第28話 神殿へ
「なぜ『神殿』を水上に作ったんです?」
「知るか。聖域内にランダム生成されるから、どこに建てるかは選べん」
「……不便なシステムですねえ」
それくらいの情報なら教えてくれるようだ。やってみればすぐにわかることなのだろう。
ようやっと、私たちは長い橋を渡って、神殿内に辿り着く。
神殿内部は圧倒的な広さだった。体育館の倍――いや、それ以上あるだろうか。40メートル四方はある石造りの空間が、魔晶石の青白い光に照らされて広がっている。
天井は12メートル以上。太い円柱が規則正しく並び、その合間に魔晶石が吊るされている。
そして中央に――
巨大な幽鬼先生の座像が鎮座していた。
あぐらをかいた姿勢で、煙管を手にしている。鬼の角を生やした厳かな表情。高さは6メートルを超えている。さながら奈良の大仏だ。
「立派な像ですね」
「ちゃうねん。みんなが建てたいって言うから、仕方なく。な?」
現代日本人の感覚で言うと、自分の像を建造するのはやや恥ずかしいかもしれない。
「別に引いてませんよ。権威の象徴として、理にかなっています」
「まあ、『指導者』はみんなやってるで。信仰を集めるには『立派な形』が必要なんや」
「わかりますよ。信は荘厳より起こると言いますからね」
ところで、肝心の鉱石はどこで採れるのだろう?
見たところ、神殿の壁は大理石でできているようだ。さすがに壁を破壊して採掘する、というわけではなさそうだが。
「ここからダンジョンに入れる」
そう言って、幽鬼先生は坐像の背後へと案内する。
裏側に回り込むと――そこには奥へ続く扉があった。扉を開けると小部屋があり、真ん中の空間に亀裂が入っている。
そう、文字通り、空間に亀裂が入っているのだ。
亀裂の奥から、青白い光が脈動するように漏れ出ている。ゆらゆらと揺らめくその光は、まるで呼吸するように強弱を繰り返し、小部屋全体を蒼い光で満たしていた。
「これは……」
思わず言葉を失っていると、幽鬼先生が言った。
「これに触れればダンジョンに行ける」
「ダンジョンって、あのダンジョン? 敵とかも湧くんですか?」
「ああ、ガーディアンがおる」
「……ガーディアン? 誰がそう呼び始めたんです?」
「ルシファーや」
魔物でも、モンスターでもなく、ガーディアンときたか。
「なぜルシファーはこんなものを?」
「ゲームバランスを考慮したって言ってた。ほらっ、日本って資源少ないやろ」
「ええ、さらに言えば、旧世界の時点で地表の資源は取り尽くされていますしね」
「おまけに土地のほとんどが瘴気に覆われてる。こんなんじゃ文明ブーストはおろか、生き残るのも無理や」
「そこで『神殿』の出番というわけですね」
救済措置を用意してくれるなんて、地獄の王にしては親切なことだ。
しかし単に資源を提供するのでは面白くないので、レアな鉱石が欲しければガーディアンを倒せ、という仕様にしたのだろうか。
「とにかく入ってみましょうか」
「初めてやと、ちょっとびっくりするかもな」
そう言って、幽鬼先生が亀裂に手をかざす。
すると亀裂が大きく広がり、青白い光が渦を巻き始めた。
「さあ、入るで」
そう促されて、私も渦の中に足を踏み入れると――
一瞬の浮遊感の後、足が地面に着く。
目の前には、見たこともない光景が広がっている。青白い結晶が壁面を埋め尽くした洞窟。まるで宝石箱の中に入り込んだかのような、幻想的な空間だ。
「わあ……」
いつの間にか目を覚ましたケルビーが、感嘆の声を上げる。
「これが『神殿』のダンジョンや。周りにあるのは全部、霊石やで」
「じっくり探索したいところですが――」
ひとしきり洞窟内を眺めた後、私は言った。
「今日、必要なのは花崗岩です。採れる場所はわかりますか?」
「あー……いや、ダンジョンは24時間、経過するとリセットされるねん」
「ローグライクみたいですね」
ということは、資源を取り尽くす心配はないということだ。
「ダンジョンで栽培すればいいのでは、とも思ったのですが……」
「リセットされると、中で作ったもんは全部なくなるで」
そこで私は軽く肩を竦めてみせる。
「そう都合良くはいかないものですね」
「ところでなんで花崗岩なん? 俺、石のことはよくわからんけど、墓石で使うやつやろ?」
「ええ、墓石に使われる理由と同じです」
「は?」
「墓石は数百年、雨風に晒されても形を保つ必要がありますよね。花崗岩は水を吸いにくく、酸性雨にも侵されにくい。だから墓石に選ばれるんです」
「……それで?」
「エアロポニックのタンクも同じ条件です。常に霧が噴霧され、栄養液に触れ続ける。しかも栄養液は弱酸性です」
「あー……なるほど」
その口ぶりを見ると、花崗岩の特徴をきちんと把握して、建築材に使うといったことはしてなさそうだ。
すると幽鬼先生の部下たちがつるはしで壁を掘り始める。
「んじゃ、頑張って花崗岩さがすかあ。白っぽいやつやんな?」
「ええ、そうですね。ダンジョン内では実際の鉱山のように空気が薄れたり、ガスが発生したりしませんか?」
「ああ。深く潜っても大丈夫やで。ここは浅い階層やから、ガーディアンも出ないしな」
しばしの間、黙々と作業する部下たちを眺めながら、私は思う。
地道な作業だ。この世界には掘削機もダイナマイトもない。人の手で、一振りずつ。
「それにしても地道な作業ですねえ」
ダンジョンというからワクワクしていたのに、これでは鉱山の採掘見学みたいだ。
「お前、『光魔法S』やろ。なんかレーザーとか出せへんの?」
「出せますよ」
「え、めっちゃ見たい。男のロマンやん」
「では皆さんに、離れたところに避難するよう言ってください。できれば曲がり角の向こうへ」
「爆風が凄いんか」
「岩を蒸発させると、プラズマが噴出して衝撃波が発生します。破片も飛びますし、閃光で目を傷める可能性もあります」
「わかった」
全員が避難したのを確認してから、私は壁面に向けて右手を掲げた。
念のためやっている、無詠唱を隠すための呪文を考えてなかった……「レーザー」でいいか。
手のひらに収束した光が、一条のレーザーとなって放たれた。
――ドォォォン!!
轟音と共に、岩壁が爆ぜた。
蒸発した岩石がプラズマとなって吹き飛び、衝撃波が洞窟内を駆け抜ける。
周囲の岩盤に無数の亀裂が走り、大きな塊がごっそりと崩れ落ちた。
煙が晴れると、そこには直径2メートルほどの穴が開いていた。
遥か後方からどよめきが聞こえてくる。
「おおぉお~~~」
「すげえ……」
「はえ~、凄すぎて屁ぇ出た」
最後のセリフは幽鬼先生が言ったようだ。
「ちょっと! あなた本当に王様なんですか?」
臭いものを払うように手を振りながら、ケルビーが抗議する。
だが幽鬼先生は堂々と言った。
「はん。真面目な顔しなきゃ権威を保てない王なんて、ド三流よ。舐められても尊敬される、それが真の王やで」
「舐められてる時点で尊敬されてませんよ」
ケルビーのツッコミはなかなか辛辣だ。
が、幽鬼先生は実際に有能な王様である。『ステータスを見る』という非戦闘能力で、この世界に20万人規模の国を作り上げたのだから。ただ者ではない。
見かけ上は「しょうもない男」を演じているが、心の中では冷徹に計算をしているに違いない。「大うつけ」を演じた織田信長のように、敵対勢力からの警戒を解く効果もある。
それに幽鬼先生は「能ある鷹は爪を隠す」戦法が取れるが、相手は自分の能力を隠せない。『ステータス鑑定』により正確に把握できる。
これはかなり強力なスキルだ。歴史上で「愚者の仮面」をつけた名君は大勢いるが、成功した者は仮面の下で絶えず周囲を観察し、敵の弱点と、味方の才能を正確に査定していた。
きっとこの500年間、幽鬼先生もまたそのようにして敵を欺き、時機が来たら躊躇なく行動することで生き延びてきたのだろう。
つまり――私のこともいずれ切り捨てるタイミングを見計らっているに違いない。
もっとも、そうだとしても飢饉を乗り越える協力はする。その後は――まあ、彼の行動を見守ろう。
しばらくの間、私たちはレーザーで開けた穴の中を歩いた。
その時、幽鬼先生が薄汚れた壁を指差して言う。
「これは花崗岩か?」
「んー」
壁面を観察すると、白っぽい結晶と、黒っぽい粒が混在している。
一見すると花崗岩に見えるが――
『ルクス』の波長を変えながら、反射光を分析する。
450nm、550nm、660nm……可視光域を走査し、近赤外へ。
旧世界のUSGSスペクトルライブラリには、数千種の鉱物・岩石の反射スペクトルを集めたデータベースがある。簡単に言えば、各鉱物が持つ「光の指紋」データだ。
そして私はその全てを暗記している。
――1400nm付近にごく微弱な吸収。2200nm付近にAl-OHの吸収ピーク。
2330nm付近にも明確な吸収がある。黒雲母の特徴だ。
石英、斜長石、カリ長石、黒雲母。
間違いない。これは花崗岩だ。
だが、私は首を横に振った。
「残念ながら、これは石英閃緑岩ですね」
「せきえい……なんや、それ」
「花崗岩によく似た岩石ですが、組成が違います。温度変化に弱く、結晶粒の間に亀裂が入りやすい」
「あかんのか」
「エアロポニックのタンクは、霧の噴霧と乾燥を繰り返します。温度差で微細なひび割れが生じ、そこから水が浸透して崩壊する恐れがあります」
幽鬼先生は腕を組んで唸った。
「もっと深い階層に行けばあるんかなあ」
「ちなみに、このダンジョンは何階層あるんですか?」
「10階層。今はな」
「……今は?」
少し考えた後、幽鬼先生は渋々言った。
「信仰ポイントを使えば階層を増やせる。でも今は、飢饉で巡礼者がいないやろ。『神殿』ってのはな、攻略してくれないと意味ないんや」
「……どういう意味です?」
「誰かがダンジョンで採掘したり、ガーディアンを倒したりすると信仰ポイントが溜まる。信仰ポイントを産出する施設、それが『神殿』の本質やねん」
「なるほど、ユーザーのいないサービスでサーバーを増強するようなものですね。固定費だけ増えて、回収の見込みがない」
「わかりやすい比喩をありがとう」
「しかし深い階層ほどレアな鉱石が採れるんですよね? その中にはエアロポニックに最適な鉱石もあるかもしれません。花崗岩よりも最適な石が」
なぜ目の前に花崗岩があるというのに、私は嘘を吐いているのか?
それは幻想鉱石に関する情報を得たいからだ。花崗岩で事足りるなら、幽鬼先生はそれ以上、幻想鉱石に関する情報を教えてはくれまい。
自分で調べることも可能だが、相手が長年調査した研究データを覗ければ、大幅にショートカットできる。
「いったん最下層まで行ってみてくれへん? ダンジョンリセットまで……」
そう言いながら、幽鬼先生は懐から懐中時計を取り出す。
「あと4時間くらいか。0時でリセットされるから」
「リセットされると、どうなるんです?」
「今まで掘ってきた穴が塞がる。普通に死ぬから、掘った穴からは出た方がいい」
「そうなると、入口に戻るのも難しくなりますね」
「最下層のボスを倒せば、入口に帰還するゲートが開くで」
「ほう」
そこで幽鬼先生がにやりと口角を上げる。
「試してみるか? あんたが強いのはわかってんで」




