第23話 幽鬼先生との謁見
ふと、私は鎌倉の方向を見つめて思案する。
「幽鬼先生のところに行きますか?」
「それを今、考えています」
「案外、気軽に会えるんですね。神奈川の王って」
ふざけた名前だが、れっきとした王様だ。そんな気軽に会えるとは、これっぽっちも思っていなかった。
普通、「無名の旅人がいきなり王に会いたい」と言っても、門前払いが当然だ。でも幽鬼先生は違う。
彼にはステータス鑑定能力がある。優秀な人材を瞬時に見抜ける自信があるこそ、それを逃さぬためにも、面接の機会を多くするのは合理的な戦略だ。
当初、私は153人でこの飢饉を乗り越えようと考えていた。この状況下において、パン1個とジャム1瓶には計り知れない価値がある。農家を訪ね回れば、高い確率で種と土に交換できるだろう。
そして私の光魔法と農業知識を駆使すれば、100日後には安定して作物を生産できる見込みがあった。少なくとも、153人を養うことは可能だ。
でもそれ以上は助けられない。
横浜の町をちょっと歩くだけでも、ガリガリにやせ細った人々が倒れているのが見える。息はしているが、生気のない目で虚空を見つめている。
こんなふうに人が餓死していくさまを眺めていたいとは思わない。
もし幽鬼先生の協力を得られれば、もっと大規模な農業ができる。私のステータスを見てもらえば、「冬でも農業する方法がある」と言っても信じてくれるはずだ。
そこで私はケルビーに言った。
「予定変更です。鎌倉へ行って、幽鬼先生に会いましょう」
★★★
核戦争後、500年の歴史の中で、幽鬼先生はかつてない窮地に立たされていた。
瘴気が聖域の天井をすっぽり覆ってしまい、1日中、夜に等しいほどの闇に包まれた。
こういう瘴気嵐は数十年に1回あるけれど、何ヶ月も続くほど大きな嵐は初めてのことだ。
当然ながら、長期にわたる日照不足により大凶作となった。
いくら『信仰ポイント』があっても、こればかりはどうしようもない。
幽鬼先生は鬼の悪魔に転生した。2本の角を生やし、長い前髪が片目を隠している。
和服に煙管をくゆらせながら、ただ椅子に座ってぼんやりしている。彼自身も減食しているので、なるべく体力は使わないようにしている。
防衛上、この居室に窓はなく、外の様子は見れない。最後に城の外を見た時には、お掘の向こうに助けを求める民衆の姿が見えた。
(ステータス見れる能力ってなんやねん。ハズレスキルやないか。もっと汎用性高い魔法にしてほしかったわ)
そんなことを何度も考えている。本当にただ耐え忍ぶしかないので、同じことをぐるぐる考えてしまうのだ。
その時、部屋の扉がノックされる。
「幽鬼先生、『鑑定』依頼が来ております。いかがいたしますか?」
「どんな奴や?」
「天使が2人。本日、天界から堕ちてきたとのことですが……」
そこで部下は言いにくそうに言葉を切った。
「『この飢饉を、終わらせに来た』と申しております」
「……嘘やん」
「ですよねえ」
この部下とは長い付き合いなので、友達みたいな距離感だ。一緒にいすぎて彼にも関西弁のイントネーションがうつってしまった。
「怪しいので追い返しますか?」
でも、もし本当だったら?
ステータスを見ればできるかできないか、判断できるはずだ。
「いや、一応会ってみるわ」
「かしこまりました。嘘だったらあれですね。天使の翼もいで羽毛にしちゃいましょうよ」
「発想があまりにも蛮族すぎる」
「お初にお目にかかります、幽鬼先生」
その目隠しした天使は、驚くほど優雅な所作で入ってきた。手を広げながら、ゆったりと大きな歩幅で歩いてくる。
(ここはお前の庭か)
つい内心でツッコんでしまう。まるで自分の庭を歩くかのような、堂々たる振る舞いである。
そのまま幽鬼先生の前に進み、天使はすっと静止する。おもむろに目隠しを外すと、息を呑むほど美しい瞳が現れた。
それから完ぺきな一礼を。
ピタッと動きを止め、こちらの目をまっすぐ見てくる。怖気づくことなく、かといって挑戦的でもない、静かで澄んだ視線。
最後にほんのわずかな「笑み」。
こちらの目を見つめたまま、口角をほんの少しだけ、意識しないと気付かないレベルで引き上げている。「あなたに会えて光栄です」という内面の感情が、自然と表情に滲み出たかのような、ごく自然な微笑みだ。
「ルシエルと申します。そしてこちらはケルビー」
傍らにいる天使の少女はぎこちなく頭を下げる。こちらが普通の反応だ。
「このたびは『鑑定』の機会をいただき、誠にありがとうございます」
「あ、ああ……」
ルシエルの所作は、幽鬼先生が今までに会ったどんな貴族よりも洗練されていた。
「あのう、どこかの御曹司さんですか?」
王になったとはいえ、幽鬼先生は誰に対しても気さくな感じで喋る。
たまに冗談が通じない奴もいるが、ルシエルはその言葉をきちんと冗談だと受け取って笑ってくれる。天使のような微笑みとはこのことか。
「いえいえ、しがない庶民の出でございます。幽鬼先生は関西出身でいらっしゃるのですね」
「ん? 日本の方言に詳しいんやな」
「実は天使に転生した元日本人でしてね」
「前世の記憶あるんか……ってことはお前」
さっと幽鬼先生は立ち上がり、煙管を突きつける。
「『指導者』か」
(でも待てよ。こいつは今日、天界から堕ちてきたって言うてたやんな?)
今更になって新たな『指導者』が現れるなんてありえるのか?
ある条件を満たせば、新規転生者を生み出すことはできる。どうやら核戦争で全人類が一気に全滅したため、順番待ちの魂がいるようだ。
しかしその中から『指導者』が現れたことはなかった。生まれた新規転生者に前世の記憶はない。
それで『指導者』は、初期の悪魔転生者のみだと思っていたのだが……。
大体、500年も遅れて『指導者』になったところで、幽鬼先生を含め、すでに他の『指導者』が聖域を築いているのだ。
今さら巻き返すのはほとんど不可能だ。殺されて終わり。
(なんか1人だけ天使に転生してるのは謎やけど……)
可哀想だが、始末しておくか。万が一にも『指導者』として成り上がっては困る。
でもその前に、ステータスだけは見てやろう。
「ステータスオープン」
そう唱えると、目の前にルシエルのステータス画面が現れる。
名前:ルシエル
種族:天使
信者数:0
信仰ポイント(FP):0
【基礎能力】
知性:999(測定上限値)
忍耐力:800
行動力:900
筋力:85
体力:100
すばやさ:250
器用さ:900
魅力:900
【資質】
忠誠心:95
野心:0.1
【技能】
魔法:光(S)
戦闘:格闘(A)
生産:農業(A)
知識:工学(S) / 医術(B) / 統治(B) / 教育(A)
商業:-
探索:狩猟(S)
【総合ランク:SSS】
「おおっ、大変素晴らしい能力ですね」
子供のように目を輝かせながら、ルシエルが言う。
(俺はあんま気に入ってへんけどな――――――って)
「知性999!?」
思わず叫ぶと同時に、幽鬼先生は煙管の煙をつまらせ、盛大にむせ返った。
「ゲホッ、ゴホッ!」
「大丈夫ですか?」
「すまん、驚きすぎてむせたわ」
はにかみながらルシエルが言った。
「まったく謙虚さに欠ける値だと思います」
(俺の能力……測定上限値なんてあったんや。初めて見た……)
ちなみに「700-800」は達人級で、「900以上」は規格外と定義している。
(行動力が規格外ってなに? インテリのくせに動きすぎやろ)
(つーか、野心ひっく)
(あかん、どっから突っ込めばええんや……)
頭を抱えていると、ルシエルが口を開く。
「ステータスの各項目は幽鬼先生が定義したものなんですか?」
「うん、せやで」
この世界で必要な能力値・技能を洗い出して、適切な人材配置に役立てている。
「こういうふうに自分のステータスが見えるのは興味深いものです。自分の強みと弱みを把握できるので、人生の指針になりますね。定期的に見ていただけると、モチベーションが向上する気がします」
ルシエルの言うような使い方は考えたことがない。
「いちいち全員分、見てたらキリないわ」
「ああ、仰るとおりですね。例えばそう……この表示されているデータを転送できれば、みんないつでもステータスが見れるようになって面白いですよね」
「んー……そうかなあ?」
「ステータスオープンは全人類の夢! 幽鬼先生の魔法には果てしない可能性が広がっています……」
本気でそう思っているのか、ルシエルはステータス画面を食い入るように見つめている。
「もしよろしければ、各ステータスをどのように定義したか教えていただけませんか?」
(こいつ、俺の能力に興味ありすぎやろ)
ちょっと新鮮だった。大抵の人間は、自分の能力や実績を売り込みに来る。自分の話ばかりで、幽鬼先生の能力にこれほど興味を持つ者はいない。
だがルシエルは違った。自分のステータスには目もくれず、ステータス鑑定能力そのものに深く興味を示している。
「俺のことはええねん。君ぃ……野心0.1やけど、今の望みって何なん?」
「猫を撫でることですね。同じ空間にいるだけでもいいです」
「ほんまにそれだけ?」
「あとは寝具にこだわりたいですね。ところでこの世界に猫はいますか?」
「あー……いたけど、このご時世やからね。食われてるかもしれん」
「なるほど」
その言葉を聞いた瞬間、飄々とした笑みの奥で、ルシエルの瞳が冷たく輝いたような――そんな錯覚を覚えた。
「それでは一刻も早く、この状況を何とかせねばなりませんね」




