第25話 植物工場の改革②
「葉物野菜、よく育っておりますね。しかも水耕栽培で」
続いてルシエルが、棚の中で青々と育つ葉物野菜を観察している。
「培養液がよくできているということです。幽鬼先生は農業に詳しいのですね」
「俺は薄っぺらい知識があるだけや。後は農業スキルの高い、賢い人たちに考えてもらった」
肥料として発酵した尿や骨粉、草木の灰が役に立つことはなんとなく知っていた。
それらを酢でどうにかこうにか蒸留水に溶かし、濃度もあれこれ調整して、最適な培養液を作り出したのだ。
「それこそ『ステータス鑑定魔法』の醍醐味ですね! 幽鬼先生、あなたはとても素晴らしい王様です」
「ありがとな。あんたに褒められると、なんか嬉しいわ」
不思議とルシエルの言葉は、皮肉やお世辞には聞こえなかった。
それからルシエルは、床に並べたじゃがいもの鉢植えに視線を向ける。
「じゃがいもは床に並べているんですね」
「水耕でやろうとしたけど、種芋が腐ってな……結局、土耕に戻したんや。土が重くて棚には乗せられへん」
「ああ、根菜類は難しいんですよね」
「葉物はビタミン補給にはなるけど、主食にはならん。じゃがいもの収穫量を増やさんと」
屋内栽培で、床に並べるのではかなりの面積が必要になる。それだけ広大な面積を照らせる魔晶石はないし、魔力供給も莫大になる。
「ちなみにこの聖域の人口を聞いてもよいですか? 現在、そのうち何割を養えています?」
一瞬、答えて良い情報か迷ったが、聖域の大きさを見ればある程度、人口を推測することは可能だ。
それに植物工場の規模を計画するために、養う人数の情報は必要だろう。
「20万人やった。備蓄と植物工場と狩猟で、ぎりぎり12万人しか養えへん。口減らしで2万人追い出したから、残りは18万」
「では6万人が餓死する計算ですね」
そんなふうに淡々と事実を指摘されると、その通りだとわかっていても反射的にイラッとしてしまう。
だが、ルシエルは続けて言った。
「――失礼。言い方が悪かったですね」
そう言いながら、ルシエルは優雅に頭を下げる。
「瘴気に覆われた世界……限られた土地と資源。もし備蓄と植物工場がなかったら、もっと被害は大きかったでしょう。平時から備えていたおかげですね」
「お前なら、もっと上手くやれたやろうな」
「私は100年間、天界でのんびり暮らしてきただけの男ですよ。すぐに地球へ行くこともできたのに、その選択をしなかった。肝心な時にいなかった人間のことなんて、考えるだけ無駄ですよ」
それからルシエルは、綺麗な瞳でまっすぐこちらを見つめてくる。
「確かな事実は一つ――幽鬼先生、あなたがこれまで試行錯誤してくれたおかげで、ここには最高の培養液がある。これさえあれば、過去ではなく未来の話ができます」
あまりにもまっすぐな視線に、幽鬼先生はしばしの間、見惚れてしまう。
我に返って、「どうやって?」と尋ねる前にルシエルが先に口を開く。
「そう――エアロポニックで」
「は? エアロスミス?」
「エアロポニックです。気耕栽培とも言います。簡単に言うと――植物の根を宙に浮かせて、霧状の栄養液を吹きかけるんです」
「根を宙に?」
「水耕栽培の弱点は、根が常に水に浸かっていること。酸素が足りず、根菜類は腐りやすい。でもエアロポニックなら、根は空気中にある。霧で水分と栄養を与えながら、酸素もたっぷり吸収できる」
「それでじゃがいもが腐らへんと?」
「ええ。おまけに酸素を多く吸えるぶん、成長速度が1.5倍になります」
「採用!!」
秒でそう言うと、側近が呆れた様子で言った。
「判断が早すぎませんか、幽鬼先生。空中に根を浮かべると聞いても、まったくイメージ湧きませんが」
「さっきバルスって言ってたから、天空の城を作るんやろ」
「作りませんよ」
「知性999の男ができると言うとる。信じろ」
なんだか詐欺に遭っている気がしてきたが、ステータスは嘘を吐かない。
それにじゃがいもが無事に育たなければ、主食がなくて困るのはルシエルも同じだ。
「既存の植物工場はこのままにして、エアロポニック栽培が上手く行ったら置き換えていきましょう」
「どれくらいの広さが必要なん?」
「とにかく広い建物が欲しいですね。最低でも体育館くらいの」
「ああー……」
「あとは石材が採りたいのですが、採石場はありますか? 欲しいのは花崗岩です」
「うーーーん」
あの場所を教えてしまってよいものか……
「……『神殿』で採れませんかね」
「ああ、せやな」
結局、あっさり頷いた。
どのみちルシエルもこの世界に来た時、あの地獄の王から説明を受けているはずだ。『神殿』がどのようなものか。
といっても、実物を見るまでは幽鬼先生もピンとこなかった。
特に『神殿』でどんな鉱石が採れるかは、長年の調査結果を教えるようなものだが……仕方ない。
(どうせ始末するんや。むしろ親切に教えてやれば、相手も油断するやろ)
「確かに『神殿』の建物は体育館より広い。そこでじゃがいもを育ててくれ」
「ふむ……移動にはどれくらいかかりますか?」
「駕籠で飛べば1時間くらい。丹沢湖のあたりにあるんや」
「では『神殿』に行って、どのように実装するか検討しますね。明日、魔晶石の勉強をさせていただきます」
「わかった。さっそく『神殿』行くか?」
「いえ」
地下室の階段を上りながら、ルシエルがさらに言う。
「あともう3つお願いが」
「多いな!? ……なんや?」
「切り捨てる予定だった6万人に備蓄を分け与えるのはいかがでしょうか? 100日後には大量のじゃがいもを収穫できますから」
「全員は無理や。3万ならギリいけるか……?」
「毎日ではなく、1日おきに配給すれば6万人いけますか?」
「ああ、それなら……だいぶ厳しいが、いけると思う」
「実はよい方法がありましてね……」
そう言ってルシエルは『リディア式断食法』を提案した。1日おきに食事もしくはゲームで空腹を紛らわせる方法だ。
「18年も耐えたってマジか?」
「誇張もあるかもしれませんが、100日くらいならいけるでしょう」
「ゲームか……」
(懐かしいな。俺も1日中、戦略シミュやってたわ。またネットのできる時代になっても、前のようにはできへんけどな)
そんなことより6万人をどうするかだ。人口が減少すれば信者が減り、聖域が縮小してしまう。なるべく全員を生かした方がいいに決まってる。
「ええやろ。そのやり方で全員に配給しよう」
「ありがとうございます。それではさっそく、今日はたらふく食べていただきましょう」
まず城の中の兵士や使用人たちに説明する必要がある。
兵士は有事の際に戦ったり、足りない食料を補うため狩りをさせている。そのため毎日、十分な備蓄を分け与えていた。
それをさらに6万人に配給すると言うと、当然ながら反対の声が上がる。
「その1日おきに食事を控えるというのは、我々もやらねばなりませんか?」
「でもそうなると、いざという時に力が出なくなってしまう……」
「腹が減っては戦はできぬ、と教えてくれたのは幽鬼先生です」
幽鬼先生は頷きながら言った。
「いや、お前らには毎日食べさせる。その代わり、少し配給量が減るがな」
「そんな……!」
「毎日、狩りをしてヘトヘトになってしまうのですぞ」
待ってましたとばかりにルシエルが口を出す。
「幽鬼先生、2つ目のお願いは森での狩猟です。私の技能に狩猟(S)があるのは覚えておられますよね?」
「Sは達人って意味やぞ。お前、前世はプロハンターか?」
「いいえ。ただの会社員ですが、赤外線レーダーで獲物を見つけて、確実に仕留められます」
「ただの会社員とは……?」
「狩猟を許可いただければ、狩ったものを全て献上しましょう。獲物は以前より増えますので、皆さまの配給が減ることはございません」
そこで兵士の1人が言った。
「幽鬼先生、彼の狩猟スキルは本当にSなのですか?」
「……なんや。俺の『ステータス鑑定』を疑うんか?」
いつもは飄々としている幽鬼先生だが、自分の能力を疑う者には冷ややかな視線を向ける。
兵士はビクリとして一歩下がった。
「滅相もない! 我々の配給が減らぬのであれば、文句はございません」
するとルシエルは3本の指を立てて見せる。
「ここで3つ目のお願いです。新宿に蛮族が150名います。彼らに獲物の運搬や解体をさせてもよろしいでしょうか?」
「あいつらのこと知ってるんか」
「地球に堕ちてきた時、真っ先に喧嘩しましてね。しかし飢えに苦しむ彼らを見捨てられず、助けると約束してしまったのです。彼らに働いてもらえば、兵士の皆さまは防衛に専念できます。毛皮の処理や配給など、使用人の方々の労働も補えます。代わりに、蛮族にも備蓄を分けてあげていただきたい」
その提案に、兵士や使用人たちは怪訝な表情をする。
「しかし……奴らの中には、元から幽鬼先生の支配下に入らぬ者もいる」
「追放されたのも普段から素行の悪い連中だ」
「そんな奴らに備蓄を分けるなど、民衆も納得しません!」
もし幽鬼先生なら、蛮族は見捨てる。彼らはちょっと頑丈なくらいで、ステータス的には雑魚だ。
口減らしに追い出したのは2万人だったが、今や150人にまで減ったのか。頭が悪いから団結もできないし、脅威にもならない。
道祭壇を盗むのは困りものだが、大した被害ではない。むしろ祈ってくれるので『信仰ポイント』の足しにはなる。民衆の不満を逸らすスケープゴートとしても機能してくれる。だから殺さなかっただけ。
今、この極限状況で、そんな連中にも備蓄を分け与えるなどと言ってみろ。慈悲深い王と思われるどころか、一貫性がないと思われる。
「確かに民衆は納得せんやろな」
と、幽鬼先生も反論する。
「皆さまが懸念されるのは当然です。民を守る立場として、慎重になるのは正しい」
これは幽鬼先生もよくやる手だが、ルシエルはまず相手の面子を立てている。
「民衆が納得しない――そのお気持ちはよくわかります。自分たちが飢えているのに、追放された者にまで配るのかと。当然の感情です」
ルシエルは幽鬼先生、兵士、使用人たちの順に見回しながら、穏やかな声で続ける。
「しかし私は彼らに、助けると約束してしまいました」
そう言うと、ルシエルは困ったように微笑む。
「紳士として、約束は守らねばなりません。感情論で申し訳ありませんが、蛮族への配給は――私の協力の条件とさせてください」
その瞬間、幽鬼先生は目を見開いた。
「なんやと? ってことは、蛮族を助けんとエアロポニックもなしか?」
「ええ。パルス照射も、エアロポニックも、なしです。結果、6万人が餓死する」
「なんでそこまでするんや? あのモヒカンどもは、お前みたいな男とは相容れんやろ」
「彼らは怯えているだけですよ。自分を強く見せるためにあんな髪型にして、肩パッドにトゲを付けたりしているんです。中身は普通の人間ですよ。飢えに苦しんでいるのは同じです」
ゆっくりと広間の中を歩きながら、ルシエルは続ける。
「蛮族に配給する場合――皆さまの取り分は減りません。獲物の増加分から出します。さらに蛮族が労働を手伝い、皆さまの負担も減る。そして6万人が救われる」
それからぴたりと立ち止まって、胸に手を当てる。
「もちろん、蛮族に対する皆さまの不信感は理解しております。彼らの監督責任は私が持ち、もし1人でも問題行動を起こせば配給は即、打ち切りとします」
柔和に微笑みながら、ルシエルは選択を迫る。
「どちらがよろしいですか?」
しんと、城の中が静まり返る。
だが、考えるまでもない。どう考えても後者の方が得だ。
元々、6万人は見捨てるつもりだった。それがルシエルの技術で救えるかもしれない。なのに蛮族を助けなければ、また見捨てることになる。
いわゆる損失回避の心理――一度「手に入る」と思ったものを失う方が、最初からなかったより痛い。
「蛮族を助けろ」なんて普通に頼まれても断るところだが、それを「6万人を失うぞ」に言い換えたわけだ。
だが、ルシエルだって6万人を犠牲になんてしたくないだろう。ここで断ったら、本気でそうするつもりか?
たしかにルシエルの提案は破格ではあるが、蛮族を「無能の役立たず」という理由で追放したのは幽鬼先生だ。
それにも関わらず、彼らに備蓄を分け与えるのは、自分の過去の判断を覆すに等しい。王としては、かなりの屈辱だ。なんとかして、ルシエルの要求を突っぱねられないものだろうか。
しかし、ルシエルは本気かもしれない――なにせ忠誠心95だ。一度交わした約束は、決して破らない。下手に駆け引きして、本当に協力してくれなかったらどうするつもりだ?
ルシエルが来る前なら6万人の死は確定済みの損失。不可抗力として処理されていた。
でもルシエルの要求を断ったことで、彼らが助からなかった場合、それは「元々助からなかった命」ではなく「自分が助けられたはずの6万人の命を、自分の手で失った」ことになる。
痛みのレベルがまったく違う。
その時、幽鬼先生は強烈な恐怖を覚えた。駆け引きというリスクは冒せない。
そこで幽鬼先生は煙管をふかし、ゆっくりと煙を吐いた。
「――お前ら」
自分でも調子がいいなと思いつつ、まるで最初からそのつもりだったかのように、配下の者たちに言ってのける。
「全員で生き残ろうや」
「はっ!」
配下の者たちが一斉に応じる。




