婚約破棄された聖女:1-4
「兄上がベラドンナに入れ込んでいることは知らないのだな?」
「そうです」
「なら、ちょうどいい。あの女を調べよう。ドーガ、適当な理由を作ってベラドンナをいったん城から遠ざけろ」
「承知しました」
しばらくした後、ベラドンナは王城の外に出かけていった。
……ロッド王子と共に。
二人で花を見にいくのだという。
二人がいなくなった隙に、わたしとキール王子、そしてドーガさんの三人でベラドンナの部屋に忍び込んだ。
彼女の部屋は不気味なほど整理整頓されている。
生活感がまるでない。
「ベラドンナはロッド王子にさしあげる薬をいつもこの自室で調合していました。決して他の者には見せず」
「ろこつに怪しいな。今までよくそんな行為が許されたものだ」
「なにせ、ロッド王子のお気に入りでしたから……」
誰も逆らえなかったわけだ。
わたしたちは手分けして部屋を調べた。
クローゼットに手をやる。
開かない。カギがかかっている。
「カギを探さなくてはな。机の引き出しか」
「いえ、さがす必要はありません」
わたしはポケットから銅貨を出して手のひらに乗せる。
集中し、魔力を手のひらの一か所に集める。
そして錬金術を発動した。
一瞬の閃光のあと、手のひらの銅貨はカギに変わっていた。
「おお、これが錬金術!」
ドーガさんが驚いていた。
カギをクローゼットのカギ穴に差し込む。
カチリ。
カギはするりと回り、手ごたえと共に音を立てた。
クローゼットを開けると、そこで目当てのものを発見した。
「花ですか。どうしてこんなところに」
ドーガさんが首をかしげる。
やっぱり。
最悪かつ間違いないであろう予想は当たっていた。
クローゼットに鉢に植えられた花がいくつもあった。
「……ポルピアム」
キール王子がつぶやく。
「王子、今なんと?」
「ポルピアム。それがこの花の名前だ」
「キール王子が花に詳しいとは存じませんでした」
「いや、僕は別段植物に興味があるわけではない。ただ、このポルピアムの花が特別なのだ」
「と、申しますと」
「ミーシェ。この花はポルピアムで合っているな?」
「そのとおりです」
ポルピアム。
キール王子の言うとおり、この花は特別なのだ。
……麻薬の原材料として。
「麻薬! 麻薬とはあの、人の心を快楽で壊すという!」
「そうだ。この国、ドラクセルでは麻薬の取引は死刑もありうる重罪だ」
「なんということだ……」
がく然とするドーガさん。
そうなるのも無理はない。
一国の王子が麻薬依存症に陥っていると知ったのだから。
ポルピアムの実から抽出される成分で精製する麻薬は、摂取した者に快楽をもたらす。
その代償として、麻薬を摂取し続けないとひどい苦痛や幻覚に襲われる。
最終的には人の心を完全に破壊してしまう。
「……ロッド王子は助かるのでしょうか、聖女さま」
「今からでも薬を断てば治るかもしれません。ですが」
ロッド王子は途方もない時間を苦痛と幻覚に苛まれながら暮らすことになるだろう。
「ある意味、報いだ」
キール王子がつぶやく。
「兄上もうかつだったのだ。王の跡継ぎでありながら妙な女に騙されるなど」
「申し訳ありません」
「ドーガのせいではない」
「これはわたしのせいでもあるかもしれません。わたしがロッド王子の病を完治させる薬を作れていれば」
「ミーシェのせいでもない」
それからキール王子は思いもよらないことを言った。
「これは僕の推測だが、ミーシェの薬は効かなかったのでなく、病の進行を食い止めていたのだろう」
効かなかったのではなく、食い止めていた……。
そんなこと思いもしなかった。
「ミーシェの錬成した薬の効き目はグリーンヴェイルの町で証明された。兄上に与える薬にだけ効果がないとは考えにくい」
「私もそう思います。聖女さまのがんばりは無駄ではなかったのです」
……。
「ミーシェ!」
「え……」
「泣くな」
頬に手を添える。
涙だ。
わたしは自然と涙を流していた。
「ひゃっ」
キール王子が急にわたしを抱きしめる。
驚いたけど、抵抗はしなかった。
心地よい抱擁だった。
「さっきのは訂正する。今は泣け。僕の胸で」
「……はい」
それからわたしは号泣した。
子供みたいに泣きじゃくった。
せきを切ったように涙があふれてきて、嗚咽が止まらなかった。
短かったのか長かったのか。
どれくらいかわからなかったけど、わたしが泣き止むまでキール王子は胸を貸してくれていた。
それからしばらくしてロッド王子とベラドンナが帰ってきた。
「……どういうことだ」
忌々しげな表情をするロッド王子。
当たり前だ。彼の憎む存在が目の前にいるのだから。
「お久しぶりです、ロッド王子」
「次にドラクセル城に踏み入るのは死刑のときだとわからなかったようだな!」
ロッド王子がさやから剣を抜く。
となりにいるベラドンナは面白そうに妖艶な笑みをたたえている。
「俺をさんざん苦しめた偽聖女め。ここで俺自ら処刑してくれる!」
「お待ちください、兄上」
「弟よ。お前もよく平然と帰ってこれたものだな」
「兄上。僕たちはあなたを助けに戻ってきたのです」
「……なんだと?」
眉間にしわを寄せるロッド王子。
「兄上。あなたは騙されているのです。そこにいる女に」
ちらりと横を見るロッド王子。
ベラドンナは依然として妖しげな笑みを浮かべている。
人間を騙す小悪魔か、あるいは魔女なのだろう。彼女は。
「ベラドンナは俺を救ってくれた女性だ。彼女こそ真の聖女なのだ」
ロッド王子は少しもベラドンナを疑っていない。
ドーガさんが憐れみを含んだ表情をしている。
キール王子は――怒っているように見える。
兄をたぶらかした小悪魔、あるいは魔女に怒っている。
「ロッド王子、たわごとになど耳を貸さず、あの偽聖女を処刑しましょう」
「ああ。俺をさんざん苦しめた偽聖女め」
抜き身の剣を手にロッド王子が近づいてくる。
キール王子が立ちはだかる。
「どけ。お前も斬られたいのか」
「兄上に見せたいものがあります」
キール王子が手を兄の前に出す。
キール王子の手のひらには小さな粒がいくつかあった。
「なんだ? これは」
「ッ!」
小さな粒の正体がわからないようすのロッド王子。
それに対してベラドンナはほんの一瞬、一瞬だけどわたしは見逃さなかった――動揺を表情に出した。
「これはポルピアムの実です。ベラドンナの部屋から見つけました」
「ポルピアム……」
その名前の実に聞き覚えがあるようなふうにつぶやく。
ドーガさんが言う。
「麻薬の原料でございます」
「なにっ!」
わたしは言う。
「ロッド王子。あなたはベラドンナにポルピアムから精製した麻薬を盛られていたのです。一時的に体調がよくなって、すぐにまた具合が悪くなるのはそのせいなのです」
「ば、ばかな……」
ロッド王子がよろめく。
その肩をベラドンナが抱く。
「ロッド王子。単なるでたらめです」
「し、しかし、たしかに俺はベラドンナの薬で気分がよくなったあと、また気分が悪くなる」
「薬の効き目が切れたからですわ」
「兄上。これを見てください」
衛兵たちが花の植えられた鉢を持ってくる。
ベラドンナの部屋から持ってきたポルピアムの花だ。
「薬包に包まれたものもございます。それならば見覚えがあるのでは」
「……ベラドンナ、本当か?」
「……」
最後の希望にすがるようにベラドンナに尋ねる。
ベラドンナは笑みを浮かべたまま、平然とこう答えた。
「あーあ、バレちゃった」
「ッ!」
ロッド王子はよろめく。
絶望の表情だ。
ベラドンナはその表情を見て愉悦の笑みを見せている。
「お、俺は騙されていたのか……」
「衛兵! ベラドンナを取り押さえろ」
「おっと、動かないくださいまし」
ベラドンナが袖の下から短剣を取り出し、ロッド王子の首に切っ先を向けた。
彼女をつかまえようとした衛兵たちの動きが止まる。
「偽聖女さん。あなた、なかなかやりますわね」
ベラドンナが言う。
「兄よりかはかしこいキール王子が偽聖女さんもろともいなくなったときは、思いがけない幸運によろこんだのだけれど。まさか戻ってくるなんてね」
「ミーシェこそ真の聖女だ。偽物は貴様だ」
「ロッド王子のお気に入りになって甘い汁を吸いたかったのだけれど、まあ、いいですわ。王位継承者を廃人にする計画は成功したから」
「お前は誰の差し金だ。答えろ」
「言うと思いまして? ドラクセル王家を滅ぼしたい者はごまんといるから、誰の刺客かわからないのは当然でしょうけど」
それからベラドンナはこう命じた。
「キール王子。あなたが今ここで自害すれば、兄は解放しますわ」
「なんだと……」
「どうやら弟のほうが王になったら厄介そうだし」
「そんなことできるわけないだろう! キール王子、ベラドンナに惑わされてはなりませんぞ」
「なら、ロッド王子はここで死んでもらうわ。私もすぐに殺されるでしょうけど、別に私の命なんて安いですもの」
ベラドンナはやけになっている。
このままだと本当にロッド王子は殺されてしまう。
あるいはキール王子が……。
わたしはポーチに手を入れる。
切り札を切るときがきた。
「ベラドンナ」
「なーに? 偽聖女さん」
「偽物はあなたよ!」
ベラドンナの注意がわたしに向いた瞬間、わたしはポーチに隠していた小袋を投げた。
小袋がベラドンナの顔面に直撃する。
その瞬間、ぶわっと茶色の粉が舞った。
「けほっ、けほっ」
「コショウだから身体に害はありません! 今です!」
トウガラシを混ぜたコショウだ。目も開けていられないだろう。
ベラドンナが短剣を捨てて目をこすっているところに衛兵たちが殺到した。
こうしてロッド王子とわたしを陥れた小悪魔、あるいは魔女は捕まったのだった。
「今までの無礼を許せ」
ベッドに横たわるロッド王子がわたしに言う。
「思い返せば、俺はお前にひどいことをしてきた。あの魔女に騙されて危うくお前を処刑するところだった。王家を救ってくれたお前こそ真の聖女だ」
そう言われても、わたしの心にはちっとも響かなかった。
今さら遅い。
本当に今さらの話だ。
「婚約破棄の件は撤回しよう。俺の妻になるがいい」
この人、この期に及んでまだそんなことを言うなんて……。
人間の本質というものはかんたんには変わらないのかもしれない。
本当、呆れちゃう。怒る気にもならない。
「ロッド王子」
わたしはロッド王子の言葉にこう返事をした。
「もう遅いです。あなたと結婚する気はありません」
「なっ……!」
目をまんまるにするロッド王子。
求婚が断られるなど思いもよらなかったと言いたげな顔だ。
「次期国王の命に背くというのか!」
「はい。背きます」
わたしは努めて平然と答えた。
ロッド王子は口をぱくぱくさせている。
どうやら本当に自覚してないらしい。
「わたしはもう、このお城で暮らすことはございません」
「ま、待て! 考え直せ!」
「いくら考えても同じです」
「そんな……」
落ち込むロッド王子を見て良心が痛まないわけではない。
けれどわたしは結婚など到底考えられない仕打ちを受けてきた。
同じ立場で求婚を受け入れる人などいるだろうか。
「キール! お前もこいつを説得しろ!」
「兄上」
キール王子は首を横に振る。
「彼女の努力を裏切ってきたのは他ならぬあなたです」
「そ、それは……」
「行こう、ミーシェ」
「さようなら。ロッド王子」
「頼む! 待ってくれ! 俺にはお前が必要なんだ!」
あなたにとってはわたしが必要なのかもしれない。
けれど、わたしが必要としているのはあなたじゃない。
そして帰るべき場所もここではない。
王城を去ったわたしとキール王子は帰るべき場所に帰ってきた。
きらびやかな王城とは比べ物にならない、グリーンヴェールの町にひっそりとある古びた家。
ここがわたしたちの居場所だ。
それからわたしたちは再びこの町で暮らしはじめた。
わたしは相変わらずお医者さんのまねごと。
おなかが痛い人には胃薬を、足が痛い人には軟膏を錬成したりしている。
雑談をしにくるだけの人にも笑顔で対応。
町のお医者さんは一人しかいないうえにかなりの年配だったので、わたしが来てかなり助かったらしい。
誰かの役に立てるがこんなにうれしいなんて思わなかった。
そして感謝をされるのも。
ここでなら暮らしていける。
キール王子と二人なら。
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