婚約破棄された聖女:1-3
錬成した薬を病に苦しむ人たちに飲ませた。
効き目はすぐに表れた。
薬を飲んでしばらくすると、あれほど苦しんでいた人はすっかり元気になった。
「ありがとうございます。聖女ミーシェさま」
どうやらわたしが聖女だというウワサは一日で広まったらしく、病気が治った人たちから「聖女さま」とお礼を言われたのだった。
なんだか照れくさい。心地のいい照れくささだ。
王城にいたときは偽聖女扱いだったのがうそみたい。
どれだけ薬を錬成しても治せないロッド王子の病気。
そんなロッド王子からの罵倒。
聖女という重圧。
聖女という期待から反転した周囲の失望。
あの頃の自分を思い返すと、かなり無理をしていたんだろうな。
「さすがはミーシェ。苦しんでいる人々を救うとは」
「わたしにできるのはこれくらいですから」
「いや、『ミーシェにしかできないこと』だ」
キール王子が微笑む。
わたしはまたどきりとしてしまった。
この人に微笑まれるだけで、こんなに身体があったかくなるなんて……。
「すまない、ミーシェ」
キール王子が謝る。
謝られる心当たりがないわたしは首をかしげる。
「王城にいたころ、もっとお前に寄り添っていればよかった。お前の苦しみを知っていながら手を差し伸べられなかった」
「そ、そんな! 処刑をから救っていただけただけでじゅうぶんですよっ」
「やさしいな、ミーシェは」
今度の微笑は少し自嘲を含んでいた。
「お前のような女性は兄上にはもったいなかった。兄上が妙な女に入れ込んでくれたことに感謝しなくては。あの女が本物の聖女だとは到底思えん」
「これも運命かもしれませんね」
「運命か……」
キール王子が空を見上げる。
わたしも王子のそばで同じ空を見上げた。
澄み渡る青空。
鳥たちが自由に飛んでいる。
その後、町長であるマリーゴールドさんの仲介で、先住者である新地区の代表と移民である旧地区の代表者が顔を合わせ、正式な仲直りをしたのだった。
「あなたのおかげです、聖女さま」
「救いの声に応えてくださったこと、感謝いたします」
もしかするとわたしは『偽聖女』ではないのかもしれない。
でも、偽物でも本物でも今はたいしてこだわってはいなかった。
これからの二人での暮らしが楽しみで仕方なかったから。
「これもミーシェちゃんのおかげでね。さすがは聖女さま。住人たちの確執をたった一日で解決しちゃうなんて」
「そうだろう。好きなだけ称賛の言葉を浴びせるがいい」
「な、なんで王子が誇らしげなのかしら……」
町長という立場のマリーゴールドさんは肩の荷が下りたようすだった。
そんな彼女とは裏腹に、わたしはまだこの問題は解決していないと考えていた。
「あの、キール王子、マリーゴールドさん。そもそもこの病気の原因をさがしてみませんか」
「そうだな。せっかく薬で治せても、また同じ病にかかっては意味がない」
「心当たりはあるの?」
「えっとですね――」
薬を渡すために患者の家を回ってわかったことがいくつかある。
まずは、場所。
中毒は一か所に固まって症状が出ているわけではなく、旧地区全体にまんべんなく症状が出ている人がいた。
症状が出ている人も男女、年齢共にばらばら。
もう一つは、新地区での患者。
旧地区と新地区の行き来が実質禁止されているにもかかわらず、新地区の先住者にも症状が現れている人がいた。
一見、規則性はないように見えるけど……。
「一つだけ、共通点があったんです」
共通点。
それは、患者の家がいずれも建ってから間もない新しい家。
あるいは改装した家だった。
わたしとキール王子が住んでいる家のように古くはなく、新しい家に住んでいる人ばかりに症状が出ていたのだ。
「新しい家に住んでいる人にだけかかる病気なんてあるの?」
「あります」
わたしが断言したので二人とも驚いた。
「塗料です」
家の内装に使用した塗料。
おそらくそれが原因だ。
塗料に中毒症状を起こす成分が含まれているのだ。
「そういえば数年前から塗料が安くなったわ」
「きっと、塗料の材料を変えたんだと思います。安く仕入れられる材料に」
「その新しい材料に有害なものが含まれていたわけだな」
「なので、昔からある家では中毒者が出なかった理由も説明できます」
ロッド王子の病を治すために勉強したから、塗料に有害な成分が含まれる場合があるのは知っていた。
王子の病を治すのには役に立たなかったけど。
まさかここで活かせるとは思わなかった。
マリーゴールドさんの指示により、中毒症状が出た人たちはすぐさま別の家に移り住むことになった。
幸いにも先住者と移住者は仲直りしていたため、協力して空き家を貸したり同居したりした。
「聖女さま。グリーンヴェールを救ってくださり感謝したします」
こうしてわたしはグリーンヴェールの問題を解決したのだった。
わたしを慕ってくれる人との共同生活。
はじめて聖女として感謝をされた一日。
わたしの新たな生活は希望に満ちていた。
それからわたしとキール王子はこのグリーンヴェールの町で暮らしだした。
どういう因果か、偽聖女とののしられたわたしはここでは本物の聖女として尊敬された。
幸いにも薬の知識は他人よりあったから、医者のまねごとをして具合の悪い人を診たりした。
薬は錬金術で作れる。
キール王子もいろいろと助けてくれる。
順調な日々。
そうして一か月が過ぎた。
「……はっ」
夜中、ふと目を覚ました。
いつのまにかわたし、テーブルに突っ伏して寝てしまっていた。
いろいろ考え事をしていたからかな。
あ、カーディガンが肩にかけられてる……。
キール王子がかけてくれたんだ。
わたしは王子の思いやりに心があったかくなる。
普段はあまり表情を表に出さない、冷徹と勘違いされかねないクールな王子。
でも、本当はやさしくて頼りがいのある人なのだ。
それを知れたわたしはなんだか特別な人間なんじゃないかと思い、ちょっとうれしくなった。
キール王子はどうしたんだろう。
もう寝ちゃったのかな。
わたしも寝よう。
就寝する前に戸締りをしようと玄関に行くと、玄関のカギが開けっ放しになっていた。
締め忘れちゃったのかな。
念のため玄関に出てみると、キール王子が外に立っていた。
「キール王子、起きてたんですね」
「ミーシェか」
キール王子は一枚の紙を持っている。
「手紙ですか?」
「ああ。王城からだ」
それを聞いた途端、不安がどっと押し寄せてくる。
わたしを追放した王家からの手紙だなんて、不吉な予感しかしない。
わたしの表情からその不安を読み取ったらしく、キール王子は手紙の内容を教えてくれた。
「兄上の容体がよくないらしい」
「ロッド王子の……」
わたしをさんざんののしったあげく、他の女性に乗り換えて、あまつさえ処刑を言い渡したロッド王子。
もう、あの人には少しも同情はしていない。
あの人のためにがんばってたのが、今思うとばからしい。
もっとも、そのおかげでこのグリーンヴェイルの町を助けられたんだけど。
「僕に城に戻るよう説得するための手紙だ」
「……」
わたしはどう返事していいのかわからずに黙りこくる。
「僕自身、あの兄上のことなどちっとも気がかりではない。死んだところで今までの傍若無人の報いだとしか思わない」
「……」
「だが、ろくでもない王子とはいえ王子には代わりない。臣下たちは王の跡継ぎ亡きあとのことを心配している」
ロッド王子が亡くなられたら、王位を継ぐのは――。
第二王子のキール王子になる。
さすがにそんな立場で無関係は貫けないだろう。
「僕は一度、城に帰ろうと思う。臣下たちのために」
「……はい」
しょんぼりとしてしまう。
これからこの人とのつつましやかでしあわせな生活がはじまるとばかり思っていた。
でも、そんな夢は一瞬で終わった。
よく考えればありえないのだ。
王子さまとの同居生活なんて、物語みたいな展開。
「ミーシェ。キミもついてきてくれないか」
「わたしも、ですか」
「ミーシェには薬の知識がある。実際、町の人たちの中毒症状を治してくれた。その知識がきっと今回も役立つ」
「……」
わたしはまた黙ってしまった。
「憎んでいる兄上のために働くのが嫌なのはわかる。だが、今回限りだ。僕に免じて力を貸してほしい」
「……わかりました」
ロッド王子のためじゃない。キール王子や、お城の人たちのためだ。
そう言い聞かせた。
そうしてわたしとキール王子はドラクセル城に帰ってきた。
……ロッド王子に知られないよう、こっそりと。
「お待ちしておりました、キール王子」
臣下の一人が出迎えてくれる。
キール王子がもっとも信頼している騎士のドーガさんだ。
「あなたは聖女さま! あなたも来てくださったのですね」
「ロッド王子の容体が悪いと聞きまして」
「……本当に忍びないです。捨てられたも同然のあなたが助けてくださるとは」
ドーガさんはお城でわたしにやさしくしてくる数少ない人だ。
決して『偽聖女』だなんて言わない。
「ドーガ、聞かせてくれ。兄上はどのようなようすなんだ」
「それが、あのベラドンナという女がやってきた直後は、本当に病から回復されたのです」
「ああ、それは僕も知っている」
「ところが、キール王子たちがいなくなってからしばらくして、ロッド王子は怖ろしいほど苦しみだしたのです」
どういうことだろう。
理由はわからないけど、ロッド王子は快復したのでは。
「かと思いきや、またすぐに元気になりまして」
ドーガさんも困惑している。
「そういうふうに苦痛と回復を繰り返して、日を追うごとにその往復の速度が増しているのです」
「……ふむ。尋常ではないな」
「ベラドンナが煎じる薬を飲む頻度も日に日に増してきて……。このままではロッド王子は――」
「最悪の結末の兆しなのは間違いない」
わたしはぞくっと寒気がした。
急に体調がよくなったと思ったら苦しみだす。
薬に極端に依存する。
ロッド王子の異変の原因はひとつしかない。
キール王子がわたしの表情で察する。
「ミーシェ。原因がわかったのか」
「本当ですか!? 聖女さま!」
「はい。ですが」
わたしはそこで言いよどむ。
ありのままを言ってしまってよいものか。
「遠慮するな。続けてくれ」
「……おそらく、ロッド王子はもう手遅れかと」
「……そうか」
「なんということだ……」
ドーガさんが嘆いた。
「ドーガ。父上はいらっしゃるのか」
「いえ、未だ遠征から帰ってきておりません」




