母ますの気持ち
一の母ますは、これから一がどうなっていくのかを案じながら、一が18歳の時(1862年2月)この世を去った。流行病の結核で肺をやられたのが死因だった。
「一!ちょっと来い!」
「どうされましたか父上?」
「ずっと渡せずにいた母さんがお前に与えた遺言だ。」
「母上の遺言?読んでも構いませんか?」
「母さんの素直な気持ちだ。しかと受け止めよ。」
「一へ。末っ子のあなたにはお兄ちゃんやお姉ちゃんに比べれば、はるかに甘やかして来たかも知れないわね。でも一は何も言われなくても一人で剣の腕を磨き誰よりも努力していた。母さんはもう剣や刀の時代なんて古くさいと思っていたけど、昔から芸は身を助けると言うし、山口一刀流の小さな道場主として成長してくれた事を母さんはとても喜んでいました。まだ10代の一には荷が重いと父上には申し上げましたが、一には武芸の才がある。ますお前は黙って見ていろ。と言われました。鬼神丸国重などと言う業物まで与えて危ない目にあったらどうするのか父上には問いただしましたか、明石浪人の血が流れているから大丈夫だと理不尽な答えしか返ってこないありさま。私はこれからの時代を一が道場主で終わるはずはないと信じています。病弱な母は一の未来をうれています。ただ、どんな道に進んだとしても、己の正義を貫いてください。そして信のおける仲間を見つけ困難を乗り越えて下さい。ますより。」
「父上?これを読んで自分にどうしろと?」
「母さんの気持ちを分かってやれと言う事だ。」
「黒船が来ているそんな時に…。」
「とにかく山口一刀流を用いて門下生達と共に来たるべき時を待て。絶対に剣の力が必要になる時は来る。一?今のお前には信のおける仲間が必要だ。多摩八王子の試衛館と言う道場主近藤勇と言う人物から誘いがあった。時間を見つけて行ってこい。」
「父上?八王子ですよ?ここから何kmあると思っているのですか?」
「歩くのも鍛錬のうち。お前がいない間道場なら私が見てやる。」
「はい。分かりました。」
「天然理心流か…。興味はあるな。」
塾頭の近藤勇と一の父右助は商売の事で顔馴染みであった。その縁で一も多摩八王子の試衛館に行く事になった。この出会いが後の一の人生を大きく変える事になるのだが、まだ一にはそんな事は一切考えていなかった。
「そうそう。試衛館に行くのなら、石田散薬と言う薬を土方と言う食客から持ち帰って欲しい。」
「分かりました父上。」
「向こうさんはいつでもウェルカムだから今から行ってこい。」
「え?」
「時は金なりっていうだろ?」
「まぁそうですね。」




