第20話 光の狩猟
「そんなぞろぞろ来られると困るのですが」
私たちが森に向かって歩き出すと、なぜかモヒカンたちがついてくる。
「だって、あんたといるとあったけえからさ」
せめて寒さだけでもしのげれば、いくぶんか楽になれるのだろう。
「……仕方ないですね」
ここで算数の問題だ。『遠赤外線ルクス』を配置して、150人のモヒカンを均等に暖めたい。何個の光球が必要でしょう?
焚き火を囲むイメージで、1つの光球の周りに20人ぎゅうぎゅうに集まってもらう。答えは8個だ。
「これを発動したままにしておくので、ついてくるのは2、3人にしてください」
「おお、ありがてえ。あんた、天使のくせにいい奴だなあ」
ちなみに『ルクス』は遠距離でも発動できる。ただし距離が離れると、それに比例して魔力の消費も多くなる。
「魔法を使いすぎると倒れるぞ、ルシエル。食べ物が少ないんだからな」
それを見て、サリーが忠告してくれる。
「ええ、これくらいなら平気です」
天界でどれくらい長時間、魔法を使えるか実験をした。その結果、私の魔力そのものは事実上、無限に近い――少なくとも天界で試せる規模の魔法では底を見せなかった。
とはいえ、いかに魔力が潤沢でも、空腹で集中力が切れれば魔法の制御は不可能になる。過信は禁物、というわけだ。
私たちが最初にいたエリアは『欠け塔』と呼ばれている。ここから見える東京都庁の双塔のうち、片方が崩落して欠けていることから名付けられた。どことなく悲哀を感じる名だ。
そして『欠け塔』から道祭壇――お地蔵さんが点々と並び、その向こうに森の聖域が見える。
お地蔵さん1つにつき、おそよ半径5メートルの聖域――瘴気を防ぐバリアができている。それを繋げて道を作っているようだ。だから道祭壇と呼ばれているのか。
でも『欠け塔』に集められた道祭壇は70体。ひと所に集めると合体して校庭くらいの広さになってくれるから、重なりを意識する必要はなさそうだ。
しかし柔軟に道を作りたい時には、重なりを意識して、等間隔に配置しないといけない。
「1回祈ると、どれくらい持続するのですか?」
「4時間くらいだ」
「瘴気に触れると植物は枯れてしまう?」
「あっという間にな。だから森の聖域は絶対に死守しないといけねえ」
その森は『欠け塔』の近場にあったので、すぐに到着した。
小さいが、立派な森だ。クスノキやシイの常緑樹が濃い緑の葉を茂らせている。
冬の太陽は低く、大気の散乱で短波長を失った黄金色の光が、葉の隙間から斜めに差し込んでくる。その光の筋の中を、雪がゆっくりと舞い落ちていた。
そして木々の間を縫うように、透き通った小川が流れている。
「皆さんはあれを普段から飲んでいるのですか?」
「ああ、聖域内の水は安全だ」
「瘴気地帯の水は?」
「ありゃ飲んだら死ぬぜ」
私が心配しているのは放射能汚染と重金属汚染だ。
主要な核種は500年で無害化しただろうが、プルトニウム239は24,000年も残る。
それにここは元大都市だから、鉛や水銀が溶け出す可能性がある。
しかしモヒカンたちは普段から飲んでいて、体調も……飢えていること以外は問題なさそうだ。
聖域は汚染も浄化してくれるのだろうか?
それなら希望はある。水があれば大体、なんとかなるものだ。
「ふむ……」
私は森をゆっくり歩きながら、傍らに『ルクス』を浮かべる。これは遠赤外線ではなく、ただの青色の光だ。
「何をしてるんだ、あんた?」
怪訝そうに、夏目が尋ねてくる。
「しーーっ」
私は人差し指を唇に当てて、静かにするよう求める。
それから『ルクス』の光を見つめ、イメージを研ぎ澄ます。
まず、波長を揃える。
光は本来、赤から紫まで様々な波長が混在している。
それらを一つの波長――例えば青色光に統一する。
次に、位相を同期させる。
波には山と谷がある。無数の光子がバラバラに振動していては、
互いに干渉して力を失う。すべての波の山と谷を揃え、
一糸乱れぬ行進のように同期させる。
最後に、方向を束ねる。
四方八方に散らばろうとする光を、一本の針のように細く収束させる。
――その瞬間、光球からレーザーが放たれた。
「うおっ!?」「ひゃっ」「おおっ」
三者三様の驚きの声を聞きながら、私は倒木の下に手を伸ばした。そこから、脳天をレーザーに貫かれたウサギを引っ張り出してみせる。
まるで帽子からウサギが出るマジックを見たかのように、夏目とケルビーは目を丸くしている。サリーは仮面を付けているので表情はわからないが、息を呑んでいるようだ。
「どうしてそこにいるとわかったんですか?」
「赤外線レーダーで」
まず赤外線を球状に拡散させる。おおよそ半径30メートルをカバー。
そして物体に当たった赤外線の反射を感知する。自分が生成した光は、魔力的な繋がりによって追跡可能なのだ。
そこで反射の強さ・角度・時間差で「距離・方向・形状」を算出。LiDARという自動運転や地形測量で使われる技術だ。
そうして倒木の下でじっと隠れているウサギを見つけた。その形状からウサギの頭部へ狙いを定め、レーダーを放ったわけだ。距離・方向はわかっているので、正確に撃ち抜ける。
それをかいつまんで説明すると、夏目が興奮した様子で言った。
「百発百中ってことか? なんかよくわかんねえけど、狩り放題じゃねえか!」
「んー……狩りすぎると絶滅してしまうので、ほどほどにしましょう。それにレーダーで見る限り、この森にはほとんど動物がいません」
「他にも森がある。そこはまあ……見張りがいるが、あんたなら倒せるだろ」
「誰が森を管理しているのですか?」
この世界の森は貴重だから、権力者が厳重に管理していると考えられる。
「『冥門』だ。でけえ森は奴らが独り占めにしている」
めいもん? 名門貴族のことだろうか。
「大きな森なら、クマとかイノシシとかいるんだけどな」
確かにここにいる獲物だけでは150人を養えない。
『冥門』の森か……場合によっては、そこで密猟することも考えねばならない。
「なあ、ウサギ1匹だけなのか? もっと狩ろうぜ」
「そうですねえ……今日はあと2匹、狩りましょうか」
すぐにもう2匹のウサギも狩り、私たちは森の聖域から『欠け塔』へ戻った。
「見ろよ、ウサギが3匹も獲れたぜ!」
夏目が興奮した様子で3匹のウサギを掲げる。
「この短時間に!?」
「うおおぉおお! すげえ!」
たらふく食べられる量ではないが、野ネズミに比べれば、ウサギ3匹は食べ応えがあるだろう。
「天使……いや、ルシエル様!」
「俺達を助けるために天から遣わされたんだ」
唐突に、モヒカンたちが私に向かってひれ伏してくる。
「ルシエル様、俺らはあんたについていくぜ」
「何なりとご命令を」
「まずは『冥門』の連中が蓄えている食べ物を強奪しやしょうか?」
「そうだ、横浜を俺達のモンにしちまおうぜ」
「幽鬼先生をぶっ殺してよォ」
「バカ野郎! 幽鬼先生を殺したら、聖域がなくなっちまうだろうが!」
「あ、そうか」
「あんたが『指導者』なら良かったのになあ!」
……指導者であると打ち明けるべきか?
いや、今はやめておこう。私を新たな指導者として擁立させるために、横浜と戦争しそうな勢いだから。
「調子のいい連中だな」
呆れた様子でサリーが言う。
「ルシエルさん、この人たちと食べ物を分け合うんですか?」
「いったん3人で相談させてください」




