キャンバスに描くもの:7-9
窓にはカーテンがかかっていて家の中はわからない。
なんどかノックしてみても返事はなかった。
ドアノブを握って回してみる。
カギはかかっていない。
慎重にドアを開け、わたしたちは中に入った。
家の中には無数に絵があった。
キャンバスに描かれている絵は、いずれも混沌を表現したもの。
展示会場で見た絵と同じだ。
混沌の絵に囲まれた部屋の中心に、一人の老人が座っていた。
白髪のやせた老人。
この人がボードンさん……。
「マリーゴールドの差し金か」
虚空を見つめたままボードンさんが言う。
「まっさきに私のもとへ来るとは、やはりはなから私を疑っていたのだな」
そう自嘲する。
「誤解です。マリーゴールドさんはボードンさんを心配してました」
「……」
「あ、わたしの名前はミーシェです。最近グリーンヴェイルに引っ越してきたんです」
「キールだ」
「リトリスだよ。ふしぎな絵を描くね、おじいさん」
「怖いだろう。私の絵が」
毛先が絵の具で固まった筆を握りしめる。
「私は芸術とはなにか自問し、芸術を追求した。結果がこれだ。私とて望んでこの画風になるつもりなどなかったのだ」
ボードンさんの足元には子供たちの絵があった。
ボードンさんがそれを手に取ってやわらかい笑みを浮かべる。
「この絵はすばらしい。芸術の本質だ」
涙が絵の上に一滴落ちる。
「私はどうしてこんな絵を描くようになってしまったのだ」
ボードンさんは苦しんでいたのだ。
自分の画風に。
誰にも認められない個性に。
かけるべき言葉に迷っていたら、リトリスがなにげなくこう言った。
「ボクはおじいさんの絵、好きだよ」
「……なに?」
「だってこの絵、あったかいもん」
リトリスが無数にある絵の一つの前にふわふわと飛んでいった。
その絵もやはり、わたしには無秩序に描きなぐった絵にしか見えない。
「聖霊よ。お前にはわかるのか」
「みんなにはわからないの?」
「……お前の言うとおり、この絵は陽だまりの花畑を私なりに描いた絵だ」
「やっぱりね」
涙を流しながらボードンさんは笑みを浮かべる。
「私の絵を理解できる者をがはじめて現れた!」
「えへへっ。ボクって審美眼があるのかな」
わたしはしばらく考える。
それからこう提案した。
「ボードンさん。昔の画風の絵はありますか?」
「ああ、奥にしまってあるが」
昔の絵を見せてもらう。
その絵は息をのむほど繊細かつ大胆で美しい風景画だった。
この絵が変わってしまったのだから、戸惑われるのも当然だ。
「たぶんですけど、ボードンさんの絵って昔の絵と今の絵、二つで一つなんじゃないですか」
「芸術感の変遷か」
キール王子がつぶやく。
「ボードン。僕がパトロンになるから王都で個展を開け。昔の絵と今の絵を合わせて」
「今度こそボードンさんの絵は認められると思いますよ」




