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脱出ゲーム 三話

「せっ、…」

りんは放送が言った言葉を繰り返そうとしたが、それは言葉として最後まで言えなかった。言いたくない、といった方が正しいかもしれない。

…だって、そんなばかな。

りんは心の中で呟く。

ここを出るためには記憶を取り戻さないといけない。でも、そのためには……。

りんには到底理解できなかった。なぜそんなことをしなくてはいけないのか。何の意味があるのか。

「何も分からないっ……」

もう何も分からない。分かるはずがなかった。

りんは頭を抱えて、ベッドの上に蹲った。

哲也も驚いてしばらくは呆然としていたが、りんの様子に気がついて声をかける。

「大丈夫だ……こんなのはただの悪趣味な悪戯だ。それか悪い夢だ。もっと違う方法でここから出る方法を俺達で考え出すんだ」

りんは何も言わなかった。肯定も否定もしずに、ただ蹲っていた。

何時間そうしていただろう。時計がないから知りようがない。

りんは顔を隠して、ただ声だけは殺して泣き続けた。

涙が止まってしばらくしてから、りんはベッドに寝転がる。目を閉じれば、一瞬で眠気が襲われた。

***

目が覚めて最初に思ったことは、頭が痛い、だった。

ここに閉じ込められる前もりんは眠っていたし、また何時間も眠ったため寝過ぎて頭が痛かった。

りんは起き上がらずに、哲也がいる方を見た。

椅子にはやはり哲也が座っていて、眠っているようだった。

りんは途端に申し訳なくなる。

自分だけベッドを独占してしまい、哲也のことなど考えもしなかった。いくら混乱していたとはいえ、それは哲也も同じ気持ちのはずなのに。

りんはつくづく自分が嫌になる。どうして自分はこうなのか。自分のことしか考えられないのか。

正直に言おう。りんは哲也とそういうことはしたくなかった。

哲也はとても良い人だし、優しいと思う。哲也は今まで、りんと生活していたはずなのにそのりんが記憶喪失になり、何も思い出せないという。それなのに、りんを責めることなく何なら気遣ってくれる。当たり前のことのようにりんにベッドを譲り、自分は椅子で寝る。本当に優しい人なんだなと心の底から思う。

それでも、りんはあの放送で言っていたことをしたくなかった。だから、嫌で泣いてしまった。それでも今は少し気持ちが変わった。いや、したいわけではないのだが、少し冷静になって物事を考えられるようになったのだ。

りんはもう自分のことしか考えられないのは嫌だった。

哲也はこんなにも優しくしてくれた。だったら、せめてりんも哲也に優しくしたい。恩返しがしたい。

りんの気持ちはともかく、哲也はきっとここを脱出したいだろう。

哲也が出たいと言うのなら、りんもそれに協力したいと思う。そのために、行為をしなくてはいけなくなってしまっても、だ。

りんは気持ちを固めた。

「んん…」

りんの体がびくりと跳ねる。いきなり声が聞こえて、驚いてしまった。

哲也を見ると、うっすらと瞼を開けていた。

りんは心を落ち着かせて、哲也に言った。

「おはようございます、哲也さん」

りんの声に完全に哲也の意識が戻ると、一番にりんと目が合った。

「…ごめん。俺まで寝ちゃったね」

哲也は反射的に謝る。

りんはすぐに言った。

「哲也さんは謝る必要ないですよ。元はと言えば、私が先に寝てしまって…」

「ううん。そんなことないよ。君が起きてたとしても俺が寝てたと思うし。でも。お互い疲れてたのかもしれないね」

「…はい。そうですね」

りんはそれには素直に同意した。口元に苦笑が浮かぶ。しかし、それはすぐに消えて哲也は不思議に思った。

「どうかしたの?」

りんは唇を固く結び、真顔でどこか遠くを見つめている。

「…起きたばかりですみません。でも、哲也さんに色々言いたいことがあって」

「ん?どうしたの?」

りんは哲也に体を向けると、真剣な眼差しで見た。

「まずは謝罪をさせてください。私、さっきの放送で混乱していたからって哲也さんのベッドを独占して、おまけに何時間も寝てしまって……すみませんでした」

りんは頭を下げる。

しかし、哲也はすぐにこう言う。

「何だそんなことか。頭を上げてくれ、それくらいいいよ。というか、当たり前だろ?おじさんだからって変な気は遣わなくていいよ。俺は椅子の上でも寝られたからさ」

「そんな。でも…」

「いいんだ。何なら、ここを出られるまでずっとベッドにいていいよ。俺は大丈夫だから」

「そ、そんなこと出来ませんっ。元々このベッドは哲也さんの部屋にあったものです。私は床で寝ても平気です。本当です」

「…俺が嫌なんだよ」

哲也は苦笑しながら、頬を掻く。

りんは哲也を不思議そうに見た。

「やっぱりりんはりんだな。そういうとこ全然変わってない。…あのな、キモいかもしれないけど聞いてくれないか。俺は君のことを親友…いや、家族みたいに思ってるんだ。今まで一人も友達がいなくて、孤独に生きてきた時に君が現れて生活がガラリと変わったんだよ。毎日、死んだように生きてた日々も楽しくなったんだ。俺は君にすごく恩を感じてるんだ。だからさ、そんなこと出来るわけないだろ」

哲也は優しく微笑みながら、そう言った。

りんは思わず、唇を噛んだ。涙を堪えていた。

…そんなのずるい。

そんなことを言われては、記憶がない私は何も言えないではないか。

哲也という人物が優しいということを改めてりんは自覚する。

「…分かり、ました」

りんは渋々頷く。

哲也は嬉しそうに頷くと、言う。

「ありがとう」

「い、いえ。私こそありがとうございます。本当に…」

りんは深々と頭を下げた。そして、ゆっくりと顔を上げる。

「あと、もう一つ言いたいことがあるんです」

「なに?」

哲也がりんを見る。

りんはその視線から逃げずに、しっかりと目を見てまずはこう質問した。

「哲也さんはここから脱出したいですか」

「…そりゃあ、そうだけど」

哲也が迷いなく言い切る。

りんはその回答に、深く息を吸った。そして、言った。

「先程、哲也さんは別の方法でここを出ようとおっしゃってくれましたよね。そのお気持ちが今はすごく嬉しいです。ありがとうございます。でも、やっぱりここを出る方法は放送で言っていた通りにしないと出れないと思うんです。哲也さんがここを出たいというのなら、私はそれに協力したいです」

「ま、待て。それって…」

哲也が焦ったように何かを言おうとする。しかし、りんはそれを遮って言った。

「一緒にセックスして、ここを出ましょう」

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