第29話 翠鏡ゴーレム
「――『レーザー』」
そう唱えた瞬間、凄まじい轟音と共に、プラズマの柱が天井に向かって噴き上がる。
蒸発した岩石は瞬時に電離し、数万度の光の奔流となって空間を蹂躙する。衝撃波が洞窟内を駆け抜け、私の髪を激しく揺らす。
やがて光線が床を貫通し、下の階層の天井を撃ち抜いた。
そこでさらに焦点を絞り、下の階層の床も貫く。
また次の階層——また次——
30秒後。
私はようやく照射を止めた。
煙と蒸気が渦を巻く中、足元には直径2メートルほどの穴がぽっかりと口を開けている。
穴の内壁は、溶けた岩石が冷えてガラス状に固まり、霊石の光を反射して不思議な輝きを放っていた。
「おそらく10階まで貫通しました。途中から掘れなくなったので」
穴の中を覗き込みながら、幽鬼先生が呆れ顔で言う。
「……極めてなにか、ダンジョンに対する侮辱を感じますね」
どこかのアニメ監督のようなことを言っている。たぶん、まっとうな攻略法ではないと言いたいのだろう。
「普通はどうやって下の階層に行くんですか?」
「あの、探索してください……ギミックとか色々あるんで」
苦笑しながら幽鬼先生が言う。
「探索した方が信仰ポイントも溜まるんですかね?」
「うん。巡礼者が探索したくなるようなダンジョンを作るのも大事やで。今はそんな余裕ないけどな」
例えばギミックの多いダンジョンにすると、より信仰ポイントが溜まったりするのだろうか。
「ふむ、ダンジョン経営的な要素もあるのですね。面白い」
「あ、やべっ。お前、今ので『神殿』作りたくなったやろ」
「……ダメですか?」
「いやあ……俺の信者取ることになるからな」
祭壇で祈るだけより、ダンジョンを攻略した方が『信仰ポイント』の効率がいいのかもしれない。
言うまでもなく、信者は面白い方のダンジョンに通う。隣にもっと美味いラーメン屋ができたら、客が流れるのと同じだ。
「1000人だけ。『小さな報酬』が気になるので、それだけでも」
「あんたに野心がないのはわかっとる。まあ、飢饉が解決してから考えるわ」
考えてみると彼の許可を得る必要はないのだが、幽鬼先生はこの世界にお風呂と石鹸と歯磨きの文化を残してくれた。それだけでも感謝しているので、できる限り敬意を払いたいと思っている。
「それでは一気に最下層まで下りますか。ケルビーさん、お願いします」
「はーい」
当たり前のようにケルビーにお姫様抱っこしてもらう。
「そんなことされても格好いいとか、無敵の紳士か」
丁寧にツッコんでくれつつ、幽鬼先生は懐から琥珀色の石を取り出す。
「あんたなら楽勝やろうけど、これ渡しとくわ」
滑らかな涙滴形の石だ。内部に小さな金色の光の粒が浮遊し、ゆっくりと渦を巻いている。
「これは?」
「『帰還の石』や。危なくなったら、帰りたいと念じてみろ。一瞬で『神殿』に戻れる」
「あの亀裂のゲートに入る前に?」
「ああ。便利なアイテムやろ。これもちゃんと探索したら見つけられるで」
そう言われると、琥珀色の石には「帰るべき場所」を示す暖かさがある。夕日に照らされた故郷のような安心感だ。
「どうもありがとうございます」
「あんたに死なれちゃ困るからな。気を付けてね」
まるで妻のような口調で言いながら手を振ってくる。幽鬼先生はユーモアのある男だ。メタトロンと違って。
「行ってきます」
と言って、私とケルビーは穴の中に飛び込む。
「あ、ルシエルさん。さっきは抱っこしてくれましたよね」
「いつものお返しです」
「うう……ルシエルさんは赤ちゃんだから恥ずかしくないでしょうけど」
「……私のこと、赤ちゃんだと思っているんですか?」
「天使の年齢だけで考えれば。時々、子供っぽくはしゃぎますしね」
「ああ、最下層のボスに会うのが楽しみです」
「ルシエルさんなら赤子のようにあやせますよ」
あっという間に10階まで到着した。
青の洞窟から一変、そこは翡翠色の世界だ。
壁一面に淡い緑色の鉱石が埋まっている。鏡のように光を反射しやすいのか、眩しいくらいに明るい空間だ。
試しに分光法――さっき花崗岩を特定したやり方――で、鉱石の種類を特定しようとした。
が、どんな波長の光もことごとく反射してしまう。これほど反射率の高い鉱石は見たことがない。間違いなく、幻想鉱石だろう。
その時——
奥から重い足音が響いてきた。
ずしん、ずしん、と規則正しいリズム。
まるで巨人が歩いているような振動が、足元から伝わってくる。
振り返ると、通路の奥から巨大な影が現れた。
全身が翡翠色の結晶で構成された、4メートルほどの異形。
長い両腕を地面につけ、ゴリラのような姿勢でこちらを睨んでいる。
ゴツゴツとした結晶の塊が肩や背中から突き出し、歩くたびにギシギシと軋む音を立てている。
不思議なことに、半透明の体は内部まで透けて見えた。光を反射してしまうということは、内部まで光が届かず、中身は見えないはずなのだが……
実際には胸の奥深くで、青白い光球が脈打っているのが見える。いわゆる核だろうか。
「これがボス……!」
槍を握りしめながら、ケルビーが緊張した面持ちになる。
「核が丸見えです。はしたないですね。ケルビーさん、伏せてください」
「え? は、はい!」
さっそく私はレーザーを放つ。
指先から放たれた熱線が、ゴーレムの胸部に直撃——
——したはずだった。
しかし光線はゴーレムの表面で弾かれ、斜め後方の壁を抉り取った。
「嘘……レーザーが」
ケルビーは驚いているが、私は「やはり」と考えていた。
先ほど翡翠色の鉱石に光を当てた時、全ての波長の光を反射してみせたのだ。レーザーが弾かれたとしても驚かない。
すなわち、光魔法と相性が悪いということだ。
その瞬間、翡翠色のゴーレムが飛びかかってくる。大振りなので、回避するのは難しくない。
しかしゴーレムが野太い拳を振り下ろすと、床一面にある翡翠色の鉱石が粉々に砕け散る。しかも、ゴーレムの腕も一緒に粉砕した。
すると細かい石つぶてがこちらに向かって、高速で飛んでくる。
その時、ケルビーが私の前に立って槍をぐるぐるとぶん回す。飛んできた石つぶてを力任せに弾き飛ばしてくれた。
「どうもありがとう」
「えへへ。でも、どうやって倒しましょうか?」
「少し考えます」
「わかりました! では槍を持っててください」
そう言いながら、ケルビーが槍を渡してくれる。
そして彼女は拳を握りしめてゴーレムに立ち向かっていく。光魔法が利かない以上、ここは彼女に任せてみよう。
それにしてもあの硬そうなゴーレムを拳で粉砕してしまうとは……
しかし砕け散ったゴーレムの腕は瞬く間に復活している。自己修復能力というやつか。ケルビーが拳で粉砕していくしそばから、すぐに復活してしまうのでダメージが入っているようには見えない。
「ふむ……ケルビーさん!」
「はい!」
「その辺にある鉱石を思い切り、ゴーレムにぶつけてください」
そうお願いすると、ケルビーは疑問を口にすることなく、手近にあった鉱石の塊を持ち上げる。そしてゴーレムに向かってぶん投げた。
同じ硬度の鉱石がぶつかり合うため、ゴーレムの肩が粉々に割れる。するとまた驚異的な自己修復能力で鉱石が生えてくる。
だが、復活しきる前に私はレーザーを放った。
角度上、直接、内部まで届かせることはできない。だが光を反射する性質を活かして、粉々に割れた破片の位置を素早く計算。うまい具合に反射させてやった。
肩部分のごくわずかな傷口から体内へレーザーを侵入させる。
仮説はこうだ――
「このゴーレムは外からの光は反射する。しかし中からの光は――」
その瞬間、レーザーが中から外へ貫通していく。ゴーレムの肩から脇腹にかけてを鋭く破壊した。
ケルビーが嬉しそうに言う。
「核がむきだしに……!」
さらに私は自己修復する前にレーザーを放つ。今度は胸部にある核を狙って。
レーザーは破片に反射されながら軌道を変え、まっすぐに核を撃ち抜いた。
たちまちゴーレムの体が砕け散り、翡翠色の破片が天井から星屑のように振ってくる。
今度は私が槍を高速で振り回し、破片の雨からケルビーを守ってあげた。
もし天界で槍の使い方を教わっていなかったら、ちょっと痛い思いをしていただろう。
「さすがです、ルシエルさん!」
「いえいえ。協力プレイですよ。槍はお返ししますね」
「どうして内部からなら行けると思ったんですか?」
「ああ、核が見えていたからですよ。つまり、内から外への光は反射せずに通すということです」
「んー、光って奥深いですねえ」
ちょうどその時、空間の真ん中に渦を巻くゲートが現れる。
これが幽鬼先生の言っていた、帰還ゲートだろうか。本当にゲームのようだ。
ルシファーがこのダンジョンシステムを考案したのだとしたら、お慕い申し上げてしまいそうだ。メンヘラ野郎などと偏見を抱いていたのは謝罪しよう。
「この緑色の鉱石は、エアロポニックに使えそうですか?」
「タンクとしては……遮蔽性は完ぺきですが、あとは酸性に強いかどうかってところですね」
「とりあえず持って帰りますね」
そう言って、ケルビーは大きなひと塊を持ち上げる。
それから私たちは帰還ゲートを通った。また足が浮くような感覚がして、一瞬で景色が移り変わる。
どうやら『神殿』の中のようだ。ダンジョンに入る前の、入口ゲートの前にいる。
「ん、お帰り。早かったね」
地面にあぐらをかいていた幽鬼先生が、軽い調子で出迎えてくれる。
「あんたがボス倒した時、『信仰ポイント』がガッツリ増えたわ」
それで帰ってきても特に驚いていないのか。
「それ、翠鏡ゴーレムやろ。今のところ、倒せたのは2人くらいやで」
「それは光栄です」
翠鏡ゴーレムと言うからには、この鉱石の名は『翠鏡』なのだろう。
「でもその鉱石、使い道がわからんのよな」
「ええ、極端な光学特性を持っていますからねえ。タンクに使えなくとも、装飾には役立ちますよ」
「今は実用性重視やろ」
「もちろんそうです。ですが、ただの灰色の箱では、みんな希望が湧かないでしょう。見た目もある程度は重要だと思いますよ」
「といっても、エアロポニック栽培ってまだイメージ湧いてへんけどな」
根を宙に浮かせるとは言ったが、じゃがいもは光に当たると緑化してソラニンという毒素を生成する。
だから塊茎が育つ部分は真っ暗な箱の中に閉じ込める必要があるのだ。
花崗岩でタンクを作った場合、見た目は棺桶みたいになる。
でも『翠鏡』があれば、遮光しつつ内部を見れるようにできるはずだ。少しロマンのある見た目になるだろう。
ああ、もっと幻想鉱石のことを知りたい。
「引き続き花崗岩は探しましょう」
と、私は心にもないことを言う。
もちろん、タンクに最適な鉱石が見つからない場合は花崗岩にする。浅い階層にあることはわかっているので、すぐに方針転換は可能だ。
「念のため幻想鉱石についても調べたいのですが、専門家のお話を聞くことはできますか?」
「はあ~~~」
本当は教えたくなかったのだろう。幽鬼先生は渋々といった様子で言う。
「しゃあない。じゃがいものためや」




