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エレガントな紳士、荒廃世界を改革する〜有能すぎて天界を追放されたので、地獄化した地球を住みやすくした件〜  作者: 古月
神奈川飢饉編

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第26話 バーバリさん

「良い知らせがありますよ、皆さま」


 新宿に戻ると、私を抱っこしているケルビーがそのまま瓦礫の上に乗せてくれる。


 モヒカンたちが集まってくるのを待ってから、私は言った。


幽鬼(ゆうき)先生に備蓄を分けてもらえることになりました」



「……え?」



 ポカンと、モヒカンたちが口を開けたまま固まってしまう。


「それと、大きな森で狩猟する許可もいただきました。獲物は全て献上しますが、配給として分けてもらえるのでご安心を」


「待ってくれ! ほ、ほんとなのか? その話は……」

「なぜ幽鬼(ゆうき)先生がそこまでするんだ?」

「いったいどんな頼み方をしたっていうんだ、ルシエル様!」


 どんな頼み方と言われると……まず相手にメリットを提示し、それからほんの些細なお願いをしただけだ。


 幽鬼(ゆうき)先生から見るとえげつなく思えたかもしれないが、教科書通りの交渉術である。6万人死ぬのは私のせいではなく、断った側の選択の結果だ。


 私は涼しい顔で微笑みながら言った。


「ただ、紳士的にお願いしたら聞いてくれましたよ」



 その時、サリーが厳かに言った。



「エレガントって言えよ、お前ら」


「「「エレガントおおおぉお!」」」

「これがサリーの兄貴が言っていたエレガント道……!」


 いったいサリーはモヒカンたちに何を教えたのだ?


 ……まあいいか。


 とにかく今日はやるべきことが山ほどある。私は続けて言った。


「ところで皆さんは蛮族と呼ばれているようですね。でもこれは蔑称ですから……何か部族名などはありますか?」


「特にないな」

「食いもんを求めて、なんとなく集まっただけだからな」

「ルシエル様! 俺たちに名前をつけてくだせえ」



「んー……では『バーバリさん』と呼びますね」



「バーバリさん?」


 と、ケルビーが首を傾げる。


「あ、バーバリアンですね」

「蛮族と同じ意味ですが、可愛い感じにしてみました」


「同じ意味なのに名前を変えるんですか?」


「蛮族というラベルにはすでに侮蔑的な意味が込められています。ラベリングといって、レッテルを貼られると、その後の認識や行動がそのレッテルに強く縛られてしまうんですよ。例えば『お前はダメな子だ』と言われ続けた子供は、本当にダメな子になります」


「蛮族って言われると、本当に野蛮になってしまう」


「そうです。しかも他者は蛮族というレッテルで皆さんを判断してしまう。これからどんなに良いことをしても、何か問題が起きれば『ほら、やっぱり蛮族だから』と、全てがラベルで説明されてしまいます」


 するとモヒカンの1人が感心しながら言った。


「『バーバリさん』って、何だか悪魔の名前みたいだな」

「ええ、一人ひとりが個別の存在であるというメッセージを込めました」


「ううっなんとありがてえ名だ……」

「ルシエル様は俺たちのことをよく考えてくれてるんだな」

「これから俺らは『バーバリさん』だ!」「ヒャッハー!」



 部族名が決まったところで、私は本題に移った。


「では『バーバリさん』の皆さま。配給をもらう代わりに、皆さまには仕事をしていただきます。といっても単純作業です。狩猟した獲物の運搬や解体、配給の手伝いなどです」


「仕事すりゃ、今日はさらに食べられるんだな?」

「夢のような話だぜ」

「俺たち、また神奈川の聖域に戻れるんだな」

「もう二度と戻れないと思ってた」


 そう言って、『バーバリさん』たちは希望に満ちた表情を浮かべる。


「ただし、神奈川の民たちも余裕がありません。心ない言葉をかけられることもあるでしょう。その時はグッとこらえて、喧嘩などはなさらぬように。1人でも問題を起こした場合は、配給は即・打ち切りになります。そうなったら私もあなた方の面倒は見きれません」


 その言葉に彼らは神妙にうなずいてくれる。


「誇り高い『バーバリさん』として、エレガントに振る舞ってやるぜ」

「ルシエル様の顔に泥を塗るようなことはしません!」



「その意気です! あなた方は強く、気高い戦士……いや、紳士なのですから」




   ★★★




 ふざけるな、と魔導具師の剛田は悪態をつく。


 突如として、横浜の掲示板にお触れが貼り出された。そこには以下のように書かれている。


――――――――――――――

神奈川聖域 王令


一、本日より2日に1回、全国民に備蓄を配給する。


一、配給の無き日は働かず、よく遊び、よく休むべし。


一、100日の後、飢饉の終息を約す。全員生存を目指せ。


幽鬼先生

――――――――――――――


 特に腹立つのは、「よく遊び、よく休むべし」という文言だ。ふざけているとしか思えない。


 元々、剛田は配給をもらっていた12万人のうち1人。魔導具師として一定の能力があり、容易に替えの利かない人材だ。


 つまり他の6万人の無能とは違う。優先して備蓄をもらう権利がある。


 たとえ全員に配ることになったとしても、多めにもらったっていいはずだ。それなのに、そのような連絡はいっさい来ていない。


 大体、100日後ではまだ春になったばかりではないか。どうやって飢饉を終わらせるというのだ? 備蓄が足りなくなったらどうする?


 周りで無能どもが明るい声で喜び合うのを聞きながら、剛田は自分の取り分が少なくなることを嘆いている。



 工房に戻ると、剛田は弟子たちと愚痴を言い合った。


「無能どもと同じ扱いか」

「俺たちは飢饉の前から技能を磨き、努力してきた。優遇されたっていいだろう」

幽鬼(ゆうき)先生は何を考えておられるのか」


「とにかく、配給をもらいに行こう。なくなってしまうかもしれん」



 夕方頃、剛田は3人の弟子を引き連れて、配給が行われる広場へと向かう。



 ――そこには驚くべき光景が広がっていた。



「ヒャッハー! 配給だぜえええ!!」



 お玉を振り上げながら、モヒカンたちが叫ぶ。


 その後ろでは、数人のモヒカンが巨大な鉄鍋を担いでいる。湯気が立ち上り、何やら香ばしい匂いが漂う。


 配給を受け取りにきた町の人々は、恐れおののいて物陰に隠れている。



「てめえら、いつまで隠れてやがるんだァ!?」


 両手を広げながら、眼帯のモヒカンが叫ぶ。


「いいかァ! 今から数えて30数えるうちに出てこねえ奴はァ――」



 町の人々が息を呑む。



「――配給が後回しになるぞォ! 先に並んだ奴から渡すからなァ!」



 何を言っているのかわからない。


 略奪ではないのか?


「う、嘘を吐くな! 蛮族どもめ!」

「町から出ていけ!」


 やがて勇敢な町民たちが、クワやフォークなど農具を持って出てくる。


「……アァン?」


 眼帯のモヒカンがギロリと町民を睨みつける。


「蛮族じゃねえ――バーバリさん、と呼びな」


「さん付けで呼べってこと?」

「違ェ! 俺たちはこれから『バーバリさん』って部族になったんだ」

「ルシエル様に付けてもらった神聖な名だぜ!」

「……誰?」



「彼らの言ってることは本当じゃよ」


 すると横浜の町長――河童の姿をした老人が静かに言った。


幽鬼(ゆうき)先生は全員で生き残ろうと仰せになった。その中には蛮族も含まれる。ただし、彼らにはこれまでの償いとして働いてもらうことになった。お粥を作るのも、後片付けをするのも、彼らがやってくれる」



 町民たちがまだ状況を呑み込めていない間に、眼帯のモヒカンが鉄鍋の蓋を開けた。


 途端に、温かく食欲をそそる香りが広がる。


「いいからお椀を持って並べェ! 冷めちまうだろうがァ!」


 鍋の中には、穀物を煮込んだ質素なお粥。


 彩りはない。具もほとんどない。


 それでも――飢えた体には、これ以上ないご馳走だった。


 町民たちは顔を見合わせ、やがて1人、また1人と武器を下ろしていく。


 そして一斉に列をなして並び始めた。



 だが、剛田たちはすぐには並ばず、口々に文句を言い合った。


「蛮族どもは追放したはずなのに」

「なんであいつらから食べ物を貰わなきゃいけないんだ?」

「いったい何がどうなってる?」


 すると剛田が重々しい口調で言った。


「他にも不満を抱く連中はいるはずだ。仲間を集めて抗議しよう」



 単純に考えて、神奈川全体で12万人が優遇されていたのだ。横浜にいる者だけでも数的優位はある。


 そう考えて、剛田はまず職人仲間に呼びかけ、横浜中にいる地主、兵士、商人、薬師をかき集めてくることにした。彼らの家族もついてきたので軽く70人以上の集団になる。


 そしてまた広場に戻ってくると、剛田は持ち前の大声でがなり立てる。


「町長! まさか蛮族どもにも備蓄を分け与えると言うのですかね?」


 これだけの人数が集まれば、町長も剛田たちに注目せざるを得ない。


「労働の対価としてな。何か問題でも?」


「なぜわざわざ蛮族どもにやらせるんです? 我々だけでやれば、こいつらに何もくれてやる必要はないでしょう」


 そうだ、そうだ、と仲間たちが同意してくれる。


「それは……幽鬼(ゆうき)先生がそうお決めになったからだ」


「納得できかねますねえ。奴らが危害を加えてきたら、どうするつもりです?」


「そんなことはせん。もし1人でも問題を起こせば、彼らをまた追放するという約束だ」


 ほう、と剛田は内心でニヤリと笑う。これは良いことを聞いた。


「……そうですか。くれぐれも問題を起こさないよう頼みますよ」



 渋々といった様子ながらも、剛田たちは配給の列に並ぶ。


 しばらくすると、剛田の番が来る。


「早くしろ、クズどもめ」

「……おう、待ってなァ」


 暴言を吐かれても、眼帯のモヒカンは深呼吸をして耐えている様子だ。


「一度、追放されたくせに戻ってくるとはな。蛮族にはプライドってもんがないのか?」

「『バーバリさん』だ」

「ふん、笑わせるな。お前らは蛮族だ。野蛮でオツムが弱い」


 だが、眼帯のモヒカンは何も言い返さずにお粥を差し出してくる。


 剛田はお椀を受け取るふりをしながら、モヒカンの手をつねった。


「何の役にも立たない穀潰しだ。頼むから死んでくれないか?」

「……ッ」


 つねったせいで、お椀が手から滑り落ちる。熱々のお粥がモヒカンの服にかかった。


「てめえ!」


 と、先に怒鳴ったのは剛田の方だ。


「わざとお粥をぶちまけやがったな!?」


「おめーがつねったからだろうが!」


 すると周りの弟子たちがアシストしてくれる。


「俺も見たぜ」

「わざとこぼしたんだ」

「やっぱり蛮族は信用ならねえ」


「……わざとじゃねえ」


 青筋を立てながらも、眼帯のモヒカンが静かに反論する。


 1人でも問題を起こせば、再び追放。


 こちらの方が圧倒的に有利だと感じて、剛田はますます気が大きくなる。


 しかし蛮族にしては我慢強いな。もっと挑発してやるか。


「黙れ、蛮族め!」


 出し抜けに、剛田はモヒカンの胸ぐらをつかんだ。


 そして勢いよく拳を振り下ろそうとする――



「そこまでだ」



 その瞬間、槍を喉元に突きつけられて剛田は後退りする。門番の琴葉(ことは)だ。


「上から見ていたが、ちょっかいをかけたのはお前の方だ」

「なっ……なぜ蛮族の味方をする?」

「『バーバリさん』だ」


 そう言って、(からす)天狗の少女は鋭い視線を向ける。


「とにかくお前は自分でお粥をこぼした。今日の分はなしだ。後ろがつかえているぞ」


 わなわなと剛田は肩を震わせる。


「こんな役立たずどもに分けてやる飯はない! 俺の方がもらうべきだ!」



 その時、横浜の門の方向から「ヒャッハー」という声が響いてくる。別のモヒカンたちがやって来たようだ。


 そちらに目を向けた途端、剛田は度肝を抜かれる。


 まったく信じられない光景だ。モヒカンたちは十頭以上ものイノシシやクマ、シカの死体を抱えている。優秀な狩人が3~4人、集まってもこんなに狩ることは不可能だ。



「何かあったのか?」



 なぜかモヒカンたちの中に仮面を付けた天使が混ざっている。とんでもなく大柄で、クマを2頭も両腕に抱えているではないか。


「サリーの兄貴! こいつが自分でこぼしたくせに、因縁をつけてきたんすよ」


 眼帯のモヒカンが言うと、サリーと呼ばれた巨大な天使はクマをドサリと下ろして詰め寄ってくる。


「殴らなかったのか」

「ルシエル様の言いつけを守りやした」

「偉いぞ。それでこそ『バーバリさん』だ」


 バンッ、とサリーが大きな手を合わせる。その音だけで剛田はびくりと飛び上がってしまう。


「俺は我慢できるかわからんぞ」

「ひいっ」


「それにしても、こんなに狩ってきたのか」


 その時、琴葉(ことは)が驚きつつ、狩りの収穫を指差す。


「ルシエルが仕留めたやつを運んできただけだがな」

「何者なんだ、あの男は?」

「あいつは凄い男だ」


 サリーの言葉が抽象的すぎて、琴葉(ことは)は首を傾げる。


「……よくわからんが、その凄い男も含めて『バーバリさん』だ。追放すれば、この肉たちは食べられなくなる。そういうことだな?」


 確認するように周りを見渡すと、配給をもらいにきた人々は、今や剛田に冷たい視線を向けている。


 余計なことはするな、という目だ。


「くそっ……ずらかるぞ!」


 そう言って、剛田たちは広場を後にしていく。




 穏やかになった広場で、眼帯のモヒカン――夏目が、門番の琴葉(ことは)に声をかける。


「さっきはありがとよ。門番の琴葉(ことは)だろ?」

「礼なら不要だ。報酬はもらったからな」

「……報酬?」


 すると琴葉(ことは)が懐からジャム瓶を取り出す。



「これでお前たちを見守ってくれと、ルシエルに頼まれたのだ」



「ルシエル様……!」


 感極まって、夏目がボロボロと涙する。


「うう……俺、こんなに親切にされたの初めてだ」

「ところで、あの男はどこに行ったのだ?」


 目頭に涙を浮かべたまま、夏目は夕闇の空を見上げる。


「……『神殿』に向かった。あの方にはじゃがいもを育てるという、崇高な仕事があるからな」

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