶石の『屈折率マップ』を作成してみました」
「……えっ?」
そう言って、私は手の平の上に魔晶石のホログラムを表示してみせる。
ホログラムの原理は光の干渉だ。2つ以上の光波が重なり合うと、波の山と山が重なる部分は明るく、山と谷が重なる部分は暗くなる。この明暗のパターンを空間の各点に作り出せば、立体映像が浮かび上がる。
要するに『ルクス』で複数の光源を生成し、それぞれの波長・位相・振幅を精密に制御するだけだ。
それを見た鈴音は、眠たげな目を大きく見開く。
「すごい……これ、なに?」
「ホログラムです。光魔法で像を作っているのですよ」
すると周りにいた魔導具師たちが、鈴音の静かな驚きの声を聞いて集まってくる。
「おおっ」
「こりゃあ面白い」
「この赤と青は何を表しているんだ?」
魔晶石のホログラムは、内部が青から赤へのグラデーションで染められていた。屈折率が高い領域ほど赤く、低い領域は青い。
「屈折率マップは、各座標における屈折率の値を記録したものです。わかりやすいように、屈折率の高低を色に変換しています」
そう説明すると、魔導具師の1人が言った。
「確かに直感と一致している」
続けて鈴音も頷いてくれた。
「かなり正確」
「『ルクス』の内部構造か……どうやって測定したんだ?」
「微分干渉顕微鏡の原理です」
「……なんて?」
「光を2つの経路に分けます。1つは参照用、もう1つは結晶内部を通過させる。屈折率が異なる領域を通ると、光の位相――波のタイミングがズレる」
説明しながら、私は空中に光の波の形を描いてみせる。
「そのズレを測定すれば、各座標の屈折率がわかります。これを結晶全体で走査して、三次元のマップを作りました」
本来、微分干渉顕微鏡は2次元の観察技術だ。
しかし光干渉断層撮影(OCT)を組み合わせて深さ方向も測定している。だから三次元のマップが作れる。
その時、ケルビーが口を開いた。
「ルシエルさん、いつそんなこと突き止めたんですか?」
「……お風呂入っている時に」
「そんな短時間で!?」
周りの魔導具師たちも口々に言う。
「頭おかしいぜ、あんた」
「イカれてやがる」
そこまで言わなくてもいいだろうに。
それから私はパルス照射の魔晶石についても、屈折率マップのホログラムを表示する。
「さて、『ルクス』とパルス照射、それぞれの内部構造は可視化できました。問題はここからです」
試しに、2つの屈折率マップを重ね合わせてみる。まったく、ぐちゃぐちゃだ。
「これらをどう統合するかは実際にやってみないとわかりません。例えば、ここの屈折率を変化させたらどうなるのか。それについては皆さまの知見をお借りしたいのです」
周りにいる魔導具師たちを見回すと、彼らはすっかり目を輝かせている。
彼らの目には見覚えがある。新しいIDEを試した時、新しいライブラリを見つけた時――「これを使えば、あれができる」という可能性に気づいた瞬間の輝きだ。
「もちろん手伝うぜ」
「面白そうだ」
だが、その盛り上がりに剛田が水を差してくる。
「ふん! 内部構造がわかったところで加工できなきゃ意味ないぞ。俺や鈴音さんのような器用さがなけりゃ何にもできまい」
そろそろこの男には黙ってもらおう。
「んー……仰るとおり、すぐに試せる技術が必要ですね。では実際に、何か作ってみましょう」
「作る? 今から? マイクロドリルを使ったことあるのか?」
「いいえ。道具は不要です。何を作ってほしいんです? すぐにコピーしてみせますよ」
「舐めやがって……!」
鼻息を荒くして、剛田は自分の作業机から拳大の魔晶石を取り上げる。
「これをコピーしてみろ」
魔力を流してみると、温かい風がふわりと流れ始めた。
ふと、横浜の門番・琴葉の呟きを思い出す――「粗悪品だからオン・オフができん。魔力が切れるまで待つしかない」
しかしもう一度、魔力を流すと温かい風がぴたりと止んだ。オン・オフができるらしい。
「炎と風とオン・オフ、三重エンチャントの暖房だ。超高級品だぞ。鈴音さんと俺にしか作れん」
まあ、やってみよう。
まず私はOCTや微分干渉で観測し、この魔晶石の屈折率マップを生成した。
「おお、とても複雑な構造ですね」
「当然だろう。数百点にわたる超精密な加工が必要だ。俺でも数日はかかる」
「少々お待ちを」
「しょ、しょしょうしょう……だと……?」
怒りで震えている剛田には目もくれず、私は魔晶石を固定台に乗せ、両手で包み込む。
「……ん」
心配そうに、鈴音がマイクロドリルを差し出してくる。
「お気遣いありがとうございます。ですが、どうかおかまいなく」
鈴音は頷くと、こちらの手元を食い入るように眺めている。
そこで私は『ルクス』を極限まで収束させる。パルス幅はフェムト秒――1000兆分の1秒。
これほど短いパルスなら、熱が周囲に広がる前に加工が終わる。結晶を傷めない、非破壊加工だ。
波長は近赤外線なので、光線そのものは目に見えない。だが、加工点では微小なプラズマが弾け、青白い火花が散る。
まるで魔晶石の内部で、小さな星が瞬いているようだ。
感嘆のため息を漏らしながら、鈴音がキラキラとした瞳で呟く。
「数百点。一瞬で……」
「はい、できました」
「できた? もう……!?」
横から剛田が加工済みの魔晶石をふんだくる。
「穴が開いてないぞ。加工したなんて嘘だろう」
「魔力を流してみてください」
すると温かい風が流れ、剛田の黒羽を静かに揺らす。もちろんオフにもできる。
周囲の魔導具師たちがどよめいた。
「3重エンチャントを一瞬でコピーしちまった」
「やっぱぶっ飛んでやがるぜ」
剛田の取り巻きたちが心配そうに師匠を見ている。
「師匠……」
「まさかこんなことが……」
「ぐ……ぐぬぬ……」
突然、剛田は地面に膝をついた。深く頭を垂れてくる。
「おみそれ……いたしました」
謝ってくれる者には、私も態度をやわらげる。
「どうか顔を上げてください。この3重エンチャントの開発には、膨大な試行錯誤があったことでしょう。剛田さん、あなたの知見をぜひともお聞きしたい」
さっと剛田が顔を上げる。
「あ、ああ……わかった」
そうしてしばらく、私たちは『ルクス + パルス照射』のエンチャント方法について議論しあった。
私が素早くプロトタイプを作成し、鈴音や剛田が「ここをもっとこうすればいいのでは」と指摘してくれる。意外にも、鈴音は積極的に意見を出してくれた。
途中でお昼の配給をもらったが、食べながらも議論は白熱。
気がつけば夕方になっていた。
「ルシエルー、調子どう?」
幽鬼先生が来た時、私たちは全然別のことについて話し合っていた。
「――というわけで、光は波なんです。水面の波紋と同じで、ぶつかると重なり合う。この『重なり方』を読めば、見えないものが見える」
黒板に光の基礎と書いて講義していると、幽鬼先生は目を丸くする。
「え? 何の話してるん? 魔晶石はどうなったん?」
「これはこれは、幽鬼先生。すみません、時間が中途半端に余ったので光の基礎講義をしてました」
恭しくお辞儀してから、私は机の上の魔晶石を手に取った。
「この通り、『ルクス + パルス照射』の魔晶石は完成済みとなります」
「ほんまに1日で作るとはな……」
魔力を流すと、赤色の光が灯る。
「あれ、パルス照射って点滅するんやなかったっけ? 変わりないように見えるけど」
「1秒間に1000回以上、高速点滅しますので目視では変わりませんね」
「ほんとに複数エンチャントしたんやろうな……?」
疑いの目で見てくる幽鬼先生に、鈴音が恐る恐る声を上げる。
「本当、です」
「確かにパルス照射の『ルクス』です」
驚いたことに、剛田まで援護してくれる。
「そうか……君等が言うなら信じるで」
去る前に、私は魔導具師たちに向かって丁寧にお辞儀した。
「今日はありがとうございました。この工房の魔導具師はとても優秀な方たちばかりです」
「あんたほどじゃねえよ」
「また来てくれよな」
「明日も、来る?」
「すみません、明日は別の用事がありまして。でも、必ずまた来ますよ」
工房を出た後、幽鬼先生が呆れた様子で言った。
「1日であの職人気質な連中と打ち解けるとはな」
「私も似たようなものですからね。とても居心地の良い空間でした」




