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七大ダンジョン-1  作者: 紙山しぎ
5/5

襲来 -魔物の侵攻-

 タム・アンからアラゾニアへ続く道は、湿地に建てられた一つの橋のみ。

 陽は射せども薄い雲が覆う空。湿原や湖沼が天候によって失われることはなく、一年を通して湿潤とした環境を保持している。

 古くよりアラゾニアに住まうリザードマンの主たる移動は背の翼を使った飛行だが、特徴的な水かきを持つ手足を駆使することで、水辺を陸路として難なく歩むことができる。

 人はもとよりこの湿地帯においては、彼らリザードマンにとってダンジョンから逸れた魔物など、容易くいなしてやれる存在……だが。

「恵みの森から押し寄せるアレらは、なんぞを目的としているのでしょうか」

「恵みは失われてしまったわい。もう西の森に、豊かさなど無い。無いぞ」

「……何故でしょうか?」

「……大地が叫んだのを境に。西から聞こえていた植物達の声が、ぱったりと途絶えてしまった。我々には計り知れん何かが起こったのだ」

 猛烈な勢いでアラゾニアの国へ向かう魔物の行軍を、断崖の上から望むリザードマンの影が二つ。

 長槍を持ち、戦士の装いをした若きリザードマンの疑問に、古びたローブを纏う老齢のリザードマンが憂いに満ちた言で返す。

 そうとも。

 人間の築いた橋が伸びてゆく、いつでも柔らかな陽が差し込めていたあの森。

 昨日、突如としてあの森を中心に大地が揺れた。強固な土地へ仕立てていたおかげでアラゾニアの国は何事もなく在れたようなものだが、それでは隣接するタム・アンの国で何が起こったのかと、アラゾニアの国中が騒ぎとなった。

 タム・アンの現状把握と調査の為に現地へ向かったという冒険者の話を聞いて間もなく、リザードマンの力を借りて調査を願いたいとギルドマスターの要請が届いた。

 わざわざ並行して調査を行う必要があるだろうか? 直ぐには縦に振らなかった首も、例のパーティーに属する()子殿も向かわれましたよ。かの一言を受けてからは、それはもう早かった。

 迅速に調査隊を見繕い、隣で会話を交わす若きリザードマンを筆頭に半日で過不足なくアラゾニアとタム・アンとの境を見て回ってくるほどで。警告も兼ねた報告の折、神妙な面構えをしたギルドマスターの片眉が、怪訝に上がっていたのを思い出す。

「時にゲオルク」

「はい」

「お前の弟はどうした」

「……クオレスのことですか、長」

 精悍な顔立ちの若きリザードマン、ゲオルグと呼ばれた男が、あからさまに疲弊しくさった声で反復する。

 対する氏族の長は、うむ。短く頷いて目下の魔物達の進行を目に映していた。

「……まぁ、長も知っての通りかと存じますが。ギルドマスターにそうされても無傷であるように、魔物に蹴られても平気のようで」

「ならば回復魔法は要らんな」

「百歩譲っても要らんです」

 ほら、あそこ。壊れた橋の傍ら。

 あぁ、あそこを行く、周りと比べても一回り大きな個体のジャイアントディアーがのしのし歩いて行った川の底に。

 もごもごぶくぶく泡を立ててくたばっている、リザードマンの影が見えようか。

 アレがああなったのは、つい先刻、此処を妙な冒険者と思しき数名が通ったことに始まる。

 一人はターコイズブルーのフードを目深に被った者。二人を両肩に担いでいる。顔立ちや体型を隠す装備により性別や人種は曖昧だが、アラゾニアを闊歩する冒険者の中でも頭ひとつ抜きんでた体力、筋力を備えていると見て違いない。

 一人は黒い猫の耳を頭部に持つちぐはぐな髪色をした者。一人の子どもを抱えていたが、リザードマンと対峙した際に妙な魔術を操っていた。真価のほどを発揮する前にギルドマスターの到来から魔術の行使を中断したため、その本質を見極めることは難。

 一人は碧色の長い髪に花をかざった者。前述の二人の後ろ、特にターコイズブルーのフードの後ろに隠れて終始怯え切っていた。殺気はもとより、一番危険とは遠い存在に感じたが……表情変化が誰よりも激しかった。あとよく叫んでいた。

 彼ら三人と対峙したリザードマンは、相手方が何かしらを告ぐよりも早く、怒りに呑まれて武器を構えない者に襲い掛からんとしたのだ。リザードマンの誇りを忘れ、そればかりかアラゾニアとタム・アンを結ぶ橋に穴を開ける不始末をしでかした。直後に訪れたギルドマスターの蹴りによって、今現在ああして川の底床となったわけだが。

「だが、長よ。弟という境遇を含めずとも、ギルドマスターの行動は少々度が過ぎでいやしませんかと……」

「ゲオルグ」

 続けんとした若きリザードマンの言葉を、氏族の長が名を呼ぶことで戒めた。

 一言二言物申してやりたい思いもある。あの蹴りの威力は、頑丈なリザードマンでなければ天の国に召されても致し方なしの一級品であったと。

「勘違いしてはならんぞ、ゲオルグよ」

「はぁ……」

「ああしなければ、クオレスは死んでおったぞ」

「は……どういう意で……」

「話した通りぞ」

 あの最中、クオレスと対峙すべく魔術を操った黒い猫耳の。

 状況を楽しむように笑みを顔に貼り付けてはいたが、手頃な魚を魔物と等しい存在に作り替え、リザードマンを襲わせんとしていたではないか。

 召喚術にも見えよう、だがあれはもっと邪悪な類で……。

 推測を重ねるほどに、深く考えるほどにおぞましい存在と見受けられる。その先の声を潰えさせた長の様子から、言葉にせずとも背筋に冷たいなにがしかが駆け上がった。

 肩を竦めた若きリザードマンは、別の話に替えるべく長槍の切っ先をアラゾニアの国へ向ける。

「……御子を手元に置かなくてよろしいので?」

「よい……というより、もう遅い。それにのう、ゲオルグ」

「はい?」

「御子達がいるアラゾニアの国が魔物によって滅ぶのならば、リザードマンもまた滅びの路を辿る他あるまい」

 アラゾニアが培ってきた技術を無くして、水資源にあふれる豊かな国は成り立たない。

「……はい」

 そして。大湿原をさし置いて、リザードマンが繁栄する地はない。

 惧れも恐怖も無く、ただそこに横たわるだけの事実を述べて。

 直に衝突する人と魔物。それらが渾然一体と化すであろうアラゾニアの国を、氏族の長はただ見据えることしか出来ないことを悟っていた。


 アラゾニアの国を守るように築かれた水上の城壁。それの一部が、タム・アンから押し寄せる魔物によって削られていく。

 城壁の上から遠隔魔法が幾たびも放たれているが、数は一向に減らない。弓兵も総出を挙げて矢を放ち、これのほか投石も行われているが、依然として魔物はタム・アンの森から列をなしてアラゾニアへ侵攻し続けている。

 倒れた魔物が下敷きとなり、徐々に徐々にと城壁へせり上がってくる存在も散見される。

 折々空を飛ぶウィスパーオウルの妨害を食いながらも、着実に狙いを定めて矢を射ることで凌いでいるが。遠来から来る影の数は一定を保っていた。

 城壁よりこちら側では、タム・アンから訪れる人々の玄関口、アラゾニアの西門前で大勢の冒険者が魔物の襲来に備えていた。

 固く閉ざされた門を見上げ、苦々しい顔で見る者。魔物など他愛もない存在であると小馬鹿にした顔でいる者。様々である。

 彼らは皆一様に、ギルドからの緊急依頼のていで集められた冒険者達だ。

「フォレストハウンド、ジャイアントディアー、ウィスパーオウル。中型以下の魔物は見られません」

「……無秩序にアラゾニアへ乗り込んできているのかと思いましたが、違う、と……」

 数歩後ろで待機するのは、神聖なローブを身に纏った人物の副ギルドマスターと、ギルド制服に袖を通す銀髪の少女だ。

 門に向けていた赤い瞳を緩慢に開くと、少女は副ギルドマスターへ向き直る。

「ギルドマスターのお帰りはまだですか?」

「もう少ししたら帰ってきますよ、ルビィ」

「もう少しとは何分ですか。リンゴの木がリンゴの実をつけるほどには待ちました」

「まだ数時間も経っていないと思いますよ、ルビィ」

「これは比喩です。例えです。なんにせよ待ちくたびれました、イユさま」

「そういわない。ね、もう少しだから」

 希薄な表情でだだをこねる少女、ルビィに優しく微笑みかけて。

 副ギルドマスター、イユは浅いながらもため息を吐く。

 数時間前、ギルドマスターはアラゾニアとタム・アンの境界を見てくるといって突拍子もなく飛び出していった。

 ふらっと出て行ってふらっと帰ってくるのは常のことだが、今回ばかりは時間が掛かりすぎている。人の足ならまだしも、獣人の足を持つのだから……。

 ルビィを諭す傍らで、イユも不安感を抱いていた。そしてこの襲来だ。

 幸い、ここに集まってくれた他の冒険者からギルドマスターの行方は聞けていた。既にアラゾニアへ戻ったこと、先に出立したパーティー四人を抱えて戻ってきたことを知れたのは良かったが。

 それ以外にもタム・アン所属と思しき冒険者を連れていたとのことで、タム・アンで何が起こったかの情報収集も捗るだろう。だが。

「イユさま」

「? 何かな」

「ギルドマスターはあと何分したら帰ってきますか」

「うーん……と」

 ルビィのだだがまた始まった。

 彼女はよい子であるのだが、如何せんギルドマスターが不在になると、途端にこの調子だ。

 真っ赤な瞳を大きく開いて、感情の揺れのない顔に微笑みかけて……誤魔化し続けて何度目だったか。

 ぼくはベビーシッターじゃないんだけどな。

 愚痴は心のうちでぽろぽろ零すに留めて、イユはそっと両手を擡げてだだをこねる顔の頬に掌を添える。

 表情のないその顔を包むようにしてやると、ルビィはすっと波が引いていくように大人しくなる。

「ルビィ。ギルドマスターはちゃんとアラゾニアに帰ってきているそうですよ」

「……………」

「彼はこの国を守るために奔走しています。この国を守るとはつまり、ルビィやぼくを守ろうとしてくれているのと同じです」

「……………」

「いまこうしているとね、寂しいと思うときもあるでしょう。でも彼は彼なりに、一生懸命なんです。ルビィがあたたかいお布団で寝て、明日の朝もちゃんと目を覚ますことができるように、頑張っているんですよ」

「……………」

「だから、ギルドマスターが帰ってきたら、ありがとうの気持ちを込めて、おかえりを言ってあげましょうね」

「………うん」

 こくり、と。ルビィの小さな頭が縦に頷く。それを認めたイユは、満足そうに笑ってそっと頬から手を引いた。

 懐かれすぎるのも考え物ですよ、ギルドマスター。

 これも心のうちで零す言葉。ルビィのだだをやり過ごしたことで、イユの意識は再び眼前の門へと向けられる。

 これの向こうでは幾百、へたをすれば幾千の魔物がひしめいてアラゾニアの国を踏み荒らさんとしているのだ。

 城壁の上では数が減らないと嘆く声のほか、治癒魔法を早くと急かす声もする。空を飛ぶ魔物に因る攻撃を受けているのだろう。

 幸い、国の中まで飛んでくる個体は現状捕捉されていない。だがそれも時間の問題だ。

「……イユさま、イユさま」

「……あ。ええと、はい? なんですか、ルビィ」

 聞いてなかった? 暗黙に首を傾げる仕草に、イユは困ったような笑みを浮かべる。

 魔物の侵入の想定、周囲の冒険者の動き、きちんと統制をとれるか。ぐるりと頭の中で考えるほどに、思考は淀んでいくもので。

「すみません。少し、考え事をしていて。……なにか見えましたか、ルビィ」

「あそこ」

 間髪を入れずに、ルビィが空に向かって指を差した。

 何があるのかとその先をたどると……空を飛翔する一つの影が見つけられた。悠々と兵が陣取る城壁を超え、目下のこちらを見下ろしている。一見して人のようでいるが、あれは……違う。

 暗色の羽織りが風になびくと、下に隠された黒い翼が露呈した。人のそれとは違う瞳孔を持った金色の瞳が、真っ直ぐに門の裏側で待機する冒険者の姿を見定めている。

 あれは……。

「ナイトセージ……!」

 タム・アンのダンジョンでもあまり姿を捉えられたことのない存在だ。だが遭遇した冒険者は、あの魔物から命からがら逃れては皆口を揃えてこう称する。

 森の死神。と。

 かつてのタム・アンにいるほかの魔物とはまた違い、あれが直接的に冒険者を襲った例はあまりない。しかし、あれが魔物達を先導して冒険者を襲わせる話はよく聞いたものだ。

 続々とナイトセージの後に続けて、ウィスパーオウルもアラゾニアの城壁を跨いで上空を悠々と飛んでくるではないか。城壁の上では何が起こっているのやら……予想だにしていない存在が現れたことで、イユは眉を顰めた。

「ルビィ、城壁の上を見れますか?」

 小さく頷くと、ルビィは緩慢に瞼を閉じた。

 城壁を見上げるようにしてほどなく、額にじりじりと汗を浮かべて、やがて赤い瞳を大きく見開いた。

「……イ、ユ、さま」

 選ぶ言葉を迷うように、ルビィは時間をかけてイユの名を呼ぶ。

「ルビィ……?」

「うえ、うえでは」

 副ギルドマスター!! ルビィの絞り出すような声を覆い隠すように、後方から冒険者の張り上げた声が鼓膜を劈く。

 何事かとイユが振り向いた直後、バサりと何かが降り立った。音の方向からして、ルビィの傍ら。……そう、ルビィのすぐ近く。

 声を上げたと思しき冒険者が、はくはくと口を開閉させてイユを見る。否、イユのその向こうだ。

『たすけてくれ、たすけて、たすけてたすけて』

 人の声を模した何かの声が聞こえる。ルビィのそれではない。

『まもの、まものまものまもの、まもの、ま……魔物が』

 だんだんと声の調子が流暢になっていく。イユは一歩たりとも動けずにいた。

『魔物が魔物、魔……魔物を連れてきた』

 言葉として成立しているこれは、果たして紡がれることにより何の意味があるのか。

『副ギルドマスター』

 イユは自らの心臓がぐっと強く捕まれたような錯覚を覚えた。

『副ギルドマスター』

 声が。

 無理やり作ったような言葉から一転、イユを指すようその言葉が的確に繰り返される。男性とも女性ともつかない声であったものが、次第に女性らしく、子どものようにトーンが高くなっていく。

 まるで、ルビィのそれのように。

『ナイトセージにつかまりました、副ギル…………イユさま』

 どんどんと血の気が引いていく。

 ルビィの声だ。

『ナイトセージにつかまりました、つか、つかまり、つかまって』

 敵を刺激しないように。脳裏にそう過った考えを捨て、イユは堪らず振り返った。

 するとどうか。

 すぐそこに立っていたはずのルビィはおらず、代わりに佇んでいたナイトセージの足元に転がっている。

 首を締め上げられたように口からは泡を吹いて、抵抗の跡を示すよう手足は数多の傷を残してあらぬ方向へと力なく投げ出されて。

 見開かれた赤い瞳からは、一切の生気を感じられなかった。

『殺されました、イユさま』

 ナイトセージの口元がぐにゃりと歪んで吊り上がる。イユを嘲笑うかのように高らかな笑い声が響き渡り、同時に門が魔物の群れによって破られた。

『殺されました、殺されました、殺されました…………殺しました』

 醜悪な笑い声と不愉快な言葉が、ルビィの声で繰り返される。

 ルビィ。

「副ギルドマスタアァーー!」

 呆然と立ち尽くすイユの傍らを、物凄い速度で何かが駆け抜けて行く。

 獣人に変じたギルドマスターだ。

 ナイトセージ目掛けて拳を叩き込み、なだれ込む魔物諸共地面に叩きつける。

「お前はルビィを拾って離脱しろ!! 冒険者は俺に続いて魔物共の対処に励め!」

 怒声に近いギルドマスターの声に、呆けていたイユはハっとして息を飲み込む。

 地面に転げていたルビィの体を抱き上げる。まだ温かなその体に、必然と眦に水気が滲んでしまう。見開かれた瞼を下ろさせ、大切に抱き寄せる。

「あとを……お願いします……!」

 身体強化の補助魔法をこの場にいるすべての冒険者とギルドマスターに掛けて、イユはルビィを連れて冒険者ギルドへと向かうべく離脱した。


 大通りから望むのは、大勢の冒険者と魔物が入り乱れて戦いを繰り広げる西側の城壁、門の正面にある広場。

 押し戻す冒険者と合間を縫って行こうとする魔物。終わりの見えない魔物の群れから、両者による攻防戦は、放っておけば夜までもつれこみそうだ。

「妙だね」

「……お前が?」

「君さぁ」

 大通りと西の門を繋ぐ道の中心で。

 人間と魔物が織りなす喧騒を眺めていたフェレライが発した一言に、ラーサが相槌を返した。もとい、喧嘩を売った。

 あれからテルメは紙袋を抱えたままうろうろしていたが、ギルドで待機して、というラーサの一言によってぺこぺこ頭を下げてギルドへと向かっていったので、この場は二人しかいないのだが。

 仏頂面を提げるラーサと相対して、フェレライはニヤついたままでいる。

「そうじゃなくて。ナイトセージの動きさ」

「ナイトセージの……」

 前線を離脱してこちらに走りこんでくる人影が一つ、見える。

 あれは魔物が門を破る前からいた冒険者……ではなく。此処を駆け抜けていったギルドマスターが曰く、副ギルドマスターだそうで。それは小柄な少女を抱えていた。

 あのギルドマスターが駆け付ける前、上空から降りてきたナイトセージが少女を殺め、その声を奪って副ギルドマスターに精神攻撃を行っていたが。

「ああ言った行為は本来、危険が差し迫った時に行うようになっているんだけど」

「随分と好戦的に見えたが」

「対象の心を読んで無力化を計ったんだね、魔物の出来として優秀だよ」

「……でも。ナイトセージが直接人間種に手を下す例は見たことがない」

「だから妙なのさ」

 何が起こったんだと思う? フェレライの語尾に加えられた言葉にラーサは彼を一瞥する。

 魔物が何を思ってあのような行動を起こしたか? 問われている内容に思案を巡らせ、かけたところで。ラーサは瞳を半目にさせて、フェレライに再び一瞥を向けた。

「魔物の考えなんかわかるはずもない」

 理解したくもない。暗黙にそう吐き捨てるラーサに肩をすくめ、フェレライは彼女の言葉を鼻で笑う。

「ダンジョンを攻略するっていうのは、魔物の習性や動きを予測して行動するってのが常識なんじゃないかい?」

「タム・アンでは少なからずほっとけば向こうもほっといてくれてた」

「ああーなるほど」

 だから初心者向けダンジョンと揶揄されるんじゃないか。

 ぶつくさと文句を垂れるラーサをよそに、フェレライはしばし考えふけるように自身の右側頭部を指でこつこつ叩く。

「というか。タム・アンを支配してた悪魔なんだから。自分の所の魔物が暴走してるかの見当もつかないの?」

「見当はついてるよ」

「……じゃあ何故」

「あれが起こることは、すべからく予想していたよ」

「……だから理由は――」

 問いを投げつけるラーサを横目に、フェレライは自らの唇に指を立てて沈黙を促す。

 先の引き返してきた副ギルドマスターが、すぐそこまでやってきていたからだ。

 ひらひらと愛想良く手を振って見せるフェレライに、その人はぺこりと頭を下げて歩む足をゆっくりと止めた。続けてラーサにも頭を下げる。

「タム・アンの冒険者様方ですね? ぼくは副ギルドマスターのイユです。魔物の襲撃は苛烈を極めています、あなた達も早く冒険者ギルドへの避難を……」

「一人はそっちで世話になってる。それより」

 フェレライが余計なことをほざく前にと、ラーサが先んじて声を掛けたが。

 腕に抱かれている少女は、想像していたよりも酷い殺され方をしている。必然と視線を向ける二人の目から隠すように、イユは羽織るローブを広げて少女の顔を覆った。

「……はい。ナイトセージに。ぼくが目を離した隙に」

「ナイトセージは一体だったかい?」

 不意にフェレライが言葉を挟んだ。

 余計なことを。胸中でぼやくラーサの顔が不服そうに歪む頃、イユの顔もまた険しいそれへと移ろった。

「……まさか」

 けたたましい笑い声が背後で聞こえる。それも複数だ。

 空を飛ぶ暗色の羽織りを纏う、人型の影。二体が門の上空を飛び周り、冒険者の攻撃を避けて真っ直ぐに大通りへと向かってきている。

 そのまま此方まで来てしまうかと思いきや、宙に向けてカッ飛んだギルドマスターによって地面へと蹴り落とされていくではないか。もう一体も地上へ引きずりおろされて、追撃を食らっているようだ。

「強いねぇ、ここのギルドマスター」

 魔物にやられて、あるいは相討ちとなってバタバタと倒れていく冒険者の存在がよりあの強さを際立たせる。

 心躍らせて紡ぐフェレライの言葉は、まるで今の状況を楽しんでいるかのようで。

「なぜ一体じゃないと?」

 気にしない、とはいかないものの。眉宇を寄せたイユが、フェレライに尋ねる。

 なんせあのタム・アンのダンジョンを支配していた悪魔ですから、魔物の動きを見通すなんて造作もない……などとは口が裂けても言えないので。

「そろそろじゃないかい?」

 にこやかに笑ってから、胡乱げにしているラーサに話の矛先を変えさせた。

「……一体、二体。抜けてきた」

「!」

 冒険者の追撃を掠めて、勢いを付けたジャイアントディアーが舗装された道を削り飛ばしながら大通りへ突き進んで来る。

 弓矢や剣で受けた傷を負ってもなお、止まらない。むしろ傷を受けたことで、闘争本能に火が付いたのか。凄まじい咆哮を上げている。

 タム・アンの森でテルメを追い掛け回していたジャイアントディアーよりも、遥かに獰猛だ。

「君って、使える剣技は一つだけなのかい?」

「は?」

「いや。ジャイアントディアーも、フォレストハウンドも、同じ技で倒していただろ」

 つまり。

 迫りくるあの魔物を相手に、別の技を見せてみろよと。

 煽るような物言いが気になるが、……そういえばこの、少女を抱えた者。副ギルドマスターと言っていたか。

 損得勘定を叩き出した後、ラーサは浅く息をついて背に隠す剣を徐に抜いた。

「橋渡しの判断材料は多いほうが良い」

「………」

「僕がやってもいいけど、リーダーは君なんだ。譲ってあげるよ」

 むかつく。

 カチンと頭にくる物言いなのは端から判ってはいたが、今は悠長にしている時間はない、か。

 こちらが立ち尽くす大通りまでの距離は、あと僅かだ。

「話をし過ぎました……! ぼくが時間を稼ぐので、お二人は早く」

「いい」

 イユが杖を取り出すのを制して、ラーサは剣を足元へと突き立てる。柄に片手を添えると同時、彼女の周囲を取り囲むようにダイヤモンドダストが煌めいた。

「アブソリュート」

 はらはらとラーサの周囲を舞っていた煌めきが、吸い寄せられるように前方へと吹き飛んでいく。するとどうだろう。

 猛然と迫ってきていたジャイアントディアー二体が、瞬く間に氷漬けとなった。体表を霜が多い尽くすと時を同じくして、その生命の鼓動を奪い取る。

 がん、ごつん。鈍い音を立てて、ジャイアントディアーの上に氷漬けとなったウィスパーオウルが数体転げ落ちてくるではないか。

 ジャイアントディアーに気を取られている間に、空を飛ぶ魔物も数体紛れ込んできていたらしい。

その様子を見ていたイユが、決心したようにラーサへ歩み寄る。

「……タム・アンの冒険者様方。アラゾニアの副ギルドマスターとして、恥を忍んでお願いがあるのです」

 驚きを内包していながらも、イユはラーサとフェレライに語り掛けた。

「どうか魔物の食い止めにご助力をいただけないでしょうか」

「……助力するのは構わない。でも一つ、条件がある」

 突き立てた剣を引き抜くと、ラーサはまたちらほらとやってくる魔物を見留める。

「タム・アンの国は無くなったんだ。私が所属していた冒険者ギルドも。宙に浮いた今、アラゾニアのギルドに所属しようと考えているんだけど」

「そう、ですか。技量も拝見しました、推薦はぼくが請け負います。ギルドマスターにも話を通します、ですので」

「いやぁ助かるよ。それじゃあ存分に魔物を蹴散らしに行こうじゃないか」

「お前はもう少し黙ってて」

 ぱちん、と軽薄に指を鳴らして、迫り来ていた別の魔物を炭焼きにしたフェレライの言を退けて。

「もし。タム・アンから他に冒険者が来たら、保護して」

「……わかりました。丁重に保護します」

「ありがとう。……よろしく」

 手短に告げたラーサは、簡単な礼を述べてすぐ西の門へと走り出す。

 ターコイズブルーのマントがはためく様は、氷の結晶がちらつく世界にふしぎと映えていた。

 こうしてはいられない。フェレライに再度と頭を下げると、イユは少女を抱えて冒険者ギルドへと向かって行く。

 ……さて。

「ナイトセージが出張ってきた、ってことは。タム・アンの森も終わりだね」

 ナイトセージ。夜の賢者と呼ばれる、亜人型の魔物。

 本来はウィスパーオウルと共にダンジョン内部で森の監視者として動き、魔物と意思疎通して冒険者を排除する。

 テレパシーに似た能力を駆使して魔物を誘導するが、危険を感じた際は強力な精神攻撃を行う。ミストフォックスと共謀して幻術で惑わせたり、近しい者の声を真似て精神に支障をもたらすなど様々だが、実際に人間種に手を下したことから、彼らもまた追い詰められていると。

「……ガァヴァに押し付けるのもアリだったけど」

「遅い」

「やぁ、ラーサ」

 顎先に手を添えて一考していたフェレライの肩を、ラーサの手がガシりと掴む。

「やぁじゃない。さっさと蹴散らせ」

「君、悪魔に命令するなんてとんだ命知らず……まぁいいか。面倒だからね、さっさと片付けよう」

 いよいよラーサの目付きが鋭くなったところで、フェレライはにこやかに笑みを浮かべたままさっと身を翻して西の門へと体を向ける。

 ラーサが早く行けと言わんばかりに目を光らせるので、フェレライは渋々と足早に門へ走り出す。

「あー。想像より面倒なことになってるね」

 冒険者と魔物の攻防戦は五分五分か、やや数で魔物が圧倒しているか。

 だがああしてぐっちゃぐちゃに混ざられると、火魔法では魔物だけを狙い撃ちするのも難しい。

 土。いや、舗装された道では土魔法を操るのも無駄に力を使ってしまう。

 風。あぁ、風が良いか。指を鳴らす準備をして、フェレライは魔法を行使……しかけて、留まる。

「君ら人間種は魔法を扱う時、何か口走っているけど、あれが普通なのかい?」

「……だいたいは。魔法を使う人間種の大半は、無詠唱では扱えない」

「どうしてだい?」

「言霊で魔力を操る」

「あー、へぇ、勉強になるよ」

 やはりむかつく。

 イラつきを隠さないラーサに感謝を込めて笑みを浮かべ、フェレライは改めて人間と魔物がいざこざし合う門へ意識を向ける。

「じゃあ、これはそうだね。名づけるとしたら――ウィンド・プファイル」

 軽薄に指が鳴らされる。フェレライが放った魔術は、鋭利な風の矢となって空に浮かび上がり、幾百の魔物を次々と穿って行く。

 一体穿つだけでは風の矢が消えることは無く、次々と森から連なる後続の魔物を貫いて倒した。

 運良く、あるいは、あえてか。

 風の矢を受けずに生き永らえて上空を飛ぶのはウィスパーオウルが十数体と……ギルドマスターとやり合ったらしい、ぼろぼろの一体のナイトセージ。それらを見上げてから、複雑そうな顔でいるラーサと視線を合わせ、そっと手のひらを空へと向けた。

「橋渡し橋渡し」

 見れば。周囲で戦っていた冒険者は腰を抜かしてフェレライの魔術に釘付けとなっており、ギルドマスターもまた魔術の妙技に呆気にとられている。

 先のをやれと。

 背に隠した剣を緩慢に引き抜く。抜剣するラーサに狙いを定めたのか、ナイトセージが声を上げて垂直に飛来する。

 着実にラーサへ距離を詰める魔物に他の冒険者が息を飲む、暇すら与えず。突き立てられた剣、ラーサを中心に空気中の水分が氷の結晶を形取る。

「アブソリュート」

 目と鼻の先。少しジャンプすれば届きそうな位置にいたナイトセージが、霜に覆われて氷漬けとなる。フェレライがその体を小突いてやると、ラーサの目の前で地に激突し、魔物の体は粉々に砕けた。

 ウィスパーオウルも次々と地面に落ちてくる。運悪く伸びていた冒険者にでもあたったのか、ぎゃッと短い悲鳴も聞こえてきたが……まぁ見逃されるだろう。

「……派手なのは好きじゃない」

「僕のよりは地味だからいいじゃないか」

 アラゾニアの気候からして、ラーサの氷魔法は常よりも派手な様相となった。

 パッパッと身を払う仕草の後に、ラーサは突き立てていた剣を鞘へと戻して、ギルドマスターへと顔を向ける。

 あれほどまでにひしめいていた魔物は、タム・アンの森から来ていた全てを含めて息絶えており、脅威が去ったことを伺わせるには……十分だろう。

「……私はラーサ。タム・アンの冒険者ギルドに所属していた、……冒険者」

 自己紹介が未だだったかと思い至った彼女は、驚き固まるギルドマスターへと片手を差し伸べる。

 だが。アラゾニアのギルドマスターから返ってきたのは、手を握られるでもなく、感謝の言葉を言われるでもなく、ただの一声。

「とんだ冒険者を隠してやがったな、あの野郎」

 続けて、豪快に笑い出すギルドマスターの声が響いていた。

 握り込むはずの手は、なく。握手を想定して宙に浮かばせていたラーサは、持て余し気味に手指を開閉していた。フェレライが寄せてきた手は、ぺしんと弾いておいた。

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