表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

あの夢を見たのは、これで9回目だった。

作者: 時輪めぐる

あの夢を見たのは、これで9回目だった。




 緑の小高い丘にある満開の一本桜の下で僕達は、待っている。よく晴れた三月のことだ。


 九歳の僕と五歳の妹は、お母さんと一緒にお花見に来ていた。広げられたピクニックシートの上には、コンビニで買ったおにぎりや、お菓子、ジュースが並べられている。僕と妹の、それぞれの小さなリュックには、ハンカチとティッシュの他に着替えも入っていた。


「あら、大切なものを車に忘れてしまったわ。取りに行って来るね。直ぐだから、此処でお菓子を食べて待っていて。お腹が空いたら、おにぎりも食べていいから」


「わかった。ぼくは、もうおにいさんだから、まっていられるよ」


「あたしも」


 妹は、おまけ付きのチョコを頬張りながら、モゴモゴと答えた。


 お母さんは、白いパーカーの裾をなびかせながら、小走りに丘を下り、駐車場の方へ向かった。白いパーカーとブルージーンズ。白と青が、木立で見えなくなるまで見送った。




「おにいちゃん、おかあさん、おそいね」


「もうすぐ、くるよ」


「あたし、おなかすいた」


「さきに、たべていようか」


 二人でおにぎりを分け合って食べ始め、食べ終えても、お母さんは戻って来なかった。


「おにいちゃん、おかあさんを、さがしにいこうよ」


 妹は半べそを掻く。


「いきちがいになると、こまるから、もうすこし、まってみよう」


 暫く待ってから、立ち上がり、背伸びをして、丘の周囲をぐるりと見回しても、お母さんの姿はおろか、誰の姿も見えなかった。


「よし、さがしにいこう」


 僕は、ピクニックシートや食べ殻を片付け、自分と妹のリュックに詰めて立ち上がる。


 日は陰り始め、風が出て来た。桜の花びらが舞う。




 妹と手を繋ぎ、お母さんが行ったはずの駐車場へ向かった。ピンクの小さな車を探したが、駐車場には一台の車も停まっていない。


 お母さんは、僕達を忘れて家に帰ってしまったのだろうか。


「おにいちゃん、おかあさんのくるま、ないよ」


「……おかしいね」


 心臓がバクバクした。妹の小さな手をギュッと握りしめる。




(どうしたら、どうしたらいい?) 




 僕は必死に考える。




(そうだ)




 辺りを見回し、公衆電話を探した。公衆電話は見当たらなかったけれど、電話さえあれば。


「おかあさんに、でんわするよ」


 妹は少しホッとしたような顔をする。


「すぐ、むかえに、きてくれるね!」


 確か、リュックのポケットには、万が一の為にと、十円玉と連絡先のメモが入っていた。二年生の遠足に行く時、お母さんが「もしも、皆と逸はぐれたら、お母さんの携帯に電話するのよ」と、入れてくれたのが、そのままあるはずだった。僕はリュックを降ろして、前ポケットを探したが、メモもお金も入っていない。


「……ない」


 お母さんが、リュックを片付ける時に出してしまったのだろうか。どうして良いか分からず、次第に息が荒くなる。唇を嚙み締めた。きっとひどい顔をしているだろう。




(ダメだ。しっかりしろ)




「でんわ、できないの? おかあさん、きてくれないの? ……う、うえぇえええん、うえぇえええん!」


 妹が声を上げて泣き出したので、僕も我慢できずに泣き出してしまった。


 とにかく、誰か人が居る処へ行こう。


 泣きながら妹の手を引いて、車が走るような道まで辿り着いた。辺りを見渡しても、建物は見えず、薄暗がりの中、菜の花畑が揺れていた。少し先にぽつり灯っている外灯の下に、バス停が見えた。小さな待合が付いているようだ。


「バスていに、いこう」


「バスに、のるの?」


「ううん、おにいちゃん、おかねをもっていない」


「じゃあ、どうするの?」


 涙の跡でベタベタになった顔が不安気に見上げる。


「……どうしようか」


 日は落ち、辺りは暗くなっていく。困ったことに雨まで降って来た。


「ぬれちゃうよ。つめたいよぉ」


 妹の頭にハンカチを載せてやる。


 歯を食いしばって泣くのをこらえながら、妹を連れて、屋根のある待合に辿り着いた。柱と壁が木で出来たコの字型の小さな待合だった。壁に木のベンチが付いている。


 時刻表を見ると、一日一本、朝しか来ないバスは、もうとっくに行ってしまっていた。明日の朝になるまでバスは来ない。もし、バスが来たら訳わけを話して、そうしたら、助けてもらえるかもしれないと思ったのだけれど。僕は途方に暮れた。


「ひとも、くるまも、とおらないね」


 妹は雨をぼんやり眺めた。


 リュックを降ろし、バス停のベンチに身を寄せて座る。初めて来る場所だった。




「明日、お花見に行きましょ」


 昨日の夜、お母さんはそう言って、僕達はすごく喜んだ。嬉しくて中々眠れなかった。それから、今朝、出掛けにコンビニに寄って、おにぎりやお菓子を買ったんだ。いつもは「一つだけ」というお菓子も、「いくつでもいいよ」と言うので、僕も妹も欲張って色々買った。




 お母さんは、どうして僕達を置いて行ってしまったのだろう。考えても分からない。


「おにいちゃん、あたし、……ねむい」


 歩き疲れたのか、妹は僕に寄り掛かると静かになった。僕も色々な事があったから、疲れてしまって眠い。瞼まぶたを閉じる時、雨は季節外れの雪に変わっていた。





 夢はいつもここで終わる。


 あれから、僕達は何度も生まれ変わって来たけれど、大好きだったお母さんに捨てられた悲しみと、大人になれなかったあの人生は、魂に刻まれて忘れることはない。




 僕は陽当たりの良い窓辺で微睡まどろんでいた。隣で妹も可愛い寝顔を見せている。


 僕達のママのユキエさんは、とっても優しい。


 つけっぱなしのテレビからは、桜の名所の映像が流れていた。緑の小高い丘にある満開の一本桜。


『あ』


 僕が声を出したので、妹が目を覚ます。


『……ねぇ、あれって』


 僕の視線の先の映像を見た妹は目を見開いた。


『あそこだね』


『うん。ぼくたちが、おかあさんに、おいてきぼりに、されたところ』


『……かなしかったね』


『そうだね。でもいまは、ママが、たいせつにしてくれる』


『しあわせだね』


 僕と妹は互いの額をくっ付けて、喉をゴロゴロ鳴らした。


「二人ともご機嫌ね」


 ママが僕と妹の背中を優しく撫でた。子猫の僕達は最近、保護猫センターから貰われて、この家にやって来た。僕達は何度目かの生せいを受け、猫になった。




「綺麗な桜。三人でお花見に行こうかな」


 テレビを見たママの言葉に、僕達はちょっと緊張する。


『……かなしかったけど、だいすきな、おかあさんの、おもいでだよね』


『うん、おかしを、いっぱい、かってくれた』


『さくらが、きれいだったね』


『あたし、また、みてみたい』




 此処に来るまでに、僕は8回あの夢を見た。


 9は、完成や終わりを表わすのだと、いつかどこかで生きていた時、聞いたことがある。だから、もうこの悲しい夢を見るのは、今日で終わり。楽しい思い出に書き替えたい。


 僕と妹は、陽だまりの中でヌーンと伸びをした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ