表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

03.たぶん、親じゃない

「おはよう。かわいいお嬢さんね」

「おはよーござます」

 ミィが挨拶をし、少女はまた「かわいい」とつぶやく。

「あなたの妹……って感じでもないわね」

 少女の頬がうっすらと赤いのは、目の前にいる少年の顔がよすぎるせいだろう。

「うん。さっき、森の中で見付けたんだ。この村の子かと思ったんだけど、違うみたいだね」

「こんなにかわいい子、いないわよ。あ、子ども達はみんな、それぞれかわいいけど」

 竜のユーラルディが「かわいい」と思うくらいなので、ミィは人間の中でも「かなりかわいい子」の部類に入るようだ。

「この村の子じゃないなら、困ったな。どこから来たんだろう」

「オルジアの街の子じゃないかしら。この子……あ、名前はなんていうの?」

「ミィ」

「ぼくはユーラルディ」

 少女はミィの名前を聞いたのだが、ユーラルディも同じように答える。

「あたしはメルフェ。ミィが着ているのって、ネグリジェでしょ。それも、素材や仕立てがかなりいいみたいだし、街の多少なりともお金持ちの娘じゃないかしら」

「ネグリジェ? これ、ネグリジェって言うの?」

 今はどうでもいいようなことに、ユーラルディが引っ掛かる。

「た、たぶん……。ドレスじゃないと思うし」

 そこ? と思う部分を聞かれ、メルフェは戸惑いながらうなずいた。改めて聞かれると、自信がなくなる。

「こんなネグリジェで、街から森の中へ来るかなぁ。ミィのような子が簡単に来られる距離じゃないよね?」

「それはそうだけど……。あ、もしかして、どこかの貴族が避暑地へ向かう途中で、ミィだけが夜中か明け方に抜け出して来た、とかじゃないかしら」

「避暑地?」

「夏の間、涼しい自然の中で過ごしたりするのよ。庶民のあたし達にはできないことだけどね」

 どういう状況かはともかく、森の近くで停泊していた金持ちの娘が、興味本位に外へ出て戻れなくなってしまった……ということかも知れない。

「だとしたら、もう一度森へ戻った方がいいのかな。ミィを見付けた時、親らしい人影はなかったんだけど」

「まだ眠っていて、気付いてなかったのかもよ。今頃、捜しているかも」

 ゼスディアスが言っていたように「今頃、血眼になって」という状態になっている可能性が出て来た。

「森へ行ってみるよ。ありがとう、メルフェ」

「どういたしまして。……あ、待って、ユーラルディ。裸足のようだけど、ミィの靴はあるの?」

「いや、見付けた時から裸足なんだ」

「あ、もしかして、それでずっと抱っこしてるの? 疲れるでしょ。ちょっと待ってて」

 そう言うと、メルフェはどこかへ走って行く。

 ミィは軽いから、別に疲れないけどなぁ。

 細身の外見でも、竜の腕力は人間のそれとは桁違いだ。このままの状態で三日を過ぎても、ほとんど疲れることはない。

 ユーラルディがそんなことを考えていると、すぐにメルフェが戻って来た。

「これ、あたしの弟がはいてたサンダル。捨てそびれてた物なんだけど、まだ使えると思うわ。ミィの靴が見付かるまで、よければ使って」

 メルフェが差し出したのは、古びた布製のサンダルだった。汚れてはいるが、確かにまだ使えそうだ。

「ありがとう。助かるよ」

 メルフェはぬれた布も持っていて、それでミィの汚れた足をささっと拭いてくれた。

 地面に置かれたサンダルの上に、ユーラルディはミィをそっとおろす。ミィには少し大きいようだ。

 それを見たメルフェは、小さな声で呪文を唱える。すると、サンダルが小さくなって、ミィの足にぴったりなサイズになった。

「メルフェは魔法使いなんだね」

「まだ習い始めてから日が浅いの。オルジアの街にいるデイクって魔法使いに師事してるんだけど」

 母の具合が悪いと聞いて、一時的に村へ帰っていたのだと言う。その母の具合もよくなったので、準備ができたら今日のうちにオルジアの街へ戻る予定だ。

「じゃあ、もう一度森へ行ってみるよ。色々ありがとう、メルフェ」

「どういたしまして。気を付けてね」

 ユーラルディはミィの手を引いて行こうとしたが、子どもの足に合わせると時間がかかると思い直し、またミィを抱き上げてキュイザの村を後にした。

☆☆☆

 ユーラルディは、森の中のミィと会った場所まで戻って来た。

「やっぱり、それらしい人はいないなぁ」

 見回しても、ミィを捜している人影はない。

 ミィがいなくなったことに、まだ気付いていないのか。すでにこの辺りは捜し終え、今は別の所を捜しているのか。

 魔法で確実に人間の気配を捜した方がいいかなぁ。

 ユーラルディは竜なので、魔法を使える。目の前で魔法を使ったメルフェには言わなかったが、腕は彼女よりもものすごーく上だ。

 精神を集中させれば人間の気配を感じ取ることはできるが、確実性を求めるなら魔法の方がいい。

「ミィ、どこから来たか、全然覚えてない?」

 ユーラルディは魔法を使う前に、もう一度本人に確認してみる。

「んー……おみずがたくさんあったよ。すっごくおっきなみずたまり」

「水? あ、この先にある湖かな」

 ティコリの森には、小さな湖がある。ミィの言う水たまりは、恐らくそれのことだろう。

 ミィが歩いて来た方には湖があるので、少なくともその近くにいたのだ。

「じゃあ、そっちを中心に探ってみようかな」

 いるかも知れない、という方向を中心に探れば、見付かりやすいはずだ。

「あれ?」

 魔法を使おうとしたユーラルディは、ふいに気配を感じた。人間の気配だ。通常の状態でも気配を感じ取れる距離に、誰かが近付いて来たのだろう。

 ミィの関係者、かな。やっぱり迷子だった、とか。だとしたら、捨て子じゃなくてよかったってことだよね。

 ユーラルディは、人間の気配を感じる方へ歩き出した。

 少しでも早く、親なり保護者なりのそばへ行けた方がいいだろうと考え、ユーラルディはミィを抱っこしたまま。メルフェがせっかくサンダルをくれたが、今のところ全然使われないままだ。

 あれは……違う、かな。

 少し歩いた所で、ユーラルディの目に二つの人影が映った。男女のようだ。人間の視力ではまだユーラルディの姿を捉えられない距離なので、こちらには気付いていない。

 今いる場所から見る限り、男は三十代になるかならないか、くらい。肩より長く暗い茶色の髪をざっくり束ね、髪色と似たような瞳をせわしくなく周囲へ向けている。細身で、目の下にクマがあった。

 女の方は、二十代半ばだろう。明るい茶色の髪を、頭の高い位置にまとめている。茶色の瞳で、やはり男と同じようにきょろきょろと何かを捜している様子だ。

 その二人を見ていると「もしかしてミィを捜しているのでは」とも思われる。

 だが、その容姿からして、親ではない。ミィの明るい金の髪とすみれ色の瞳は、彼らとは似ても似つかなかった。

 あ、メルフェが「ミィはお金持ちの子じゃないか」って言ってた。ってことは、あの二人は使用人かも。うん、それなら似てなくても当然だよね。

 ユーラルディは自分で疑い、自分で納得した。

 やがて、彼らの目にもユーラルディの姿が見えたようだ。こちらへ向かって走って来る。

 彼らにユーラルディの抱っこしているミィがしっかり見えているのか、不明だ。陽が上ったとは言え、森の中は薄暗い。人間の目でどこまでわかるのか、ユーラルディには判断できなかった。

「いたわっ」

「やっと見付けたぞ。お前、誰だっ」

 近付くと、男の顔色の悪さがさらにはっきり見えた。子どもが行方不明になったことで精神的な異変をきたした……という訳ではなさそうだ。

 男からは、かすかに酒の臭いがする。昨夜から飲んでいた、というより、普段から飲んでいるので身体に染みついている、というタイプの臭いだ。クマはたぶん、そのせいだろう。

 あまりきれいとは言えない生成りのシャツを、無造作に着ている。ざっくりまとめられた髪は、いつくしを入れたのかわからない。無精ひげが生え、自分の見た目に無頓着だと思われる。

 この風貌からして、ミィの親であることはもちろん、使用人という線も怪しくなってきた。

 竜のユーラルディだって、こんな身なりの人間を使用人として雇う気にはなれない。

 女の方は、紺のシンプルなワンピースを着ている。大きな襟は白。ユーラルディには素材が何かわからないが、動きやすそうに見えた。

 やや乱れてはいるものの、髪はまとめられている。彼女の方は、使用人と言っても通るだろう。

 どちらも、ミィの顔を見て「ようやく発見した」という趣旨の言葉を口にしたので、ミィを捜していたには違いない。

 しかし、ユーラルディは彼らの態度に不審感しか抱けなかった。

 相手が少年とは言え、知らない男が小さな女の子を捕捉した状態なのだから、疑わしい目を向けられるのは仕方がない。

 だが、ほんの一瞬でも「見付かってよかった」という感情が、この二人に全く見えなかったのだ。

 むしろ、男の「見付けた」という言葉は、逃した獲物を見付けた、という意味に聞こえる。

 ぼくの思い過ごし、かなぁ。でも、この二人からいい気はあまり感じられないし。

 ユーラルディは、ミィの顔をちらりと見た。

 ミィは目の前に現れた二人を見ているが、知った顔に会った、という表情ではない。これなら、ゼスディアスを見た時の方がずっと集中していたし、強い興味を持っていた。

「ミィ、知ってる人?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ