表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレガントな紳士、荒廃世界を改革する〜有能すぎて天界を追放されたので、地獄化した地球を住みやすくした件〜  作者: 古月
神奈川飢饉編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/37

第27話 巡礼宿

「『バーバリさん』の配給、上手く行ってると良いですねえ」


 空を飛びながら、ケルビーがポツリと言う。


「彼らなら問題ないですよ」


 念のため門番の琴葉(ことは)にジャムを渡して、頼みごとをしておいた。揉め事が起きそうになれば止めてくれるはずだ。


 残った白パン1個は私とケルビーで半分ずつ分け合いっこした。私たちはまだまだ働かねばならない。味のない白パンに、味気のないお粥だったが、それでも腹は満たせる。


「もうすっかり暗くなりましたけど、今日は休まなくて大丈夫ですか?」


 ちなみに、時間的には夕方頃だ。頭上には1点の曇りもない、吸い込まれそうな漆黒が広がっている。


「『神殿』と魔晶石……その2つについて早く調べたいんです」


 と、私は顎に手を当てながら言う。


「魔法の鉱石があるなら、旧世界とは違うやり方ができるかもしれない」


「早く育てれば、それだけ早く育ちますからね。でも本当は、新しい技術にワクワクしているだけじゃないですか?」

「ご名答」


 そう言うと、ケルビーは呆れた顔でぐるりと目を回す。


「そうだと思いました。だけどルシエルさん、何度か徹夜して資料室に入り浸ってましたよね。この世界は天界ほど安全ではありませんし、無理はしない方がいいと思うんです」

「ああ、ご心配ありがとうございます。それでは、あっちに到着したら30分くらい仮眠を取りましょうか」

「えっ! 30分寝ると言って、本当に30分しか寝ない人なんているんですか?」


「私はできますよ。30分の仮眠には2時間の睡眠効果があるんです。逆にそれ以上寝ると夜の睡眠に影響が出ます」

「ええー……私は起きれません」

「それは困りました。ケルビーさんの力は必須ですので、起こして差し上げますよ」

「んー、絶対寝ぼけていると思いますが、お願いします」




 そんなことを話しながら、暗い夜空を飛んでいく。


 『ルクス』を灯していても、ほとんど何も見えないが、星を頼りに横浜から丹沢湖まで西へ一直線に飛ぶ。


 やがて山の中に灯りが見えてきた。光魔法をコピーした魔晶石の灯りを、家々の軒先に吊るしているのだ。雪化粧をした瓦屋根に、淡いオレンジや黄金色の光が反射し、町全体が巨大な宝石箱のように輝いている。


 冷え切った大気は光を散らす湿気を帯びていないため、遠くの灯りまで凛と際立って見える。その幻想的な光景は、一仕事終えたあとの心地よい疲労感によく馴染んだ。



 その町を低空飛行しながら、幽鬼(ゆうき)先生の指定した宿に向かう。『巡礼宿』という看板を見つける。『神殿』に巡礼する者が訪れる宿だから、そう呼ばれているようだ。



「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、ルシエル様、ケルビー様」



 あらかじめ幽鬼(ゆうき)先生から知らされていたのだろう。旅館の女将さんや中居さんが出迎えてくれる。鬼や、猫又や、妖狐など色んな悪魔――というか、妖怪の姿をしている。


「まずはお部屋にご案内いたします。お部屋は別々になさいますか?」

「そうですね、では別々で――」


 そう言いかけると、ケルビーが首を横に振った。


「一緒で問題ありません」


 彼女があっさりそう言ったことに、私は少し驚いた。


 だが考えてみると、この世界に来てまだ1日目だ。どんな危険があるかわからない。別々の部屋より、同じ部屋にいた方がいざという時に対処しやすい。きっと彼女もそう思ったのだろう。



「お部屋はこちらになります」



 扉が開かれると、見慣れた光景が目に飛び込んできた。


 畳敷きの和室だ。障子の向こうには雪景色が透けて見え、部屋の隅には魔晶石の照明が柔らかな光を投げかけている。すでに布団が2組、丁寧に敷かれていた。


 旧世界の旅館とほとんど変わらない部屋を見ると、ほっと、肩の力が抜けてしまう。


 すると中居さんが、箪笥から紺色の浴衣を取り出しながら言った。


「新しいお召し物もご用意しております」

「どうもありがとうございます。今の服は汚れてしまいましたからね」


 視線を下に向けると、白いズボンの裾が土で汚れてしまっている。天界の服は真っ白なので汚れが目立つのだ。


「よろしければ、汚れた服はお引き取りしましょうか。今後は幽鬼(ゆうき)先生がお着替えもご用意してくださいますよ」

「ではお言葉に甘えて。幽鬼(ゆうき)先生にもお礼を言いたいのですが、どちらに?」

「今はお食事中ですので、1時間後くらいにまたお声がけしますね」


「承知しました。ちなみに温泉ってあります?」

「ええ、大浴場もありますし、各客室に露天風呂も付いております」


 最高だ。清潔に暮らせるだけでどれほどありがたいことか。


「他に何かございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ」



 中居さんが退室した後、私はケルビーに先にお風呂へ入るよう勧めた。


 その間に私は浴衣に着替え、正座瞑想をしながら待機する。これだけでも疲労回復の効果がある。


 しばらくすると、ケルビーが「る、ルシエルさん!」と慌て声を上げた。何事かとそちらに目を向けると、浴衣の襟をぎゅっと押さえながら、ケルビーがもじもじと立っている。


「この帯、どうやって結べばいいんですか?」

「……ああ。結んであげますよ」


 そこでケルビーの背後に回り、文庫結びを簡単にアレンジした、蝶結びを教えてあげた。


「わあ。可愛いですね!」

「よくお似合いですよ」



 それから私も露天風呂に入る。ふうー。


 怒涛の1日だったが、天界にいた時よりもずっとやりがいがある。



 風呂から上がると、ケルビーがすでに布団の中で横になっていた。私が先に寝ておくよう言ったからだ。


 タオルで髪を乾かした後、私も仮眠を取る。



 そしてきっかり30分後に目を覚ました。ちょうどその時、中居さんが部屋の外から声をかけてくる。


「お休みのところ失礼いたします。幽鬼(ゆうき)先生がお呼びです」

「ええ、すぐ行きます」


 ケルビーはというと、深い眠りに落ちてしまっていた。


「ケルビーさん」


 と、声を掛けると、「ううううん」と言いながら起き上がる。しかし寝ぼけているようだ。フラフラして危なっかしい。


「……仕方ありませんね」


 そこで私はケルビーを抱っこしてあげる。いつものお返しだ。といっても、子供を抱っこするような片手持ちだが。



 そのまま幽鬼(ゆうき)先生がいるという、旅館の入口まで行く。


 彼は抱っこされているケルビーを見ながら言った。


「……あんたら仲ええな」

「すみません、今は寝ぼけていて。でも力持ちなので、後で役に立ちますよ」

「ああ、ステータス見たけどビビったわ」


 それから私たちは旅館の外に出た。


「何から何までご用意いただき、ありがとうございます」

「当然や。飢饉を終わらせに来た男やで? 寒空の下に放り出すわけにはいかん」


「石鹸や歯ブラシまで置いてあって、感動しましたよ」

「いやあ……別に潔癖症ってわけやないけど、あんまり汚いのとかはムリ」

「私もです。感染症予防にもなりますしね」



 そんな会話をしながら歩いていくと、暗い湖にぼんやりと建物の影が見えてきた。



「今、明るくするわ」


 そう言って、幽鬼(ゆうき)先生が手をパンパンと叩く。


 おそらく部下の1人が、どこかにあるレバーを引いたのだろう。一斉に魔晶石の照明が灯る。



 湖面の先に、それは浮かんでいた。


 白亜の神殿だ。ギリシャ神殿を思わせる列柱が闇の中に浮かび上がり、柱の合間には青い魔晶石が規則正しく配置されている。その光は水面に映り込み、神殿全体が湖に浮かぶ蒼い宝石のように揺らめいていた。


 当然ながら、旧世界の丹沢湖にこんなものはない。



「ほう、これが『神殿』ですか……自然にできたものなんですか?」

「ん? いや、『指導者』の力や」


 そこで私は、幽鬼(ゆうき)先生の微妙な反応に違和感を覚える。


 どうやら私は不自然な質問をしたようだ。『神殿』の作り方について、『指導者』は当然知っているはずだと思っているのか。


「あんた、どこまで説明受けてるん? この世界に来た時に聞いたやろ。ルシファーから」

「え、ルシファー?」


 思わず驚きの声を上げる。


 ルシファーと言えば、地獄の王だ。きっと悪魔なら誰もが恐れる存在だ。私は子供の頃からの偏見で、メンヘラの王だと思っているけれど。


「……ルシファーがこのシステムを作ったのですか?」

「お前、最初に説明受けなかったんか?」

「信者を集めれば『小さな報酬』を貰えると聞きましたね」

「へ? 何の話?」


 どういうわけか幽鬼(ゆうき)先生は目をぱちくりさせる。


「ルシファーって、女性なんですか?」

「いや、お前だけ違う奴に絡まれとる」



 これではっきりした。私だけチュートリアルを端折られている。



「では最初になんと説明受けたんです?」

「……『指導者』に関するルールや。祭壇の立て方とか、信仰ポイントのこと。『神殿』のことも」

「私には教えてくれませんでしたけどねえ」


 でも『小さな報酬』については私だけのようだ。あの声は、神のものだったのだろうか?


「まあ、あんただけ途中参加やし、他の『指導者』に聞けってことなんちゃう?」


 薄々思っていたことだが、『指導者』の使命が信者を増やしたり、聖域を広げることなら、私には500年のハンデがあるようだ。



「それなら、この『指導者』システムの目的について教えていただけませんか」



 だが幽鬼(ゆうき)先生は答えず、静かに煙管(きせる)をくゆらせるだけだった。


「あのな、ルシエル。俺たちは言わば、ライバルみたいなもんや」



 やはりこうなったか。今や幽鬼(ゆうき)先生は、情報の優位性に気付いたようだ。肝心の情報を教えなければ、私が『指導者』としてコツを掴むまで時間稼ぎができる――そう考えているのだろう。


 最初に会話が噛み合わない違和感を覚えた時、知ったかぶりをして、できる限り情報を引き出してやっても良かった。


 だが、私は別に幽鬼(ゆうき)先生とは敵対したくない。下手な嘘を吐いて彼の信用を失う方が、長期的に見ると不利になる。それで正直に、説明を受けてないことを話したのだ。



 大体、『指導者』として成り上がりたいかと言われるとそうでもない。信者を集めて、聖域を広げて、それで?


 最終的に何を目指せばいいのか。目的地のわからないレースに全力を尽くす気にはなれない。今はせいぜい『小さな報酬』に興味があるくらいだ。



「今は飢饉を乗り越えるっちゅう、共通の目的がある。そのための協力はするが、それ以上は教えられん」


 そこでいっとき息詰まる沈黙があったけれど、やがて私はこう言った。


「ええ、仰るとおりです」


 それから満面の笑みを浮かべながら言う。



「構いませんよ――自分でルールを探っていくのも楽しいものですから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ