第21話 リディア式断食法
モヒカンたちに話を聞かれないように、私とケルビー、サリーは離れたところで話し合う。
「白パンとジャムを持ってきたのはケルビーさんです。だから、最終的にどうするかは君の判断に委ねます」
するとケルビーは首を振った。
「私よりルシエルさんの方が正しく扱えると思います。ルシエルさんの意見に従いますよ」
「ただ、お二人にはかなりの我慢を強いることになります。せっかくついてきてくれたのに申し訳ない」
「……追放される時、私と働くのは楽しかったって言いましたよね?」
私がうなずくと、ケルビーはにっこり微笑む。
「私も同じです。ルシエルさんといる方が楽しいから来たんです。ルシエルさんのいない天界なんて、ジャムのない白パンと同じです」
「ああ、ジャムは必要不可欠ですからねえ。冗談はさておき……」
ケルビーがくすりと笑ったのを見届けてから、私は表情を改めた。
「しかし、ここはあまり楽しい環境ではありませんよ」
「天界も似たようなものでした。酷い環境だって頭の片隅ではわかっていたのに、どうせ変えられないからって思考停止していました。でもルシエルさんが来てから、色々なことが変わりましたよね。ここも酷い環境ですが、ルシエルさんなら変えられる。そして、私もそのプロジェクトに関わりたいんです」
天使に転生して何が一番良かったと言えば――
ケルビーに出会えたことだ。その時、私はそう思った。
「それで、何を考えているんですか? 早く教えてください」
そこで私は2人に今後の計画について話した。
「つまり100日間、我慢すれば安定して食料を得られる……ってことですね」
「オレはいいぜ。断食なら天界でもやってたしな」
「どうもありがとうございます。でも、我慢できない点があれば遠慮なく言ってください」
その後、私たちはモヒカンたちのところに戻った。
大事な話をする時は、目を見て話すべきだ。白い目隠しを外すと、モヒカンたちが目を見開いた。
「こいつぁ上玉だぜ……」
「俺、男を美しいと思ったの初めてだ」
「これから大事な話をしますので、真面目に聞いてください」
私は手のひらを軽く上げて、ざわめきを制する。150人の視線が一点に集まるのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「さて、モヒカンの皆さま、食べ物を分け合うかどうかですが……」
そこで私は言葉を切り、モヒカンの目をひとりひとり見ていく。
「1つ、条件を呑んでいただきます。それに同意していただけば、私たちの白パンとジャムの一部、それと私が狩ってくる獲物を分けると約束しましょう」
「ヒャハッ、その条件ってのはなんだ?」
「遊びを考えていただきます」
しばらく長い沈黙があった。
「……あ?」
「遊びですよ、遊び。普段、どんな遊びをされてますか?」
「遊ぶ時間なんてねえよ。1日中、狩りをしてるんだからよォ」
「今、考えてもいいですよ。こんな遊びがしたいというのがあれば。1日中、夢中になれるのがいいですね」
「それが条件? 遊びを考えるのが?」
「ええ、10個くらい良いアイデアが出たら、食べ物を分けましょう」
さらに考える時間を与えたが、何も思いつかないのでモヒカンたちは苛々しはじめた。
「あんた、ふざけてるのか?」
「俺らをおちょくってんじゃねえだろうな?」
「いやいや、いたって真面目に言ってますよ?」
私は白い息を吐いて、ゆっくりとモヒカンたちの間を歩き始めた。150人の視線が私を追う。
「皆さんの不安はわかります。遊びで腹がふくれるわけがない、と。その通りです」
私は真剣な表情で続けた。
「ですが、空腹を紛らわせることはできる。それを証明した人々がいるんです」
私は瓦礫の上へさっと飛び乗り、少し高いところから話を続ける。
「遥か昔、旧世界にリディアという王国がありました。そこで18年間――18年間ですよ――続く飢饉が起きた」
「18年……!?」
モヒカンたちが息を呑む。
「普通なら全滅してもおかしくない。でもリディア人は生き延びた。どうやったと思いますか?」
誰も答えない。私は静かに言葉を続ける。
「1日は遊びに没頭して空腹を忘れ、翌日は食事をして遊びを控える。これを繰り返したんです」
「マジかよ……」
「その18年間で、彼らはサイコロやボール、様々な遊びを考案した。遊びが彼らの命を繋いだんです」
ちなみにこの逸話はヘロドトスの『歴史』に記されている。それが真実であれ、作り話であれ、ここには重要な教訓がある。
そう、遊びは単なる現実逃避ではない。困難な状況に対処するための、戦略的な逃避なのだ。
実際、「遊び」や「ゲーム」に没頭することは「フロー状態」に入りやすい活動だ。目の前の活動に完全に集中し、我を忘れて没頭する。この状態にあると、時間や空腹といった感覚が薄れることが知られている。
リディア人にとって遊びは生存戦略だった――そして今、我々にとっても同じだ。
私は立ち止まり、モヒカンたちを見渡す。
「我々に必要なのは、たった100日です。18年ではありません。100日耐えれば、私が安定して食料を得られる方法を確立します」
そこで私は微笑んだ。
「戦ってみて実感しましたが、あなた方はとても頑丈で強い。あなた方に乗り越えられないはずがない。違いますか?」
しばらく沈黙があった。やがて夏目が口を開く。
「……わかった。ああ、やってみるぜ」
続いて周りのモヒカンたちも頷き合う。
「ありがとうございます。では遊びを考えましょう」
するとさっとモヒカンの1人が手を上げた。
「酒・暴力・女!」
「ヒャッハァ!」
「……それ以外でお願いします」
「でもなあ、そんなパッと思いつかねえや」
前世の記憶がないので、遊びのレパートリーが少ないのだ。私の方から提案していくのがよいだろう。
「しかし暴力は悪くありませんよ。ただ、あまり体力を使う遊びは控えましょうか。お腹が空いてしまうので。例えばそう……腕相撲なんかどうです?」
「腕相撲? なんだそりゃ」
「腕だけを使った力比べです。実際、やってみましょうか。テーブルはあります?」
「あったんだが、焚き火の燃料にしちまった」
「では作りましょう」
周りを見渡せば、崩れたビルの瓦礫が山ほどある。そこに使えそうなコンクリートの破片がいくつか転がっている。
「サリーさん、あの大きなコンクリートの塊を持ってこれますか?」
「任せとけ」
そのままでは高さがありすぎるので、レーザーで切断すると、ちょうどよい高さのスタンディングテーブルが2つできる。さらにレーザーでゆっくり表面を磨いていく。
「この青いピカピカは何なんだ?」
「触ったら、指が吹っ飛びますよ」
「おおう……」
「おい、ルシエル。そのレーザーってやつ、俺にもやり方教えろよ」
「私にも教えて下さい!」
「いいですよ。時間がある時にね」
そんなやり取りをしている間に、凸凹だった表面が平らに整えられた。
「では対戦相手は……ケルビーさん、できますか?」
「わかりました!」
「モヒカンの皆さまで、挑戦したい方は?」
「俺がやろう」
眼帯のモヒカン、夏目が名乗り出る。
「面白い組み合わせだ」
「あのお嬢ちゃん、強かったしなあ」
小柄な少女と筋肉質な男が一対一で力比べ、と聞けばモヒカンたちも興味津々だ。
「ルールは簡単。肘を台につけて、相手の手の甲を台に触れさせたら勝ちです」
モヒカンと手を組み合うと、ケルビーの細腕と小さな手が強調される。彼女の筋力が強いことは知っているが、それでも少しハラハラしてしまう。
「それではレディ――」
私が2人の手を包み込むようにつかむ。そして勢いよく手を離しながら言った。
「ゴー!」
合図と同時に、2人が腕に力を込めた。
「ふううん!」
「んんっ」
数秒間、2人の腕は微動だにしなかった。
「やっぱあの嬢ちゃん、ただモンじゃねえぜ」
「夏目も本気出せよ!」
野次が飛ぶ中、均衡が崩れた。ケルビーの腕がじりじりと傾いていく。
「おおっ」「いけるぞ夏目!」
あと少しで台に届く――その瞬間、ケルビーの目がきらりと光った。
ぐん、と押し返す。そのまま一気に夏目の手の甲をテーブルに叩きつけた。
「勝者、ケルビーさん!」
「うおおぉおお!」
「お嬢ちゃんすげえな!」
「もう少しだったのになあ、夏目も」
大盛りあがりしているモヒカンたちを尻目に、私はケルビーの耳元でささやいた。
「わざと負けそうなふりをしましたね?」
「だって、圧勝したらつまらない遊びって思われちゃいますからね」
私たちはニヤリと笑い合って、悪巧みが成功した悪友のように拳を突きあった。
「くっそ~~もう1回やりてえな。何回かやれば勝てそうだぜ」
「俺もやりたい」
と、サリーが言った。
「何人抜けるか試してえな」
「誰が一番強えか決めようぜ」
よしよし、モヒカンたちがやる気になっている。いい兆候だ。
「遊ぶのは明日からです。この調子で他の遊びも考えておきましょう」
★★★
そんなわけで、なんとかして10個の遊びをひねり出した。
「ヒャ、ヒャッハァ……!?」
モヒカンたちが白パンを食べながら驚きの声を上げる。
「なんだこの柔らかさは! 雲を食ってるみたいだぜぇ!!」
30個の白パンはちまちま食べても、数日で硬化するか、カビが発生するリスクがある。どうせなら美味しく食べたいので、今日1日で消費してしまうのがよいだろう。
ただし、1個は横浜での交渉に使うため、29個の白パンを分けるとする。
とはいえ、153人で分けたら消しゴムの破片のようなパンになってしまう。食べた気になるなら、1個につき2等分が限界だ。
となると、パンを食べられるのは58人。残念ながら全員には行き渡らない。
パンはカロリー効率が良いので、私とケルビー、サリーは食べる。
残りはモヒカンたちでジャンケンしてもらい、パンを食べられない者は、肉を多めに食べるということで合意した。
「ウサギの肉うめぇーーーー!」
肉の方は、パンなし組はサイコロ(1cm角)サイズで、12〜15個分の肉を食べられる。
パンあり組だとサイコロ5〜6個分だ。
「食べたって気がするぜェ」
「ネズミ1匹じゃ1口サイズにもならねえからな」
「うう……涙出てきた……ありがてぇ……ありがてぇ……」
さらにジャムは1人につき、小さじ1杯ずつ食べることにした。
5瓶あるが、1瓶は横浜での交渉に使うため、
4瓶を分け合うことにする。1瓶につき300グラム。
今日は全員が5グラムのジャムを食べられる。ティースプーン1杯の量があれば、十分に味わえるだろう。
「あ、あめぇ……! 脳みそが痺れる! 生きてて良かったぁぁー!!」
「こんな宝石みたいに綺麗で甘いもんが、この世にあるなんて信じられねえ……!」
その様子を見たケルビーが私の耳元でささやいた。
「ジャム改革のおかげですね、ルシエルさん」
「いやいや、君が持ってきてくれたおかげですよ」
喜んでくれて何よりだ。1日に必要なカロリーにはとうてい足りないけれど、今はこの食事を存分に楽しもう。




