第24話 植物工場の改革①
「冬でも農業できるか、俺も室内で試してん。うちの天使たちでな」
そう言って、幽鬼先生は謁見の間にいた天使の女の子2人を手招きする。
堕天使たち――なぜだかわからないが、500年前から、ちょこちょこと地獄のゲートを通って地球にやって来る。
そして地球に来た天使たちは、たいていどこかの『指導者』か『冥門』の配下に収まる。
「おや」と、ルシエルが天使の1人を見て言った。「BLの方……」
「へ? BL?」
その瞬間、天使の1人が盛大に咳払いした。
「幽鬼先生、農業に関する話をするのでは?」
「ああ、せやな」
ふぅーと煙管の煙を吐き出してから、幽鬼先生は話し始めた。
「旧世界の植物工場を再現しようとしてん」
スーパーに行くと、「水耕栽培で育てられたレタス」を見かけることがある。そこから天使の光魔法を使って、室内栽培できるのではないかと着想を得たのだ。
「ルシエル、あんたなら知ってるやろ。垂直農法――バーティカル・ファーミング」
「なぜ英語で?」
「英語の教科書で習ったから」
「そう言えば、載ってましたね」
「めちゃくちゃうろ覚えやけどな」
「幽鬼先生、まさに私はそれを提案しにきたのですよ。垂直農法を」
その時、ケルビーが首を傾げて言った。
「あの……垂直農法って何ですか?」
「普通、野菜は地面に植えますよね。でもそれだと空間効率が悪いので、棚を何段も積み重ねて野菜を育てるんです」
説明しながらルシエルは、手を上に重ねていく仕草をする。
「棚を3段積めば、同じ広さで3倍の野菜が育つ。5段なら5倍、10段なら10倍です」
「聞いてみると、当たり前のことしか言ってませんね」
「口で言うほど単純やないで、お嬢ちゃん」
「そのとおり。旧世界では設備コストが問題になりました」
ずばりと、ルシエルが問題の核心を突く。
「さすが知性999の男。話が早くて助かるわ」
煙管をふかしながら、幽鬼先生はしばし思案する。
この男なら間違いなく垂直農法を成功させるだろう。何しろ知性999なんだから。すでに飢饉は終わったようなものだ。
まさかこの最悪の状況下で、SSSランク級の逸材を引き当てるとは。どうやら自分にもツキが巡ってきたようだ。
(くそっ、『指導者』でなければ可愛がるんやけどなあ)
残念ながら、ルシエルは芽が出る前に摘んでおかねばならない。生かしておけばいずれ信者の取り合いになる。
ルシエルに野心がないからといって、周りが彼を放ってはおくまい。魅力まで規格外なんだから。魅力とは容姿だけでなく、コミュニケーション能力など人を惹きつける能力全般のことだ。
ステータスの高さにはビビったが、『指導者』としては新米だ。暗殺ならいくらでもやりようはある。
「長々と話すのは性に合わん。できあいの植物工場があるから、あんたちょっと見てくれ」
「かしこまりました」
当面の目標は――ルシエルの技術を盗んで、彼なしで植物工場を運用できるようにする。それさえできれば二度と飢饉に怯えることはない。その目処が立った時点で、早めに始末しよう。
そんな思惑を抱きながら、幽鬼先生はルシエルたちを城の地下室へ案内する。
地下室には棚が何段にも積み上げられ、各段の天井に魔晶石が固定されていた。紫がかった光が鉢植えの野菜を照らしている。
入口脇の魔導装置でレバーを引けば、照明を一斉に操作できる。換気と除湿も魔晶石で管理されており、空気は澄んでいた。
「幽鬼先生! これはLEDアレイに似ていますが、何かの鉱石のようですね」
ルシエルが生徒のように手を上げながら、野菜を照らしている魔晶石の照明を指差している。
ビー玉サイズに加工した魔晶石を直線上に並べ、それぞれが赤と青の光を放つため、色が混ざり合って毒々しいマゼンダ色の光が地下室を照らしている。
「ああ、これな。魔晶石といって、魔法をコピーできるんや」
「例えば天使でなくても、魔力を流せば光魔法を発動できるってことですか?」
「そうそう。これは『ルクス』をコピーした魔晶石で、LEDの代わりや」
「私もやってみていいですか?」
コピー、と聞いて警戒されると思ったが、ルシエルはやる気だ。
当然、技術を盗まれることは想定しているだろう。それでも彼は惜しみなく技術を提供しようとしている。
交渉の布石にするつもりか? それとも本気で飢饉から人を救いたいだけなのか?
(あるいは、俺が理解できないほど先を見ているか――)
まあいい。何かお願いしてきたら警戒しよう。
「せっかくやし、野菜を育てるのに最適な光をコピーしてくれ。赤と青だけでいいってのは覚えててん。で、実験して赤7:青3がいっちゃん効率いいって結果やった。合ってるか?」
「そこまで突き止めるとはさすがです。最適波長は赤660nm、青450nm。光量の比率は7:3で合ってます」
「ナノメートルずれてると効率落ちるんか?」
「少しくらいなら影響ありませんが……今、混ぜている赤と青の光を見せていただけますか?」
すると天使の女の子2人が、それぞれ赤と青の『ルクス』を生成する。
「んー……青は良いですが、赤が深すぎますね。もう少し明るく鮮やかな赤に」
ルシエルのお手本を見ながら、天使たちは波長を調整していく。
ケルビーも一緒にやってみるが、彼女の光球は白っぽく、無駄な色が混ざりすぎている。
「むむ、お二人はどうして波長を制御できるんですか? 天界では習わなかったでしょう?」
「幽鬼先生に教えてもらったのですよ」
するとケルビーとルシエルが、感心した顔で見つめてくる。
「俺も波長のことよく知らん。でもお空に浮かぶ7色の虹を見ながら、がんばって説明したわけ。ま、この2人もよく努力してくれたで」
天使の困ったところは行動力が50以下――100が普通の悪魔並みである――で、のんびりしすぎていることだ。
しかも天界では何不自由なく暮らしてきたのだろう。学ぶ時間はたっぷりあったにも関わらず、彼らは自然科学をほとんど何も知らないのだ。
もっとも、幽鬼先生が現代日本人だった頃も勤勉だったかというと、天使たちと同じくらいのほほんとしていたが。
「教え方が上手いのですね」と、ルシエルが言った。「旧世界では先生をやっていたのですか?」
「いや……俺の前世については……ええんや」
煙管をぎりぎりと噛みながらも、幽鬼先生は話題を元に戻す。
「これが魔晶石や。魔法込めてみぃ、ルシエル」
軽く指を振ると、側近がルシエルに2つの魔晶石を手渡す。
「赤と青、それぞれ頼む。見本にするわ」
「――『ルクス』」
次の瞬間、2つの魔晶石が同時に光を宿す――ルシエルの両手がそれぞれ赤と青に染まっている。
常人なら片方ずつ集中するところを、彼は息をするようにやってのけた。
「おおっ、本当に込めるだけでよいのですね」
「単一魔法しか無理やけどな」
これで最適波長の光ゲットやで、と幽鬼先生は心の中でほくそ笑む。
「複数の魔法を込める方法はないのですか?」
「まあ……あるにはあるけど」
そこで幽鬼先生はハタと気付く。
こちらがルシエルの科学知識を盗んでいる時、あちらもまたこの世界の魔法知識を盗んでいるのだ。必要なこと以外は教えたくない。
「実現するには時間かかるし、単一魔法だけでやりたいんやけどな」
「……それでは致し方ありませんね。パルス照射もやりたかったのですが」
「えっ? バルス? 滅びの呪文?」
「パルス照射です。光を1秒間に1000回以上、高速点滅させるんです」
「それ、何の意味があるん?」
「結論から言うと、約20〜30%の成長促進効果が得られ、同時に魔力消費を半分〜1/3に削減できる可能性があります」
「そんなに!?」
「光合成の効率が飛躍的に上がるからです。光を当てている間に明反応が起き、消えている間に暗反応が追いつく。人間で言えば、早食いをやめさせて一口ずつ噛んで食べさせている状態です」
「明反応はなんとなくわかるけど、暗反応ってなに?」
「CO2を固定して糖を作る段階です。暗反応の処理には時間がかかります。連続して強い光を当て続けると、処理が追いつかずエネルギーが無駄になります」
「それも単一魔法として込められないんか?」
「やってみたのですが……『ルクス + パルス照射』の場合は、複数魔法と判定されてしまうのか、魔晶石が反応しないようです」
「そうか……」
実際、複数の魔法を魔晶石にエンチャントする方法はある。国家独占の技術というわけではない。
ただ、幽鬼先生は良い人材を集めたこともあって、どの国よりも質の良いエンチャント方法を知っている。
難しいし、時間がかかるのも本当だが、ルシエルに理論を教えれば早く実現してくれそうだ。彼は器用さまで規格外なんだから。
(魔力消費が半分はでかい……おまけに成長速度も上がるんや)
(パルス照射ほしいぃ~~~)
(しゃーない、教えたるか)
「なあ、ルシエル。後でうちの最高峰の魔導具師に説明させるから、その『ルクス + パルス照射』の魔法を魔晶石に込めてくれんか」
「もちろんです。魔晶石の仕様次第ですが、試してみましょう」




