第17話 モヒカンとの戦い
――扉を開けた途端、色とりどりのモヒカン達と目があった。
そう、あのモヒカンだ。鶏のトサカみたいな。世紀末系の漫画でしか見ないような。筋骨隆々で、厳つい顔で、意味不明なファッションの男たち。
なぜモヒカンなのだ? ここは世紀末か? 世紀末というか、ポストアポカリプスだが……
999の知性をもってしても、何が起きているのかわからない。
ただ、彼らが2つの勢力に分かれて睨み合っていること。その手にはトゲの棍棒や斧が握られており、いかにも喧嘩をおっ始める寸前であることはわかる。
そんなことより、すごく寒い。地面は雪に覆われている。よりにもよって冬に来てしまったようだ。
とりあえず『ルクス』――波長と振動を操る魔法――の光球を浮かべて、遠赤外線まで波長を伸ばす。
「わあ。あったかい」
ケルビーの言うとおり、遠赤外線は人体に吸収されやすく、体の芯からポカポカと温めてくれる。こたつや赤外線ヒーターと同じ原理だ。
ケルビーとサリーのそばにも、遠赤外線を放射する光球を浮かべてあげる。
そしてエレベーターから顔を出し、周りにいるモヒカンたちを見渡す。
厳つい顔にシワを寄せながら、彼らは私たちを遠巻きにしている。
だが、よく見ると全員が痩せこけている。頬の肉は削げ落ち、眼窩が深く落ち窪み、そこからギラギラと光る目がこちらを睨んでいる。飢えた獣の目だ。
どうやらエレベーターは、2つの勢力のど真ん中に出現したらしい。
「お取り込み中のところ、失礼いたします。モヒカンの皆さま」
いつものごとく、私は恭しく一礼してみせる。まったく動揺などしていないという態度で。こんな連中にオドオドしている様子を見せたら、たちまち襲いかかってくるだろう。
「すぐに消えますので、こちらのエレベーターで――」
だが、後ろを振り返った途端、エレベーターは光の粒子となって消えていく。これで天界に戻る手がかりは一切なくなった。
「あー……歩いていくことにします。それでは、どうぞ続けて」
ケルビーとサリーの背中を押して、さっさとこの場を離れようとしたが、即座に呼び止められる。
「ヒャッハー! 天使だァ! 食べモン持ってるに違いねェ!」
「天使の翼だとぉ……? むしり取って羽毛布団にしてやらァ!」
「喧嘩は後だ! 先に剥ぎ取った奴の勝ちだぜェーー!」
ほとんど奇声に近い声を上げながら、モヒカンの群れが襲いかかってくる。
するとサリーが一歩前に出て、大きな槍をブンッと振り回した。その風圧だけで、モヒカンたちは足裏をこすりながら後退していく。
「こちらにおわしますは」
と、私は言った。
「『悪魔の頭部を素手で引きちぎった』サリーです。迂闊に手を出すと、怪我をしますよ。ここは武器を下ろして話し合いませんか?」
一瞬、モヒカンたちは怯んだ様子を見せたが、すぐに自らを奮い立たせるように叫んだ。
「知ったことかァ! どっちみち飢えと寒さで死ぬんだからよォ」
「それにこっちの方が数は多いぜェ~~?」
「何人だ?」
サリーが質問するが、モヒカンたちは答えない。
話をする余裕もなく、雄叫びを上げながら走り込んでくる。
「ざっと150人ですね」
私が答えている間にも、モヒカンたちはサリーを取り囲むように飛びかかる。
「死ねぃッ!」
軽々と、サリーは飛びかかってきた1人をつかんでぶん回し、他のモヒカンにぶつけて投げ飛ばす。
それから私の方を見て、首をかしげる。
「なら1人につき、ええと……」
「50人ずつ倒しましょうか。でもなるべく殺さずに」
「ええ? なんでだ?」
別に、不殺を誓ったわけではない。ただ彼らは飢えているようだし、何か事情がありそうだ。反撃はするが、殺すのはまだ早い。
「手加減する余裕がなければ、無理はしなくてもいいですよ」
そんな言い方をすると、サリーは明らかにムッとした顔をする。
「こんな奴ら、本気を出すまでもない」
「まったくそのとおり。ケルビーさん、戦えますか?」
「聞かないでください。私だって訓練に参加してたんですからね」
すると彼女はリュックサックを放り捨て、バサリと翼を広げて宙に舞う。上空から見下ろすようにして、油断なく槍を構える。
「では訓練の成果を見せる時です」
すでに『イージス』――電界での刺激検知 + 条件分岐による物理処理実行――を発動している。
まずモヒカンのトゲ付き棍棒をかわして、カウンターパンチを喰らわせてみる。
「あぁ~ん? ハエが止まったかと思ったぜェ! もっと腰入れて打ってみなァ!」
はぁ……100年間、修行したとはいえ、私のパンチ力ではモヒカンを一撃で仕留めることはできないようだ。
そこで今度は光を電気に変換して、パンチと同時に感電させることにする。
「ぎゃうっ」
変な声を上げながら、モヒカンの1人が倒れ込んだ。しかし数秒も経たずに起き上がってくる。
「気持ちいいじゃねえかァ! 次は背中を頼むぜェ~?」
うーん、なんてタフさだ。改造スタンガンと同じくらいの威力があるというのに。
モヒカンの方が目立っているので気付かなかったが、よく見ると彼らには小ぶりの角が生えている。
おそらく鬼の悪魔に転生した、元人間だろう。悪魔の体は、人間よりも頑丈なのかもしれない。
「ケッ、お嬢ちゃんのビンタの方がまだ痛てェぞ!」
そう言いながら、野郎どもは一斉に別の場所へ視線をやった。
そこではケルビーが槍を横薙ぎにし、群がる男たちをピンボールのように弾き飛ばしている。
驚いたことに、筋力勝負なら私よりケルビーの方が遥かに上なのだ。
「ヒィッ!? あ、あっちの女は関わっちゃなんねェ!」
さらにドゴォォォォンと凄まじい衝撃音が響く。サリーが戦っている方向からだ。
何人か死んでいそうな音だが……私はちゃんと殺すなと言ったよね?
するとサリーが暴れている方向から、モヒカンの一群がやって来る。
「ヒャハッ! 方針変更だ! こっちの弱ェのを人質にするぞォ!」
「おい野郎ども! 全員でこの『最弱』を囲めェェーーッ!!」
私の方も、方針を変更しないといけない。
やはりサリーと戦った時のように、神経系に電流を送り込むのがよさそうだ。
あの時は顎から大脳への刺激だったが、今回はもっと確実に無力化したい。
首筋から延髄へ――生命維持と意識レベルを司る脳幹の中枢を直接制御すれば、数分は起き上がれないはずだ。
人間なら危険すぎて躊躇するが、悪魔の体は頑丈だとわかった。多少乱暴に扱っても問題なかろう。
ただしこの技はけっこう集中力がいる――延髄という生命中枢へ、適切な強さの電流を正確に流す必要がある。100年の訓練で魔法の精度は上げられたとはいえ、連続使用は疲れる。
雑に電流を流して倒せるならそれに越したことはない。言わば、MPの消費が少ない技から試していったわけだ。
「さて、遊びはここまでです」
「ぐえぇ」「ぎゃっ」「ゔぇ」
次々と襲い来るモヒカンを必要最小限の動きでかわしながら、人差し指で首筋に触れていく。
「どうなってんだァ~~?」
「邪魔する奴は指先ひとつでダウンってかぁ!?」
鍛え抜かれた肉体も、脳幹の中枢を制御されれば無力化される――生物の設計上、避けられない弱点だ。
その時、複数の方向からモヒカン数人が飛びかかってくる。
おっと。これだけ同時に来られると、『イージス』の処理が追いつかない。
離れたところから電撃を放つこともできるが、空気の絶縁を破るには数百万ボルト必要だ。『延髄スタン』のように精密に制御できず、電流が空中で散乱して誰にどれだけ当たるかわからない。
頑丈な悪魔でも、運が悪ければ心臓に大電流が流れて即死する。やめておこう。
もっとシンプルに考えよう。
閃光だ。
『ルクス』でピカッと光を放つと、飛びかかってきたモヒカンたちは「うっ」と反射的に顔を背ける。すると大きな隙が生まれるので、私はその隙間を縫って回避する。
私の方は、偏光サングラスの魔法で眩しい光をカットしているから、自由に動くことができる。
それから残りのモヒカンたちも『延髄スタン』で無力化した。
「誰だァ? こいつを『最弱』だと言ったのは……!?」
1分も経たずに、私の目の前にはうめき声を上げるモヒカンの群れがいた。
ふぅ、数は80人くらいか? なぜか私の方になだれ込んできたので、多めに倒してしまった。
意外にも、派手に戦っていたケルビーとサリーはまだ倒しきっていないようだ。モヒカンの悪魔は、物理的攻撃には打たれ強いので、息の根を止めずに無力化するのは思ったよりも時間がかかる。
「さすがルシエルさん! 早いですね~」
「微妙にしぶとくて、手こずっちまった。殺せれば楽なんだがな」
雪の上に転がっているモヒカンの群れを見渡しながら、サリーが言った。
「で、どうする? 殺すか?」
「いや、どうしてそうなるんです?」
「冗談だ」
「君の冗談はわかりにくいですねえ」




