第30話 魔晶石の研究①
そして次の日。
今日は魔晶石について学ぶ日だ。
朝の身支度を済ませ、ワクワクしながら旅館の出入口へ向かう。
「いったん鎌倉に戻るで。ここは山の上やし、魔導具師を集めにくいからな」
「承知しました」
それからふと考えて、こう言った。
「今日はリディア式断食法でいうと、『遊びの日』です。『バーバリさん』が上手くやってるか、様子を見てからでもよいでしょうか?」
「別にええよ。問題起こされても困るし」
あっさり許可してくれると、幽鬼先生は「空飛ぶ駕籠」に乗り込む。
烏天狗の部下が駕籠を持ち上げて飛ぶ、さしずめ天狗タクシーだ。
「それじゃ、準備できたら鎌倉の城に来てくれ」
私もケルビーに抱っこしてもらいながら、横浜へと向かう。
上空から横浜の広場を見下ろすと、どうやらすでに遊びは始まっているようだ。
最初は骨お手玉にすら恐れおののいていた町民たちだが、けん玉とヨーヨーが出てきたあたりで盛り上がってきた。
古典的な遊びではあるが、上手い人間がやっているのを見ると、何だか高度な遊びに思えてくる。
幽鬼先生の定義したステータスでは、『バーバリさん』は無能だったが、意外なところに才能はあるものだ。
今日は何も食べずに遊ぶ日だから、人を楽しませる者が主役である。
そう言えば町の人たちに挨拶していなかった。自己紹介だけでもしておこう。
広場の近くに降り立つと、『バーバリさん』たちがすかさず集まってくる。
「ルシエル様!」
と、跪いてくるのはとても気恥ずかしい。
「やあ、皆さん。お元気そうで何よりです」
しかし私は堂々と振る舞う。
ここでナヨナヨした姿を見せれば、民衆たちは『バーバリさん』のリーダーがこの男で大丈夫なのか、と不安に思うだろう。私の振る舞いでモヒカンたちの野蛮なイメージを払拭せねばならない。
そこで私はアイマスクを外して、優雅にお辞儀してみせる。
「初めまして。ルシエルと申します」
にっこり微笑むと、町の人々が恍惚とした表情で見つめてくる。時には自分の容姿も武器にせねばならない。
「こちらの『バーバリさん』たちは、私の大切な仲間です。見た目は怖そうですが、中身は気の良い方々ばかり。どうか仲良くしてやってください」
そう言うと、アイマスクを付け直す。
「さて、私はじゃがいもを育てに行かねばなりません。皆さま、『バーバリさん』と遊んであげてくださいね」
★★★
その後、私とケルビーは鎌倉の城に向かう。
そこに行くと、出迎えてくれた役人から馬車に乗るように言われる。魔導具師の工房に行くのだという。
その工房は由比ヶ浜のそばにあった。馬車から降りると、心地良い潮風が頬を撫でる。
500年前より静かであること以外は、浜の様子は変わっていない。
だが、地平線はどんよりとした瘴気に覆われていた。沿岸の小魚だけでは、18万人のタンパク源としては心もとないだろう。
魔導具師の工房は、木造を基本としながら、外壁の要所にレンガを配した和洋折衷の建築だ。地震への備えと防火を両立させた造りだろう。
中に入ると、魔晶石に向かい合って、黙々と作業している魔導具師たちの姿が見える。分業はされているようだが、電動工具も機械化された生産ラインもない。まるで産業革命以前の工場式手工業だ。
「来たか」
暖炉のそばでうたた寝していた幽鬼先生が、目を覚まして椅子から立ち上がる。
「はい、みんな注目~」
そう言うと、魔導具師たちはピタリと作業をやめて立ち上がる。
「えー、今日から魔導具師になるルシエル君です。知性999なんで、呑み込みは恐ろしく早いと思います。今日は複数エンチャントのやり方を教えたってください」
まるで転校生を紹介する先生のようだ。
「どうぞよろしくお願いいたします」
お辞儀して顔を上げると――
興味なさそうに欠伸を噛み殺す者から、なんだか憎しみのこもった目で睨んでくる者まで反応は様々だ。
「じゃあ後は頼むわ。魔晶石の複数エンチャに成功したら、鉱石の専門家にも会わせたる」
「かしこまりました。直々にご紹介いただき感謝します」
私を紹介するだけで用は済んだのか、幽鬼先生はさっさと工房を出ていく。
彼は専門家を使うのは上手いが、その知識にはあまり興味がなさそうだ。あくまで実用的な部分にだけ関心を示す。
経営者にはそういうタイプが多いけれど、もう少し興味を持たないと……そう、『花崗岩ないない詐欺』に引っかかるぞ。
「ええと……どなたから教わればよいでしょうか?」
王様が出ていくなり、魔導具師たちはすぐさま作業に戻る。私の質問に答える者はいない。
……うーん。新卒の頃はSESエンジニアをやっていたのだが、よくあるのが客先の現場でひとり放置されることだ。その時の記憶が蘇る。
こういう時はとにかく誰でもいいから話しかけてみよう。
「あの、隣で作業を見学してもよろしいですか?」
手近にいた猫又の女の子に声を掛けてみる。片目にルーペ――宝石商や時計職人が使う小型の拡大鏡――を付けて、魔晶石を覗き込んでいる。
「ん」
猫又の女の子は魔晶石を覗き込んだまま、短く返事をする。
「ありがとうございます」
私はそれを肯定と受け取って、隣の席に座った。
それから彼女の手元をよく観察する。魔晶石を包み込むように持ち、何かを確認した後、直径0.1mmほどの極細ドリルで内部構造を削っている。
「そのドリルの動力源は何ですか?」
「……」
なぜか答えてくれない。まあいい。こんな工場式手工業をやっているところを見ると、電気はなさそうだ。風魔法を電動モーターの代わりにしているのかもしれない。
「今は何を作っているんです?」
「ん」
そう言って彼女が指差したのは、赤く光る魔晶石だ。私が最適波長に調整したものである。
「これをコピーしているのですね?」
「ん」
彼女は首を振って、今度は別の魔晶石を指差す。こちらは光ってない。しかし、光干渉断層撮影でおおよその内部構造はわかった。
「ああ、パルス照射を込めた魔晶石ですね。赤色の『ルクス』とパルス照射、この2つをエンチャントしようとしている」
「ん」
「あのう……」
居心地悪そうにケルビーが口を挟む。
「赤色の方はともかく、もう1つはどうしてパルス照射の魔晶石だってわかったんですか?」
「最初に横浜の門でやってみせたのと同じですよ。光干渉断層撮影――略称、OCTです」
「あの時は詳しく聞けませんでしたね」
「ええと、2つの光の波を重ね合わせるとどうなるか、わかります?」
「……強くなる?」
「そうですね、波の山と山が重なれば強くなります。でも山と谷が重なると打ち消し合って弱くなる。これを干渉と呼びます」
いまいちピンときてなさそうだが、とりあえず続ける。
「私は今、『ルクス』で2つの光路を作りました。1つは一定の距離を往復する参照の光。もう1つは実際に結晶に照射する光です」
言うまでもなく、表面で反射する光は光路が短く、深部からの光は光路が長い。この「光路差」によって、2つの光を重ね合わせた時の干渉パターンが変わる。
そして光は1秒で地球を7周半する速さだ。その微細な位相差を魔力的な繋がりで感知すれば、わずか0.001ミリの精度で深さを測定できる。
これで内部の層構造が「見える」わけだ。
本来なら複雑な装置――ビームスプリッターや参照鏡が必要になるのだが、魔法なら『ルクス』だけで光路を分岐し、位相差を直接感知できる。
「つまり、2つの光の『ずれ』から深さがわかるんです」
「えっと……わかりました!」
それは何もわかってない時に使う言葉だ。
すると、猫又の少女がぽつりと言った。
「音魔法と似てる」
「というと……あなたは音で内部構造を把握しているのですね?」
「ん」
実際、超音波検査で胎児検査をしたり、地形を把握したりできる。
「素晴らしい能力ですね。あ、お名前をうかがってもよろしいですか?」
その時、背後からドスの利いた声が響いた。
「おい、さっきからうるせえぞ、新入り」
振り返ると、がたいの良い烏天狗が腕を組んで睨んでいた。
先ほど自己紹介した時に、なぜか私を憎しみの目で睨んでいた男だ。
「鈴音さんの邪魔をするな」
「ああ、鈴音さんというのですね」
それから私はまるで烏天狗の男など存在しないかのようにスルーして、鈴音に向き合った。
「魔晶石について仮説を立ててみたのですが、この鉱石には魔力を屈折する性質がある。水晶が光を屈折させるように。この認識で合っていますか?」
「ん」
「であれば、魔晶石の一番大きな性質は『魔法の鋳型』として機能すること――例えば『ルクス』を流し込むと、その魔法のパターンが結晶内部に自動的に刻まれる」
「ん」
「つまり結晶内部の屈折率パターンが変化し、魔力の『流れ方』を規定する。新たな魔力が注がれると、その流れに沿って自動的に同じ魔法が発動する」
「ん」
「2つ以上の魔法を連動させる場合、異なる魔法のパターンが干渉し合う。単純に重ねると正常に機能しない。そうですね?」
「ん」
ふむふむ、これで魔晶石の概要がわかった。
次は肝心の疑問について聞いてみる。
「では……複数の魔法を込めるにはどうすればよいのでしょうか?」
「……」
なぜか鈴音は黙ってしまう。
すると烏天狗の男がはんと鼻を鳴らした。
「俺たち魔導具師のルールは1つ。見て盗め、だ。知性999ならそんくらいできるだろ」
くるりと振り返って、私は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「それはつまり、『自分の技術を分析して、人に合わせて教える能力がありません』という自己紹介ですかね?」
「なに……?」
ぴくっと、烏天狗の男はこめかみをひくつかせる。
「ああ、いいんですよ。『名選手、必ずしも名監督にあらず』と言いますからねえ。ですから、教えようとしなくていいんですよ。ご自分の作業に戻ったらいかがです?」
「てめえ……馬鹿にしてんのか?」
基本的に、私は人と敵対しようとは思わない。が、端から敵意を持っている相手は別だ。積極的に「話しかけるな」と態度で示す。
この男は明らかに嫌な奴である。嫌な奴というのは、道端の石ころみたいなものだ。わざわざ拾い上げて「嫌な石だな」と眺める必要はない。華麗にスルーするのが一番である。
その時、取り巻きと思しき魔導具師たちが声を上げる。
「剛田師匠になんたる無礼な口の利き方だ!」
「蛮族どもをつけ上がらせた怪しい男め!」
なるほど、『バーバリさん』への配給に不満を持っている連中か。元々優遇されていた12万人側で、全員配給かつ隔日になったのが気に喰わないのだろう。
でも魔導具師たちは『遊びの日』でもこうして働くわけだから、後で別途、配給が貰える。だから貰える量としては違いはないはずだ。ということは、単に鬱憤を晴らしたいだけなのだろう。
「剛田師匠は2番目に優れた技術を持っているんだぞ」
「そんな御方のご教授を拒むなんて、とんでもない馬鹿だ」
「あー……では1番目に優れた魔導具師はどなたですか?」
一斉に、みんなが鈴音の方を見る。
「なら鈴音さんから教わりますので」
すると剛田がまた鼻を鳴らした。
「鈴音さんは教えたりしない」
「話すの……苦手」
実際のところ、嫌な奴でなければ十分だ。
「認識が合ってるか、間違ってるかだけ教えていただければ十分です。こちらで仮説を立てますので。頷くか、首を振るだけでもいいですよ」
そう言うと、鈴音は安心したように微笑みながら頷いてくれる。
「……ん」




