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盗まれた杯:3-1

 キール王子がまじめな口調で言う。


「町の財産をぞんざいに扱うな」

「わ、わかりましたよ王子。そんな真剣に言われたらへこんじゃいますよ、私」

「えっと、王都で金庫を買ってくださいね」

「そうするわ」


 ところが、事件は翌日に起きた。


「金の杯が盗まれちゃったの!」


 朝一番、マリーゴールドさんがわたしとキール王子の家に駆けこんできたのだ。

 マリーゴールドさんの動揺するようすからして、わたしたちをびっくりさせる冗談ではなさそうだ。


「だからあれほど言ったろうに……」


 やれやれ、と肩をすくめるキール王子。

 不用心だとは思っていたけれど、まさかその日のうちに盗まれるなんて。


「念のため質問します。失くしたとかじゃないですよね?」

「あんな超重いもの、かんたんに失くせるものじゃないでしょっ」

「ですよね」


 さっそくマリーゴールドさんの家に行く。

 彼女が言っていたとおり、きのう金の杯があった場所にそれはなかった。


「ど、どうしよう……。私、村長失格だわ……」


 マリーゴールドさんの私物ならともかく、村の財産で買ったものだから責任は重大。

 焦るのも当然だ。

 なんとかして助けてあげないと。


「もう一度聞くが、誰かが別の場所に持っていった可能性はないんだな? 使用人が掃除のためにいったんどかしたりした、ということもあるだろう」

「使用人たちには尋ねたけど、誰もさわっていないって……」


 となると、やっぱり盗難か。


「金の杯が価値のあるもので、この家にあることを知っている人は……」

「町の人たちはほぼ全員知っているでしょうね」


 グリーンヴェイルは王都とは比べ物にならないとはいえ、人口はそれなりに多い。

 そこから犯人をさがしだすには、絞り込む要素が欲しい。

 考える。


「……今日、町にいない人をとりあえず疑いましょう」


 わたしはそう提案した。


「もっと絞り込むとすれば、王都に行った人ですね」

「理由を聞かせてくれ、ミーシェ」

「えっと、盗んだ金の杯は、このグリーンヴェイルの町では売れないからです」


 金の杯のことは町の人全員が知っている。

 となると、売り払おうとしたら盗品だと一発でバレてしまう。

 だから闇市場やオークションで売るために王都へ行くはず。


「王都に行った人ね! わかったわ」


 わたしたちはさっそく王都に行った人物がいないか調査した。


 あんな重いもの、成人の男性でも持つのに苦労する。

 それを持ったまま徒歩で王都に行くなど無謀。

 さらに絞り込むとすれば、荷馬車を使った人物だ。




「マリーゴールドは楽天家というか能天気というか、そういうところがある」


 家に帰るとキール王子がそう言った。


「僕の家庭教師をしていたころ、その性格が災いして、王城に務める者たちに叱られていたのを何度も見ている」

「でも、明るくて社交的でいい人ですよね」

「悪人ではないのはたしかだ」


 グリーンヴェイルの町で暮らしはじめてから町の人々と何度も交流したけれど、みんなマリーゴールドさんを信頼していた。

 人の上に立ち人に、楽天家なところや能天気なところが役立つ場面も多いのだと思う。

 わたしも聖女であるからには見習わないとね。


「マリーゴールドはその気になれば王城で研究者として働けた。その道を捨てて僕の家庭教師をしてくれたんだ」


 そのご褒美として、家庭教師の任期が終わったあと、国王陛下が彼女をグリーンヴェイルの町長に任命したのだとキール王子は説明してくれた。

 なるほど。そういう理由があったんだね。


「もっと知りたいです。キール王子の昔の話」


 わたしはそうせがむ。

 思えば、キール王子のことをわたしはぜんぜん知らない。

 特に子供のころの話は。


 王子は口数が少なく、自分の話を積極的にしないからなかなか聞けないのだ。

 今の話を聞いてもっと知りたくなった。

 大切な人が昔、どんなふうに生活していたのかを。


「僕の人生なんか語ったところでつまらないぞ」

「そんなことないですよ。わたしに聞かせてください」

「ミーシェがそこまで言うのなら……」


 キール王子は自分の過去をぽつぽつと語りだした。

 王家の子として産まれた王子は、小さいころから英才教育を施されてきた。

 勉強はもちろん、剣術や、いろいろな作法も厳しく教え込まれた。


 自分の国がどういうものか知るために、国王陛下と共に国を見て回ったこともあったという。

 兄であるロッド王子のことは一切語らなかった。

 わたしに気をつかってくれているのがそれでわかった。


「ミーシェはどんな暮らしをしていたんだ。聖女と呼ばれる前は」

「田舎の村で畑仕事をしていました」

「興味深いな」

「えっ、つまんないですよ」

「聞かせてくれ。今度はミーシェの過去を」

「わ、わかりました」


 そんなふうに、わたしとキール王子は互いの過去を明かしたのだった。

 ふしぎだ。二人で暮らし始めてそこそこの日が経ったのに、今まで昔話をしなかったなんて。

 今の生活が充実していたからかな。


 正直に言うと、話題は別になんでもよかった。

 キール王子とおしゃべりできるだけで満足できた。

 王子は無口で無表情なところがあるけど、冷たい人ではない。


 リンリン、と玄関のベルが鳴る。

 来客だ。

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